#006 魔法少女 VS ルイナー Ⅰ
「――このように、五年前から突如この世界に現れたルイナーには既存の兵器が通用せず、人類は唐突に現れた天敵を前にただ為す術がないままに避難を余儀なくされ、生存圏を著しく減少させた、という訳だ。しかし、この事態に動いたのが、精霊と呼ばれる存在だ」
一度言葉を区切り、女は眼前に居並ぶ少年少女たちを一瞥してから再び口を開いた。
「精霊はもともとこの世界に存在していた。そんな精霊も、ルイナーの侵攻は無視できるものではなかった。しかし、精霊の持つ力はその性質上、攻撃に変換する、という事はできなかった。そこで精霊は人間で適正のある存在と契約し、もともと人間が有していた魔力に自らの力を分け与えながら変換するという方式を用いて、ルイナーと人間が戦えるように舞台を整える事ができた」
だが――と言葉を区切って、続ける。
「精霊の力に適合できるのは十歳前後の少女しかおらず、必然的に彼女たちのように精霊に選ばれ、戦う力を持った者を、魔法少女として呼ぶようになった、という訳だ」
教室の机の上に置いてあるタブレット端末。
魔法庁から派遣されている女性教官の授業を聴きながら、当時の写真や精霊力と魔法少女の力の動きを分かりやすくした画像が流れていく。
そんな日常の授業を受けながら、私――火野 明日架はなんとなく、みんなに自分がその魔法少女なのだと気付かれないかとなんとなくドキドキしていた。
けれど、それは有り得ない。
「魔法少女は初代魔法少女らの活躍は多くのメディアに取り沙汰された。しかし、プライバシーもなく、またその力に目をつけた犯罪組織等によって親戚や友人などが人質として捕われてしまうなどの痛ましい事件が起こり、大きな問題になってしまった。それ以来、魔法少女の変身には精霊の力によって認識を阻害するという措置を講じる事になった訳だ。これによって、魔法少女となって変身している時に誰かの顔と同じだと認識できなくなり、同時に魔法少女の画像を見ても同様に認識が阻害される。おかげで魔法少女が自ら正体を明かさない限り、魔法少女の正体に気付く事はできなくなった。これによって魔法少女は守られる訳だな」
教官の説明通り、私たち魔法少女の正体は夕蘭様のような精霊のおかげで一般人に気付かれる事はない。
魔力の影響で髪が伸びたり、髪や目の色が変わったりはするけれど顔は変わっていないんだから、気付かれないっていうのは不思議な話だけど、夕蘭様が言うには、「他人の顔として認識する」という力が働いているらしい。
「そんな魔法少女が持つ力について、だ。彼女たちは精霊との契約によって魔法少女となった際に、その能力が確定する。これは本人の資質や才能によるもので、それぞれに【固有能力】を得る訳だ。炎や風などを操るもの、傷を治すもの、転移能力を有するものなど、その能力は多岐に亘る。これらの特異な能力の希少性や戦闘能力によってそれぞれランク付けされている訳だ。このランクはルイナーにも適用されており、ルイナーの危険度に対応できる魔法少女が対応に当たるよう派遣される。もっとも、大和連邦には魔法少女が六十弱しかいないため、場合によっては足止めを優先し、ランクが低い魔法少女が動かざるを得ないケースもあるが、な……」
悔しさを滲ませながらも、教官が告げる。
大人の人たちは魔法少女だけに戦いを任せる事を嫌っている人もいて、特にあの教官はそういうタイプなんだろうな。優しい人だね。
実際にそういう足止めの任務はあるって私も言われた事がある。
私の場合は炎の魔法だから、戦闘能力は高く評価されている。足止めと言ってもできる限りの攻撃をぶつけて少しでも弱らせる方針になる、と夕蘭様にも言われているから、足止めとはちょっと違うかもしれないけれど。
炎の魔法は被害が大きくなりがちで、結界の中じゃないと満足に戦えないし、もうちょっと使い勝手のいい魔法が良かった、っていうのが本音だったりするけど……。
