#056 クラリス・ハートネット Ⅱ
魔法少女にとって、魔法はあくまでも『感覚的に使えるもの』という認識が一般的だ。
精霊と契約し、精霊の魔力と自身の魔力が混ざり合い、魔法少女の魔力へと変質し、そして魔法へと変換されていく。
そうして魔法少女が得るのが【固有能力】、あるいは【固有魔法】と呼ばれる、魔法少女の力の代名詞とも言える魔法の存在であった。
これについては、それぞれの少女が『強く願った力』であるとも言われているが、基本的には魔法に対するイメージと、己にとっての力に対する認識というものが強く表れている。
「――ですが、魔法少女が最初に使う魔法は共通しているんです。私に魔法を教えてくれている精霊は、それを【魔装】と呼んでいます」
「まそー?」
伽音が首を傾げながら呟くと、クラリスが頷いて答えた。
「はい。要するに、私たちが魔法少女として着ているあの衣装と武器、それらを生み出す事が私たちにとっての最初の魔法に当たります」
ルオが言うところの『魔法少女コスチューム』や『魔法少女らしいステッキ』とは、少女たちが自らを魔法少女であると自覚し、そのイメージを読み取って発動した自動発動型の魔法とも言える。
そもそも『魔法少女とはそういうもの』として認識をしていた明日架や他の少女たち、そして奏もまた驚くような話ではなかった。
しかし、クラリスはそこまで説明すると、両手の手のひらを上へと向けて差し出してみせる。
何をするのかと周囲が見守る中、次の瞬間。
クラリスの手の上に白い鞘に金の装飾がつき、花の蔦を思わせるような金の装飾がついたサーベルが出現し、それを手に取った。
奏にとっては非現実的な光景に対して。
明日架たちは武器だけを具現化するという事が可能だという事実を目の当たりにして、思わず目を見開いた。
そんな視線を受けながらクラリスが手に持っていたサーベルを見つめたまま、分かりやすく集中した面持ちで目を閉じると、サーベルが光を放ち、今度は同色の銃の形をした二丁の拳銃が手の上に生み出された。
驚愕に目を剥いた少女たちに気付かず、クラリスは涼しい顔をしたまま再び口を開く。
「実は私も最初は杖だったんですけど、このように、魔装はイメージを固定させ、変質させようと意識する事で形を変える事ができます。使いやすい武器、自分に合う戦い方に応じて変えた方がいいと教わっています」
一通り説明したところで、クラリスがちゃんと伝わっているのかを確認しようと少女たちへと視線を向けてみると、その視線に思わずくすりと笑みが溢れる。
向けられていた視線は舞台の上から見る時の観客と同じような、キラキラと輝いていて、どこかワクワクとしている子供らしい表情と言うか、そんな視線だった。
「うおおぉぉっ、すげー! じゃあじゃあ、アタシもこう、雷って感じのなんか作りたい!」
「なあなあ、クラリス! 銃って事は撃ったりできるってこと!? それだけでオレも戦えるんじゃねーの!?」
「ん、衣装も変えられる……。はっ、寝巻きの上から制服を衣装にすれば、着替えなくて済むのでは」
「楓さん、それは女としてやめた方がいいと思いますわよ……?」
口々に様々な意見が飛び出す中、クラリスは一人そっと安堵する。
舞台上で、観客の前でならいくらでも話す事はできるのだが、新しく付き合っていく仲間となるであろう少女たちの前で話す、という事に酷く緊張していたのだ。
素直に自分の言葉を信じて、受け入れてくれる。
そんな姿が、ずいぶんと懐かしくて、嬉しい。
そんな風に胸を撫で下ろしたいたせいか、気付くのが遅れてしまった。
弓歌が早速とばかりに両手を前に差し出して、魔力を集中させ始めている事に。
「ダメ! 魔力の制御ができなきゃ、暴発が――!」
「――あー、ダメだ。なんかカッコ悪いな、これ」
「――……え?」
弓歌が魔力を集中させていた事を制止しようと声をあげて手を伸ばしたクラリスが見たものは、完璧に魔力を集中させて暴発すらさせず、しかしイメージがしっかりと固定されていなかったせいか、妙にぐねぐねと湾曲が多いスナイパーライフルらしき何かを彷彿とさせる代物であった。
隅に立っていた奏が弓歌の席の近くへと無言で近寄っており、弓歌も自分がやらかしたと気がついたのか、生み出したスナイパーライフルもどきを消して背筋を伸ばすも、すでに遅い。
奏が腕を組み、弓歌の前で立ったまま冷たい目をして弓歌を見つめた。
「クラリスさん、今、暴発と言ったわね?」
「えっと、すみません……。先に説明するべきでした……」
「いえ、あなたに落ち度はないわ。説明を聞いている最中にいきなり実践しようとする方がおかしいのよ。そうでしょう、皐 弓歌さん?」
「…………はひ……」
借りてきた猫よろしく、弓歌がぴしりと背筋を伸ばし、表情を青褪めさせたまま正面を見つめて固まる。
そんな様子に伽音が「バカだなー、まだ説明してくれてる最中だったじゃんかー」と小さく呟いているのだが、今の弓歌にはそれに反論する余裕などなかった。
「ちなみに、暴発してしまった場合、何が起こったのかしら?」
「その……、おそらくこの教室中に暴風が吹き荒れて、衝撃が生まれるので窓ガラスとかが割れていたりしたかも……」
「え……?」
