#043 西都の魔法少女 Ⅱ
「うちなぁ、お抹茶好きなんよ。でなぁ? このお茶屋さんのお抹茶がもう最高なんよ~」
連れて来られたお茶屋さん、というか和風な喫茶店というところなのだろうか。
木造の古民家風といったカフェに入るなり、まるで他意もないと言いたげに窓際にある二人用のテーブルへと腰掛けた少女。
彼女はメニューを見ながら、ゆったりとした物言いでそんな事を語り始めた。
「抹茶ね。なかなか渋い趣味をしているんだね」
「そんなことあらへんよぉ。お茶習っとったらお抹茶の味に慣れるもんやし。そやかて、そのまんまお粉を舐めたりできる訳やあらしまへんえ?」
ころころと笑いながらも口元に手を当ててみたり、育ちがいいという印象はあるし、マイペースな女の子という感じで毒気が抜かれる印象ではあるのだけれど、どうにもこの子の言動には違和感を覚えずにはいられなかった。
「それで、用件は?」
「忙しないお人やなぁ。お店屋さんに入っとるんやから、ちゃんと注文せなあきまへんえ? 心配せんでも、払いはうちが持つさかいに、好きなもん頼んでかまへんよぉ」
「まあ、急いでいる訳じゃないし、そう言ってくれるならご馳走になろうかな」
正直、いくら元々日本人であったとは言っても関西弁とか京言葉とか、そういうのの違いは分からないけれど、言わんとしている事はなんとなく理解できる。
確かに彼女の言う通り、そこまで急ぐ旅路でもないのは確かだし、ここは素直にお茶とかを楽しませてもらうと肯定してみせると、少女はにこやかに二度頷いてみせた。
彼女が店員を呼んで頼んだのは、抹茶ミルクと抹茶ティラミス。
抹茶が美味しいと言われていたので、僕も同じように抹茶系のメニューという事で抹茶ラテと抹茶ケーキにしてみた結果、テーブルの上が見事に緑色に染まった。
注文が届いて早速飲み物から口にしたところで、少女はにこやかなまま口を開いた。
「ねえルオくん? 周りに声が届かんようにする魔法とかないん?」
本題に入るつもりか、と思いつつ指をパチンと鳴らせば、音が消え去る。
盗聴防止の簡単な結界を張ってみせただけなのだけれど、僅かに目を見開いた後で少女は感心した様子で口を開けて目を彷徨わせた。
「ほわぁ……、言うてみるもんやねぇ」
「まぁこれぐらいはキミたちでもできると思うけど?」
「できひんよぉ。魔法少女は固有の魔法しか――」
「――うん、確かに魔法少女なら難しいだろうね。でも、キミは違うでしょ?」
抹茶のケーキにフォークを刺して口に運んでケーキの味を楽しみながら顔を向けると、少女は困ったように眉を下げていた。
「……なんで気付いたん?」
「キミが魔法少女じゃないって事に対しての質問であるなら、最初から違和感があったから、というべきかな」
そもそも僕、周囲に人通りがない事を確認してから転移して地面に降り立ったんだよね。
なのにこの少女はあの場に現れ、しかも、僕の正体を知っているような口ぶりで接してきた。
でも、もしも本当に彼女が魔法少女であって、本当に偶然僕を見かけたのであれば、「何故ここに?」という疑問の方が大きいはずだ。
なのに、この子は僕に何処に行こうとしているのかを聞いてきた。
そんな言葉、僕が何をしようとしているのかを想定できていなければ出てくるような質問じゃない。
何せ僕が見ていた看板は地図なんかでもないし、行き先を探しているように見える訳でもないのだから。
加えて、彼女の持つ魔力だ。
魔法少女みたいな、成り行きで魔力を使えるようになった存在じゃないって事ぐらい、この子の持つ魔力量を見ていれば気が付く。
キヨと呼んだ猫又と少女の間には確かに繋がりはあるみたいだけれど、魔法少女のそれとはあまりにも違い過ぎている点も含めて、この子は魔法少女ではないだろう、というのが僕の推察だった。
「――という訳で、キミが魔法少女じゃない事には最初から気が付いていたんだよ。ただ、猫又なんて存在を連れて歩いている以上、魔力を隠したいとも思えなかったし、魔法少女という体裁で声をかけてきたんだろうとは思ったけどね」
何者かが接触してきた事に気が付いていて、さらにこちらがそれを了承した上でついてきた理由までは想像がつかないのか、少女はその目に剣呑な光を宿したままこちらをじっと見つめていた。
「……ほんにいけずなお人やわぁ。知っとったんならそう言うてくれてもえぇのに」
「いけず、ね。正体を隠しているキミに言われるのは心外だなぁ」
お互いに笑みを浮かべて、はたから見ればまるで仲良く談笑しているように装いながら、僕らはお互いの出方を探り合うように笑い合う。