「さて、魔法少女は何者かについては今しがた説明した通りだが、大人とてこうした魔法少女に全てを任せる訳にはいかない。そのために魔法少女をバックアップする機関として、連邦防衛省内に魔法庁が設立されており、また世界全体でも国の垣根を越えて協力体制を敷いており――」
国の垣根を越えて、という一言についついむっとしてしまう。
そんなものは表向きの話だと、魔法少女として動いているからこそ分かっている。
実際、人気ランキングだったり実力ランキングなんてものがつけられているから、そのせいで他の魔法少女を見下している子だっているもの。
ランキングなんてルイナーには関係ないんだし、みんな仲良くやれればいいのに――って言ったら、夕蘭様に「おぬしはそのままで良い」と言われて、何故か頭を撫でられた。
夕蘭様、絶対私のこと子供扱いするんだもんなぁ。
そんな風に考えて窓の外に目を向けた――その時だった。
けたたましい警報が校内はもちろん、街中に鳴り響いた。
「――ッ、緊急避難警報……! 結界が通用しないのか!?」
今回の緊急避難警報は、即座にルイナーを結界に引きずり込む事がすぐにできない場合に、近くにいる魔法少女へ緊急支援を招集しつつ民間人を退避させるための警報だった。
夕蘭様や他の精霊が行う【隔離結界】だけれど、精霊の力がルイナーの力を超えていなくては結界を弾かれる場合もあると聞いた事がある。過去にそういう事態が起こって、結構な被害者が出てしまったらしい。
そういう時の為に、この緊急避難警報は憶えておくように言われていたけれど……、実際に使われたのは私も初めてだった。
「全員、避難所へと移動を開始するッ! 訓練通りに廊下へ移動! 整列!」
教官はさすがは軍人というか、慌てずに教室の喧騒をかき消すように声をあげた。
この流れを抜け出すには、夕蘭様を待たなくちゃいけないんだけど……と動きながら考えていると、頭の中に声が届いた。
《――すまぬ、待たせた!》
《夕蘭様! 結界が通用しないって……!》
《うむ、おそらく四等級以上のルイナーじゃ! すぐに行くぞ!》
《はいっ!》
夕蘭様の力で私への認識阻害が始まると、喧騒がまるで遠い出来事のように遠くに聴こえて、元に戻った。
同時に私は教室の出入り口とは反対外、開け放たれた窓から飛び降りながら、叫ぶ。
「――みんなを守るためにッ! 私はこの誓いを貫くッ!」
学校の五階から飛び降りながら『宣誓』を叫べば、炎に包まれるように視界が埋まり、私の服が制服から魔法少女の戦闘装束に変わっていく。
魔法少女としての力を使うためには、この『宣誓』が必要になる。
精霊である夕蘭様との契約の際に決めた、私の誓約。
私は契約をする際に、「守るために力がほしい」と願い、それを夕蘭様に受け入れてもらった。
そして定められた誓約を口にする事で、夕蘭様との繋がりが強くなり、魔法少女の戦闘装束を身に纏い、魔法を使えるようになる。これはどの魔法少女も一緒だ。
《――魔力反応は北東じゃ! 急ぐぞッ!》
返事の代わりに、私は着地したその足で大地を蹴り、魔法少女にならなきゃ考えられない程の速度で建物の屋根へと飛び移り、屋根から屋根へと渡るように目的地に向かって駆け出した。
◆
昼下がりのオフィス街。
逃げ惑う人々の喧騒を眼下に捕らえつつ、中空に浮かぶ鯨を思わせる真っ黒で艶やかな身体に、ぼんやりと光を宿した奇妙な青白い紋様が特徴的な鯨のような存在を睨めつける。
悠々と浮かんでいるのは、体長百メートル程はあるだろう巨大なルイナーであった。
我が物顔で中空を泳ぐその存在は、先程結界によって位相をずらすつもりが、展開した結界すら破壊してしまうような存在であった。結界を嫌うかのように一鳴きしたかと思えば、結界を砕いてみせた。
即座に緊急警報を発動させ、人々が逃げ惑う中、鯨が懐中で鳴くような甲高い音が鳴り響くと同時に、周囲の建物のガラスがビリビリと揺れながら砕け、壁面に罅が走り、人々が耳を押さえながら悲鳴をあげ、倒れていく。
