#051 話し合いという名の Ⅳ
――この世界にダンジョンを生み出す目的は、多岐に亘る。
魔力を用いた戦闘方法の確立。
在野にいる魔素に対する適性の高い人材の確保。
これらを同時進行させる事によって、ルイナーに対する魔法少女の圧倒的な戦力不足を解消しつつ、魔法少女が上位のルイナーだけを相手にできる環境を整えること。
これらがまず、ルイナーの進化と直面している問題への対策というところだ。
そして、この世界の人類の段階的な魔素への適応の第一歩として、徐々に魔素を世界に放出させながら、人類の魔素適性を全体的に引き上げる一方で、ダンジョンも段階的に魔素を外よりも濃くして、ダンジョンに潜る人間は外にいるだけの人間よりも早い段階で強化させていく。
多少苦しくも感じるだろうけれど、それは自分のために頑張るだろう。
だから僕の知った事じゃない。
つまり、目下の問題となるルイナー対策を行いつつ、長期目標になるこの世界の人々の魔素適性を高める動きを同時にやってしまおうという狙いだ。
魔法少女を上位のルイナー対策に集中できる環境を構築しつつ、在野で魔素適性の高い人材をダンジョンという場所で見つけ、戦闘に参加してもらう事で戦力を拡充させる。
ダンジョンとはそもそも何か、どんなものかを含めてそこまでを説明していく。
「――そこで、だ。一つ聞きたいんだけれど、キミのような立場の神同士で連絡を取っていたり、交流はあるのかな?」
「え、あ、はい。お互いに同列の存在ですゆえ、多少なりとは」
「なるほど。もう一つ、キミたちの存在は各国の上層部が理解している、と考えていいのかな?」
「はい、それはどこも同じかと」
ふむ、やっぱりこの世界じゃ亜神たちの存在は充分に認知されているみたいだね。
「うんうん、素晴らしいね。――じゃあ、探索者ギルドの設立と探索者の管理はキミたちでできる訳だ」
「……はい?」
「探索者、あるいは冒険者でも、呼び名はなんでもいい。要するにダンジョンに挑む人達と、ダンジョンから生まれる資源の占有を行わせないための機構が必要になるだろうからね。ダンジョン産の資源の直接買い取りを行って、国の独占を防ぎ、国の圧力に屈しない機構をキミたち――神の麾下において構築し、運営してもらいたいんだ」
次々に説明しているせいか目を白黒させている天照に向かって、僕はさらに続ける。
「あぁ、あと、魔法薬をこの世界でも生み出したいから、癒やしの効果があるような神域で手に入る薬草や果実なんかも少量でいいから供出してほしい。鉱石なんかは魔素で変質したものが出るだろうからいいけど、そういう植物なんかをダンジョンの中でも繁殖させて流通させていくのもありだね。あとは勝手に研究して利用させればいいし。過剰供給してしまうのもどうかと思うから、ダンジョン管理を行う機構としては流通させる量を調整する役割も含まれるかな。もっとも、魔素が充分に世界全域に広まるまで人間が育成したり長期保存したりっていうのはできないかもしれないけども」
「え、えっと……あの、す、少しお待ちを……」
「うん?」
一通り説明を続けていたのだけれど、天照が眉間の皺を揉みほぐしながら弱々しく手をあげて制止してきた。
……はて、なんだろうか?
