#049 話し合いという名の Ⅱ
遅くなってしまいすみません。
朝からちょっとバタバタしていて間に合いませんでした…_(:3」∠)_
「……世界の変革の為の話し合い」
「うん、そうだね。だから少し長い話になるかな」
「なるほど。では、飲み物を用意させましょう。ご希望はございますか?」
「あ、じゃあアイスコーヒーで」
「かしこまりました。――由舞、アイスコーヒーと、私には温かいお茶を」
「は、はい……ッ!」
滑り出しとしては割りとインパクトが強かったらしく、天神と呼ばれた彼女はともかく、由舞に至っては部屋に入ってきた時の綺麗で落ち着いた所作ではなく、少しばかり慌てた様子で準備をしに部屋を退室していった。
「さて、彼女が席を外している内に、最初に確認させてほしいんだけど、キミの名前は?」
「正式な名、というものはありません。天神という呼び名はこの国の者たちからつけられた呼び名ですので」
「え、そうなの? じゃあ僕も天神様って呼んだ方がいい?」
「……先程由舞に申しました通り、貴方様は私の遥か上位の御方。そんな御方に神様付けされるというのは、ちょっと……」
「うーん、それだと残るの天だけになっちゃうし。だからって天さんって呼ぶのもおかしいよね?」
思わず僕の脳裏に三つ目に坊主頭の男性の姿が浮かびそうになるよ。
なんだか中華料理が食べたくなってくる。
「でも、名付けが行われていない、か。もしかして、キミたちの創造主である下級神からは、ろくな権限は与えられていなかったのかな?」
これはイシュトアから聞いた話ではあるのだけれど、僕のように、異世界で元から存在していた者を召喚する訳ではなく、神ならば創造主して眷属を新たに生み出すという事は可能なのだそうだ。
そうして生み出した眷属に対しては、創造主という立場にある神がしっかりと真名を与える事によって存在と役割を定義付け、自我を確立させるらしい。
それぐらい、真名というものは重要な役割を持っているらしい。
前世でたまに見かけた魔物使い――テイマーと呼ばれる人達なんかも従魔には真名を与えて魔力によって生まれる繋がりを生み、知恵や知識といったものを与え、自我を確立させたりとかしていたのだけれど、元々その力は神が眷属を生み出す際の法則を流用したものなのだそうだ。
まあ、真名については長く説明してもしょうがないので置いておくとして。
目の前にいる彼女――天神は、創造主であった下級神によって名を与えられていない。
要するに、創造主であった更迭された下級神の意図的には自我なんて持つ必要はなく、あくまでも与えられた仕事だけを淡々とこなさせようとした、という事を意味している。
「お察しの通り、創造主様によって生み出されたばかりの頃、私のような存在には自我もなく、形もただの球体であったと記憶しております。私がこのように人の姿を得たのも、人らしい考えを得るようになったのも、全ては人間による信仰によって形成されたものです」
「というと、今のキミになったのはここ数千年って訳だね」
気の遠くなるような年単位ではあるし、神の一柱になったばかりの僕にはいまいち実感の湧かない数字だけれどね。
ただ、彼女らが人間に寄り添う事で今の姿になったというのなら、ある意味ではそれは正しい成長と言えるのかもしれない。
もともとイシュトアも、僕と話す為だけに混乱させないように人の姿を取っていた存在だったけれど、この二千年の間に人間文化にどっぷりハマって自我らしい自我を確立している訳だし。
紆余曲折はあったものの正道へと進んだとも言えるだろう。
「なら、『名付け』の件はイシュトアを通してお願いするとして……――いや、うん。見てたんだね、イシュトア」
ポケットに突っ込んでいたスマホがチャットを受信したらしく、確認してみれば『ルオが仮名付けしてくれれば、正式な名付けは後で中級神にやらせるわよー』と出ている。
仮名付けって言われても。
そもそも僕、日本神話とか詳しくないし、天ってつく神って言われると、一つ好きだったゲームのキャラにいた名前ぐらいしか思い浮かばないんだよね。
「ねぇ、天照大御神って聞いた事ある?」
「いえ、ありませんが……」
「ふむ……」
この世界、日本の平行世界と言う割に、神話なんかは共通していないのか。
……いや、そもそも目の前にいる亜神たちが人の世に関係していた影響っていう線もあるけど……まあ考えていてもしょうがないかな。
「じゃあ、仮名付けとして天照でいいかな?」
「あまてらす……。それが、私の名となるのでしょうか?」
「正式な『名付け』は僕じゃなくて他の神がやる事になるし、その時はその名前を使って『名付け』をしてもらっても、他の名前でもいいけどね」
「いえ、是非この名を『名付け』していただきたく!」
「……あ、うん。分かった、多分それで通ると思うよ」
いきなり圧が強めに訴えられて困惑するよ。
何事かと思ったよ。
イシュトアからも了解した事を示すようなイシュトアがデフォルメされたようなスタンプが……え、イシュトアのスタンプなんて出てるの?
