#032 ルオの選択
突如として現れたルーミアによる襲撃と、戦いの中で語られた数々の真実。
謎の『揺り戻し』とやらを理由に、さっさと舞台上から退場してみせたルーミアとは対照的に、僕は魔法少女に背を向けながら、遠く広がる空を見つめるように沈黙を貫いていた。
……いやぁ、どうしたものかなぁ。
この空気、僕が色々なものを語るシーンなのだろうか……。
こう、何事もなかったかのように逃げたい。
後ろでそわそわと話を聞きたそうにしているというか、気になっている感を向けられているせいか、注目されている感が凄まじい。
ルーミアのノリノリの演技で出てきた幾つかの設定は、僕らの背景に迫るとか、なんだかそういう感じのものだったし、彼女たちも気になっているのだろう。
集中して視線が送られてきているせいか、背中が痒くてお尻がむず痒いという奇妙な感覚に陥っているよ、僕は。
ルーミアの語った真実については僕も理解できるものだった。
要するに、僕とルーミアはこの世界を犠牲にして自分たちの世界を救おうとしていて、けれど僕はこの世界を犠牲にするという選択を拒み、ルーミアがそんな僕を裏切者として罵り、失望している、というようなものだ。
とは言え、僕らが異世界からやって来たという点。
それに、ルーミアが最後に消えた際の『揺り戻し』など、色々な謎が残されている訳だ。
それは、うん。
僕だって魔法少女の立場だったら、理由を知りたいと思うだろう。
ただし、僕が設定や脚本を決めている訳じゃない以上、僕には語れないというだけで。
どうやって誤魔化そうかと考えていると、とある妙案が脳裏を過った。
……あー、うん。
ちょっとちょうどいい言い訳というか、説明しなくてもしょうがない的な流れにする方法、考えついちゃったなぁ……。
ただ、それをやると……こう、色々な尊厳とかを失う気がする。
具体的には僕の羞恥心とか、なんかもう色々と。
ルーミアのおかげでらしく振る舞う事はできるし、やっぱりこの流れが一番自然なんだろうなぁ。
そう考えれば考える程に、頭を抱えたくなる。
とは言え、「危機は去った、さらばだ」と去れる空気ですらないし。
……仕方ない。
覚悟を決めるんだ、僕。
――やっぱり、これしかない……!
意を決して僕は自身を纏う魔力に闇属性の性質だけを与えて、黒い霧のように可視化しつつ、僕の身体をまとわり付くように展開しつつ、苦しみに耐えるように膝をついた。
「ぐ……っ!」
「ルオ様!」
「近寄っちゃダメだ、フルール……! ルーミアの呪いにキミを巻き込む訳にはいかない……ッ!」
駆け寄ってこようとした唯希に、想像されているものとは別の苦しみに耐えながら、弱々しく叫んで制止する。
……恥ずかしくて死にたい。
そんな僕の心とは裏腹に、ルーミアの契約介入によって僕の羞恥心は心の中で暴れている一方で、表情はただただ苦しみに耐えているかのように歯を食いしばっていた。
そう、これこそが僕が全てを有耶無耶にする唯一の活路……!
呪われているんだから話せなくたってしょうがないよね、という流れにして、この場から立ち去るというものだ……!
「……向こうの世界の呪いは、周囲の者を巻き込む性質を持っている……! だから、今の僕に近寄っちゃダメだ……!」
ぶっちゃけそんな性質はないし呪われてもいないけど、夕蘭たちが呪いを軸とした魔法を使っている以上、本当に僕が呪われているのか疑われかねない。
この世界の呪いとは違う、だから判らない、となってくれるのが理想だ。
だからそういう事にして、そっとしておいてほしい。
今の僕に近寄って顔を覗き込まれたりしたら、ホント恥ずかしくて死にたくなるから。
近寄ってくるんじゃない……ッ!
「ルオくん……! カレスちゃん、カレスちゃんの魔法なら……!」
「えっ!? えっと、わ、私の魔法は怪我の治療しかできないかもだけど……! でも、やってみる……!」
うん、ありがとう。
ありがとうなんだけど、ちょっと待とうか?
なに、そのおどおどした子は治癒魔法持ちなの? 本当にそれ、ただの治癒魔法?
前世の世界では治癒魔法には二通りのものがあった。
一つは単純な治癒魔法そのものではあったけれど、もう片方は、聖女であったルメリアが使っていた神聖魔法と呼ばれる代物だ。
神聖魔法。
つまり、もしもそっち側の魔法であった場合、治癒のついでで呪いは解呪されてしまう。
……有り得ない、とも言えないんだよね、これ。
確かに神聖魔法は珍しい部類ではあったし、そうそう使い手が現れるものではないはずなんだけれど……固有魔法っていう形で、魔法としての難易度が最高峰と言われる空間干渉系の魔法を具現化しちゃっている唯希という存在がいる以上、イレギュラーな可能性というものは否定しきれないのだ。
つまり何が言いたいのかっていうと。
呪われてないってバレそうだからやめてくれる?