首を傾げる僕の前で、天照は少しそのまま動かないでいたかと思えば、一つ溜息を吐いてから顔をあげた。
「……申し訳ありません。少々、考えを整理しておりました」
「何か分からない事とかあった?」
「いえ、ダンジョンの概念やそのお考えは理解できております。ただ、そこまでの事を行うとは予想だにしておりませんでしたので、つい」
予備知識を知らないのに一通り説明しただけで理解できるなら充分過ぎるぐらいだ。最悪の場合、僕はしばらくサブカルチャー講義を行う羽目になるかもしれない、なんて思っていたけれど、そうならないで済むならありがたい。
「そのダンジョンの中では、一体何と戦う事になるのでしょうか?」
「魔物だよ。とは言っても、ダンジョンのコアが生み出す防衛機構、疑似生命とでも云うべき存在だけどね」
「疑似生命、ですか?」
「うん、そうだね。ダンジョンは魔力の塊である魔石を動力に、実際に在野にいる魔物の素材の一部を基に疑似生命を大量に複製するんだ。だから、数も自動的に補充されるし、倒せば魔石と素材の一部が残ってあとは消えてしまう」
これは前の世界のダンジョンの特徴そのものだ。
ダンジョンはコアと呼ばれる存在が創り出す代物であって、ある意味、ダンジョンという一匹の魔物とも言えるような存在だ。
外敵を招き入れ、防衛機構の役割を果たしつつ捕食するために宝をも複製するのだから、なかなかに狡知に長けているとも言える。
「人間は素材や魔法薬、あるいは強さを求めてダンジョンに入るようになる。それが延いては対ルイナーの戦力にもなっていく。同時に、ダンジョンは奥に進めば進むほど、魔素が濃くなっていくんだ。同時に防衛機構である魔物も強いものが増えていく」
「要するに、欲を満たす為には鍛えていかなければならない、と?」
「うん、そうだね。そして同時に、探索者、あるいは冒険者と呼ばれる人間の活躍を、動画を利用して放送すれば、さらに人はダンジョンに向かうだろうね。富と名声、力、そういったものはいつの時代であっても、どこの時代であっても人を動かす原動力になる」
「それはそうかもしれませんが……、戦いの中で命を落とす事もあるのでは?」
「うん、それはそうだろうね。でも、それがどうしたんだい?」
「え……?」
「確かに人が死ぬ事もあるだろうね。僕も場合によってはダンジョンから魔物を地上に放出して、人間側にも危機感を抱かせるという方法も取るつもりだよ。それで多くの人々が死ぬ事になるかもしれない。でも、それがどうしたって言うんだい? その程度の被害なんて、ルイナーに蹂躙されるよりも圧倒的に軽いじゃないか」
僕は聖人じゃない。
必要な犠牲が出るというのならば、できる限り助けたいとは思うけれど、全てを守りきろうとか、救ってやろうとか、そんな高尚な考えは持っていない。
この世界の人間は、平和に慣れすぎている。
確かに僕も日本で生きて、育っていた頃ならばそれが当たり前の日常だったし平和はあって当然のものだった。
紛争、あるいは戦争なんて遠い場所の出来事で、可哀想だ、痛ましいなんて思う事はあっても、対岸の火事を見るようなものでしかなかった。
先日の葛之葉の一件さえ報道されていないところを見るに、おそらくは事実を公表するのは見送ったのだろう。
その理由に、軍部のゴタゴタを隠すため、という理由があったであろう事も理解できる。
けれど――情報は隠すべきではなかったのだ。
「今回葛之葉の町での騒動をキミたちが知らなかったように、事実は隠蔽されてしまっている。その理由や動機は察するけれども、僕から言わせてもらえば愚行もいいところだよ。ルイナーという存在が、あそこまで大量に存在していた事実を、そしてルイナーという存在を倒している魔法少女の数がどれだけ少ないのかを、この世界の人間は知るべきだった」
せめて手柄を捏造してでも、ルイナーが大量に発生したという事実だけは伝えるべきだったのだ。
人間には勝てない、でも魔法少女なら勝てる。だから大丈夫、なんていう考えを捨てさせるには、ある意味ではちょうどいい機会だったのだから。
対岸の火事だから大丈夫、なんていう状況ではないのだと知らしめるべきだったのだ。
「限られた数しかいない少女に全てを託し、未だに平和ボケした仮初の日常を守り続けようとする人間たちに、命の危機がどれだけ間近に存在しているのかを理解させる必要があるなら、僕は魔物を解放するよ」