倒れた人々を嘲笑うように、中空をゆったりと漂っているルイナーが、しばらく悠然と中空を漂っていたが、いい加減飽きたのか、僅かに上体を逸らし、息を吸うような仕草をしてみせた。
未だに身動きが取れず倒れていた人々は、その姿に自らの死を悟った。
しかし。
「――く……ッ、やめろおおぉぉぉッ!」
一人の少女の叫び声。
黄色と黒を基調とした魔法少女特有の戦闘装束に身を包んだ魔法少女であった。
彼女の叫びと同時に手に持った槍から放たれたのは、雷撃。黄色がかった太い光の線が中空を貫くように鯨型のルイナーへと直進し、直撃――同時にまるで弾け飛ぶように霧散した。
「――ダメよ、エレイン! 全然効いてないわ! 早く逃げないと!」
エレインと呼ばれた少女の隣で叫んだのは、女性の声を持った猫型の精霊――雷華だった。
結界を破られ、救援を出して足止めせざるを得ない状況に追い込まれ、まだまだ精霊としては若い部類の雷華は恐慌状態になっているようで、その声色は悲痛な叫びに思えた。
しかし、エレインは勝ち気な瞳に光を宿しながらルイナーを睨みつけていた。
「いや、いいんだ! こっちさえ向けば!」
もとより倒すために魔法を放った訳ではなかった。
エレインの狙い通り、ルイナーは攻撃を仕掛けようと倒れた人々に向けていた巨大な顔先をゆっくりとエレインへ向けて、小さく口を開いた。
――刹那、音の爆発とでも言うような凄まじい音が鳴ったかと思えば、まるでトラックが突っ込んだかのようにエレインの身体に強烈な衝撃が襲った。
エレインも雷華も、不可視の衝撃を受け、凄まじい勢いで後方へと飛ばされたままビルの壁へと叩きつけられる。
「が――……っ、な、にが……?」
「ぐ、これは……。あのルイナー、音が武器になっているわ……!」
音とはそもそも振動だ。
要するに音を介して振動の波を生み出し、魔力によってその波を増幅させ、広範囲に渡って強烈な攻撃を繰り出しているのだろうと雷華は当たりをつけた。
「音……? なるほど、じゃあ耳栓でもすればいいのか!」
「そういうレベルじゃないわよ、バカエレイン! ――って、来るわ、逃げなさい!」
「わわわっ!?」
ルイナーの次の動きを察して雷華が声をあげ、エレインもまた慌ててその場を離れた。
どうやらルイナーにとって、二人が生きていた事は面白くなかったらしく、次の一撃は明らかに先程よりも高い威力を持っていたようだ。
二人がぶつかったビルさえも衝撃に耐え切れずに砕かれ、吹き飛ばされてしまった。
「うわ、ビルなくなっちゃった!」
「いいから時間を稼ぐわよ! あんなのランク四等級なんてもんじゃない、攻撃力だけなら三等級はある相手だわ! 真正面からぶつかり合ってたら命がいくつあっても足りない! 振り切らず、けれど決して攻撃を受けないように気をつけながら注意を引いて!」
「難しくないか、それ!?」
「難しい事ぐらい分かってるわ! でも、救援が来るまではそれしかないのよ!」
「――ッ、くっそおおぉぉッ! やってやらぁ!」
エレインはどちらかと言えば少年のような性格の持ち主だ。
曲がった事が嫌いで、気に入らない事にはまっすぐぶつかる、そういう少女であった。
その性格を表す最たるものといえば、「ルイナーをぶっ飛ばす!」という『宣誓』が契約の文言であったりもする。それぐらいに真っ直ぐな性根の持ち主である。
だからこそ、真正面からの戦いではない場面には弱かった。
頭を使って戦うのは苦手で、取れる戦法は基本的に全力投球しかなく、こうした時間稼ぎしかできないルイナーというのも初めて遭遇した相手だと言える。
それでもビルの間を縫うように移動し、時折ルイナーの鼻っ柱にちょっかいをかけるように雷撃を当てては逃げるという戦法を成功させるのは、彼女が天性の戦闘センスを有しているおかげに他ならない。
まだまだ荒削りではあるものの、なんとなく、という程度の勘が働いて致命的な事態を招かずに済んでいた。
