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幕間 とある少女の物語 Ⅳ

 料理も食べ終えたところで、リグレッドや大地と灯吾といった男性陣は酒の入ったグラスを手に満足げな表情を浮かべている中で、リーンもまた食後の紅茶を飲みながら一息つく。

 リーンのいつもの食事と言えば「空腹を凌げるかどうか」といったところが関の山ではあるが、優しくて温かな味わいのあるカレードリアはボリュームもあり、お腹は充分に満たされていた。


 食後の一時で何気なくこれまでの生活などについてそれぞれに会話を続けている内に、話はリーンが何故棄民街に残ったのかという話題に移っていた。


「私とお母さんが棄民街に残った理由、ですか?」


「あぁ。お前さんのお袋さんとお前さんじゃ、この街で生きるのは厳しかっただろう? 棄民街に残らず、普通の町に引っ越すっていう手もあったんじゃねぇのか?」


 リグレッドの疑問は当然のものだった。

 父が死に、母と自分だけが残されるという点はリグレッドとも共通している点ではあった。

 だが、自分は男であった事と、病弱であった母を残していけない事も含めて考えて棄民街に残るという選択をしたが、リーンとその母親ならば棄民街に残る理由などなかったのではないかと、そう思えてならなかったが故に、そんな質問を投げかけていた。


「……私は当時まだ小さかったので詳しくは分からないんですが、できなかった、ってお母さんが言ってました」


「できなかった?」


「あー、リグさん。それ多分、選別対象外(・・・・・)ってヤツすよ」


「あぁ? 選別対象外? なんだ、そりゃ?」


 背後から聞こえてきた大地の声に振り返ったリグレッドが聞き返すと、大地が酒の入ったグラスを手に持ったまま、グラスを見つめながら続けた。


「この壱ノ葉がルイナーに襲われた当時、あちこちでルイナーが大量に出てたじゃないすか。まだ魔法少女なんていなくて。んで、当然、色んなトコから人が守ってもらえるところに移動しようとするんすよ。けど、受け入れようったって器にだって限界がある。抱えきれなくなっちまうじゃないすか」


「……おい、ちょっと待て。それって……」


「そうっす。最初から振り分けられたんすよ、『受け入れる価値がある人間』と『切り捨ててもいい人間』で。ウチにもそういうヤツいますし、灯吾のトコにだっているだろ、そうやって残されたヤツ」


「まぁ、な」


 リグレッドは自分から棄民街に残る選択をした側であり、そもそも申し出た事はなかった。

 それ故に、受け入れを申し出れば無条件で受け入れてもらえるものだと心の何処かで考えていたのだ。


 しかし、現実は大地の言う通り、非情なものだった。

 そもそも受け入れてもらえるか否かという(ふる)いにかけられると言うのだから。


「……助けを求めたのに切り捨てられ、見捨てられた連中は多い。そういう苛立ちとかヤケになったりとか、そういう連中が治安を悪い方に加速させちまった」


 灯吾が呟くように続ければ、沈黙がその場に広がる。

 リグレッドもまた、自分が拾われた組織のリーダーみたいな人間がどうして棄民街にいたのかと考えた事はあったが、もしかしたらそういう理由で残されてしまったのだろうかと、ぼんやりと考える。


 とは言え、もう五年経ったのだ。

 今になって行政が、政府がと騒ぎ立てる気にはなれないが、しかし面白くはない話ではあるなと思いながらちらりとリーンへと目を向ければ、リーンは紅茶のカップを見つめていた。


「……私とお母さんは、それで切り捨てられたんですね。助けてくれていれば、お母さんだって――」


「――それはどうでしょうか? 私はその受け入れ対象にならなくて良かったのではないかと思いますが」


「え?」


 洗い物をしていたアレイアがお皿を拭きながら顔をあげてあっさりと否定の言葉を告げる。

 思わずといった様子でリーンが顔をあげると、アレイアはソファーに座っていた大地と灯吾に顔を向けた。


「最初から棄民街にいた訳ではなく、受け入れられたのに棄民街に戻ってきた、という方も多くいらっしゃるのではありませんか?」


「お、おう。まぁそういうヤツも結構いるな。なぁ、灯吾」


「あぁ、ウチにもいるぜ、そういう連中。受け入れられた先で生活がキツかった、みてぇな事を言ってたけどよ」


「やはり、ですか」


「ど、どういう事ですか?」


 大地と灯吾の答えを聞いて、なんとなしに背景が見えてきたアレイアとジルは納得していたが、リグレッドや大地と灯吾、リーンはその意味が理解できず、肯定したアレイアに視線が集中する。


