#033 エピローグ
軍部の暴走による葛之葉奪還作戦。
海外の某国から手に入れたとされる対ルイナー用兵器を用いた作戦の結果、『都市喰い』とその配下と思しき大量のルイナーを眠りから呼び覚まし、一歩間違えれば大和連邦国内の滅亡すら招きかけた一連の事件は、軍部が新たに立ち上げた凛央魔法少女訓練校に在籍する生徒らの活躍によって解決した。
さらに、大和連邦国軍の大将の一人、大野の迅速な行動によって、葛之葉奪還作戦に関わった者達もまたすでに処分が決定している。
八十島はもちろん、今回の作戦に関与した多くの軍人、幹部、そして果てには政治家の関与までもが浮き彫りになり、それから一週間程で内部の粛清と政治家の逮捕や引退への追い込みといった動きが進められる事となったのだ。
――しかし、これら一連の騒動は世間に公表される事はなかった。
そもそも今回の騒動は、ようやく信用を回復しつつある連邦軍のイメージを地に落とす所業だ。
綺麗事だけで言うのであれば、誠実に、真摯に対応すべきではある。
しかし、ほんの半年足らず前に軍内には粛清の嵐が吹き荒れ、そんな中でさらに葛之葉にまで手を出したと耳にすれば、民衆が怒りのあまりに暴動を起こす可能性もあり、直接的に関与していない者たちにまで累が及びかねない、というのがお偉方の判断であった。
不幸中の幸いは、葛之葉が禁忌の地として扱われていたため、人の目が届かない場である、という点だろうか。
正式に発表さえしなければ、何かが起こったと理解できる者はいないのだ。
故に、世間への公表は見送られた。
時期が時期だけに、これ以上のスキャンダルは看過できない状況である事は大野も重々承知していたため、その対応を黙認せざるを得なかった。
現在葛之葉では軍部による調査活動が行われており、この動きが一段落してから、改めて葛之葉奪還に成功したと公表する事になる予定だ。もっとも、それが半年から一年以上は先の事となるだろう、というのが軍内の見解であった。
「――以上が、今回の騒動の行き着いた先、といったところね。実際に戦いに身を投じて活躍してくれたというのに、公式な評価を下すのはずいぶんと先の話になりそうだわ」
憮然とした態度でそんな言葉を口にした奏の言葉に、一通りの話を聞かされる事となった魔法少女らの反応は苦笑や納得といったものばかりであった。
葛之葉の奪還という偉業を果たしてみせた上に、評価すら先延ばしされる事になる。
少しぐらいは責められるだろうと覚悟していた奏としても、そんな魔法少女らの態度に疑問を抱いて目を向ければ、代表するように律花が口を開いた。
「軍部の混乱による市井への影響は大きいですわ。今回の一件は特に、五年前の悲劇を思えば、私たち魔法少女が現地で動いていたという事だけでも問題になりかねない程のもの。今はまず、地盤を固める時期。わたくしは軍部の判断を支持いたしますわ」
「とか言いつつ、結局はルオとフルールがいなかったらアタシらだけじゃどうしようもなかったって言ってたの律花じゃんかー。それなのに評価されるなんて未埜瀬の名が泣きますわーって」
「伽音さん!? そういう事は言わなくてよろしいですのよ!?」
律花が澄ました表情で告げた答えに対して、伽音は特に悪びれもなくそんな回答を口にした律花の本音を暴露する。
もっとも、伽音は告げ口してやろうと考えている訳ではなく純粋にそう言っていたと指摘しているに過ぎない。一切の他意はなく純粋な指摘でしかなかったのだが、体裁を気にして大人ぶりたい言葉を口にした律花としては面目を潰されたような状況であった。
あっさりと本音を暴露されてしまった以上、隠していてもしょうがない。
気を取り直した律花が小さく咳払いをすると、先程までの凛とした物言いから一転して、苦笑を浮かべた。
「結局、あの戦いは序列第二位の『絶対』ことフルールさんと、あの謎の少年による活躍があったからこその勝利でしたもの。それを横取りするようにわたくし達を評価しろだなんて、とても言えませんわ。それに、あの場でわたくし達に下っていた本来の命令は避難命令。軍である事を考えれば処罰されてもおかしくはないですわね」
律花が告げる通り、彼女たちはあの場にいたからこそ、尚更に理解していた。
結局のところ、あの場にルオと唯希の二人が現れなければ、まず間違いなく戦いにすらならなかっただろう、と。
