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幕間 精霊と魔法少女

 ――事の発端は、そう。

 僕がルーミアを召喚し、ルーミアが魔法少女たちの前に現れた数日後。

 ポケットに突っ込んでいた、僕をこの世界へと送り出した張本()であるイシュトアから、一本の電話が入ったのだ。


《もしもーし、エルト? あ、今はルオだったかしら?》


「どっちでもいいけど、どうしたのさ?」


《んー、真名が世界に影響与えても良くないから、ルオって事で統一しましょうか》


 久しぶりと言う程の時間も空いていなかったので、僕は僕で世間話に応じる調子でイシュトアからの電話に出た。

 何やら楽しげというか、気分が良さそうな軽い物言いでイシュトアは続けた。


《それより、いいわね、ルオ! なかなかに壮大なバックストーリーを抱えたアンチヒーローっぷりだったわよ!》


「……やっぱり見てるんだね」


 諸悪の根源とでも言うべきか、僕に世界を救う手伝い――ただしアンチヒーロー的なポジションで――を命じただけあってか、イシュトアもしっかり見ているらしい。

 そうだろうとは思っていたけれど、思っていた以上に楽しんでいるようだ。


《そりゃ見てるわよ。おかげで再生数も凄い事になってるし、切り抜きも相当上がってるわよー?》


 ……うん?

 いや、確かに僕の存在がこっちの世界で話題になっているのは事実だけれど、なんだか主観的な物言いだったような。


「ねぇ、ちょっとおかしな話が聞こえたんだけど、なんて?」


《うん? あれ? 言ってなかったかしら? あなた達の活躍って今、神界のトレンド一位よ? もっとも、あなたはあくまでもアンチヒーロー。魔法少女のあのロージアって子を主人公にして編集しているから、ルオとかの本音とか本心はまだ明かされてないけどね》


「…………は?」


 神界のトレンド一位って何?

 SNSか何かでトレンド一位になってお祭り騒ぎになるような、アレみたいな感じ?


《コメント欄でもあなたとルーミアの過去とか目的とかが気になるって言われてるし、考察班もいるぐらいよ。あなた達の専用掲示板も割りとお祭り騒ぎになってるわよ?》


「ちょっと待とうか」


《あら、なぁに?》


「キミ、もしかして神界に僕のいた世界みたいな、動画投稿サイトとか掲示板とか、そういうノリのもの作って波及させてたりするの?」


《うん》


「いや、うん、じゃないが。一体何を考えているのさ……。というより、僕の知っていたかつてのキミみたいな神々に人気なん、て……いや、まさか……」


 途中まで言っていて、妙に嫌な予感がした。

 電話越しに相手がにまぁっと笑みを浮かべていく、そんな姿を感じ取ってしまったような感覚に、冷や汗が流れる。


 僕が前世の世界で魔王を封じた、二千年ほど前。

 その頃からイシュトアは僕という存在に興味を持ち、僕という存在が育った日本という国の文化に興味を抱いた。

 その結果、どっぷりとハマりにハマった結果が、人格らしい人格を得て、『アンチヒーローとして世界を救う』という発想を生み出させた、という訳だ。


 詰まるところ、イシュトアはとっくにどっぷりと日本のサブカル文化に馴染んでいた訳で。

 そんなサブカル文化に馴染んでいたイシュトアが、推し(・・)を普及したり語り合う事もできない、たった一()でだけ消化しきれるのかと言えば、それはそれで退屈というか、勿体ないという発想に至ったのではないだろうか。


 そうして至った結論。

 推しを普及したり語り合うにはどうすればいいのか。


 それは――


「――……はあ。キミ、がっつり日本のサブカル文化を神界に広めたんだね……」


《そう、正解よ》


 なんて真似してくれちゃってるんだろうか、この女神。


 というか大丈夫だろうか、日本のサブカル文化を神々に広めてしまって。

 作品によっては女神という存在を駄目人間扱いしているものもあるし、人間に対して土下座しているような代物まであるけれど。


 場合によっては天罰落ちるんじゃ?


《あぁ、大丈夫よ。フィクションはフィクションだって理解できるようになるまで、そこまでのものは見せてこなかったもの》


 あぁ、なるほど。

 イシュトアがチェックして、ライトな趣味からディープな沼に徐々に染めていった訳だね……。

 それ、染まっていない人を同好の士に引きずり込んでいってるヤツじゃないかなぁ。


 なんとなくどっと疲れたような気分で、僕は一つため息を吐き出して気持ちを切り替えた。


「それで、まさかその報告のために連絡してきたって訳じゃないでしょう?」


《え? ……あっ。えぇ、もちろん。ちゃんと用事があって連絡したわよ? ……ホントよ?》


 語るに落ちる、とでも言うべきなのだろうか。

 ツッコミを続けても仕方ないので続きを促すと、イシュトアはわざとらしく咳払いをしてから、改めて話し始めた。


《正直に言うとね、その世界、そこまで酷い(・・・・・・)とは思っていなかったのよ》


「酷いって言うと、ルイナーに対する戦力という意味で、かい?」


《それも含めて、神として放置できない程度には色々なものが破綻してしまっているのよね。それがちょっとした問題になったのよ》


 そもそも僕は神の中でも割りとイレギュラーな存在であるが故に、神々の役割というものをいまいち理解していない節があったりする。

 そんな僕に神業界の事を愚痴られても理解できないんだけど、と小首を傾げていると、イシュトアが説明を始めた。


《私のような上級神っていうのは世界の管理を主としている、って言ったでしょう? それって、いくつもの世界を統括管理する役割を持っているって事になるんだけれど、管理といっても邪神のようなケース――つまり、中級神ですら手に負えないイレギュラーに対応する為に助力したりっていう程度なのよ。直接的に干渉したり管理したりっていうのは、あくまでもその世界に割り当てられた下級神の仕事なの》


