#007 魔法少女 VS ルイナー Ⅱ
私――火野 明日架――が魔法少女として得た【固有能力】は炎。
この力は炎を放って燃やす事はもちろん、凝縮させた炎を爆発させることができる。
攻撃力だけなら他の魔法少女にも負けないらしいけれど、炎はどうしても周辺に影響を及ぼしてしまうから、本気の攻撃が制御できるまではなるべく使わないように、と夕蘭様に禁止されている。
けど、今回の戦いは――あのおっきい鯨型ルイナーの攻撃を相殺するためには、かなりの魔力を込めて魔法を放つ必要があった。
「――ロージア! 正面じゃ!」
「はいっ! 喰らえっ!」
魔法の発動媒体となっている杖の先端、赤く輝いた宝玉が一際強く輝き、魔法が発動する。
感覚的に使えるようになった魔法だから、最初の頃はあまり命中精度も、威力の制御もお世辞にもうまくなかったけれど、今はちゃんと自分が指定した場所に炎を生み出せる。
鯨型ルイナーの顔の直線上となる中空。
不可視の衝撃波を相殺するためだけに放った魔法は、想定していた通りにお互いにぶつかり合った。
私が放った魔法によって爆発した炎が、見えない衝撃と拮抗するように奇妙な形をして広がっていく。
爆発の余波はあるけれど、ルイナーの攻撃をそのまま発動されるような被害は出ていないし、これなら足止めもできる。
ルイナーもそれを感じ取ったのか、苛立たしげに鳴き声をあげて中空を泳ぐように旋回しつつ、こちらを睨みつけていた。
そんなルイナーの様子に、さも愉快だと言わんばかりに夕蘭様が笑った。
「くくっ。彼奴め、ロージアの魔法によって邪魔をされている事に苛立っておるようじゃな」
「うん、なんとか止められそうだね」
「うむ、相性は悪くないの。おぬしも魔力量にはまだまだ余裕はありそうじゃが、どうじゃ?」
「大丈夫、せめて民間人が逃げ切るまでは絶対に止めてみせるからっ!」
「良かろう、妾も極力フォローに入る。あの巨体を叩き潰せずとも、時間を稼ぎ、民間人の避難さえ済めばこちらの勝ちじゃ。救援が来ればその時点で流れは有利になる。結局のところ、無理に勝とうとさえしなければ良いのだから、気張れよ、ロージア」
「はいっ!」
背の高いビルの上にいるのに、それでも見上げなければいけない程の高い位置にいるルイナー。
身体も頑丈だけれど、攻撃の予兆が分かりやすいから足止めするだけならどうにかなる、というのは私も実感している。
ルイナーが動いたら、私がその射線上に爆炎を生み出す。
そんな、撃ち合いのようなやり取りが続いた。
時間を稼ぎながら、何度かルイナーに魔法を当ててみたりもしているけれど、やっぱりダメージを負っているようには見えない。
逆に、私と夕蘭様も夕蘭様が指示してくれるおかげで魔法の出力を調整したり、タイミングを合わせて魔法を放つ事も、爆風や衝撃も結界を張ってくれているおかげで対応できている。
ルイナーの狙いは苛立ちからか、完全に私に絞られたらしい。
おかげで、時間稼ぎと足止めという意味では充分な成果が出ていると言えた。
「溜めが小さい、連続してくるぞッ!」
「――はいッ!」
お互いに小さい衝撃と爆炎を刻み、手数を競うように連続でぶつけ合う。
どうにか凌げた私を見るなり、ルイナーは再び甲高く鳴きながら空中を旋回し、動きを止めた。
まるで深呼吸するみたいに上体を沿って、魔力を溜めていく。
「む、魔力が大きく集まっておる……! 彼奴め、こちらでは止められない程の力で強引に押し切るつもりじゃ! ロージア、気をつけよ!」
夕蘭様の言う通り、急激に魔力が集まっている事が私にも判った。
これは多分、今までよりもずっと強いのが来る。
肌で感じ取りつつ、こっちも大きく深呼吸して魔力を集めていく。
杖の先にある宝玉が、閉じた瞼越しにも分かるぐらい激しく輝いているのが分かる。
ここまでの魔力を集めて魔法を放った事はないし、不安はある――けれど、夕蘭様がフォローしてくれるなら、私が怖がる必要なんてない。
「――今じゃ、放てッ!」
「――はあああぁぁぁッ!」
魔力を多く込めた爆炎の魔法。
夕蘭様の見立て通り、一際魔力を込めた一撃を放ってきたルイナーの攻撃と正面からぶつかり合うように大きな爆発を引き起こした。
夕蘭様の結界の中から爆炎の向こう側を見つめる。
どうにか凌げたと安堵した――その時だった、炎の向こう側に光が視えたと思った次の瞬間、私と夕蘭様を囲う結界に向かって真っ直ぐ炎を貫いて光の槍がぶつけられた。
「――ぐ……ッ、しま――っ!」
夕蘭様の結界はあくまでも爆炎の熱と衝撃を抑えるためのものだったせいで、強度が足りなかったらしい。
結界の砕ける音と同時に、攻撃に巻き込まれ、足場にしていたビルが崩壊する中で吹き飛ばされていた。
「――ぐ……っ、痛ぅ……」
叩きつけられた身体を鈍い痛みが襲う。
――まさか、視界が遮られたあの瞬間を狙われていた……?
