#042 西都の魔法少女 Ⅰ
葛之葉の家にはしばらくルーミアとリュリュが滞在する事になった。
ジルは『暁星』の拠点となるバー営業もあるし、アレイアもそれのお手伝いがあるので、食料を持っていったりといった支援に回ってもらう。
忙しい中悪いとは思ったのだけれど、最近、バーの方では従業員として一人の少女を雇ったらしく、そこまでの業務量にはならないらしい。
僕はそちらに顔を出していないし、会った事はないけど、従業員を増やすなら増やせばいいとは言っているから、その辺りの裁量はジルやアレイアで決めればいい。
決して治安がいい職場とは言えないけれど、ジルの前で無体な真似をできるはずもないだろうし、ある意味この世界では最強に近い見張りがいる環境だ。働きやすいんじゃないかな。
アレイアはアレイアで、彼女は今、ジュリーと行動を共にしてもらっている。
というのも、あの葛之葉の家へと続く鳥居があった『大源泉』の水は、極端に濃くなった魔素が水の性質を持った代物だ。
あれを魔力の供給用外部装置として運用できないかと考えたところ、アレイアがジュリーと協力するという形に落ち着いた。
ちなみに、さすがにジュリーをあの『大源泉』には連れて行っていない。
もしも胡狐と絽狐に会ってしまった場合、人間嫌いの過激派とも言えるようなあの双子の少女に問答無用で殺されかねないからだ。
葛之葉は案の定、『大源泉』が地上にあるものだと思い込んでいた訳だけれど、鳥居の外に出た途端、愕然としていた。
事実として葛之葉が封印される前まで、『大源泉』は地上にあったらしく、『大源泉』が地下に潜ってしまったのは、単純に量が減ってしまったせいだろう、との事だった。
これについては、神隠しとやらを行った神が、なんらかの目的で『大源泉』の魔力を管理者という存在を利用して吸い上げていたせいだと考えられる。
万が一その神が葛之葉から供給されるべき力が供給されなくなった異変に気が付いた場合に、僕と入れ違いに攻め込まれる可能性もあるし、その対策としてルーミアに滞在してもらっている、という訳だ。
「……ふふふ、神殺し、なんていうものをやる機会がくるなんてね。ちょっと楽しみだわ」
「……殺さないで捕まえておいてくれると助かるんだけど」
僕のそんな訴えは、果たしてルーミアにしっかりと届いているのだろうか。
怪しげに真紅の瞳を輝かせていたルーミアと、次は返り討ちにしてやろうと密かに燃えている葛之葉たちの決意を知っている僕としては、違う意味で心配が残る状況だ。
そんな訳で、一度葛之葉たちとは別れ、僕は今、葛之葉に教えてもらった御神薙山に程近い西都に向かって空を飛んでいた。
さて、大和連邦国において、電車というものは使われていない。
とは言え、これは何も鉄道の歴史が生まれなかったという訳ではなく、線路という限定された移動ルートしかなく、急にルイナーが現れたがために大事故を引き起こすという惨事を引き起こした事がきっかけで、避ける事のできない電車は必然的に廃れていったのが原因だそうだ。
小回りの利かない乗り物という乗り物は、ルイナーの登場によって必然的に廃れていってしまって、使われなくなった路線が非常に多い。
電車が使われなくなってしまったせいか、雑草が生い茂り、山間部を縫うように進む場所では土砂崩れで塞がれている部分なんかもあるようだけれど、道を辿るという意味ではちょうどいい。
今回僕が移動手段に空を飛ぶという方法を選択した理由は、第二、第三の葛之葉のような存在がいた場合に異変がある場所を洗い出すという目的もあるからだ。
前世では空を飛ぶなんてせいぜいが数秒程度で、ろくに使ってられなかったけどね。
神になったおかげで魔力が溢れていて、空を飛ぶ――つまり魔法を発動し続けるという事が苦にならないおかげで取れる選択肢だ。
――まぁそれはさて置き、だ。
まだこの世界の一国にしか滞在していない訳だけれど、この国を見る限り、やっぱり魔素の濃度があまりに薄い。