 ちょうど食器の片付けを終えたアレイアが一つ咳払いをしてみせるなり、ピンと人差し指を立ててみせた。


「では、勉強のお時間とまいりましょう。まず一つ、人が生きていく上で最も大事なものとは、何でしょう?」


「何って、そりゃ水と食い物だろ? それがなきゃ生きていけねぇんだし」


「その通りです。では、その食料のお話です。この国は民を受け入れる都市部で、食料を生産できますか?」


「そりゃ畑とかさえありゃ……って、そうか。都市部に畑とかはねぇよな」


「はい。基本的に食料を生産するのは都市部から離れた場所となりがちです。そのため、都市では食料自給率……要するに、食べる量と生み出す量が全く釣り合っていません。これを解決するのが、地方での生産、そして生産したものを運ぶ物流となる訳ですが――五年前、ルイナーがあちこちに出現していました。当然、地方と都市を繋ぐ物流も停止していたと考えられます」


 今でこそルイナーは弱く、散発的な出現、というのがルオら異世界からやって来た者達の見解ではあるが、出現したばかりの頃であった。

 魔法少女や精霊という異物(・・)が現れるまで、当時の混乱は凄まじいものであったであろう事は想像に難くない。


 事実として、当初ルイナーという未知の侵略者に兵器が通用しないという情報もなく、銃撃が効かないのならば外殻が硬いのだと考えられ、ミサイル等の高火力な兵器が運用されるという流れにもなり、軍部は激しい攻撃を決断した。


 しかし、大和連邦国内は国土と人口密度のバランスが非常に悪い。

 要するに、激しい攻撃を行うのであれば、被害の少ない地点まで誘導し、迎撃するという選択を取るべきではあるのだが、そうした作戦を行うのも難しい。


 民家や建物には極力被害を出さぬようにと考え、結果として、車線数の多い道路等が作戦を展開するポイントとして選ばれる事になる。

 もっとも、オフィス街や住宅街に直接現れてしまい、すでに建物の多くが倒壊しているなどの状況であれば、その限りではなかったが。


 そうして行われた作戦ではルイナーを倒すどころか傷一つつけられず、集中された火力によって道路が破壊され、建物が崩れる。

 実際、ルイナーの力が『都市喰い』程のものではなくとも、倒そうと考える軍部の攻撃によって街が、道路が余計に破壊されたのだ。

 もちろん、こればかりは軍部が悪いという訳ではなく、これまでに培ってきた常識の埒外からやって来たルイナーという存在が相手である以上、仕方ないという側面もある。


 そこまで説明をしたアレイアが、今度は人差し指に続けて中指を立てた。


「二つめは、お金です。一つめで言った通り、物流が滞り、食料が手に入りにくくなれば、必然的に今度は食料が高騰します。都市部では食料は金銭を対価として購入するものである以上、これは避けられない事象でしょう」


「でも、そういう時って国が配給とかするもんじゃなかったか?」


「確かに、局地的な災害であったなら行政や政府が手を出すでしょう。ですが、たとえ行政や政府がこの影響を緩和させようと備蓄を放出させたとしても、被害地は各地に存在していますし、食料の備蓄もたかが知れています。加えて、物流が死んでしまっている以上、運ぶ手段も確立していません。これらの影響によって、都市部で食料を手に入れられるにはお金に余裕がなければなりません。つまり、高収入でなければ都市部で受け入れられていても生きてはいけないのです」


「あー、そっか。普通よりももっと働いて金を稼がねぇと飯も食えねぇのか」


「いえ、それも難しいでしょう」


「あ? なんでだ?」


「そもそも働く場所がないからです。基本的に人を雇い入れるというのは、事業の拡大や業務生産性の向上、安定化を目的とした、ゆとりのある選択です。しかし当時、ルイナーの登場によって市場は停止していたと考えられます。故に、新たな雇用の創出は難しいのです。特に避難してきた方が新しい職に就く、というのは困難極まったでしょう」


「……地獄じゃねぇか」


「仰る通り、当時は相当に地獄だったかと。都市部に避難すれば、確かに安心感は得られたかもしれない。ですが、それだけです。結局都市部に移動したとしても、大黒柱を失った人間がまともな生活を続けられる程の環境が整っているとは思えません。そうなると、必然的に都市部から離れる、という選択肢も視野に入ってくるでしょう」


「……なるほどな。だから、結局棄民街に戻ってくるっつー訳だ」


 やれ高騰だの物流だのと言われても、この場にいるリグレッド達やリーンにはなかなか理解できない内容ではあっただろうが、アレイアがこうして順序立てて説明する事で徐々に理解が及んできたようであった。