ルイナーにそこまでの知性があるなんて聞いた事はないけれど、でも今のは明らかに狙って行われたような攻撃だったはず。
「――逃げよ、ロージア!」
「え……?」
痛みに顔を顰めていたせいで、気付かなかった。
正確に言うなら、ルイナーは確かに今の攻撃を狙ってはいたんだと思う。
けれど、そこで終わりだと考えた私が間違いだったらしい。
迫る。
巨大な肉体そのものを武器にして、凄まじい勢いで空からルイナーが迫っていた。
あぁ、そっか。
あれだけの大きなルイナーがぶつかってくれば、それだけで人は死んじゃう。
最初の一撃も、さっきの追撃も、ただただ私を――邪魔者の態勢を崩す為だけの攻撃だったんだ。
そしてこの体当たりこそが、きっと本命だったんだ。
「――ロージア、早く! 早く飛ぶのじゃ!」
「だ、め……。からだ、動かないから……夕蘭様だけ、逃げて……!」
「馬鹿者! 諦めるでない! 支えてやるから飛ぶのじゃ、早く!」
夕蘭様が私を起こそうと手を引いてくれるけれど、身体がどうしても言う事を聞いてくれない。
――エレインちゃんは民間人を逃してくれたと思う。
きっとしっかり逃げてくれたし、きっともうすぐ、他の魔法少女だってやって来てくれる。
そうすれば、いくらあのルイナーだって、きっと倒せる。
うん、私は、守れたかな……?
「くっ、間に合わぬ……ッ! ダメじゃ、ロージア! おぬしを死なせる訳には……ッ!」
「だめ、夕蘭様……! 逃げて……ッ!」
巨大な肉体が迫るせいで、周りが影になって暗くなる中、絞り出すように夕蘭様に声をあげるけれど、夕蘭様は私を引っ張るように腕を掴んで離れようとしない。
ダメ、このままじゃ夕蘭様まで……!
「――ロージアッ、諦めるなッ!」
「みんな、一斉に攻撃してアイツの動きを逸らすわよっ!」
窮地に陥った私たちに向かって、離れた場所から声が聞こえて振り返る。
あぁ……。みんな、来てくれたんだ。
迫るルイナーに向かってみんなが魔法を放って動きを逸らそうとしてくれている。
けれど、ルイナーは止まらない。
みんなの攻撃で僅かに傷も生まれたみたいだけれど、私を標的にして突き進んでくる。
確実に私を殺そうと迫っていた。
邪魔者を確実に排除するために、多少の傷は厭わないつもりで。
今から逃げようとしても、身体が言うことを聞かない以上、あの巨大な身体から逃れる事はできない。
だったら……。
「ロージア、おぬし……」
「……せめて、みんなが、少しでも楽になれるように……」
せめて止められなくても、これからみんなが戦う為に攻撃を。
そう考えて、私は後先を考えない程に魔力を込めて、震える腕で杖をルイナーに向ける私に、夕蘭様が呆れたように笑った。
「ごめんね、夕蘭様だけで、逃げて……」
「馬鹿者。おぬし以外と契約するほど、妾は安くないわ。おぬしの一撃が放たれるまでは、時間ぐらい稼いでやろう」
――そこまで言ってくれるなら、せめて期待には応えたいな。
私は限界まで、それこそ魔力が枯れてしまっても構わない程に魔力を宝玉に溜めていく。
時間は、もうない。
あと数秒でルイナーがぶつかる。
怖い。
死ぬのは怖いけれど、みんながこのルイナーと戦って、傷ついてしまう方がもっと怖い。
迫る巨体に向かって最後の一撃を放つために、私は気づけば叫び声をあげながら、ありったけの魔力を込めていた。
「――ダメエエェェェッ!」
誰かが、叫んだ。
その時だった――――
「――やれやれ、世話が焼けるね」
――――私達の目の前に突然現れた、白銀色の髪を持った少年。
この前会った少年が、迫るルイナーの眼前に手を翳し、その手の先に生み出した障壁で巨体を押し留め、眼前に佇んでいた。
