#059 エピローグ
ジュリーによって提供された魔力波計測器は、実機を葛之葉の調査に利用される事となった。
当然ながら設計図と実機の出処が何処なのかを問う声もあがったが、これには隠れ蓑としてかつてのジュリーの職場である連邦軍直属の研究所、凛央魔法研究所によって開発されたものとして扱われる事になっている。
大野と奏が、ジュリーとアレイアを相手に行った会談の三日後。
運送サービスを通して届けられた魔力波計測器の実機と、データで送られた設計図を持って大野は凛央魔法研究所へと直接足を運び、所長とその部下である主要メンバーを集め、魔力計測器の設計図と実機を突き出した。
「手柄をくれてやる、だそうだ。二年ほど世話になった礼だとな」
「い、一体、誰がこれを……?」
「この内容を見て、誰の手によって齎されたものなのかを理解できるヤツがいるだろう?」
大野に言われ、対応していた所長の顔が主要メンバーへと向けられる。
しかし、居並ぶ室長、主任研究員の中に一人、高齢の男が明らかに設計図を見つめたまま硬直し、目を見開いているのが理解できた。
その様子と、大野の二年世話になったという言葉から、研究所の所長である男は一人の女性の存在を思い出した。
――有り得ない、とも思う。
何せその人物は四年程前に命を落としたはずなのだから、と。
しかし、その遺体を見た訳でもない。
行方不明となり、死亡認定が下され、死んだと判断しただけに過ぎない。
そして何より、その人物が学生時代に発表した一つの論文の、ただの研究員では有り得ない着眼点を持った自由な発想のそれに、この設計図の根幹となっている理論は酷似しているように思えたのだ。
「閣下。それはもしや、ジュリー・アストリーという少女……いえ、女性では?」
「あぁ、そうだ。三葉のルイナー襲撃によって命を落としたと偽装していたそうだ」
「……偽装していた、ですか」
鳴り物入りで配属される事となった天才少女。
当時はそう騒がれ、今なお硬直している男の下につけたはずだった。
教材があり答えが用意されている学校の授業とは異なり、研究というものは答えの見えない中、ヒントとヒントを繋ぎ合わせていかなければならないものだ。
成果を得るまでに時間がかかってもなんらおかしくはなかった。
しかし、運悪く三葉にて起こったルイナー襲撃に巻き込まれ、命を落としたものだと思っていた。
研究員の安否を確認するためのGPS反応も三葉を最後に情報が途絶えていたため、不幸な事故に巻き込まれ、若く将来が楽しみだと思われる少女の未来が閉ざされてしまったのだ、と。
だが、わざわざ死を偽装したと聞いて。
そして、硬直した男を見て、確信を得た。
天才少女が入所して二年、あの男は様々な論文を発表し、一気に出世した。
長い間、なかなか実を結ばなかったこれまでの研究が実を結んだ結果だと称賛し、それらの功績もあって今では研究所内の魔法研究部門の室長という重要なポストにいる。
ルイナーの出現によって未知の魔力なるものを調べる事となって以来、目立った成果は得られていない。
しかしそれも、魔力という今までの常識が通用しない存在を研究する事になったからこその、仕方のない事だと考えていた。
そうではなかったのだ。
あの男が出世したのも、ジュリーがなぜ、死を偽装する程の真似を考えたのかも。
それらが繋がっていると理解するのは、難しい事ではなかった。
この場で怒鳴りつけ、殴りつけ、クビにでもしてやりたいところではあった。
だが、さすがに所長の男にとっても大野の前でそれをする訳にはいかないと考えたのか、喉元までせり上がってきた怒りを飲み込み、深く深く、ゆっくりと息を吐き出して堪える。
そんな所長の様子を見て、これ以上追求する必要はないだろうと意識を切り替えた大野が改めて続けた。
「彼女は二度と戻る気はないそうだ。が、幸いにも研究して得られたものを有料ではあるものの提供してくれると約束してくれている」
「な……ッ、そんな事が……」
「魔力計測器でさえ、彼女にとっては『この程度』と言い捨てられる成果だそうだ。その程度のものであれば提供する代わりに、細かい研究は任せる、と。完全に差をつけられているという訳だな」
大野の想定以上に、この言葉は所長を含め、その場にいた者たちの心にあっさりと罅を入れた。
迂遠な言い回しでもなく、『この程度すら解明できないなら答えをあげるからがんばって』と、小馬鹿にするどころか、まるで大人が子供におもちゃを与えるような物言いなのだ。
ジュリーの言葉をそのまま伝えるのは、劇薬を投与するようなものだ。
何も成果が出せないまま燻っており、心が折れてしまった者であれば喜ばしい提案に聞こえてくる甘美な猛毒のようで、一方で今なお研究に打ち込み、なかなか成果が出せない状況であっても諦めない者達であれば、激しい怒りを覚える事になる。
前者は誰か、あるいは後者はどれ程いるか。
それらを含めて、所長の男は今後のそれぞれの身の振り方を考え、部署分けする事となるのであった。
――余談ではあるが、ジュリーを放逐する原因を作った男は、後にその前者側、知識だけはあるという点から技術を製造側に伝えるだけの連絡、相談係という事務方の末端に回される事となり、奮起する事もなく、自ら研究所を去っていった。