 そんな様子を見てから、アレイアはさらに薬指を立てた。


「そして三つめが、先程お話した地獄によって生み出される、人口が集中しているが故に起こる犯罪です」


「は?」


 リグレッドだけではなく、この言葉には大地や灯吾、リーンも驚いたような反応を見せた。

 いくらなんでも、法や秩序が破綻している棄民街に比べれば充分平和だろう、というのが三人の本音だったのだ。


 しかし、アレイアにとってみればそれは誤認識と言わざるを得なかった。


「たとえば棄民街であれば、秩序や法が崩壊しているからこそ誰もが危機感を抱いて生活します。コミュニティを形成し、お互いに助け合うという事ができます。やられたらやり返す、といった報復も当然有り得るでしょう。ですが一方で、都市部で守られているという認識を持っている者達では、その危機意識が低く、日常を守ろうとする。それ故に、女子供を狙う犯罪や食料を奪うための強盗といった犯罪に対する危機意識が培われず、誰が、どこが危険であるかの予測すら立てられません。過剰な自衛手段は咎められるため、どうしても後手に回る事が予測できます」


 近所の住人だから、友人だからと安堵していられる生活が続くとは言えないのだ。

 事実としてルイナーによって混乱が沈静化する前は都市部での犯罪率が異様に向上しており、犯罪を犯した者が棄民街へと逃げ込むといった事例が増えていた。


「かと言って、結果として都市から逃げるように離れた者達が棄民街にやって来る頃には、すでに棄民街ではそれぞれのコミュニティが形成されてしまっています。余所者を受け入れられるだけの余力のあるコミュニティならばいざ知らず、せいぜい受け入れられたとしても、男ならば重労働を課せられ、女性であれば身体を使えと命じられる、という事も考えられます」


「……実際、俺もそういう話は聞いた事があるぜ。特に子連れの若い母親なんかは子供を守る為にって、そういう条件も受け入れるヤツもいたって話だな」


 リグレッドはそういったコミュニティに属していなかったが、そういった話はしょっちゅう耳にしたものだ。

 リーンもそう言われていた可能性を指摘されて、思わず身体を強張らせていた。


 当時はまだ十一歳。

 当時は母親もまだ三十代前半と若かった。

 一方で自分は対象として見られる可能性は低いが、当時から妙に視線を強く感じる事はあったため、もしかしたら、と考えると、怖かったのだろう。


 棄民街で行くアテもなく、食事も得られずに自滅する形で死んでいくか、都市部へと戻って捕まるか、自首するといったケースもあったという事実まではアレイアも知らなかった。

 だが、予測するだけでもそういった可能性が高い事は理解している。


 ローンベルクという大国を治めていたルーミアのメイドであったが故に、基礎となる教養、そして為政者としての目線を持つルーミアの悩みというものを見ていたからこそ、こうした予測に思い至っていた。


「つまり、以上の三つの観点だけを鑑みても、社会的弱者と言える家庭や環境にいる人間が都市部で無理に受け入れられても幸せになれるとは限らない、という事です。むしろコミュニティを形成し、今日(こんにち)に至るまで無事に生きていられている状況を作れているという点で考えれば、棄民街で生き抜いてきたのも決して悪いものではない、と私は考えています」


「……まぁ、そう言われりゃそうかもしれないすね」


「なんつーか、行かなくて良かったわ」


 結局のところ、今の凛央を含めた都市は仮初めの平和を謳歌しているに過ぎないのだ。

 ルイナーが出れば魔法少女は駆けつけるが、それまでに人が死ぬ事だって普通に日常の中に存在してしまっているし、平行世界の日本に近い国ではあると言え、犯罪率で言えば比にならない程度に日常の中に危険が付きまとっている。

 何も棄民街だけが変わったという訳ではないのだと、その場にいた誰もが理解した。


「世界の在り方は、常に少しずつ変わっています。この五年という短い期間で劇的に変わったように、一年後にはまた世界の在り方が大きく変わっている事もあるでしょうなぁ」


「ははっ、そうすね。一年前の俺に棄民街にこんな店があって、旨い飯と酒を食えるなんて言っても、きっと一年前の俺なら頭おかしくなってんじゃねぇのかとしか思えねぇや」


「ちげぇねぇな。一年、か……。俺らはどうなってんだか」


 ジル言葉を皮切りに、大地と灯吾は昔話を含めて語り合い始めた。


 ――「今後一年で、世界の有り様は大きく変わる」。


 それは『暁星(スティラ)』の動き出したあの日に告げられたルオの言葉。

 ジルがそれを言下に含んで告げている事に気が付いて、リグレッドとアレイアが僅かに口角を吊り上げている事に、リーンだけは気が付いて、小首を傾げていた。

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