#004 平行世界と魔法少女 Ⅱ
突如現れた巨大な魔力反応。
幸いにもその場にいた妾が異形の怪物であり、無差別に人を襲う化け物――ルイナーが出現したと考え、咄嗟に【隔離結界】を発動させたが、巨大な魔力反応はその場をしばらく動こうとはしなかった。
「夕蘭様っ!」
「はよう変身せよ、馬鹿者! これだけの魔力、少なく見積もっても三等級以上の化け物じゃぞ! すでに妾が救援を呼んだ! 監視に行くぞ!」
「は、はいっ!」
なんの前触れもなく突如として現れるルイナーなど、冗談にしても笑えぬ存在じゃ。
そもそもあの異形の化け物共が現れる際に生み出される空間の歪みを感知し、アラートが飛ぶようになっているはず。
にも関わらず、幸い近くにいたから気付けたが、まるで最初からそこにあったかのように突如として現れたのじゃぞ。
しかも、よりにもよって感知できた魔力量は”三等級超え”。
戦いに特化し、成長した三等級となった魔法少女が五人集まっても、一人か二人は死ぬような力を有した化け物じゃ。
最悪の場合、妾はこの娘を諦める事も視野に入れねばならぬのかもしれぬ。
「――えっ、あんなところに人がいる!」
「なんじゃと? って、こら! 待たぬか!」
とは言え、ロージアは人助けに一直線の娘じゃからな。
どうせ待たぬだろうと考えつつ、妾も姿を消してロージアを追いかけ――思わず固まった。
――男、じゃと?
しかもこの辺りではずいぶんと珍しい白銀の髪を揺らした後ろ姿ではあるが、気配の質が男のそれであり、かつ魔力を有している、男。
――あり得るのか?
この【隔離結界】の存在自体、魔力を有した存在か、もしくは魔力を扱う素養を持つ者だけを取り込みつつ、位相をずらす結界じゃ。
これによってルイナーを早急に隔離し、魔法少女が憂いなく戦える舞台を整えるのが、我ら精霊の仕事の一つでもある。
しかし、ここに男がいる。
それもおそらく、先程妾が感じた”三等級超え”の魔力はおそらく、此奴じゃ――!
「――待つのだ、ロージア。この小童は何かがおかしい」
妾が姿を現そうとした、その瞬間。
すでに男は妾の位置を把握し、こちらに目を向けておった!
精霊である妾の魔力すら感知できるなど、有り得ぬぞ!
「夕蘭様……?」
「気を引き締めよ、ロージア。この小童、得体が知れぬ。男でありながら、ルイナー以上の魔力すら有しておるのじゃぞ。ハッキリ言って有り得ぬ存在じゃ」
平静を装いつつもロージアに告げる。
今のところ、特に動き出す様子はないようじゃが、もしも襲いかかってくるような存在であれば即座にロージアを守らなくてはならぬ。
しかし妾が動こうとしている事を、どうやらこの男は理解していたようじゃ。
「そう警戒しないでくれてもいいよ。少なくとも、今はキミ達と敵対するつもりはないからね」
「今は、じゃと?」
「そう、だね……。僕の邪魔をしないのであれば構わないさ」
何か引っかかる物言いではあるが、正直に言えば、この状況で敵対する気がないと言われて安堵した。
とは言えこのまま放置しておけるような存在ではない。
敵対するつもりがないのなら、少し探りを入れて正体を暴くべきか……。
ロージアたち魔法少女はその名の通り、十歳前後の少女ばかりじゃ。
こうしたやり取りや駆け引きといったものには致命的に向いておらぬ。
特にロージアは良く言えば素直で純粋じゃからな。
矢面に立たせる訳にはいかぬ。
「貴様、何か企んでおるのか? 一体何者じゃ? よもやルイナー共の仲間だと言うまいな?」
「……誰が、あんなものの仲間だって……?」
その一言を告げた瞬間――世界が、軋んだ。
咄嗟に妾とロージアの二人を魔力障壁によって包んだ。
あ、有り得ぬぞ、こんな力……ッ!
こんなもの、精霊である妾の力でさえも足元にも届かずに、赤子の手をひねるよりも簡単に消し去られてもおかしくはない……。
それ程の、圧倒的な差があるではないか……ッ!
――失敗した……ッ!
どうにかロージアだけでも守れればとは思うが、今おかしな動きをすれば、間違いなく消される……ッ!
しかし予想は裏切られ、ふっと妾とロージアを襲っておった圧倒的な力の奔流は突如として消え去った。
ロージアはおそらく恐怖に呼吸が止まっておったのか、目を大きく剥いて呼吸しておる。
妾も魔力障壁を壊されぬよう必死だった事を今更ながらに思い出し、魔力障壁を解除し、枯渇しかけた力を回復させるべく深呼吸を繰り返す。
「――はぁっ、はぁ……っ! なんという力じゃ……」
「いやぁ、ごめんよ。ルイナーの味方だなんて言うものだから、ついね。悪気はなかったんだけど、ね」
悪気がなかった、というのは本音じゃろう。
何やら予想外だったと言いたげに苦笑を浮かべておる。
おそらく、今しがたの魔力の奔流は僅かに怒気と共に漏れ出してしまった、その程度だと此奴は本気で思っているようであった。
――敵に回せば、人類はもちろん、精霊さえも消されるであろう。
「……いや、あのような異形の化け物共と同類として扱われては怒るのも無理はなかろう。妾の失言であった。すまぬ」
「いやいや、誤解が解けたなら何よりだよ」
あれほどの圧倒的な力を感情の発露と共に生み出すのだ、此奴にとっては随分と失礼な言葉であった、という事であろう。
しかし虎の尾となったという事は、此奴はルイナーに対して恨みを持っておるのじゃろう。
であれば、妾達にとっては少なくとも敵ではない、という事か。
「しかし、じゃ。実際にお主は何者なのじゃ? 男子がこのような魔力のある場所に、ましてや魔力を有しているなど、見たことも聞いたこともないぞ」
「……さて、キミ達に答えてあげたいところではあるんだけれど、残念ながらまだその時じゃないかな」
「なんじゃと……?」
その時、じゃと……? 此奴は何を知っておるのじゃ……?