「へぇ、そうなんだ」


《でね。今回あなたに行ってもらっているその世界を直接管理するべき下級神が、管理もせずにサボり続けていた事が動画のせいで露見したのよねぇ》


「…………うん? 動画のせいで?」


 動画って、さっきもイシュトアが言っていたロージアを主役にした動画の事だとは思うけれど……それがどう繋がるんだろうか。

 そんな風に思って訊ねると、イシュトアが苦笑混じりの声色で続けた。


《えっと、私の提供している動画ってノンフィクションだって伝えてあるから、当然、舞台となっているそこの世界を知りたがる神々が出てくるのよ》


「ふむ」


《でね? あなたの大ファンの中級神がいるんだけど》


「なにそれ聞いてない」


《まあまあ、いいじゃない。それでね? 当然動画を見ている神々も、『どうして魔法少女なんていうものが実在するのか』っていう疑問を抱いたのよ。で、あなたのファンになっている中級神が、わざわざその世界の歴史を調べていたのだけれど……結果として、その世界を直接管理していたはずの下級神が、何もしていなかったって事が露見したの》


 ネット普及で身元や詳細が特定される、みたいな事がまんま神界でも起こったって事なのだろうか。


《で、その子が直接下級神に事情聴取に向かったのだけれど、その下級神、眠り続けていたのよ》


「眠り続けていた?」


 神が眠り続けるって聞いて思い当たるのは、邪神によって力を喰われたり、余程の力を使った場合のみに起こる話だとイシュトアから聞いた事がある。

 この辺りは僕も神について一通りレクチャーを受けた時にちらっと聞いた程度でしかなかったから詳しくは分からないけれども。


 そんな訳で訊ね返すしかなかった訳だけれど、イシュトアは何やら深い溜息を吐いて、疲れた様子で続けた。


《その子ね、下級神になったからって調子に乗って、中級神みたいに配下をあちこちに生み出せば自分は楽できるって考えたみたいね。で、力のある存在を調子に乗って自分の配下にするために力を使うだけ使って、あとは丸投げして眠りこけていたの》


 …………あー、うん。

 つまり、どうしようもなくサボっていた、という訳だね。


「それはまた、なかなかに怠惰な神だねぇ」


《別に勤勉であれと言うつもりはないけれどね。やるべき事さえやっていれば、後は好きにすればいいと思うし。でも、致命的なのは、それすらしていなかったという点ね》


 もうこの話を耳にした時点で、僕にとっては相当なやらかし(・・・・)っぷりだなぁとは思える内容ではあったけれど、さらにイシュトアは呆れ混じりの声で続けた。


《邪神はね、その存在がイレギュラーでしかない。だから私も、邪神の軍勢――ルイナーが出てきたら報告をあげるようにとは通達していたの。で、その世界の下級神は言われた通りに報告をあげてきた。でも、報告をあげるだけで何も手を打っていなかったのよ》


「……あー、いや、うん。ほら、精霊とかもいるんだし、手は打ったんじゃ?」


《……それをやったのは、下級神によって生み出された亜神たちよ。下級神が何も手を打たないせいで、できる範囲で手を打とうとして、ね。精霊に力を与え、精霊が契約者と共に戦う。けれど、世界の管理者である下級神が生み出したならいざ知らず、亜神によって生み出される事になった精霊が持つ力は、あなたがいた世界にいた精霊に比べるとどうしても劣るわ。結果、この世界の精霊は親和性が高い存在――少女としか契約ができない。それが、魔法少女が生まれた経緯ね》


「……なるほど。どうして魔法少女なんていう歪なものが生まれたのか、納得できたよ」


 本来であれば、戦わせるべきじゃない少女に力を持たせる法則が生まれた理由。

 そして、この世界の精霊が、かつての前世にいた精霊とはあまりにも定義がかけ離れている点。

 それらが、ようやく繋がった気がするよ。


《それで、下級神は降格が決定。一時的にあなたに世界の管理権限を付与する事になったわ》


「ちょっと待って。なんで?」


《その世界には今、亜神しかいないの。立場的にはあなたも似たようなものではあるけれど、上級神である私と直接繋がっているあなたは、下級神の眷属として生み出された亜神よりも圧倒的に上の立場になるもの。必然的に上位の存在に権限を移す事になるわ》


 ……まぁ、それはそうなのかもしれないけれど。

 さすがに世界の管理者なんて言われても、正直困るというか、手に余りそうだよ。


《ふふ、そう心配しないで。あくまでも一時的なものだし、何よりあなたにとってもそう悪い話じゃないと思うわ》


 まるでサプライズを控えているかのような、からかうような。

 どこか楽しげな空気を纏って、イシュトアは続けた。


《――世界への干渉権。それがあなたに与えられた。この意味が分かる?》


 イシュトアが告げた一言の言下に告げる真意に、ついつい口角が上がる。






「――ただ、キミ、さっきこっちの重要な話を伝える事すら忘れて、ただの感想語りみたいな事になっていたの、僕は忘れてないからね?」


《だって、私にとっては感想語りの方が楽しかったんだもの》






 それでいいのか、神よ。

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