巨大な鯨型のルイナーを、片手で、それこそ全く力を込めている素振りすら見せず。
展開している障壁越しにルイナーを一瞥すると、その男の子は私の持つ杖の先端についている宝玉に空いている手でそっと触れ、溜まっていた魔力をあっさりと霧散させた。
「魔力の収束が甘いね。こんな魔力の使い方じゃ、この等級のルイナーを傷つける事なんてできないよ。キミとそこの精霊が傷つくだけだ」
「え……?」
「ルイナーの纏う障壁を破る上で意識するのは硬さじゃない、密度だよ。その密度以上に魔力を収束すれば、ルイナーの身体を守る障壁は貫ける――こんな風にね」
障壁を展開して広げていた手をゆっくりと、見せるように男の子は握っていく。
そのまま人差し指と中指だけを立てるようにしてみせると、次の瞬間――ルイナーの額とも言える箇所に穴が空いた。
暴れて逃げ出そうとするルイナーは、けれど男の子によって突き刺された不可視の刃のせいで動けないようで、巨大な身体を暴れさせているけれど、身動きが取れないようだった。
……強すぎる。
あんな巨体を相手に、涼しい顔で押さえつけて、全然本気なんかじゃない事が見てて分かる。
私たちが苦戦していたルイナーを前に圧倒的な力を見せる男の子の姿は、夕蘭様でさえ驚きを隠せないようで、大きく目を見開いていた。
そんな夕蘭様に、男の子は呆れたような目を向けた。
「キミも精霊なら、この程度は教えてあげた方がいい。いくらなんでも戦い方がお粗末だよ。魔法少女を殺したいと言うのなら、狙い通りだと思うけどね」
「な――ッ、なんじゃと!? 貴様――ッ!」
「――キミたちはこの程度のルイナーに負ける程度で満足なのかい? 守れた、と。戦い抜いたと胸を張って言えるのかい?」
少年は静かに続けた。
「戦える魔法少女は少ない。それはルイナーの数が少ない今だからこそ、まるで拮抗しているように見えるね。だけど、ルイナーの侵攻が本格化すれば、この程度のルイナーはいくらでも出てくるだろう。その度に、キミのように諦め、死んでいく魔法少女が増えていくだろう。魔法少女を守れずに死なせてしまう精霊が出てくるだろう」
まるで男の子は、そうなる事が当たり前のように。
そして、どこか遠い目をしながら続けた。
「実力が足りないってだけなら、まぁしょうがないかもしれないね。でも、キミ達はそれ以前の話だ。覚悟が足りない。ルイナーを殺し尽くすという覚悟が。大切なものを守り抜くという覚悟が。そして、生き抜くという覚悟が」
少年はそこまで言ってから、ルイナーに顔を向けた。
「一つ、見本を見せてあげよう。もっとも、精霊であるキミの方が理解できると思うから、キミにもできるものを」
「何を……?」
夕蘭様が声をあげようとした、その瞬間――ルイナーの巨躯がドンッと激しい音を立てて中空に弾き飛ばされ、不自然な形で中空に縫い留められるように動きを止めた。
少年が空に縫い留められたルイナーに手を翳しているという事は、この男の子がわざとやっている……?
「障壁はこうして弾き飛ばしたり、敵を縫い留める事もできる。そして――」
少年は開いた手をルイナーに向けたまま、ぐっと握り締めた。
ギィィ、と空気が軋むような音がして、ルイナーがどんどん押し潰されていく。
みんなが見上げる中、ルイナーは苦しげな鳴き声をあげながら圧し潰され、小さく、小さく潰れていく。
「――こうして押し潰してしまえば、充分に攻撃になるんだ。あの程度のルイナーなら、これだけで終わるよ」
それはあまりにも……恐ろしい光景だった。
まるで怖がらせるつもりもなく親切に言っているようで、男の子は微笑んでみせたのだから。