お互いの攻防がおよそ十分ばかり続いた時、先手を取ったのはルイナーであった。
ルイナーはエレインの攻撃は脅威ではないと学んでしまったのか、ついにはエレインを無視して民間人へとその矛先を変えた。
「げっ、ずっこいぞ、ルイナー! アタシと勝負中だろー!」
「そんなのルイナーには関係ないわよ! でも、まいったわね、私たちじゃ攻撃を防げないし、もうエレインの攻撃が通用しない事はルイナーに読まれてる……!」
「どうすれば――!」
雷華の言う通り、ルイナーにとってみれば何もエレインに固執する必要はなかった。
先程からエレインに攻撃しているものと同じ威力のものを、未だ逃げ惑う者、逃げ遅れた者がいるその先へと向けようと振り返り、その口を僅かに開いてみせた。
そして次の瞬間――強烈な爆発がルイナーの眼前で引き起こされ、これまでエレインの攻撃を一切無視してみせていた鯨型ルイナーが鳴き声をあげながら仰け反った。
「今のは……っ!」
エレインと雷華の二人の視線の先。
そこに立っていたのは、赤を基調にした戦闘装束に身を包んだ魔法少女の姿があった。
「――これ以上、好きにはさせない!」
鯨型のルイナーを見上げるように逃げ惑う人々の眼前に立っていたのは、魔法少女ロージア。
炎を操り、戦闘能力においては一目置かれている彼女による救援は、間一髪のところで間に合ったのだ。
「――うむ、相性は悪くないの。ロージア、その調子で攻撃を先読みするのじゃ。おぬしの魔法ならば彼奴の攻撃を相殺しきれる」
「分かった!」
ロージアもまた炎を凝縮させた爆発による衝撃波は攻撃の一つとして利用した経験がある。
性質が似ていると考えた夕蘭による咄嗟の策ではあったが、夕蘭はルイナーの攻撃が持つ性質を見抜き、即座にロージアへと対応を指示したのである。
結果としてうまく相殺には成功した。
これならば一方的に負ける事はないと言えるが――しかしまだ問題は残っていた。
ロージアの攻撃をあの巨躯にぶつけようと考えれば、必然的にこの周辺にも攻撃の余波によるダメージが届いてしまう、という点だ。
「夕蘭様、結界は!?」
「案ずるな、間もなく完成するッ!」
結界は精霊の力に直結する。
夕蘭は比較的精霊の中でも上位の存在ではあるが、いかに夕蘭とは言え、あの超大型のルイナーを封じ込めるにはかなりの力を込めなくてはならない。
故に目を閉じて力を込める。
片手間に封じ込められる低位のルイナーとは異なり、あのルイナーを相手に結界を構築するのはさすがに骨が折れる、というのが夕蘭の本音であった。
「――世界よ 彼奴を彼の地へ拒絶せよ!」
結界の完成――次の瞬間には夕蘭を中心に結界を生み出す魔力が奔る。
世界は夕蘭の力によって位相がずれ、僅かに景色が歪んでいく。
しかし、鯨型ルイナーはそれを大人しく受け入れるつもりはなかったようだ。
空を見上げるようにして鳴き声をあげると、まるでガラスを砕いたかのような音を奏でて――夕蘭が構築した結界が砕けた。
「――チィッ! 彼奴め、空間全体に干渉し結界を砕きおった……ッ!」
「も、もう一度やれば――!」
「無駄じゃ。あの力が相手では結界を完成させても再び砕かれるのが目に見えておる」
「じゃあ……エレインちゃん! 避難を手伝ってあげて! ルイナーは私が止めるから!」
「お、おうっ! 任せろ、ロージア!」
エレインは確かに鯨型ルイナーとの相性は悪いが、その移動速度はかなり高く、素早く動く事ができる。ダメージを与えられるだけの力はなくとも、その速さを活かす方向性さえ正してやれば、まだまだ活躍の場は残されているのだ。
故に、ロージアは避難民の救助をエレインに任せ、空に浮かぶ鯨型のルイナーを睨みつけた。
「――私が、他の魔法少女が来てくれるまで。民間人の避難が完了するまで、あのルイナーを止め続ける!」
業、と燃え盛る炎がロージアの決意を表すかのように浮かび上がる中、ロージアとルイナーの視線が交錯した。