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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
世界の大変革編
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#058 水面下の交渉 Ⅲ

 目の前のアタッシュケースの中に入っている、一本の『純魔力液(エーテルリキッド)』。

 その存在を前にしながら、大野と奏は言葉を失い沈黙しており、一方でジュリーは優雅に紅茶を口に運び、アレイアは当たり前のように給仕を行っているという、どうにも奇妙な空白の時間が生まれていた。


 ――しかしまぁ、『純魔力液(エーテルリキッド)』の存在だけならともかく、魔力波の計測程度で驚くなんて。

 ジュリーにとってみれば、そもそも驚きの反応が予想外と言うべきか、論外なのだ。

 というのも、魔力波の計測程度はすでに海外でもとっくに成功しており、黙秘しているといったところだと考えている。


 葛之葉で使われた、精霊を犠牲に作った兵器。

 ルオを通してジュリーも知った葛之葉侵攻のきっかけとして海外からやってきた兵器は、精霊の魔力を強引に注ぎ込んだ怨嗟の集合体のような代物であり、実際のところ、夕蘭もまた葛之葉にてそれに気が付いていた。

 結果としては魔力の収束が甘く、魔力障壁を貫けはしなかったものの、確かに魔力そのものを閉じ込め保管する、というところまでは辿り着いている事が窺える。


 もっとも、あの兵器に対して怒りを覚え、必ず破滅させるとルーミアがルオの前で珍しく怒気を隠そうともしなかったため、ルオとしても「バカな事をしたなぁ」という傍観に徹する事となっているが、ジュリーはルーミアと接触していないため、その事実を知らない。


 一方で、葛之葉奪還作戦を指揮していた八十島によって一発分は保管されていたため、現在も国立研究所で兵器の研究こそ行われているものの、未だに何も成果は得られていないような状況だ。

 この五年間、様々な分野から研究され続け、しかし未知の存在である魔力という不可視の存在を解明できず、暗礁に乗り上げてしまったまま、光明が見えない状況が続いている以上、そうだろうなという諦観めいた感想しか抱けなかったのが、大野と奏の本音であった。


 ――魔力を持たない人間が、魔法攻撃と魔法障壁を発生させる事ができるようになる研究。

 もしも国立研究所の職員が口にしていたのなら、これまでの実績がない以上、せいぜい己の矜持を守るための戯言と一蹴したような内容だ。


 しかし、目の前にいるジュリーが魔法技術という分野においては、明らかに国立研究所の研究者よりもずっと先へと足を踏み入れている事は、すでに魔力波の計測とその実機が存在しているという話からも理解できる。


「……できる、のか?」


「できないかできるかで言えば、できるよ」


 世界が大きく変わるかもしれない。

 各国が競い合うように研究を重ね、潤沢な資金を注ぎ込みながらも、未だに成果が出ていないという状況。

 それを覆してみせるというジュリーの言葉は、さながら今の空を見て天気を答えるかのように、さも自然に、見れば分かるとでも言いたげに答えを口にしてみせる。


 ルオのような、この世界にとってイレギュラーな存在の近くにいたせいか、ジュリーはまだ自分は何も成果を出せていないような気でいるのかもしれない。


 しかし、ジュリーはこの世界において、紛れもなく天才と呼べる存在だ。

 それはルオ自身も、そしてアレイアもまたそう感じている。

 知識はもちろん、何よりも柔軟な発想がいい意味で期待を裏切り続けていると評価されているのだが、当の本人はそれを理解していなかった。


「すでに試作型(プロトタイプ)は完成していて、実験も済ませたよ。一応映像もあるけれど、映像なんてものはいくらでも偽造できるからね。せっかくだから、現物に触れてみるかい?」


「あるのか!?」


「もちろん。アレイアくん」


「こちらです」


 いつ準備したのか、などとはもう考える事さえ放棄したようで、机の上にアタッシュケースと入れ替わるように置かれた、バスケットボール大の黒い十二面体の物体に視線を注いだ。


「では、起動します」


 アレイアが上部に取り付けられたスイッチを押し込むと、僅かに光が漏れ出し、刹那、十二面体が押し出されるように中空へと浮かび上がり、その中でゆっくり、不規則に回転していた。

 目の前で見せられている光景に言葉を失う二人の前で、ジュリーが手を伸ばして十二面体に指先を触れてみせる。


「さて、こうして宙に浮いている状態が起動している状態だ。二人とも、手を伸ばしてこれに触れてみるといい」


 さながらマジックショーのマジシャンにでもなったような気分で、ジュリーが告げてみせる。

 奏と大野、二人の手がゆっくりと近づく中、中空の何もないところで何かに伸ばした手がぶつかり、思わずといった様子で反射的に手を引っ込めた。

 決して小馬鹿にするつもりはないが、その姿はまるで人類の祖先が火に手を伸ばした瞬間を見ているようで、ジュリーは笑いを堪えるのに必死であった。


 しかし、二人はそんなジュリーに構っていられる程の余裕はなかったようだ。

 指先ではなく手のひらで触れるように手を伸ばし、虚空で不可視の壁にその手を押し当てるような形で動きが止まった。


「……これが、障壁、か……?」


「なんと言えばいいのか、迷いますね……。見えないし熱も感じない、なのに何かに押し返される感触だけが返ってきているような……」


「鳴宮女史の表現は正しいよ。魔力障壁とは実際、そういうものなのさ。中空に手を翳した時と同じ感触しかないのに、確かに見えない壁が存在する。魔法庁がかつて善意で協力してくれた魔法少女の障壁に関する研究に対する所感と全く同じ解答だね」


