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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
世界の大変革編
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#057 水面下の交渉 Ⅰ

 夕方になり、魔法少女たちは自由時間となって訓練を切り上げた。


 クラリスによって魔装と呼ばれる魔法少女特有の武器を生み出すという力を得るために、ほぼ一日通して訓練場で過ごす形となってしまったものの、奏が言った通り、魔法少女の戦力増強となり、訓練は第一優先事項となっているので、特に問題はない。すでにスケジュールは調整できている。


 いつもならばまだまだ仕事を続ける時間ではあるのだが、この日は所用があり、奏は必要な仕事を終わらせて早速とばかりに席を立ち上がり、ほぼ全てが基地内で完結している奏にとっては珍しく、基地の外へと向かって軍属用のレンタルの自動車を走らせた。


 凛央魔法少女訓練校の敷地は、凛央の中心部となる駅の周辺からは離れた場所にある。

 まだ夕方の帰宅ラッシュには巻き込まれない時間である事もあいまって、比較的スムーズに道は進み、奏はとある大きなホテルの地下駐車場へと入っていった。


 地下駐車場で車を停めた奏が一階のフロントに行き、受付の従業員に対して軍属を示す軍人手帳を差し出すと、従業員はパソコンの端末で情報を照会した後で、「三〇一八号室です」とだけ短く告げながら手帳を返却される。

 そんな見慣れていて、しかしこういった場にはそぐわない光景に、奏は内心で五年前を境に色々なものが変わったのだと改めて思う。


 ここは凛央でも名の知れた高級ホテルであった。

 かつては海外を含めた多くの観光客の中でも比較的裕福な客を対象に営業していたが、五年前のルイナーの襲撃によって運営母体となっている海外の会社が撤退を表明する事となった。

 ルイナーという存在が現れるようになり、必然的に観光業界、ホテルや宿泊業界は軒並み大打撃を受ける形となったが、それも致し方ない事と言える。

 そこで交通の利便性と客室数、設備の充実ぶりから国がビルと設備を買い取り、国営のホテルとして存続させる事となり、凛央の外からやって来る重役議員はもちろん、軍のお偉方などの要人はもちろん、凛央の親戚に会いに来た一般人なども受け入れている。


 こうした経緯もあって、軍人手帳を見せればすぐに対応できる程度には対応に慣れているのだろう。

 もっとも、それは先客(・・)からの指示のおかげではあるが。


 二階から十五階は一般客向けの部屋となっており、そちらのエレベーターは誰でも利用する事が可能ではあるのだが、十五階から最上階までは別のエレベーター乗り場から進む必要がある。

 今回は凛央の軍人、それも要人に呼び出される形となったため、奏は要人向けのエレベーターホールへと向かうと、そこで立っていたガードマンに身分証の確認を求められ、手帳を見せてからエレベーターへと乗り込む。


 三〇一八号室、その部屋の前に立った奏が呼び出してきた相手――大野へと電話をかけると、程なくして真剣な表情を浮かべた大野が扉を開けた。


「予定よりも早く来れたみたいで何よりだ。中でお待ち(・・・)だ、入ってくれ」


「はっ」


 短く挨拶をした後で、奏は室内へと足を進めた。


 客室の中は広々としており、わざわざゲストを招き入れられるよう、寝室とはしっかり部屋が分かれているようであった。

 広々とした窓から見える夜景は五年前とはそう変わらないようにも思える。

 そんな光景を見つめている一人の女性の後ろ姿に、奏が声をかける。


「お待たせいたしました」


 短く告げられた言葉に、夜景を見つめていたストロベリーブロンド色の長く艶やかな髪を揺らして、女性は振り返った。


 年の頃は二十代中盤、奏よりも少しばかり歳は下といったところだろうが、ほぼほぼ同年代の女性である事が窺える。

 しかし、奏が見たかつての画像データに比べればずいぶんと大人になったと言うべきか、女性としての磨きがかかったようにも見える。


「やあ、待っていたよ。キミが魔法少女の教官、鳴宮女史だね」


「……はい。あなたが、四年前に行方不明となって死亡したとされていたはずの、ジュリー・アストリーさん、ですね?」


「うん、そうだね。まぁ細かい話は席に座ってからにしよう。アレイアくん、飲み物の準備をお願いしたい」


「畏まりました。何になさいますか?」


「――ッ!?」


 唐突に横合いから聞こえてきた返事に、奏は思わずといった様子で身を構え、慌てて振り返る。

 いつの間にか、まるで最初からその場にいたかのように佇む、格調高いメイド服に身を包んだ真紅の髪をお団子状にまとめている女性――アレイアの姿に驚いたようであった。


 そんな奏の後ろで、大野が自分の頭を掻きながら先程の自分と同じような反応をした奏に苦笑を浮かべている姿に、ジュリーも小さく笑ってしまう。


「……いつの間に……?」


「一介のメイドに過ぎませんので、私の事はお気になさいませんよう。それより、飲み物は何になさいますか?」


「あ、えぇ。でしたら、コーヒーをお願いできますか?」


「畏まりました」


 すっと一礼してキッチンスペースへと向かって行くアレイアを見送ると、ジュリーは奏に向かって困ったように苦笑した。


「悪いね。アレイアくんはメイドとして超がつく程の一流なんだ。そのせいか、気配を消しているらしい。初めて見たら驚くだろう」


「いや、普通に有り得ないとは思うぞ、あの技術は」


「まあ私としても驚いたのは確かだけれどね。メイドという役割を考えれば正しいし、邪魔にならないのだからいいじゃないか。それより、腰を落ち着けよう。そっちに座ってくれたまえ」


