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幕間 ジュリーの受難

「……ふむ。反応はあるが、これでは使い物にならないか……」


 凛央から程近い山の中にある一軒のログハウス。

 自然と調和している建物と言える外観をした一方で、屋根にはしっかりとソーラーパネルが設置され、建物の地下にある蓄電池に電力を蓄えており、かつインターネット環境まで整っているという、見た目とは裏腹に都会的な暮らしを可能にする建物こそ、すっかり私――ジュリー――の城となってしまったとも言える自宅兼研究所だ。


 その建物の一室で、幾つものモニターを前に眼鏡を外して眉間を揉みながら、ついつい口を衝いて出た一言に次いで出てきそうになった弱音を、温くなったコーヒーで押し流す。


 どうにもうまくいかず、行き詰まってしまっている。

 研究とはそういうものではあるけれど、どうにも集中力が途切れてしまった。

 思考しようにも頭が働かなくなってしまったらしい。


 一つ深くため息を漏らす私の前に、新しいコーヒーが机に置かれた。


「こちらをどうぞ、ジュリー様」


「あぁ、ありがとう、アレイアくん」


 ルオくんによって連れて来られた謎のメイド。

 鮮やかな赤髪をひっつめ髪にしてまとめてしまっている、いかにもなメイド。


 今時分、メイドと聞くとまがい物(・・・・)の方が一般的であると言える中において、しかし彼女に関してはそんな偽物とは違う、洗練された完璧な所作、期待値を上回る対応というものが見える。

 こう、痒いところに手が届く対応とでも言うべきか。

 彼女が一緒にいる時は何かを頼む前に対応されてしまう事の方が多いぐらいだ。


 今ではそんな習慣もとうに廃れているというのに、ここまでの完璧な仕事ぶりを発揮するアレイアくんが何処でそんな技術を学んだのか、正直謎が多すぎる。

 メイドとはなんなのだろうか。


 ……もっとも謎が多いのは我らが主であるルオくんこそ、という気もするが。


「時にアレイアくん。少し気分転換に会話に付き合ってもらいたいのだけれど、いいかい?」


「えぇ、問題ございません。では、こちらからお選びください」


「……いつの間に用意したんだい、これ……? というか、このカードは一体……?」


 アレイアくんが差し出してきたトレンチに載せられた、四枚の白いカード。

 そんなものを唐突に差し出されて、思わず首を傾げながら問いかける。


「気分転換でちょっとした会話を愉しみたい、という御方は話題を決める精神的なゆとりはないものが一般的でございます。故に、こちらの話題カードをお選びいただき、お題に沿ってお互いにお話をする、というものになります」


「へぇ、なかなか便利だね……――って、いつ用意したんだい、これ?」


「こんな事もあろうかと、準備してまいりました」


「…………さすがだね」


 一体どんな事があると思って準備しているんだろうか。

 あと、何故そんな無表情でありながらもドヤ顔しているかのような、得意げな空気を醸し出せるのだろうか。


 相変わらず意味が分からない。


「ではジュリー様、こちらのカードを一枚お選びください」


「ふむ、ではこれで」


 そう言いながら捲ってみたカードには、『メイドとは何か』と書かれていた。


「おや、さすがでございます。先程の疑問にちょうど良いものをお選びになりましたね。用意した甲斐があったというもの」


「……いや、なんでそれを知っているんだい?」


「メイドですから」


「その回答を聞いて余計にこのカードの通りの疑問が浮かんだよ」


 用意したなんて言われると、私の思考を読み取って即座に準備したように思えてしまって少し恐ろしいものがあるが……アレイアくんの場合、それをやってのけるだけの謎の力を持っていそうだから怖い。


「まぁいいか……。正直、私はメイドという分野については詳しくないからね。確かに興味のある話題ではある」


「そうですか。では、細かな部分までお話するのは避けておきましょうか」


「そうしてくれると助かるよ。あぁ、せっかく話すのだからそっちの椅子に座っておくれ。横で立たれたまま会話されるのは落ち着かないからね」


 かしこまりました、と頭を下げてから、アレイアくんは手に持っていたトレンチを下げると、背筋を伸ばしたまま椅子に腰掛けた。


「そもそもメイドと一概に言われていますが、その役割や仕事の内容などは細分化されており、例を挙げればキリがない程に非常に多岐に亘ってまいります。なので、メイドとなる者の立場に絞ってお話をいたしましょう」


「メイドになる者の立場?」


「はい。過去の貴族社会におけるメイドとは、大きく分けて二種類に分かれておりました。掃除や洗濯などを主とする、一般的に労働者階級の者達による下働きを行う者と、行儀見習いとして上級貴族の下で仕える貴族家の跡取り以外の次女や三女などが侍女として仕えるなどの二通りとなります」


