#048 話し合いという名の Ⅰ
御神薙山の中腹とは言うけれど、高度は確かに高いものの、山の斜面にあるようなものではなく、充分に広い自然公園を思わせるような広いスペース。
麓から送迎バスが出ているため、広々とした専用の駐車スペースもあったりと、山とは言っても人の手が入っている事は一目瞭然といった有様だ。
「……ひぐっ、ふぐぅ……っ」
「いい加減泣き止まぬか、ナズナ。お前が煽るのが悪いのだ」
…………。
元々僕が日本人として生きていた頃は、山登りなんて小学校の学校行事や中学時代の林間学校ぐらいでしか行かなかったせいか、日本での山の風景と言ってもいまいちピンと来ない。
むしろ僕にとっての山の風景は、魔女に拾われて暮らしていた山の方が馴染みがあるせいか、山と言えば獣道か、人が通るためだけに踏み固められた道しかない獣の領域という印象が強い。
ついさっきまでナズナちゃんや創流さんと歩いていた、まさに自然そのものが色濃く残っている光景では特に思うところはなかったけれど、こういう人の手が入って自然が調整されている光景を見ると、酷く違和感を覚えるものらしい。
こう、懐かしさと寂しさみたいなものが入り交じる感覚、とでも言えばいいのかな。
「なぁ、ルオはん? なんや遠い目ぇしてはりますけど、誤魔化しきれへんと思いますえ?」
「あ、やっぱり?」
さて、ここは御神薙山の中腹のお茶屋さんである。
僕が到着した時にはすでに由舞が待っていた。
そこで僕はナズナちゃんや創流さんと出会い、散策ついでに競走になったという経緯を説明。
遅れて到着したナズナちゃんは余程自信があったようだけれど、僕が転移魔法なんてものを使えるとは思っていなかったらしく、再戦を要求するも僕がそれを拒否。
目的地に着いた以上、今から走る必要もないし。
創流さんからお説教が確定し、結果として不貞腐れて泣き始めたのである。
僕、そもそもナズナちゃんに気付いた時にも転移魔法使ったんだけどね。
それを見ているはずなのに、すっかり記憶から消え去っていたらしい。
ともあれ、そのままバイバイ、というのも可哀想という事で、僕の提案で創流さんとナズナちゃんにも着替えてもらい、お茶屋さんでお詫びというか、食べたがっていたおやつと軽食をご馳走する形になったという訳だ。
ギャン泣きという程ではないとは言え、我慢しきれなかったのか泣き始めてしまっているナズナちゃんがいるせいか、若干空気が微妙な気がしなくもないけれど、後悔はしていない。
罪悪感がないと言えば嘘にはなるけれど――
「うぅ……っ、けーき、おいしいです……っ。久しぶり過ぎて涙が止まらないです……っ! 他人のお金で食べるケーキはうめーです……!」
――前言撤回。
この子、図太い。
思わず僕が創流さんに顔を向けると、目を逸らされた。
「……」
「…………いえ、その。我々と行動しているので、こういったものを食べさせる機会があまりなく……」
違う、そうじゃないよ。
この子のおやつ事情に弁明を求めた訳じゃないんだ。
そんなやり取りをした後、一度ナズナちゃんと創流さんとは別れ、僕は由舞に連れられて、中腹の神社まで他の参拝客たちと少し離れた位置を保ちながら歩いていく。
西都の街中で出会った時は着物姿であった彼女も、この場所では巫女服のそれだ。
もっとも、千早を羽織っていない略式軽装といった風情ではあるけれど。
参道に入った以上、彼女は御使いという役職を最優先するらしく、公私で言うところの私の部分を表に出さないように振る舞うらしく、口数は最低限に留まっていた。
黙々と会話もなく歩き続けること、およそ二十分といったところだろうか。
他の参拝客らと共に神社の境内へと進んでいく。
背の高い白木で造られた大きな鳥居の下を潜り抜けて――刹那、周囲の光景ががらりと変わった。
前方には小ぶりな朱色の鳥居が並んだ道、一段一段は低い段差ではあるけれど、階段がずっと続いているらしい。
先程まで前方を歩いていた参拝客もいない喧騒も消えているし、先程潜った大きな鳥居は、葛之葉の『大源泉』と同様に境界の役割を果たしていたようだ。
なるほど、参拝客や観光客は現界にある神社に招き、本命はこっちに招くらしい。
納得してそのまま歩き出した僕に、前方で待っていた由舞が僅かに瞠目したように見えて、軽く微笑んで問題ないよと告げるようにひらひらと手を振っておいた。
おそらく、普通なら驚く出来事だし、僕も動揺の一つでも見せると思っていたのだろう。
葛之葉の所でも同じ経験をしていたし、前世でも結界の境目をきっかけにがらりと光景が変わったり、っていう事は珍しくなかったので、僕にとっては驚く程のものではないけれども。
薄っすらと金色がかった霧が広がっている。