蜘蛛型ルイナーに対してはどうとでもなったかもしれないが、後に映像越しに見る事になった『都市喰い』の大量発生している状況は、絶望そのものであったのだから。
故に、全員が全員苦笑を浮かべたり、自分たちが救ったのだと胸を張って言えるような気分にはなれない、というのが全員の素直な感想であった。
奏はそんな少女らの素直さに喜びつつ、しかし気を引き締め直すように表情に力を入れた。
「あなた達は確かに軍預かりの立場だけれど、軍規を絶対遵守する事を求められる立場ではないから安心なさい。それでも組織である以上、信賞必罰は必要よ。あのイレギュラーと言える少年たちの事は含まずとも、あなた達が戦い、ルイナーを倒した事に変わりはないわ。あなた達が驕っていない謙虚な態度なのは喜ばしいけれど、誇りなさい」
そんな言葉をかけられても、素直にそう評価されている事を受け止めるのは難しいだろうなと奏は思う。
あまりにもイレギュラーな存在が隔絶した力を持っており、映像越しとは言えそれをまざまざと見せつけられたのは、奏もまた一緒だ。
あれと比べると、と考えてしまうのも無理はないが、それでも奏は素直に少女たちを称賛したかった。
「それにしても、異世界ね……。ルイナーという存在が他の世界からやって来た存在ではないかと言われていたのは確かだけれど、まさか人間までもが異世界からやって来ていたなんて」
ルーミアとルオの応酬の中で明らかになった数々の真実は、奏も報告を受けていた。
この情報はすでに奏の直属の上司にあたる大野にも渡っているが、現状では公にできるものではないと考えられ、軍部の中でも一握りの人間にしか伝わっていない。
しかし同時に、得心が行くというのもまた事実だ。
イレギュラーであるルオ、そしてルーミアといった二人は明らかに魔法少女とは全く異なる魔法を操り、ルイナーの情報に対しても精通していた。それはこの世界に於いて、明らかに異質な存在であったからだ。
「でも、朗報もあります。フルールさんもまた彼らと同じように幾何学的な紋様――魔法陣を構築し、固有魔法以外の魔法を使っている姿を私たちは見ました。あの技術さえ学ぶ機会があれば、私たちは今以上に様々な戦いができると思います」
「おー、桜花も攻撃魔法とか使えたら結界と攻撃でつよつよだなー! アタシもこう、空とか飛びたい!」
「オレもだ。天眼と合わせて攻撃魔法とか使えるんだったら覚えたい。そしたらオレだって……」
微笑みを湛える桜花と、そんな桜花の言葉に反応したのは伽音と、桜花や楓と同様に攻撃手段を持っていない弓華であった。伽音はともかく、弓華としては完全にサポート役にしかなれない自分の固有魔法だけではなく、様々な魔法も使えると知り、少々興奮しているようにも見えた。
「自分にないものを欲しがる気持ちはよく分かるわ。けれど、肝心の技術や理論を教えてくれる人がいない以上、なかなか難しいわね。あのイレギュラーの少年はともかく、フルールさんも行方を晦ましたままなのよね」
「えー、家にいないのかー?」
「御両親にも連絡がつかないのよね。それで一応軍部から調査員が向かったのだけれど、プライベートの事だから詳しくは言えないけれど、フルールさんはおそらく、もうずっと家には帰ってないみたいね」
「むー、なんだよー。せっかく魔法教えてもらおうと思ってたのにー」
「いや、そもそも教えてくれるかも分からねーじゃんか」
「なんでだよー! 弓華のケチー!」
「オレじゃないだろ!?」
相変わらずのやり取りを前にしながら、奏は唯希とその家族の調査結果を思い出していた。
唯希とその家族に関する情報は行方不明となった少女の捜索という名目で行われた。
大和連邦国内では警察組織は軍部の下部組織に当たる。
魔法少女に関する調査を行う際、軍部の人間が軍部の者だと名乗らず、警察組織内の捜査官であると名乗る権限を有しており、専門の部署に属する者達が調査を行う形となる。これは偏に、調査対象が魔法少女であると邪推されない為の措置ではあるが。
ともあれ、軍部の者達が唯希の交友関係等も含めて捜査を行ってみたものの、唯希は自身が魔法少女である事は親しい友人であっても明かしていなかった。
得られた情報と言えば、本人が家族を気にしている一方で、唯希から聞いた断片的な情報から、唯希の両親はどうしようもない人間である事を周囲も察していたらしい。
元々素行に問題のあった両親は近所からも煙たがられている存在であった。