 ジュリーに促され、大きめの円形のテーブルとその周りにあった四脚の椅子に大野と奏の二人もそれぞれ腰を下ろした。

 その途端に再びアレイアが戻ってきて、三人の飲み物をテーブルに置くと、一礼して少々離れた位置で待機してみせた。


 そんな姿を一瞥してから、大野が口を開いた。


「それで? 五年前の借りを返してほしい、なんて死んだと思ったお前さんから突然連絡が来たから、こうして俺も来た訳だ。お前さんの要望通り、魔法少女の教官をしている鳴宮にまで出向いてもらったんだ。よっぽどの事、なんだろう?」


「五年前の借り、ですか?」


「財布を忘れてしまった彼の夕食代を立て替えてあげただけだよ」


 くつくつと笑いながら当時を思い出してジュリーが笑う。


「五年前、視察に来ていた彼が食堂で財布を忘れて困った顔をしていのさ。で、私がその代金を出してあげたという、ただそれだけの話さ。その時に、いつか借りは返すって名前と電話番号を教えてくれてね。それを私は憶えていたのさ」


「……そ、それだけで、わざわざこんな場を設けたのですか?」


 半ば呆れた様子で声をかけてくる奏に対し、大野は溜息を吐き出した。


「あのな……。そりゃ借りは返すつもりだったが、ただそれだけの話なら送金するなり手渡しすりゃ済むに決まっているだろう。だが、大事な話があるから人目につかない場所を用意してほしい、なんて言われたからな。死んだと思われていたヤツが、いきなりそんな話を持ってきたんだ。俺の勘が、とんでもない内容を引っ提げてきたって囁いてやがったのさ」


「勘……」


「くくくっ、いや、私としてはその勘に御礼を言いたいぐらいだとも」


 勘と言われて半ば呆れた様子を見せる奏とは対照的に、ジュリーは楽しげに笑う。

 なんとなく気恥ずかしい気分になって大野はどかりと背もたれに背を預け、腕を組むと、再びジュリーへと目を向け、続きを促すように訴える。


 そんな大野の視線が訴える内容を理解して、ジュリーは改めて口を開いた。


「そう怖い顔をして睨まないでおくれ。本題に入ってしまうのは構わないけれど、それよりも先に一つ、確認しておきたい」


「なんだ?」


「私がいた研究機関は今でも残っている。が、成果は出せていない。この認識は正しいかい?」


「あぁ、そうだ」


「閣下、それは機密情報に……」


「無駄だ、鳴宮。コイツはお前を名指しして呼び出すように言ってきた、そんな人間だ。魔法少女の教官という、公にも非公開にされているお前の存在すらも特定して、な。今のは質問じゃなくて、あくまでも確認だろうよ」


 奏が魔法少女の教官となっている、という事実は公にされていない。

 魔法少女と接触していると知られれば、身元を明らかにしてしまう事でどういった干渉が発生するか、或いは狙われる可能性も孕む事になってしまうからだ。


 しかし、ジュリーは大野を呼び出す際に、奏を同席させてほしいと伝えている。

 情報をしっかりと理解していると匂わせるには充分過ぎる程の内容であった。


「……そんな事が……」


「俺にはさっぱり分からないが、できるんだろうよ、コイツは。若干十八歳で国立魔法研究機関に配属された天才だ。見誤るなよ、鳴宮」


「くくっ、そう警戒しないでおくれ。あぁ、勘違いされても困るから先に言っておくけれど、いくら私があの研究所でいいように扱われたからと言って、腹いせに他国の研究機関に所属している訳ではないと明言しておくよ」


「信じるに足る証拠はあるか?」


「悪魔の証明というヤツじゃないかな、それは」


「……ま、そうだろうな。疑いだしたらキリがない」


「そういう事だね。――とまあ、場を温めるのはこれぐらいでいいだろうし、そろそろ本題に入ろうか。アレイアくん、例のアレ、出してもらえるかい?」


「こちらに」


 声をかけながらアレイアに視線を向けたジュリーと、それにつられるように奏と大野の二人もアレイアへと視線を向けると、すでにアレイアは一つのアタッシュケースを手に持っていた。


 ――いやいやいや、さっきまで手ぶらで佇んでいたのに、いつの間にそんなものを手に取ったと言うんだ、と。というか、動いてすらいなかったよね、と。

 三人の胸の内が奇妙なところで一致したところで、アレイアは得意の無表情ながらに得意げな空気を醸し出して、告げる。


「――メイドですので。この程度の準備はできて当然です」


 大和連邦国軍の二人の中で、メイドという存在のハードルが一瞬にして棒高跳び程度の高さにまで引き上げられた瞬間であった。

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