#053 序列第一位 Ⅰ
非公式魔法少女ファンクラブ、『まほふぁん』。
大和連邦国内だけではなく、それこそ他国の魔法少女も含めて公に姿を見せた魔法少女を口コミ、あるいはユーザーによるリーク情報を基に掲載し、様々な項目でその人気ランキングを決めるという、身も蓋もない言い方をしてしまえば、ただのファンサイトである。
人気ランキングはあくまでも人気ランキングであって、戦闘能力だけに特化したものではない。
容姿、愛嬌、認知度なども関わっているため、上位だから下位より強い、という方程式は成り立たない。
しかし、対象となっている少女たちにとっては、『まほふぁん』で上位ランキングに名を連ねるという事は、それだけ自分が世間に認められているというステータスとなる。
上位にいる少女が下位の少女にマウントを取ってしまうというのもまた、ある意味では十歳前後から十代中盤程度の年齢の少女たちにとってみれば、無理からぬ事であると筆者は考えている。
ともあれ、この話題はあまり触れないでおこう。
本日、記事を読んでくれている読者諸君に伝えたい内容は、そんな少女たちの中でも最も有名と言っても良い二人について、である。
『まほふぁん』に掲載されている上位二名の名は有名だ。
序列第二位、『絶対』のフルール。
しばらくは『活動不明』という不名誉なタグがつけられていたものの、最近ではその活動が再び活発化し、活躍している姿が目撃されている。
今の彼女の特徴は一切隔離結界を使わない事だ。
突如として姿を現したかと思えば、得意の『絶対』の由来である虚空そのものを切断するような斬撃がルイナーを細切れにして、風化させる。
黒く長い髪を靡かせながら表情一つ動かさずにルイナーを屠る最近の姿から『絶対強者』。そして、表情がまったく変わらない事から『絶対零度』と新たに評されるようになり、『絶対』の名をさらに盤石なものへと押し上げているようにすら思える。
しかし、そんな彼女ですら『まほふぁん』の中では不動の序列第二位に留まってしまうのだ。
それだけ、序列第一位『不動』の異名を持つ魔法少女、リリスの二つ名通りの人気ぶりは絶大なのだと、誰もが改めて目の当たりにする事となったのだと筆者は実感している。
そんな序列第一位、『不動』のリリスが凛央魔法少女訓練校に入学するという情報を、読者の皆様方はご存知だろうか?
凛央魔法少女訓練校と言えば、先日激しい戦いを繰り広げる事となり、町を救った魔法少女ロージアたちの活躍が記憶に新しい。
筆者が言うまでもないが、謎の人物の突然の登場で話題となった、あの鯨型ルイナーとの戦いの事だ。
もっとも、先述した通り、あの謎の人物に関する話は憶測でしか語れないので置いておくとしても、あの戦いで大活躍だった魔法少女ロージア。彼女が在籍する事となった凛央魔法少女訓練校に、あの序列第一位リリスが転入するのだ。
凛央といえば、五年前の『葛之葉の悲劇』が引き起こされた葛之葉が近い。
一部では葛之葉奪還のために実力者を招集しているのでは、とも言われているが、真偽は定かではないが、何かの予兆なのではないかと筆者は感じている。
今後も『不動』のリリスの活躍からは目を離せない――――。
◆
――インターネット上の記事。
絶賛している内容に一通り目を通したところで、夕蘭は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「序列第一位、『不動』のリリス、のう」
「うん、すごいよね。ほら、夕蘭様。このセンターの子、この子だよ」
明日架に声をかけられ、明日架から借りていたスマホから顔をあげた夕蘭は胡乱げな表情を浮かべながら、明日架に促されるままパソコンのモニターに目を向けた。
そこに映っていたのは、十数名の魔法少女らしいコスチュームに身を包んだ少女たちで、その中央でキラキラとした笑顔を浮かべながら激しいダンスを踊り、歌っている少女の姿が映し出されている。
実際に魔法少女として活躍している少女たちで構成されているアイドルグループ、『魔法世界』。
その不動のセンターという位置をキープし続けるだけあって、踊りも歌も、見た目までもが他の少女たちに比べて群を抜いているという印象を受ける。
その結果、『魔法世界』のグループは「リリスを引き立たせるためのグループ」などと心無い揶揄がネット上では繰り広げられ、ファンとアンチの醜い言い争いが相変わらず続いている。
とは言え、夕蘭にとってみればそんな事はどうでも良かった。
「まったく、よくもまぁ公然の場で堂々と顔を映しておるの」
「あはは、アイドルだもん。顔を隠す訳にはいかないと思うよ」
「……ま、本人の好きにすれば良いがの。それで、この娘がお主の通っておる訓練校に転入してくる、という事か」