 実際、この感想はジュリーもまた初めて魔法障壁を発動させ、手を弾かれた際に抱いた感想と同じであった。


「そこの試験管一本分程度で、この規模の魔法なら五十六時間超の連続運用に成功している。もっとも、これじゃあ出力を一定に絞ったものと言えるけれどね。戦闘となって最大出力で戦ったり、というような想定はできないし、未知数だね。現状、出力を行う素材が耐えきれないせいで、フルパワーでの運用は行えていない」


「なるほど。その辺りはまだ研究段階という事か。いや、まずは目の前のこれの話も聞いておきたい。もしもこれを殴りつけたらどうなる?」


「衝撃を計測するために色水を入れたガラス容器を取り付けてテストしたけど、衝撃は結界の外を伝っていくだけで、内部には影響がなかったよ。飽和する威力であれば障壁は崩壊するみたいだけどね」


「……凄まじいな。これがあるだけで、たとえば車に取り付ければ、事故が起こっても内部には衝撃が届かないのか」


「常時発動できるなら可能だろうけれど、効率は悪いだろうね。それにさっきも言った通り、出力側に限度があって、魔力を十全に伝達できる素材じゃないと崩壊するか、極端に抑制されてしまうという問題もあるせいで、障壁の大きさを微細に調整するなんて所まで手が届いていないんだ。適した素材があるかもまだまだ不明だね」


「いや、それでも魔力を持たない者が魔力を利用できる、その一端が見えただけでも大きい」


「……んんっ、そう、だね。うん、そうだとも。これは今後のための第一歩、という事だね」


 ジュリーが何かを取り繕うように答えるのには、理由がある。

 というのも、魔力障壁に何度も手を当てている大野の姿が、ジュリーから見れば唐突にパントマイムでも始めたかのように見えているのだ。

 真剣な話をしているというのに笑いを堪えなくてはならない状況であるのだが、大野自身はそれに気がついていないようであった。


 一方で、ジュリーが笑いを堪えている事に気が付いた奏が、ジュリーの視線を追って意図を理解したのか、噴き出しかけて顔を背けているようだが、それにつられないようにジュリーが耐える中、何も気付いていない大野が口を開いた。


「しかし、さっきはお前さんの手が魔力障壁に触れず、この内部の装置に届いていたな。あれは一体?」


「あぁ、人間には微量ながら魔力があってね。その魔力を登録しておけば、障壁が通過を許してくれるのさ」


「なるほど。確かに人間には魔力があるというのは精霊も発言していたはずだな。登録は簡単にできるのか?」


「いや、まだそこまでは至れていないんだ。これができたのは偶然でね。詳細を言う訳にはいかないけれど、研究段階と思っておいておくれ」


 ――真っ赤な嘘だけどね、とジュリーは心の中で付け足して答えておく。

 ジュリーは今回、あくまでもさわり(・・・)の部分だけを告げておけば充分だと考えており、何も事細かく講義するつもりはなかった。


 あくまでも、自身の能力を活かしたければ要求を飲め、というだけ。

 ただそれだけが目的の一つであり、同時に、釘を差す事が目的でもあった。


「今後私はこの技術を段階的に提供していくと約束しよう。もちろん、報酬は別でもらうけれどね。お国の研究機関に戻る気はないけれど、私が研究した成果で開示できるものを解析しながら、好きに応用すればいい」


「……随分と気前のいい事だ。――いや、違うな。むしろ雑用をしろ、ということか」


 ジュリーの言わんとしている事は理解できた。

 要するに、「自分にとってはどうでもいい技術は提供してやる。代わりに何に使えるか、どう使えるかはせいぜい自分たちで研究して考えろ」と言いたいのだと。

 先程ジュリーが自ら口にした通り、どんな素材を使えば効率がいいかを調べるには、それこそ人手も必要になってくる上に、素材を調達する繋がりも必要となり、資金も必要になる上に、その辺りについてはジュリーの興味の範疇からも外れている。


 たとえばジュリーが一介の研究者として名を残したい、という程度の人物であれば、それこそ今の状況であっても充分に名が残るし、調べ尽くしたいとも考えただろう。

 魔力波の発見と、その計測機器。そして、目の前にある魔力障壁を発生させるという、魔力を使用してみせるという技術を発見したのだから、この技術を活かした方法を考えるのは自然な流れとも言えるし、独占したくもなるかもしれない。


 だが、ジュリーはもっと先を見ているのだ。

 ルオが、アレイアが言う魔道具と呼ばれるモノたちの完全再現と、それを超えるモノを作ってみたいという目標がある。


 故に――――


「くくっ、雑用とまでは言わないさ。ただ、人海戦術が必要になりそうな作業を、研究成果の一部を引き渡す代わりに調べ上げてくれればいいっていう話だよ。技術の発展と同じさ。誰かが先駆者となって、その技術を理解した者が流用して、幅を拡げていく。人類はそうやって色々なモノを生みだしてきただろう? それにさっきも言ったじゃないか、この程度(・・・・)なら提供するよ、と」


 ――――ジュリーにとってはこの程度(・・・・)でしかない。


 魔力波の計測も、そもそも魔力障壁の発生装置も、目標に向かって進むにあたっての、ただの一歩目にも及ばない。

 入り口に立つどころか、その準備をしているような段階の代物でしかないのだから。


 その言葉に、大野と奏は呆気にとられつつも、ジュリーの元上司たちは、自らの矜持をズタズタに引き裂かれるだろうと、容易に想像がついたと後に語る。






 この日の、大野と奏にとっての晴天の霹靂とでも呼ぶような会合から、十日後。


 大和連邦国では神宣院から。

 他国でも、その国の教会、あるいは機関から、同時刻に同時に神託が下る。






 ――――その日、世界各地にダンジョンが生まれた事が知れ渡った。






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