◆
「――へえ、じゃあ会社はもう登記もできたって事なんだね」
慌ただしくあちこちに出かけていた僕だけれど、夜は基本的にルーミアとリュリュのいる仮拠点に帰っている。
一人でどこかに泊まろうとすると、親はいないのかと訊かれるとか、保護しようとする警官みたいな人が現れるとか、そんな事はない。ないったら、ない。
ともあれ、アレイアから報告があるからジュリーのところに顔を出してほしいと言われて、早速その翌朝になって顔を出した。
ジュリーはどうやら大和連邦国軍のお偉いさんと会ってきて、ついでに魔法少女の教官役も呼び出した上で、魔法技術がこれから発展していくのだとアピールしてきたそうだ。
奇妙な縁、とでも言うべきなのだろうか。
まさかジュリーにそんなツテがあったなんて知らなかったよ。
「お陰様でね。もっとも、研究用の建物を建てたり機材を買ったりとやる事は多いし、これからが忙しいというのが実状だがね」
「あぁ、建物の方は僕が用意するから、土地と機材だけ決めておいてくれればいいよ」
「用意って……、どうにかできるのかい?」
「うん、『暁星』の本拠地を作ったのは僕だよ? できないと思っているのかい?」
「……そういえばそうだったね」
もっとも、ここの設計はルーミアがしたものだから、またルーミアに設計を頼む事になるだろうけれども。
……大丈夫かな。
最近、暇な時に妙にSFテイストの強い映画とか見てるけど。
デザインに反映したり……しない、はずがないんだよなぁ……。
まあいいや、僕が使う訳じゃないし。
「それで、会社名は何にしたの?」
「『暁星』に関係する名前にしようかと、対になるような名前を考えていたんだ。けれど、繋がりがあると表立って喧伝するのもどうかと思ってね。結局、『次世代魔力学研究所』にしたよ」
「ジュリーらしいというか、なんというか分かりやすい名前だね」
「分かりにくい名前よりはいいだろう? 我らが総帥閣下に案をもらいたかったのだけれど、何かと忙しそうだったからね」
「うん、ちょっと慌ただしくてね。これを飲んだらまた出かけるよ」
「何をしているのか、訊いたら教えてくれるかい?」
「あはは、キミには関係のない事だよ」
「……まったく、我らが総帥閣下はずいぶんと秘密主義の塊だね。少しぐらい、私も手伝いたいと思っているのだけれどね?」
「それには及ばないよ。キミが今、こうして魔法に関して調べ、魔法武器の作成を行ってくれているだけでも充分に助かっているからね」
「……はあ。分かったよ、詮索はしないさ」
気持ちは嬉しいけれど、僕は『暁星』のメンバーだからといって、全てを話すつもりはないので、素直に引いてくれるジュリーの配慮は正直助かる。
唯希に至っては是が非でも僕について来ようとしたがるし、リグなんかも恩に報いるためになんでも言ってくれ、なんて言ってくるから、突き放すのもなかなか苦労するのだ。
リグに対して恩を売るような真似をした覚えはないんだけどなぁ。
さて、僕が何をしているのかと言うと、天照と共に神域で他の大陸、島などにいる亜神たちとの会談という名の強制命令の発動であった。
ダンジョンについては大和連邦国のみで試験運用してみたかったのだけれど、いくら島国とは言っても、船や飛行機で一応は海外とも行き来はできるのだ。
もっとも、観光客なんてものはほぼ皆無らしいけどね。
飛行機も落とされたりした事はあるらしいし。
まぁそれはともかく、せっかくルーミアが国内に手を出してきている海外の組織に警告を発してくれているのに、招き入れる温床を生み出してしまう訳にはいかないしね。
そういう訳で、ダンジョンの発生は世界で同時に行われる事になっている。
もしもダンジョンの存在を人間の都合、というより、国の上層部が利益を得るために隠蔽したりした場合、ダンジョンから地上へと魔物を放出するつもりだ。
人を呼び込むために餌にするのは、魔法薬と魔力を帯びた純正魔道具。
ちなみにこれは僕が作ったもので、葛之葉に先んじて作ったダンジョンの中に生まれた魔物たちを素材に作った代物で、常人であっても一発ぐらいは攻撃魔法を使えるようにカスタマイズしている。
ダンジョンに入れば、それらが手に入るのだ。
魔法薬はこの世界では有り得ない効果を齎し、手足の欠損すらも回復させるようなものまで用意したしね。
まぁ、さすがにそのレベルのものを手に入れたいのなら、ダンジョンの中でも相当深い場所まで潜ってもらう事になるけども。
それと同時に、ジュリーの技術を世間に発表し、軍人はもちろん、一般人にも魔物と戦う術を手に入れてもらう。
その準備が整ってからダンジョンを発生させても良かったんだけど、最初は魔法少女の魔力適性を強制的に上昇させる必要があるので、しばらくは魔法少女も数名ずつ派遣するよう、亜神たちを通してそれぞれの国に指示している状況だ。
一般人が入れるようになるのは早くても半年程度は後の話になるだろう。
――いずれにせよ、世界が大きく変わる。
その時はすでに目前までやってきているのだと、世界は知る事になる。
第二章はここまでとなります。
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