そんな両親が、四か月程前を境にまったく姿を見せなくなり、唯希もまたその時期から一度も見かけなくなったとの事だった。
しかし引っ越した記録なども存在しておらず、職場にも聞き込みを行ったものの、同時期を境に突然仕事に来なくなってしまったというが、おおかた借金が膨らみ過ぎて棄民街にでも逃げ込んだと思われている。
詰まるところ、唯希については全くもって情報らしい情報を得られなかったのだ。
――両親のせいでなんらかの事故に巻き込まれ、そこをあのルオという少年に助けられたのではないか。
奏のそんな推測はピタリと当たっていたが、奏はそれを知る由もない。
気を取り直して、未だに弛緩したまま軽口の応酬を続けていた弓華と伽音を黙らせるべく、すっと手をあげてみせると、そんな様子に気が付いて再び室内が静まり返る。
奏は改めて口を開いた。
「フルールさんについてはともかく、今は直接あなた達に関係のある通達をさせてちょうだい。今回のあなた達の活躍を受けて、凛央魔法少女訓練校は一定の評価を得たと言える。そこで幾つか地方も含めて魔法少女訓練校が開校する事が決定したわ」
葛之葉の一件によって桜花指揮のもとで連携を取り、蜘蛛型ルイナーと渡り合えたという事実はすでに軍部の上層部では周知の事実である。唯希というイレギュラーの存在はあったものの、しかし連携して事に対処できるという実力と知識の育成に成功していると言えた。
これに加えて、葛之葉のように個では対抗できない数が現れる可能性が出てきた以上、連携して事に当たれるチームの編成と基礎の育成は急務であると判断されたのだ。
「それと……この凛央魔法少女訓練校に、新たに編入してくる魔法少女がいるわ」
「おー、転校生!?」
「へー、この辺に他の魔法少女っていなかったよな? 魔法庁の所属?」
「ん、違うはず。魔法庁所属の魔法少女は、各校に行く予定。私も初耳」
「わ、わわわ、ど、どうしよう……。やっとみんなと話せるようになったのに、また新しい人なんて……今度は何ヶ月かかるんだろう……」
それぞれに盛り上がっている少女たちに向かって、奏は頭痛を堪えるかのようにこめかみに手を当てながら告げた。
「転入予定になっているのは、あなた達の言うところ、『序列一位』よ」
その一言を告げた途端、室内はまるで水を打ったような静けさに包まれたのであった。
◆
一方、大和連邦国内の某所。
かつて日本で生きていた頃の記憶と酷似している、朱色の鳥居が並ぶ山道。
その先に向かって、巫女服に身を包んだ少女と共に、白銀の髪を揺らしながらルオは歩いていた。
奥へ奥へと進むにつれて霧が深くなっていく。
そんな霧の深い道、視界が白く塗り潰される中を二人は歩いて行く。
二人の間に会話はなく、ただただ地面を踏みしめるような音だけが鳴り響き続ける。
完全に霧に包まれてしまって、およそ五分程といったところだろうか。
不意に視界が開けた。
そこはまるで、薄っすらと金色がかった雲の上に浮かぶ島のような場所であった。
その入口となる一際大きな鳥居を抜ければ、まさに神社そのものといった感想をルオが抱く程度には、ずいぶんと懐かしい光景が広がっていた。
そんな中にあっても、ルオは表情一つ変える事はなく、巫女服姿の少女に連れられて建物の中へと足を踏み入れた。
広々とした建物の中を進み、やがて一室の前で立ち止まると、巫女服の少女はその場に正座して、目の前の扉に向かって声をかけた。
「お客様をお連れしました」
「――うむ。入られよ」
「失礼いたします」
眼の前の襖がすっと開かれ、少女が中に入ると同時に再び襖の横で正座する。
そんな少女の横を通って奥へと進んだルオは、部屋の主である着物姿の女性と向かい合うような位置にあった座布団へと勢いよく胡座をかくように座り込むと、にやりと笑ってみせた。
「――さあ、始めようか。世界の変革、その為の話し合いを」
葛之葉の一件から、世界は大きく動き出そうとしていた。
これにて第一章は終わりとなります。
情勢や世界の背景、キャラクターたちの登場などで文字数としてはおよそ文庫2冊分程度に至ってしまいましたね…汗
第二章に進む前に閑話等を投げる予定です。
第一章お読みいただきありがとうございました。
また、改めてブクマ登録、評価や感想、いいねなど、ありがとうございますm
大変励みになっております。
これからも投稿続けてまいりますので、引き続き応援よろしくお願いしますm