……うん、もういいや。
今は深く考えずに話を再開しよう。
「――さて、天照。キミはキミの創造主である神がどうなったかは理解しているかい?」
「……いえ。ただ、貴方様が現れて少ししてから、繋がりと言いますか、干渉が消えたような気配はあります」
「うん、それは合っているよ。まぁざっくりと言っちゃうと、キミたちの創造主は更迭されたよ。完全にこの世界から切り離されたし、二度と戻ってくる事はないだろうね」
驚いているらしく目を見開いた天照を前に、僕は僕で苦笑するしかなかった。
さすがに言えないよね、僕や魔法少女の話を神界で動画配信されていて、しかもそれが人気になったせいで下級神の所業が知られて更迭された、なんて。
僕としても言いにくいけど、当事者である天照がそんな結末を聞かされたら、放心してしまうのではないだろうか。
「……貴方様が、手を下されたのでしょうか?」
「いや、厳密に言えば僕じゃないけどね。僕はむしろ、この世界の住人がルイナーと呼んでいる存在――あれの対策でやってきたんだ」
本題に入ると認知したらしい天照の表情が引き締まる。
ちょうどタイミング良く、由舞が飲み物を準備してきたらしく、部屋の外から声をかけてきて、天照が入室を許可し、お互いの前に小さなテーブルというか、旅館なんかで食事を置くような台――お膳を置いて飲み物をそこに置いてくれた。
テーブルとかないしね。
僕と天照もお互いに一服しつつ由舞が座り直したところで、アイスコーヒーを台の上にあるコースターに乗せてから、改めて天照へと目を向けて口を開いた。
「まず、この世界のルイナーの対策を行う上で、『大源泉』を利用させてもらおうと思ってる」
「『大源泉』、ですね。先に誤解が生じぬよう言わせていただきたいのですが……」
「うん、分かってるよ。『大源泉』を利用していたのはキミたちじゃなく、下級神だね?」
「はい。残念ながら、その目的は教えていただけませんでしたが……」
「いや、それは大丈夫。もしもキミが首魁だったらタダじゃ済まなかったかもしれないだろうけれど、犯人はすでに捕まっている訳だしね」
タダじゃ済まなかった、と言ったあたりで天照の表情が強張った気がするけれども、僕が天照を犯人じゃないと理解しているからか、すぐに安堵したような表情へと切り替わった。
そういえば、葛之葉が煮え湯を飲まされた仕返しをしたいと考えているようだけれど、中級神によって捕らわれている以上、もう僕ぐらいしか手が届かない場所にいるだろう。
意趣返しあたりで我慢してもらうしかなさそうだなぁ。
我慢、してくれるといいなぁ……。
「しかし、魔素には耐性と言いますか、適応させていく必要が出てまいります。『大源泉』を利用する、という点に否やはございませんが、魔素を地上に解放すれば、多くの人間が魔素に酔い、耐性のない者には毒ともなります」
「まぁそれだけじゃないだろうね。なんせ魔素は目に見えない上に無味無臭だしね。交通事故や色々な事故による二次被害とでも言うか、そういう影響も考えなくちゃいけない以上、ある日突然魔素を地上に放出する、なんてできるはずもない」
この辺りについてはロージアと初めて会った時の言葉からも想像できた。
僕らが魔素を放出します、なんて言ったところで言う事を聞いてくれるかも分からないし、病院だって大パニック、みたいになりかねない訳だ。
生まれた時から当たり前に存在しているような環境ではなく、劇的な変化を世界に齎せるなんて、有り体に言えば劇毒を垂れ流すようなものでしかない。
「結局のところ、『大源泉』から魔素を供給する事はできたとしても、それに馴染むのに最低でも十年程はかかるだろうね。人間の進化で魔力を扱えるような人材を育てるのにも、数十年、あるいは百年単位の計画になるんじゃないかい?」
由舞の一族とやらを仕えさせている以上、この辺りについては天照の方が理解が及ぶ範疇になるだろう。