分からぬ。しかし、此奴はもしかしたら、妾たち以上にルイナーの――あの異界からやってきた異形の化け物共について、何かを知っておるのやもしれぬ……。
ルイナー共が突如としてやって来るようになって五年。
ルイナーがどこから、どうやってやって来たのかは分からぬ点がまだまだ多い。
魔力を操り、科学兵器の一切が通用しない異形の化け物を相手に人類はかなり追い詰められたものだ。
それまではあくまでも見守るばかりであった妾たち精霊は、奇しくもルイナーの登場をきっかけに力を得て、人類を守るために姿を現し、力を貸すようになった。
だが、一般的に人間には魔力の適正がなかった。
僅かな魔力を有しているにも関わらず、まるでその力を操るどころか、存在すら知らないといった様相を呈していた。
そんな中、唯一妾たちの力を受け入れられる事ができたのは、十歳前後の少女のみ。
お世辞にも戦いに向いているとは到底言えない、まだまだ子供――守られるべき存在であった。
せめて力を与える方法が他にあれば良いのだが、その為の研究は続いておるが、まだまだ形にはなっておらぬのだから、口惜しい。
「あ、あの、じゃあ、それだけの力があるなら、私たちと一緒にルイナーと戦ってくれても……!」
「あはは、それはできないな。だって……そう――キミ達はなんの為に戦うのか、考えた事があるかい?」
「え……? そ、それは、わ、私はその、魔法少女になれたから……。この力でみんなを守りたいって、そう思ったから……」
「キミの信念は立派だね。けれど……いや、だからこそ。僕とは相容れない」
一瞬。
そう、一瞬であったが、確かに此奴の表情が昏く、しかしどこか優しげなものに変わったのを、妾は見逃さなかった。
「な、なんでですか……?」
踏み込めるのはありがたいが、どうやら此奴は答えるつもりがないようだ。
妾たちに背を向けて、動きを止めた。
「魔法少女ロージア」
「は、はいっ」
「せいぜい気をつけるといいよ。敵はなにも、ルイナーだけじゃない」
「そ、それは一体……?」
「それじゃ、また機会があったら会おう」
それだけを告げて、少年は妾たちの前から姿を完全に消した。
転移、それも妾の知覚外まで移動した、という事か……最後の最後まで有り得ぬ真似をしてくれる。
……まったく、頭の痛い存在が現れたものじゃ。
ともあれ、敵ではないのなら救援依頼は取り下げじゃな。
「……まったく、男であり、かつあれ程までの力を有した存在とは。しかも力を与えた精霊の姿もなかったからの。正体を推測する要素が少なすぎる」
「えっ、少ないって、正体が分かるような内容あったの?」
「あー、いや、情報は足りぬな」
ロージアには悪いが、今は言わぬ方が良かろう。
あの者は「魔法少女とは相容れない」と言っておった。
そしてルイナーに並々ならぬ怒りを宿しておる。
これらを繋げて考えるのであれば、「魔法少女という存在に疑問を抱き、かつルイナーに憎しみを向けるもの」である。
――あの見た目からして、おそらく魔法少女となった姉か、あるいは懐いていた姉のような存在がおり、かつルイナーによってその姉が殺されたのではないだろうか。
何故あれ程の力を有しているかはともかく、そういった背景が窺えた。
妾の脳裏を過ぎった可能性は、しかしロージアには伝えるべきではないであろうな。
万が一にもあの少年が敵となってしまった時、あの少年は魔法少女を相手にしていようときっと容赦などせぬ。
一方、ロージアがあの少年に同情してしまうような事があれば……きっと、戦う事はできぬ。
本来ならば、現実を教えてやるのもまた妾たちの役目なのであろうが、それを教えてしまい、恐怖に心が負けてしまえば、ルイナーを食い止められる魔法少女がいなくなってしまう。
魔法少女は、偶像に等しい。
魔力を持つ故に選ばれた者だけが魔法少女となり、正義を貫く事ができる。
魔装と呼ばれる衣装は少女達のイメージによって具現化するものではあるが、そのせいか魔法少女は妙にフリフリとした衣装が多く、その姿がまたさらに偶像めいていると言うべきか。
故に、憧れられる。
故に、愛され、応援される。
故に、戦いの苛烈さに対する認識も、死といったものに対する実感は薄い。
特にロージアはその傾向が強い。
「さて、帰るぞ、ロージア。結界を解除するからさっさと戻るのじゃ」
「はーい」
結界をいきなり解いてしまうと魔法少女が民衆の目の前に突如現れたように視えてしまうからの。
結界を解く前に移動し、人がいなさそうな場所まで移動するよう促し、移動を開始した。
本日はここまでになります。
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