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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
大和連邦国編
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#005 夜魔の民

 魔法少女だとかいうロージアと呼ばれた少女に、夕蘭と呼ばれた精霊。

 どうにもこの世界に違和感しか覚えない邂逅を果たしてからおよそ半日が過ぎた。

 イシュトアの言う『生意気キャラ』とやらを意識したせいで、中二病を発症したかのような気分を味わいつつも、この世界の常識や情報を収集――という名の、正確に言えばイシュトアが用意してくれたスマホを通してネットサーフィン――を行い、この世界の情報を読み取っていた。

 イシュトアが言っていたように。また、この世界の建築物なんかの見た目も相まって、日本にいた頃を想起させる。


 現人神となった影響か、一度目にした情報を整理したり記憶しておく事は容易なのは幸いだ。

 何せ少し目を通しただけの情報さえ、しっかりと記憶に残ってくれているのだから、流し読み程度でも情報は拾える。


 そんなこんなでついつい時間を忘れていたようで、僕が身を寄せている廃墟ビルの外はすっかり昼に差し掛かろうとしていた。


 どうやらこの国は、日本語がそのまま使われているのに日本という国ではなく、『大和連邦国』というらしい。高度な自主権を持つ、いくつもの州の集合国家のようだ。

 合衆国じゃなくて連邦って言われると、白いアレと速さに物言わせてしまう赤いアレを思い出すけど、それはともかく。


 日本のような形とも異なり、どちらかというと「V」字型とでも言うべきか、少し不思議な形をしていた。


 技術水準は僕が生きていた頃の日本のそれと近く、スマホはスマホとして当たり前のように存在している。

 けど一方で、魔法については密接して進化してきた代物ではなく、まだまだ解析もできていなければ、そもそも魔力を操れるのは精霊と、精霊に選ばれた魔法少女のみだそうだ。

 歴史も違うとなると、単純に別の世界という印象が強かった。


 日本の常識に比較的近いだけマシかな。

 いちいち常識を学ぶ手間がある程度は省ける程度には全く知らない世界や常識という訳ではないのはありがたい。




 ――――目下の問題は、キャラ設定だ……ッ!




 昨夜の邂逅ではキャラ設定を意識していたものの、ふとした時に凄く恥ずかしい気分になるというか、なんだか痛々しい事を言っているような気がするのだ……!

 なんだかひどく背中が痒くなって暴れ出したい気分になる。


 まぁ、バレてしまってもいいと言えばいいんだろうけど。

 元はと言えばイシュトアの勝手な設定と、見た目に似合わせるためだけにやっているものだし、僕にはそこまでの拘りはない。


 そんなキャラ設定以外にも、協力者が必要だ。

 僕の役目は基本的にアンチヒーローであり、相容れないという立ち位置を貫く必要がある。

 直接的に邪神の軍勢と戦って倒していけばいいという訳にはいかない以上、正統派のヒーロー的ポジションにいる魔法少女に対して、真っ当に助力する事はできないのだから。


 であれば、魔法少女と対立し、実戦形式の戦闘によって鍛えていく、というのはどうだろうか。

 敵は邪神の軍勢――この世界で言うところのルイナーとやらだけじゃない、とも何かを匂わせた訳だし、これは案外いい手なのでは?


 表向きは僕とも敵対、あるいは顔見知りという設定にしておくのもありなのではないだろうか。


 ――うん、悪くないかもしれない。


 早速とばかりに廃ビルの地下、光の一切届かないその場所へと足を踏み入れ、広めの部屋を探してみれば、ちょうどよく地下駐車場を見つけた。


 この世界での戦いは、精霊が【隔離結界】を早く張る事で、現実世界への影響を限定させるらしい。

 昨日僕はその結界とやらの中に出てしまったせいで知覚されたのだろう。

 精霊と言っても、常に世界全体を管理している訳ではなく、当然ながらに間に合わないケースというものが発生するようだし。

 そうして破壊された建物は国が補助金を出して補修するそうだが、そのまま棄てられるケースも珍しくはないらしく、こうした廃ビルが生まれる、という訳だ。


 その地下深く。

 ホラー映画なら幽霊か、映画ならゾンビや化け物でも出てきそうな程に深く暗いその場所で、申し訳程度に闇を照らす光珠の魔法を伴って立ち止まり、魔力を込める。


「――深く昏き闇の住人 紅き月の使者は月夜に惑わせ狂わせる 力なき者には支配と救済を 力に溺れし者へ蹂躙と断罪を 戯れに踊る鮮血の女帝 我が呼び掛けに応え顕現せよ――【契約召喚(エ・ヴェラ・リータス)】」


 詠唱に応え、ぼんやりと浮かび上がる赤黒い巨大な魔法陣。

 現人神となって初めて魔力が減少する事を実感する程度に込められた強大な魔力は、魔法陣よりも幾分か赤い靄のような何かを巻き上げながら、周辺の瓦礫や塵を吹き飛ばしていく。