それでも微量ながらに感じられる点を考えると、やっぱり漏れ出ているというか、神隠しとやらを行っている何者かが見逃しているポイントもあったりするのではないかと考えて、それらしい所があればチェックしておくのも目的なのだけれど、やっぱりそう簡単に見つからないらしい。
葛之葉の管理している『大源泉』のように地中深くに潜るほどに減ってしまったか、或いは使い切ったという事も考えられる。
この辺りは葛之葉に当時の『大源泉』の位置を思い出し、ルーミアと一緒に洗い出してもらっている最中なので、他のパターンを見てみない事にはなんとも言えないけどね。
ともあれ、およそ半日程度あっちへふらふら、こっちへふらふらと飛び続けたところ、ようやく今回の目的地である西都が見えてきたのだけれど……。
「……碁盤の目、ってヤツかな?」
上空から見た西都は、正しくそんな造りを意識して設計されているようだった。
それは「原型がある」というレベルの代物ではない。
僕の知る前世日本人時代の知識で言うところ、平安京の名残というよりは写真で見たスペインのバルセロナの街のようだと印象を抱く程度には規則正しい。
休憩も兼ねて、僕は上空から人通りのない裏路地へと転移した。
西都はまさに古都といった風情があった。
建物も和風――この世界で言うところも大和の和を使った和風と表現するらしい――で、古い時代の中に紛れ込んでしまったような不思議な錯覚を覚える。
「うん?」
町を観察しがてら歩いていると、何やら古い時代の逸話を描いたような看板があってふと足を止める。
ちょうど町が碁盤の目状に造られた理由なんかを記したものらしい。
どうやらこの西都が碁盤の目状に作られるようになった理由は、度重なる妖魔の襲撃に備え、即座に居場所を特定して移動できる襲撃対策と、家屋が被害になってもそのブロックだけで留め、包囲する際に囲む目的があっての事だったようだ。
確かにそういう意味なら、理に適っている造りと言えるかもしれない。
というか、普通に妖魔対策って言われる程度にはリアルに妖怪という存在が認知されていたんだね。
「――なんやえらいモン持っとる子ぉやと思っとったけど、あんたはん、ルオくんやない?」
おっとりと、とでも言うべきか。
京言葉っぽい特有のイントネーションで話しかけられて、僕はそちらへと振り向いた。
和服に身を包んだ一人の少女。
年の頃は十代半ばといったところだろうか。
その身体からは魔力が感じられるし、二本の長い尾を揺らす猫又とでも言うべきか、そんな精霊もすぐ横に堂々と姿を見せていた。
「……魔法少女、かい?」
「そぉや。うち、いっぺんあんたはんとお話してみたかったんよ。これからどこ行かはるん?」
……うーん、なんか間延びしている言葉遣いのせいか、力が抜ける。
本人のほんわかとした空気が出ているせいもあるんだろうけれど、特に僕を警戒しているとか、そういう空気も一切感じられない。
猫又に至ってはくわぁっと大きく口を開いて欠伸をして伸びをしているぐらいだし。
「御神薙山ってところに行く予定だよ。休憩がてらこの町に寄ってみたんだ」
「急いどるん?」
「いや、急いではいないけど……」
「ほな、うち美味しいお店知っとるんよ。案内するさかい、ついてきておくれやす。キヨ、いきますえ」
堂々と背中を向けて猫又に声をかけているあたり、やっぱり警戒心なんてものは欠片も持っていないらしい。
なんとなく力が抜けるというか、独特の空気感に引きずり込まれそうだよ。
このまま無視して転移してしまってもいいのだけれど、まぁ休憩は休憩だし、せっかくいいお店を知っていると言ってくれているんだからついて行くのも悪くないかな。
お読みくださりありがとうございます。
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一応こちらで明記させていただきますが、この京言葉っぽい言語に関する「○○なんて言わない」、「○○じゃなくて○○だよ」といったツッコミは一切受け付けません。
大和連邦国の京の国の言葉という意味での京言葉とお考えくださいm