魔力も満ちているし、葛之葉の住処に環境は近いし、そう考えると葛之葉の住処は疑似的な神域と呼べるような場所だったのだろうか。
もっとも、こっちの力はどちらかと言えば魔力というよりも、イシュトアのところで目覚めたばかりの頃に感じた神聖な力に近いイメージではあるけれど。
ともあれ、無言で会話もなく僕らは足を進めていく。
徐々に視界が霧に包まれて、足元と囲むように連なる鳥居だけが見えてくるような光景ばかりが広がって、まるで霧に呑まれるような感覚に陥りながらも歩き続けていく。
目印がなければあっさりと迷子になりそうな場所だけれど、小ぶりな鳥居が正しい道を示すかのように連なっているのは、恐らくは迷わないように配慮されているからだろう。
僕のような客人向けのものではなく、この先で務める者たちへの配慮だね。
そんな不思議な場所を歩き続けて、およそ五分。
階段を登りきり、一際大きな朱色の鳥居を潜り抜けたところで、僕も天眼を使って周辺を把握する。
薄っすらと金色がかった雲海が広がる中、その上にぽつんと姿を見せている頂上、といったところか。
日本でも有名な雲海の上に浮かぶ竹田城跡なんかは有名だけれど、立地条件としてはあれに近い。
もっとも、その上にあるのはお城じゃなくて、神社の本殿。建物の色合いは白と赤を基調にしているようで、さらに金色の装飾が目立っている。
ついつい観光気分であちこち見て回りたくもなるけれど、由舞が進む案内に従って先へと進む事を優先しておいた。
建物そのものは大きいけれど、廊下と小ぶりな建物が繋がっているような造りだし、必要以上に大きくはしていない、というところだろうか。
もっとも、それでも一家族が住む一軒家サイズに比べれば充分過ぎる程度には大きいけれども。
ともあれ、建物の中へと案内されて足を進める。
奥へ奥へと足を進めて、閉じられた襖の前、由舞が正座をして深々と頭を下げた。
「お客様をお連れしました」
「――うむ。入られよ」
襖の向こうから聞こえた声は、若干くぐもって聞こえるものの女性の声だった。
そんな声を聞いて、由舞が慣れた様子で襖に手を当てて開くと、わざわざ中へ入ってから再び正座して、僕に中に入るように手を軽く差し出した。
促されるまま足を進めると、前方に座っている十二単衣を彷彿とさせるような豪奢な着物に身を包んだ女性が、背筋を伸ばし、正座をして目を閉じていた。
長い黒髪が着物の上で広がっていて、不思議な金色のサークレットを思わせる頭飾りをつけている女性。
……なるほど、これが亜神――いや、この国の神である天神様と呼ばれる存在らしい。
イシュトアと対峙した時に感じられた魔力とは異なる力、神力とでも云うべきか、そんな力を僅かながらに感じ取れた。
僕が部屋の中へと足を進めるなり、天神様とやらが三つ指を突いて頭を下げた。
「お待ちしておりました。いと貴き御方」
「そういうのはいらないから、顔をあげてくれると助かるかな」
いきなり頭を下げるものだから背後で由舞が息を呑んだ気配を感じるし、居心地が悪い。
開幕パンチでもされたような気分だよ、ホントやめてほしい。
僕の一言に納得はしていないらしいけれど、僕の要望を無視する訳にはいかないと考えたのか、女性がゆっくりと頭を上げた事を確認したところで、僕もまた女性の正面に用意されていた大きく厚みのある座布団に、どかりと胡座をかくように座り込む。
おぉ、思ったより弾力性があって座り心地いい。
「本題に入る前に聞きたいんだけど、あの子はこの部屋に置いておいても大丈夫なの?」
「問題ございません。神楽の一族はこの部屋の一切の情報を外に漏らさぬよう誓約を交わしております。ですが、もしも貴方様が耳にさせるべきではないとお思いになるのであれば、退室させます」
「いや、キミがいいなら構わないよ」
僕は別に言いふらさないのであれば聞いていても構わないと思っているし、ひらひらと手を振って答えておく。
というか、今の由舞はあわあわしてしまって、さっきまでの澄ました巫女的な態度が崩れてしまっていて面白いしね。
「あ、え、あの、ルオはん……! ちゃ、ちゃんと口調を……!」
「由舞」
「は、はいっ」
「この御方は私の上位にあたる御方です。私のこのような姿、あなたには見慣れないものかもしれませんが、口出しは無用です」
「…………は? え?」
「上位も何もないけどね。だから別にキミも丁寧に態度を改める必要はないよ」
「そうはいきません」
……うん、なかなかにお固い。
あわあわとしていた由舞も完全にフリーズしてしまったようだし、僕としても幾つか世間話に興じるのも吝かではないのだけれど、とりあえず――本題は告げておくべきだろう。
「――さあ、始めようか。世界の変革、その為の話し合いを」