 結界を張らなかったら騒動になったかもしれないなと苦笑を浮かべつつ魔法陣を見つめていれば、赤黒い光が魔法陣の上で繭のような楕円を象り、強烈な風と共に弾けた。


 繭の中から現れたのは、長い白髪を揺らした十代後半といった女性。

 長いまつ毛を押し上げるように開かれた瞳は赤く、釣り上がった目尻。女性であれば羨むような、しっかりと女性らしい膨らみを持ち、引き締まった肢体は、鮮血を思わせるような真っ赤なドレスに包まれていた。


 魔法を通して喚び出した彼女は、夜魔の民と呼ばれる種族であり、一般的にはヴァンパイアと呼ばれている存在である。

 その中でも、彼女は桁外れの力を持っているらしい事が窺える。

 ルイナーと戦う事も視野に入れて高位の者を対象として喚び出したのは確かだけれど、おそらくは真祖と呼ばれる存在。

 現人神となった影響か、想定以上の力を持った存在を喚び出してしまったようだ。


「……ここは、異界……? 異界からこの私を喚び出すなんて……」


「魔力でゴリ押ししただけだけどね」


 警戒されている、と言うよりは興味深いものを見るような目を向けてくる美女。

 僕の見た目なら侮られる可能性もあったけれど、どうやら彼女は見た目で判断してくれる程、浅慮なタイプではないらしい。


「察する通り、召喚させてもらったのは僕な訳だけれど、どうする?」


「どうする、とは?」


「キミたち夜魔の民は弱者には絶対に服従しない。故に実力を示して契約してもらえるに値するかを判断してもらい、認めてもらえば契約魔術によって契約関係を結ぶ事ができるはずじゃ……?」


 だからこそ、問いかけたのだけれど……どうにも彼女は戦う気なんてないようで、きょとんとした表情を僕に向けたまま小首を傾げていた。


「いらないわ。それより、召喚の目的と契約の条件を聞かせて?」


「へ?」


「異界から私を喚び出せる程の実力者。わざわざ戦わなくてもあなたがずいぶんと凄まじい力を持っている事ぐらい判るもの。むしろ私は、そんなあなたが一体何を差し出し、求め、齎してくれるのかに興味があるの」


 くすくすと愉しげに笑みを浮かべて、女はこちらを探るように見つめてくる。


「それはなんというか、酔狂なことだね。興味のために契約を受け入れる、と?」


「ふふふふ、永遠とも言える時間を生き続ける以上、何よりも忌むべきは退屈であるという事よ。未知もなく既知に囲まれ、終わりもなく夢もない。そんな永遠とも呼べる時間を過ごしていては、生きる事に飽きてしまうもの」


「……そういうものなのかな」


「えぇ、そういうものよ。だからこそ、私は生きる事に飽いてしまい、自ら自分を封じて眠っていたのだけれど……そんな私を、異界という未知の溢れる世界に喚び出してくれた。そんなあなたに、私は感謝していると言ってもいいわ」


 自分で自分を封じて眠っていたなんて、やっぱり真祖である事は確定だろう。

 向こうの世界で夜魔の民の真祖が生きているなんて話は聞いた事もなかったけれど。


 そもそも僕が行った召喚魔法は、前世――つまり、魔王と戦った世界にあった魔法で、英霊と呼ばれるような高位存在を喚び出す為のものを、夜魔の民を対象としてアレンジしたものだ。

 夜魔の民は契約方法がシンプルだし、人間に近い生態系だからね。

 従魔召喚なんてして巨大な狼とか喚び出したら目立ってしょうがないし。


「さぁ、聞かせてちょうだい?」


 契約を交わす以上、適当な言葉で誤魔化してしまう事はできない。

 簡単にではあるが、僕は今日に至るまでのあらましを一通り説明する事にした。


 日本、そして異世界と、その旅路の果てに魔王を封じる人柱となった結果、信仰と神の力を受け続けた事によって神となってしまったこと。そして、この世界に送り込まれたこと。

 さらにこの世界での役割――つまりイシュトアに言われたアンチヒーロー設定について言及したところで、女は瞳を輝かせた。


「――とまぁ、そんな訳なんだよ。だから、僕はイシュトアに言われた『生意気キャラ』を演じなきゃいけないんだ。まぁバレても問題ないけども……」


「楽しそうじゃない! いいわ、すごくいい!」


「えっ」


「まるで演劇ね、舞台女優のように振る舞えばいいのね? いいわ、すごく楽しそう! つまり私も、その魔法少女たちを助けつつ、けれど味方じゃないように振る舞っていればいいのね?」


「まぁそうなんだけど」


「ふふふ、そういうの嫌いじゃないわ! いくら私でも、さすがに舞台女優のようになった事はないわね。そもそも向こうの世界じゃそんな事はできなかったもの。安心して? 私、演劇とか好きよ?」


「お、おぅ、そうなんだ……」


 この女、ノリノリである。

 てっきりそんなお遊戯めいた真似は嫌だろうと思っていたのだけど。

 もしも嫌ならばあくまでも裏方に徹してもらえばいいと割り切っていたのだが、この様子なら色々と仕掛ける事もできそうだ。


「目的は分かったわ。つまり、あなたが私に求めることは、”演技”という訳ね?」


「そうだね、僕の要求はそれに尽きる。代償としてキミは何を求める?」


「それはもちろん、『相応しい言動』よ」


「……は?」


 何がもちろんなのかも分からないが、それなら特に問題はないか――と考えた途端、魔法陣が一際激しく輝いた。


 ――魔法陣に干渉して勝手に契約を開始した……ッ!?