そう考えて訊ねてみれば、天照はこくりと頷いた。
「神楽の一族は、まだ魔力が世界にあった時代から脈々と続いてきた一族です。世界から魔素を奪った後も私がこの場所に招き、衰えぬよう配慮してきました。幼少の頃よりこの場所へと慣れさせ、環境に適応させ続けております故、この場所においても支障はありません。しかし、もしもここよりも魔素の濃い環境に慣れさせるのであれば、無理のない範囲で出入りを繰り返し、徐々に滞在時間を伸ばすという方法しかありません。おそらく、多少の差であったとしても数ヶ月程度の時間を要するのではないかと」
「うん、やっぱりそうなるよね」
実際、『暁星』で預かっている黒人の男の子、コニーも徐々に身体の成長に合わせて長い目で魔力を扱えるように成長させているしね。
コニーは負けず嫌いでやる気に満ち溢れているそうで、アレイアが見張っていないと無理をしようとするらしいけど、それはあくまでも本人の意思があって、その意思を尊重できるだけの環境の調整が行えるからできる育成でしかない。
それをできるような環境を人間が整えるなんて、そうそうできないだろうね。
精霊との契約を使う魔法少女という存在は、その過程を唯一無視できる手段だと言えるけど、それも適応できる人材と精霊がいなければままならないというのが実状だ。
「まぁ無理に地上に放出して、生き残るヤツだけ生き残ればいい、みたいな考えはしてないさ。ルイナーの力はまだまだ弱いし、現状でもどうにか対応はできている。けど、そうも悠長な事を言っていられる訳でもないだろう、というのが僕の見解だね」
「悠長な事、とは?」
「これを見るといいよ」
パチン、と指を鳴らして映像を中空に浮かび上がらせる。
それはつい数週間程前、葛之葉で僕らが目の当たりにした『都市喰い』の群れと、蜘蛛型ルイナーの群れを僕が映し出した際の映像だ。
「――な……ッ!」
「……な、なんやの、その数……!?」
葛之葉で起こった出来事は知らなかったらしく、驚愕に声を漏らしていた。
「これが、葛之葉――『大源泉』の上で起こった光景だよ。向こうの魔法少女と僕で全て処理はした。その後で『大源泉』を調べに行く形になったんだけど、どうもルイナーはこの『大源泉』に続く道を作っていたようだね」
続いて映し出される、僕が見た地下の光景。
意図的に『大源泉』へと繋がる形で大穴を生み出していると分かるその光景を見せながら、言葉を失った二人に僕は告げた。
「ルイナーは魔力を好む。その魔力を生み出す『大源泉』を利用して、数を増やそうとしているんだろうね。その結果が、さっき見せた葛之葉のその光景だったという訳だね」
「数を、増やす? しかし、あれは異界で生まれてやってくる侵略者では……?」
「確かに根本はそうだけど、その根本が崩れようとしている可能性がある、という話だよ」
異界で生まれてやってくる、という認識は正しい。
実際、前世の僕らの世界でもそうだった。
でも、葛之葉の地下にあった『大源泉』と、あの大量に発生した同一種の集まりは、わざわざあの場所だけに大きな門でも作り上げて現れている、とは考えられない。
もしもそうだとしたら、最初から葛之葉を拠点にあちこちに攻め込んでいただろうしね。
なのにあそこに大量にいた理由は何か。
答えは、ある意味で至極単純なものだと考えられる。
「多分、ルイナーはこの世界の生物を『大源泉』の魔力を利用して魔物化させ、眷属化させている。あるいは、自分たちをその方向に進化させるという方法を取って、戦力不足を補おうとしている、といったところだね」
それは、生物が進化するように。
知恵もなかった微生物から人間という種が生まれていったように。
ルイナーもまた、新たなステージへと進もうとしているのではないか。
僕の導き出した推察が正しければ、この世界は――かなり崖っぷちなのだ。