ストローでグラスの中を掻き混ぜながら、氷が奏でる軽快な音だけが響く中、少女はそっと一口抹茶ミルクを飲むと、背を伸ばして座り直してみせた。
「――改めまして、うちはとある神様に言われてあんたはんを迎えにきた、御使いの神楽 由舞と申します。よろしゅうおたのもうします」
「……御使い、ね」
御使いっていうのは、天使のようなものだ。
神の使い走り、とでも言うべきかな。
「黙っとってかんにんえ。気ぃ悪うしんといておくれやす」
「それは気にしてないけどね。迎えに来たって言われても、そもそも僕にわざわざ接触してくる目的が分からないなぁ。その迎えとやらの目的が、ただご馳走して観光案内するため、ではないでしょ?」
さて、御使いとして僕を迎えにきたという彼女の言い分を考えると、思い当たるのは葛之葉の一件が早々と気付かれた、っていう可能性が大きい。
そうなると、考えられる可能性としては目の前の少女は葛之葉に手を出した張本人の使いであるか、事情を知っている神の一柱か、というところだろうか。
前者であるか後者であるかはともかく、こんな人気のある場所に連れてきた事と言い、彼女自身には僕とぶつかり合うという意思はないのだろう。
僕としてもこんな場所でぶつかり合って一般人を巻き込むつもりはないし、戦う事になるようなら即この場から転移で連れ出す事になりそうだ。
目的を探る僕の視線を受けてどうにも困った様子の少女をじっと見つめて答えを待っていると、不意に声が響いた。
《――それは儂から説明させてもらおうかの》
由舞と名乗る少女に代わって答えたのは、二本の尾を持った猫又のキヨと呼ばれていた存在だった。足元で丸まって眠っていたように見せかけて、しっかりとこちらを観察していたらしく、実体化を解いてふわりとテーブルの隅に飛び上がって姿を見せた。
《この娘は御使い、巫女の一族の末裔での。本来ならその役目と力を世間に晒すような真似はするつもりがなかったせいか、些か世間知らずなんじゃよ》
「なんや、キヨぉ。うち、世間知らずやあらしまへんえ?」
《黙っておれ。……まったく、いきなり声をかけおって。最初は様子を見ると言ったであろうが》
「えぇ~? そやからお店屋さんにつれてきたんよぉ?」
《……様子を見ると聞いて、同行するとは思わぬわ、普通》
……うん、もしかして僕に声をかけてきたのは少女――由舞の独断だったのかな。
しばらくは目的を探りつつ、その後で僕に声をかけようとしていた、とか。
やりかねないもんね、この子……天然っぽいし。
なんか苦労してるんだね、猫又のキミも――と同情して生暖かい目を向けていると、猫又が僕の視線に気付いて嘆息するような素振りをしてみせた。
《……ともあれ、じゃ。由舞が言う通り、儂らは御使いという立場での。お主が断らなければ連れてきてくれぬかと頼まれたのじゃ》
「僕が断らなければ、か。ずいぶんと譲歩してくれるみたいだね」
《もともと儂らが仕える神様は無理や無茶を言う御方ではないからの。でなければ、コレもこうはなっておらぬ》
コレ、と称された由舞は否定されたせいか頬を膨らませてしまっている。
確かに厳格過ぎたり無理や無茶を言われるような環境だったら、こんな風にはならないだろうね。
指先で猫又の首をくしくしと掻いて邪魔しようとして怒られて手を引っ込めたかと思えば、また手が伸びた。
「うりうりぃ~」
《えぇい、やめぬか!》
……僕は何を見せられているんだろうか。
自由過ぎるでしょ、その子。
「で、僕を迎えに来たってどういうこと?」
《う、うむ。儂も詳しくは聞いておらぬのじゃが、誤解が生まれる前に誠意を見せる、との事での》
「……ふぅん。誤解、ね」
こういう言い回しをしてくるという事は、おそらくは葛之葉の関係であり、僕の正体を知っていると想定した方が良さそうかな。
だとすれば、この世界にいるという亜神、その眷属が彼女たちという事になる。
「ねぇ、一つ聞かせてほしいんだけど、この国にいる神って、何柱いるの?」
《む? 厳密にはそれなりの数はいるが、儂らが仕えておる神は大和の最高神様じゃ》
大和の最高神ね。
これは正直、僕にとっても早々に接触したかった相手なだけに、迎えに来たというのも悪い話ではなかった。
確かこの世界の本来の管理者は下級神で、その下級神が自分の配下として亜神を生み出し、各地を管理させたはずだ。
おそらくこの猫又の言う『それなりの数はいる』という神は、神というよりもその亜神の眷属として生み出されたものというところだろう。
「分かったよ。それじゃあ、連れて行ってもらおうかな」