「あなたの生きてきた過去を考えれば違和感もあるかもしれないわ。けれど、せっかくの舞台だもの。あなたのその『バレてもいいや』という言動は見過ごせないわ。だから、私はあなたの求めに応じ、その代わりに私はあなたに『常に見た目と設定に相応しい言動の徹底』を求めるわ」


「ちょ――ッ!」


「ふふふ、あなたにとっても悪い話ではないでしょう? せっかくの良質な脚本も、役者が酷ければ舞台としては成り立たないもの。そうは思わない?」


 やってくれた、と思うまでもなく契約は確定していく。

 光り輝いていた魔法陣はお互いの胸の中に吸い込まれていき、やがて全てが消え去った。


 契約は成立した。

 成立して、しまった。


「……はあ。やってくれたね、まったく」


「ふふふ、いいじゃない。どうせそういう役を演じるのだから。私だって、普段の言動と違いがあったりしたら、思わず大事な場面で笑ってしまうかもしれないでしょう?」


 契約によって設けられた誓約は重い。

 重い代償に比べれば圧倒的にマシなのは確かだけれど、もしも僕が彼女よりも圧倒的に下位の実力しか持たなかった場合、最悪自分の意識と言動に乖離があるせいで、精神的におかしくなる事だってあるのだから。

 まぁ、異界の存在を召喚する時点で、僕がそうならないって事ぐらいは織り込み済みなのだろうけれど。


 ともあれ、僕は『常に設定された性格通りに振る舞う必要がある』という訳だ。


 利点は……うん、誓約で縛られたおかげで、大して意識して行動しなくても言い回しがそれっぽくなる、という事ぐらいだろうか。

 毎回中二病患ったような気分にならなくて済む……うん、意外とこの契約、悪くないかも。

 釈然としないけれども。


「よろしくね――っと、名前を聞いていなかったわ。あなたの名前は?」


「あー……」


 日本にいた頃の名前は前世で捨てた。

 そもそも僕の名前をつけたのは毒親だったし、思い入れもなかった上に、日本人らしい見た目なんてしていなかったからね。

 その結果として前世で名乗っていた名前――エルトは、師として僕を拾い、育ててくれた魔女がつけてくれた名前だ。


 そういえば、イシュトアがエルトっていう名前は使わないようにって言っていた。

 仮にも異世界の神の名前になっている以上、使わない方がいいらしい。


「……うん、適当に何か呼び名を考えてくれるかい?」


「あら、私が決めてしまっていいのなら――そうね、(ルオ)はどうかしら? あなたの役割にピッタリじゃない?」


「ルオ、ね。うん、それでいこうか」


 今の立ち位置であるアンチヒーローという立場を揶揄して名付けたのだろうけれど、意外と悪くはないかもしれない。


「じゃあ改めて、キミの名前も教えてもらおうかな」


「えぇ、では改めて――」


 そこまで告げて、女は美しい所作でドレスの裾を軽くつまみ、ゆったりと頭を下げてみせる。

 左足を後ろに下げ、右足を曲げて礼をする仕草は、向こうの世界で使われていたカーテシーとも言えるような女性の挨拶だ。


「――ルーミア・エト・ク・ローンベルクと申します。以後、よろしくお願いしますわ、我が主様」


「うん、よろしくね、ルーミア」


 薄暗い地下駐車場内で淡い光に照らされる中、ルーミアは小さく微笑んだ。

 その微笑みはなんというか、社交慣れした貴族然としていて……――うん?


 ローンベルクって、大陸を丸々と支配していた昔の大国の名前だったような気がする。

 それに『エト・ク』は確かローンベルクの古代語で、王位だったはず。

 ちなみに爵位は『ル・ベル』で、ローンベルクの正当な血筋を名乗る貴族家が非公式に『ル・ベル』を名乗っていた。


 なんでそんな事を憶えているのかと言えば、聖女ルメリアのせいだ。

 彼女はローンベルクが亡国となった後に生まれた大国の貴族家の令嬢であり、ルメリアという名も文献にあったローンベルクの『偉大なる女王』の名前をつけた、という話だったはず。


 ルーミア、ルメリア……。


「……女王様だった経験がおありで?」


「ふふふ、さあ? どうだったかしら?」


 解読、間違えているんだね。

 名前に誇りを持っていたルメリアが知ったら、もしかしたら泣き出すんじゃないだろうか。


 ……うん、気付かなかった事にしよう。

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