「やめよ、二人とも! あちらの世界の呪いとやらがどういったものか分からぬ以上、下手な手出しをして巻き込まれる訳にはいかぬ!」
「夕蘭様、でも……!」
「非情かもしれぬが、呪いというものはそれだけ厄介な代物なのじゃ!」
「いや、夕蘭の言う通り、だよ……。大丈夫だよ、まだ初期症状で抑え込める……!」
僕を助けたいらしいロージアと、ロージア達を巻き込まないようにと言い募る夕蘭が熱くなり過ぎる前に、自分で展開している魔力を僅かに抑えて、ゆっくりとよろめくように立ち上がってみせた。
さすがに、文字通りに僕のせいで喧嘩してしまうのは居た堪れなさに拍車がかかるからやめて欲しい。切実に。
ただ、夕蘭。
キミに対する評価が僕の中で急上昇だよ、本当にありがとう!
よく止めてくれた!
心の中だけで歓喜の声をあげつつ闇属性魔力を抑えた僕は、どうにか抑え込んでいるとでも言わんばかりに辛そうな表情を浮かべつつ立ち上がり、魔法少女たちへと振り返る。
そんなに心配そうな顔をしないでほしい。
純粋に心配してくれているらしいキミ達のせいで、僕の心が死にそうだよ。
「おぬし、それを解呪するアテはあるのか……?」
「……そう、だね。魔法障壁を破った上で施された呪いのせいか、なかなかに強力みたいだね。手がない訳じゃないけれど、術者であるルーミアが解かない限り、どこまで対抗できるかは僕にとっても未知数というところかな」
「……そうか。妾たちにできる事はないのか?」
「いいや、厚意は受け取っておくけれど、こればかりはキミ達が下手に関わらない方がいい代物だからね。心配してくれるだけでも充分さ」
なんでこんなに親身になって力になろうとしてくれているんだろうか。
少なくとも、僕なんて得体の知れない存在な訳だし、ルーミアの語った真実から考えれば、侵略者の一味と断じられてもおかしくないとは思うけど。
「おぬしには恩がある。まだまだ返しきれておらぬ。……死ぬなよ」
それだけ言ってぷいっと横を向かれてしまった。
どうやら相当心配してもらえているみたいだし、嬉しい限りではある。
けれど、それは僕の心にグサグサと槍を突き刺す行為だからやめてくれないだろうか。
「やれるだけやってみるさ。それより、フルール」
「はい……!」
「悪いけれど、自力で帰れるかい? 僕はこの有様だからね、少し手間取りそうだ」
「それは構いません……。ですが、ルオ様もお辛そうですし、私も傍に……!」
「いや、僕は一度帰るよ。向こうなら呪い対策にアテがあるから、ね」
魔法少女たちも、ルーミアのおかげで僕らが異世界からやって来ている、と察しているだろう。
色々質問したいという気持ちもあるだろうけれど、今は僕の体調を慮って口を噤んでくれているみたいだ。
唯希もまた、僕が一度自分の世界に帰ると思って納得したのか、渋々ながらも頷いてくれた。
うん、よし。
これで何かを語らずに帰ってしまっても自然な空気は作れたんじゃないだろうか。
極めつけにもう一度だけ僅かに闇属性の魔力を放出して、顔を顰めて胸を抑えながらそれを消してみせる。
……中二病になった気分が凄まじいよ。
今度から僕、「くっ、我が身に降り掛かった呪いが暴れている……!」とか言いながら時々思い出したかのように苦しんだりする必要があるのかな。
……絶対解呪に成功したっていうストーリーをいつか入れてもらおう。
ルーミアに。
そんな、割とどうでもいい決意を胸にしつつ、僕は最後に何かを問われる前に魔法少女たちに顔を向けた。
「色々訊きたい事もあるだろうけれど、ルーミアが言うような事態にだけはさせない。僕が必ず止めるつもりだ。キミ達も強くなっているし、その調子でルイナーと戦ってくれればいい」
「……あの、ルオくん。私も手伝ったりは……」
「気持ちだけで充分だよ。確かにキミ達は強くなっているかもしれないけれど、ルイナーの本隊はこの程度じゃない。……僕らでさえ、逃げるしかなかったから、ね」
実際、前世の世界で戦った魔王やそれに近い力を持った存在は、『都市喰い』なんかとは比べ物にならない強さではあったからね。
まぁ、そんなルイナーは今はいないみたいだし、もしも出てくるとしても、この世界にやって来る前に、僕の計画を進めるつもりではあるけれど。
「あぁ、それと一つだけ勘違いしないでほしい。僕らは確かにこの世界にやって来たけれど、それはルイナーが僕らの世界を滅ぼし、次の獲物としてこの世界を標的に動き始めたからこそ来れるようになっただけの事だよ。決して僕らが連れてきた訳じゃない」
「それぐらい分かっておる。おぬしのルイナーに対する憎しみも見ておるからの」
……はて、僕そんな態度見せた事あったっけ?
あ、最初に会った時にルイナーの仲間かと言われて怒ってみせた時の事を言っているのかな?
まぁ分かってくれているならいいか。
「……少し、無茶をし過ぎたみたいだ。また会おう」
それだけ告げて、僕はわざと大きな魔力を拡散して魔法陣まで生み出してから、その場から転移してみせた。
過剰な演出で異世界に帰ったと思ってもらう為の小細工として。