「へぇ、そうなんだね。貴族なんて言われてもピンと来ないけれどね。メイドっていうのは基本的に海外の文化だよね?」


 この国にそんな立場があったのかと言われると、いまいちピンと来ない。

 そもそもこの国は様々な国の文化が入り混じっているし、昔の武士階級なんかも含めると複雑過ぎて、私も学校の単位を取るのに必要な知識程度しか頭に入れていないのだ。


 そう思っての問いかけに、しかしアレイアくんは頭を振った。


「いえ、大和連邦国においても、行儀見習いとして良家に住み込み、侍女や腰元として主人に仕えるケースはございました。女中や小間使いという呼び名がある通り、労働者階級の者達を使っている事も珍しくはありませんでしたし、何も海外だけのもの、という訳ではございません。どの国においても考える事はそう変わらず、権威を示したい雇用主側と、お偉方の家で教養を学ばせたのだと箔をつけたいと考える差し出す側の思惑によって生まれていた仕事、とでも言うべきでしょうか」


「ふむ。現代じゃなかなか考えられないものだね」


 なんとなく海外の文化だと勘違いしていたけれど、そう言われると確かに大和連邦国と縁遠い文化という訳ではないらしい。


 面白いものだな。

 まったく違う国で育まれた文化であり、そういったものが一般的であった当時は国同士の交流なんてものはなかったというのに、似た方向に進み、類似した文化を営んでいたというのだから。


「おや、興味が湧いてきましたか?」


「ん、そうだね。全く知らない世界の出来事ではあったけれど、少し理解できた気がするよ」


「では――こちらに着替えてください」


 そう言いながらすっと差し出されたのは、メイド服だった。


 ……なんで?


「メイドを知りたい、と仰るのであれば、やはり形から入る事もまた重要であると考えます。実際に着替え、体験していただこうかと」


「えぇ……? 私がかい?」


「何もメイドごっこをしてください、という訳ではありません。お言葉ですが、ジュリー様。あなた様は少し猫背になりがちで、歩き方や姿勢が崩れております。現在は名ばかりの会社ではありますが、すでにあなた様は会社の長という立場にあるのです。貴族社会とは異なるとは言え、上流階級に求められる所作の美しさを学ぶ、良い機会かと」


「う……っ、そ、そんなものが必要かい……?」


「我が主様が仰っている通り、いずれは世に出る事になるでしょう。上流階級の者は社交場にて所作や表情から相手を観察し、親しく付き合うに値するか、与し易い相手だと侮るかを計算いたします。その際に求められる動きを学ぶためとお考えください」


「……はあ。分かったよ。着てみるさ」


 確かに、私は我らが主様にも宣言している。

 評価も、向けられる称賛も全て私のものだ、と。

 そのためには表に出る必要も出てくると考えれば、確かにアレイアくんのような洗練された所作というものは、社交場という環境においては一つの武器になるだろう。


 意を決して着替えてみると、サイズがピッタリとフィットしていた。


「これはまた、ずいぶんと着心地が良いね」


「素材もですが、何よりジュリー様の体格に合わせて作ったものですから」


「……なるほど、ね。オーダーメイドがどうして良いものだと言うのか、なんとなく理解できたよ」


 見た目がカッチリとしがちな印象のあるメイド服ではあるものの、こうもしっかりと身体に合わせて作られていると、身動きに支障を感じさせないらしい。

 なんかこう、自然と背筋も伸びる気分だ。


「ただ、その……恥ずかしいね」


 ……うん、恥ずかしいのだ。

 私はコスプレなんかには興味はないし、この服はコスプレ等ではなく本物。

 安っぽいコスプレの量産商品とは違ってしっかりと作られた制服に身を包むのと変わらないのだが、こう、メイド服を着ているという事が。


 さすがにこの姿はアレイアくん以外には見せたくないなぁ――なんて考えていた、その時だった。


 唐突にアレイアくんが部屋の扉を開けると、そこにはノックしようとしていたらしい我らが主様が片手をノックする形のままにあげて、そこに立っていた。


「お帰りなさいませ、我が主様」


「うん、ただいまかどうかはともかくとして……」


 ちらりと私に向けられた視線に、私は思わず顔を赤くした。

 僅かに流れる沈黙の後で、ルオくんが少し気まずいものを見たとでも言いたげにすっと視線を逸らした。


「……いや、うん。そういう趣味があったんだね」


「違うよっ!? これはコスプレなんかじゃなくてだね――!」


「――いやいやいや、趣味をとやかく言うつもりなんてないから。似合ってるし、いいと思うよ」


「だからそうじゃないんだよ! 聞いてくれよおぉぉ!」


 なんだか妙な誤解が生じてしまいそうになり、私は柄にもなく本気で叫ぶ事になったのであった。


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