まったくもってアイドル文化に興味を持っていなかった夕蘭ではあるが、さすがに自分の契約者である明日架の近くに来る、先日遭遇した序列第二位、『絶対』のフルールよりも上と認知されている存在は無視できなかったようで、気に喰わない様子を隠そうともしていないが、しっかりとリリスの情報を探っていた。
彼女の二つ名、『不動』。
フルール同様に魔法の見た目、戦いの姿から名付けられる二つ名ではあるものの、今では『魔法世界』の不動のセンター、絶大な人気を得ている。
「ほら、これ。リリスさんが有名になった戦いの動画だよ」
明日架が表示した動画には、四トントラック程度の大きさはあろうかという巨大な獅子型のルイナーを前に立つリリスの姿が映し出されていた。
獅子型のルイナーが低く身を落とし、突進する。
襲いかかろうと飛びかかったところで獅子型のルイナーは中空にまるで縫い留められるかのようにピタリと動きを止めた。
僅かに抵抗しようとしているのか、もがき抗うように身を僅かに動かすも、手足を振る事もできずに動けないルイナーへとリリスは歩み寄り、サーベルを思わせる武器を一歩も動かずに離れた場所で一閃させ、鞘へと収めた。
次の瞬間には拘束が解かれ、力なくべしゃりと地面に落ち、両断されたルイナーが徐々に形を失い、霧のように消えていく。
「……何をした……? いや、動きを止めたのはまるで、あのルオが鯨型ルイナーを相手に見せた魔力障壁の応用と似ているが……」
「うん、そうなんだよ。私もルオくんに会う前に見た時は相手の動きを止めたのが固有魔法なんだと思っていたんだけれど……。多分これ、魔力障壁の応用、だと思う」
この動画を見た一般人、そして以前までの明日架であれば、動きを止めたことが固有魔法だと考えてもおかしくはない。
しかし、ルオと出会い、唯希が扱っていた魔法という存在を知った事で、明日架や夕蘭は魔法少女の魔法が固有魔法のみであるという概念は過去のものだと理解している。
だからこそ、リリスの戦いを見て、とある可能性に行き着く。
そもそも今の戦い方は魔力障壁でもできる代物であり、固有魔法がこれであるとは限らない。リリスの固有魔法は全く違うものである可能性もあり、故意にミスリードさせている可能性もあるのではないか、と。
何故そんな真似をする必要があるのか、夕蘭にも理解はできなかったが、直感でそう感じてしまったせいか、モニターを見つめる夕蘭の表情は訝しげなものへと変わっていた。
「金色の髪に青い瞳。大和連邦国旧来の色とは違った見た目をしておる。外の国から来た少女という事か」
夕蘭が注目したのは、リリスの容姿だった。
大和連邦国は日本の平行世界ではあるが、日本に比べても圧倒的に海外からやってきた血が多い多種族国家だ。そのため、黄色人種、白人種、黒人種と様々な人種が混在して暮らしており、日本のように「外国人が珍しい」という考えはない。
リリスはその中でも代表的な白人種らしい見た目をしており、まるで妖精のような見た目から、ルーツとして白人種の血を継いでいるというものではないように見えた。
「えっと……ほら、あった。雑誌のインタビューであったんだけど、小さい頃に海外からこの国に引っ越してきたんだって」
「ふむ、やはり純血の白人種であったか」
続いて明日架が表示させたのは、リリスが『魔法世界』のインタビューを受けた記事の一コマであった。
リリスは九歳の時に両親の仕事の都合で大和連邦国にやって来ており、生活に慣れてきた頃にルイナーが現れ、精霊と契約して魔法少女になったと言う。
当時は祖国に帰る事も考えたそうだが、祖国よりも大和連邦国の方が魔法少女に対する規制の数々が少なかった事もあり、両親と共に大和連邦国に残る事を決意し、大和連邦国の国籍を取得、帰化したと記載されていた。
もっとも、明日架たちの目にしている記事には記載されていないものの、当時のリリスの国籍については、当然ながら問題となった。
何せ魔法少女は対ルイナー戦における唯一の戦力だ。
数が多いに越した事はなく、リリスが魔法少女となった以上、彼女の祖国もまたすぐに帰国するようにと命令を下そうとした程である。
しかし、大和連邦国でもそれは同様で、大和連邦国に残りたいという意思があると聞いた以上、本人の意思を守るべきだと反論し、お互いの主張はぶつかり合った。
結果としてリリスの主張が認められる事となったのだが、そうした背景を汲み取れるほど、明日架はまだまだ社会の仕組みというものには疎く、夕蘭もまた人間のそういった政治的なやり取りには興味がなく、触れる事はなかった。
何より、固有魔法を使っていないのであれば、なぜそれを隠しているのか。
どうしてそれだけの実力を有しているのか、という方が気にかかっていた。
「……確か明日であったな」
「うん、明日転入してくる予定だよ」
引っ越しの都合から夏休み明け早々に転入とはいかなかったが、ついに序列第一位、『不動』のリリスが転入してくる。
どうにも落ち着かない気分で、明日架はその日の夜を過ごす事となったのであった。