てっきり魔法の不発に終わり、霧散するだろうと考えていたのは弓歌だけではなかったようで、その場にいた全員の表情が固まった。
「あの、魔装は魔力の塊みたいなものなんです。圧縮された魔力を制御しなくてはならないので、ただ消える、みたいにはならなくて。私も夢の中でそう教わっていましたし、実践した時は何度もそういう現象が起こっていたので、広場とかで人がいない時にやっていましたし……」
「そう。そっちまで実践されなくて良かったわ。――さて、皐 弓歌さん? 何か言うべき事があるんじゃないかしら?」
「すみませんっ、でしたっ!」
「……はあ。まったく、これなら教室で教わるよりも訓練場でやってもらった方が良さそうね。今日の授業内容は変更します。全員、着替えて訓練場に移動するように」
「あら、よろしいんですの?」
「魔法少女の戦力増強に繋がるなら、それが最優先になるわ。というよりも、どうせこの調子じゃ他の授業なんてしても浮足立って意味がないでしょう?」
「ふふ、否定はできませんわね?」
「さすが教官、アタシたちのこと分かってくれてるー!」
「調子に乗らない。準備なさい」
律花と伽音に答えて釘を差すも、少女たちはそんな事はお構いなしといった様子で嬉しそうに口々に返事をして準備を進める。
そんな中、クラリスから聞いた暴発の危険を知って顔を青褪めさせていた弓歌の頭に、優しく奏が手を置いた。
「あなたのご実家は道場を営んでいるそうね。そこで学んだ技術を不用意に振るえば、人を傷つける事になる。それは魔法も同じ事よ。事故であっても、力を扱う以上は責任が伴うわ。特に魔法は、ただ腕を振るったりっていう狭い範囲で収まるかどうかも定かじゃない代物。その被害はもしかしたら、ここにいる誰かを傷つけたかもしれないし、他の部屋にいる誰かに降り掛かったかもしれない。分かるわね?」
「……はい。ごめんなさい……」
「結構よ。あなたは言って分からないような子じゃなく、賢い。力が欲しいと葛之葉の一件以来、ずいぶんと頑張っている事も知っている。だから、これ以上は言わないわ。焦らないで、しっかり学びなさい」
じわりと浮かぶ涙を乱暴に腕で拭い取る弓歌から手を離して、奏は桜花に引率を頼みつつ、訓練所使用の手続きを手に持っていたタブレット端末から済ませる。
そんな姿を見て、クラリスがどこか遠い目をして、悲しげに表情を曇らせていた事に、誰も気付く事はなかった。
訓練場へと移動する事となり、律花と共に歩いていたクラリスは先程の光景について一つ気になった事を口にした。
「そういえば、さっきの魔力制御についてなんですけど……」
「あら、クラリスさん。敬語は必要ありませんわよ?」
「え?」
「わたくしは未埜瀬の者としてこうした言葉遣いが癖になってしまっておりますけれど、だからと言って距離を置こうという訳ではありませんわ。桜花さんも同様、由緒あるご家庭で育ったせいか敬語が抜けませんが、それでも少しずつ砕けた物言いにはなってきておりますもの。遠慮なさる必要などありませんわよ? それとも、お家柄だったりするのかしら?」
あっさりと、それが当然だと言わんばかりに告げる律花にクラリスは困ったように笑みを浮かべた。
「その、家とかはそうじゃないんですけど。ただ、癖になってしまって……」
「そうなんですの? であれば、尚更敬語を使わない人付き合いが必要ではなくって?」
「え?」
「わたくしや桜花さんのように求められる立場にあるならばともかく、わたくし達はまだ子供。多少の失礼や生意気を口にするぐらい、可愛いものですわ。それを受け入れてこその大人の度量、素の姿を受け入れてこその友情、というものではありませんこと?」
「……そう、ですか?」
「えぇ、そうですわ。それに、敬語を使っていようとも、態度を取り繕っていようとも本質は変わりませんもの。胸を張って、自分はこうだから受け止めなさい、とぶつかっても結構ですのよ。もっとも、いきなりは難しいかもしれませんけれど」
死線をくぐり抜けた仲間だから、というのもあるだろう。
葛之葉の一件以来、凛央魔法少女訓練校の生徒たちの絆は以前よりもずっと強く結びついていると言えた。
律花もまたそんな仲間たちを誇りに思っているからこその、堂々とした発言であった。
とは言え、クラリスにそれを強要するつもりはないのか、律花は話題を戻すように続けた。
「まあ無理にとは言いませんわ。それこそ時間が解決するでしょうし。それで、さっきの事とは?」
「あ、うん……。その、魔力の制御が凄く上手だったから。あの弓歌ちゃんって子、魔力の制御が得意なんですか?」
「あぁ、その事でしたのね。もっとも、魔力の制御でしたら、わたくし達にとっては避けては通れない課題ですもの」
「避けては通れない……? でも、魔法少女でそこまで魔力の制御に力を入れてる人、見た事なかったから」
「それはわたくし達が追いかけている相手が、その程度の事は当たり前にこなす相手で、まだまだ背中すら見えない程の相手がいるから、ですわね」
くすくすと笑ってみせてから、律花はクラリスに向かって続ける。
追いかけている相手、『白』を持つ一族と称していたルーミアとルオを思い浮かべて。
律花が何を、誰を指しているのか。
それをクラリスが知るのは、もう少し先の事となる。