「……多少の犠牲は覚悟の上なのですね」
「それが必要な犠牲なら、ね」
お互いに視線をぶつけ合うこと、ほんの数瞬。
天照は一度目を閉じて僅かに逡巡した後で、改めて目を開けてこちらを見据えた。
「――承知致しました。全面協力させていただきます」
「うん、そう言ってもらえて良かったよ」
お互いに真剣な話し合いとなっていたせいか、僕らが合意を示すと空気が弛緩していくような気がする。
後ろで深い溜息を吐いている由舞にとってみれば気が気じゃないような状況だったのかもしれないし、悪いとは思うんだけれど、こればかりは由舞を巻き込んだ天照が悪いはず。
僕は同室させてもいいのかと確認したしね。
「ルオ様、そのダンジョンとやらを生み出すのは、どれぐらいの時間が必要になりますでしょうか?」
「創ろうと思えばいつでもできるよ」
ダンジョンを創る上で必要なものはダンジョンコアと潤沢な魔力だ。
最初は前世の世界の適当なダンジョンからダンジョンコアを拝借してこようかと思ったんだけど、それだと僕らが手を加えたり調整したりという事ができるか怪しかった。
そこで僕自身が作成したりできるのではないかと考えたりもしたのだけれど、如何せん、ダンジョンコアの作り方なんて知らないし、そもそもダンジョンコアがどうやって産まれているのかも知らない。
そこでルーミアと相談したのだけれど、ダンジョンコアはもともと神が作ったと聞かされ、ならばとイシュトアに連絡したら、二つ返事で協力してくれる事になったのだ。
まぁそんな経緯で、僕はすでにダンジョンコアを創るという最大の難関は無事にクリアできているのだ。
「かしこまりました。では、提供させていただく植物等に関しては目録を用意させていただきます。由舞」
「は、はぃ……!」
「話は聞いていましたね? 植物等の目録はこちらで手配をします。落ち着いてからで構いませんので、あなたは神宣衆らを通して仮称『探索者ギルド』設立のため、準備をするよう伝えなさい」
神宣衆ってなんだろうか。
なんだかこう、部下の呼び名みたいなものなのだろうとは思うけれど。
「え、えぇっと、具体的には何をお伝えすれば……?」
「ダンジョンの事は伝えずに、魔力の籠もった品を国の枠組みに捕らわれずに流通させられる組織を作る、と伝えておけば構いません。これは私からの通達であると言ってしまって構いません。それと、あなたの両親を呼んでくるように」
「しょ、承知しました!」
落ち着いてからでいいと言われているはずなのに、由舞は慌てた様子で部屋の外へと出ていってしまった。
確かに早く動き出した方がいいのは間違いないんだけれど、別に今すぐに動くほど切迫はしていないのに。
そんな事を考えながらコーヒーを飲んでいると、天照も少し疲れた様子でお茶を飲んで、ほおっと一息溜息を漏らした。
「……ルオ様」
「うん?」
「今回のこれ、話し合いではなく命令、あるいは通達と言ってくださった方が話は早かったのでは?」
「あはは、やだなぁ。命令なんてするつもりもないし、通達なんてとんでもない。ただ、キミたちが手綱を握れなかった場合、色々と混乱しそうだなって思っただけだからね」
たとえば『暁星』だけであったのなら、探索者ギルドみたいな組織を作るには繋がりもなさ過ぎて難しいし、国に与し易い相手と勘違いされて横槍を入れられかねないからね。
であれば、最初から国が下手に手を出せない存在が手綱を握ってしっかりと管理していく体制を整えてくれる方が手間は省ける。
それに、これだけの大掛かりな事をするのだ。
ルイナーの異常繁殖は無視できない問題で、早急に手を打つ必要がある。
しかし、それを人間の利権なんかに邪魔されて進まないのでは本末転倒にもなってしまいかねない。
もしもそんな事をする国があれば、僕は躊躇わずに魔物を地上に解放し、蹂躙させるだろう。
天照はおそらく、さっきまでの会話の中に含ませていたそういう意図も理解している。
結局、それを考えれば天照を含めた亜神たちにとっても自分たちが管理しやすい体制である方が望ましいのだ。
だからこそ断らないであろう事は最初から予測できていた。
「……断れない理由をつけた上での交渉を話し合いとは言わない気がいたしますが」
「交渉は勝ちが決まっているから行うものだよ?」
にっこりと笑って告げてみせると、天照は若干表情を引き攣らせながら苦笑した。




