#031 『白』を持つ一族
腹部を貫かれ、投げ飛ばされる。
実のところ、背後からそういった奇襲をかけられた事で僕が大怪我を負う、というところまでは設定通りの流れだ。
ちょうど連邦軍のドローンもいるし、ロージアや夕蘭が証人となって、僕が動けない状況に陥ったと思わせ、時間を作る事が今回の目的であった。
さすがに腹部を貫かれて血を流す、なんてものは演技でどうにかできるものじゃない。
とは言え、痛いものは痛い。
痛覚を遮断できる訳でもない以上、激痛を覚悟した上での演出ではあるけれど、おかげでリアリティは充分あったのではないだろうか。
――なんて、考えていたのだ。
順調だなぁ、なんて。
そう、ここまでは。
「まさかあの呪いを受けても魔法が使えるなんて、意外だわ。もっとも、万全じゃないのは確かみたいね。あなたの魔法にしては威力が弱すぎて、ぬるま湯に浸かっている気分だったわ」
……ねぇ、呪いって何?
今のところそれらしい効果は特に感じられないんだけど。
また設定追加した感じ?
「呪い、ね……。道理で魔力が上手く操れない訳だ。魔法を封じるつもりだったのかい?」
「えぇ、そうよ。あなたの魔法には私も一目置いているの。まぁもっとも、これはあくまでもあなたを殺しきれなかった時のための細工。出番があるとは思っていなかったけれど、備えあれば、というヤツかしらね」
「なるほどね……」
僕、魔法をうまく使えないらしい。
いや、普通に使えるけど、設定上の話でね。
とは言え、そもそも僕は攻撃魔法で戦う自信がない。
さっきの魔法でも思いっきり暴発しかけてしまったし、しばらく攻撃魔法は控えようかな、なんて考えていたレベルだ。
特に困らない設定ではある。
まぁ、なんで魔法禁止なんていう設定を盛り込んだのかは判らないけれども。
ともあれ、得物がない以上、素手で戦うしかないのか。
一応回復魔法は使ったんだし、身体強化と簡単な衝撃増幅の魔法ぐらいなら使おうかな。
じゃないと勝負にならずにボロ負けって形になっちゃうし。
ゆらゆらと上体を揺らして、まともに立っていられないような状態を演出しつつ、ルーミアへと向かって一瞬で距離を詰め、掌底を打ち出す。
手のひらに展開した衝撃増幅の魔法と、身体強化のみの奇襲の一手だったけど――浅い。
この身体じゃ前世に比べて一歩半程度奥へと踏み込まないと衝撃を伝えきれないらしい。
目測を見誤り、半歩程度踏み込んで放った掌底はルーミアの持つ大鎌の柄によって阻まれ、その身体を後方へと吹き飛ばすだけに留まった。
「確かに魔法での増幅もたかが知れているみたいだね。得物もないし、体術はあまり得意じゃないけれど、相手になるよ」
リーチが思った以上に足りませんでした、とは言えるはずもなく、そんな一言で誤魔化す。
前世では体術は得物を失った時のために鍛えていただけなので得意とは言えないし、あながち嘘でもなかったりする。
いずれにしても、傷と呪いの影響で動きが鈍っている、という事を念頭に置いて、速度で物を言わせるような戦い方は控え、基本的には待ちの姿勢で戦った方が良さそうだ。
さて、大鎌と言えば面白いし、見栄えもする武器だという印象はあるけれど、正直実戦では使いにくい。
基本的に引いて刈り取るという動きが必要になる武器だし、先端が自分に向かって曲がっているという形状から、自分よりも大型の魔物やルイナーを相手にすると極端に攻撃パターンが組みにくい、という問題がある。
そんな事を考えながらルーミアを真っ直ぐ見て身構えていると、後方に幾つもの魔力の反応が現れた。
「ロージアさん!」
「あ、フィーリスさん、それにみんなも!」
どうやら魔力の反応の正体は他の魔法少女たちのものだったらしい。
転移魔法を使えるアルテという少女に連れて来てもらった、というところだろう。
蜘蛛型のルイナーは処分できたらしい。
「……ルオ、様……? その血は……」
「やあ、フルール。お疲れさま。もう回復したから大丈夫だよ。そっちは片付いたのかい?」
「……はい。ルオ様の魔力を感じたので早く終わらせてきましたが……。ちなみに、そちらの傷はあちらの女によって受けたもの、という事でしょうか?」
「うん、そうだね。奇襲で後ろからずぶっとね」
妙に感情を感じさせない淡々とした物言いで、唯希が何故か僕に向かって問いかけてきた。
ルーミアから目を離したら一瞬で仕掛けられかねないし、僕の斜め後方あたりで立ち止まっているせいか、表情も窺えないんだけど……なんだろう、ちょっと寒気がする、気がする。
「なるほど。では――殺します」
「え?」
「――ッ!」
淡々と、たった一言を告げた唯希が動いた。
空間に干渉でもしたかのように中空に突如として現れる線がルーミアの首へとぶつかり、しかしルーミアの魔力障壁によって相殺されたらしく、耳鳴りのような高い音が鳴り響いた。
「……やるわね。もっとも、私には届かないみたいだけれど」
「チィッ、防がれますか……」
ルーミアも前兆すら掴めなかったらしい攻撃に内心でめちゃくちゃ動揺しているらしく、僅かに声が震えて表情が引き攣っているし、唯希は殺意が籠もった呟きを漏らしている。
……うん、実はルーミアと唯希って顔を合わせないようにしてるんだよね。
だから唯希から見ればルーミアは完全に敵として認識するっていうのも無理はないんだけど……ちょっと殺意高すぎて引いたよ。
いきなり首狙ってるあたり、確実に今殺そうとしたよね?
え、唯希ってそんな躊躇なく人が相手でも殺せちゃうの?
ルーミアもさすがに空間干渉系の攻撃なんて想定してなかったらしくて、ちょっと涙目なんだけど。
あ、助け求めてこっちに視線を送ってる。
「フルール、下がって。キミが勝てる相手じゃないよ」
「ですが、ルオ様に怪我を!」
「うん、怪我だね。だけど、それだけだ。この程度、戦いの中に身を置いていれば珍しくもないよ。いちいち動揺してたらキリがないからね」
心配してくれているのはありがたいのだけれど、素直に下がってくれないと困るんだよね。
ルーミアも本気になったら、いくら唯希が普通の魔法少女より強いって言ってもあっさり殺されてしまう程度でしかない。
「……かしこまりました」
うん、素直に退いてくれて良かったよ。
ルーミアもどう対応すればいいのか判らなくて困ってたしね。
表情に出さない程度には取り繕っているけれど、目が色々こっちに訴えてきてたし。
気を取り直すようにお互いに向かい合ったところで、ルーミアが改めて口を開いた。
「あら、お仲間に助けてもらわなくていいの?」
「あはは、冗談が過ぎるんじゃないかな、ルーミア。僕に呪いをかけて魔法を封じたからって、キミに負ける理由にはならないよ」
「……言ってくれるじゃない。今度こそ殺してあげるわ」
「やれるものならやってみるといいよ。奇襲で仕留め損なったのに、それができるなら、ね」
お互いに言い合ったところで、戦局を動かす。
ルーミアが影を操って幾つもの槍をこちらへと放つと同時に、一気に距離を詰めてくる。
呪いとやらを受けているという設定上、大きく避ける訳にはいかず、それらの動きを最小限に身体を動かして避けたところで、ルーミアが振るってきた大鎌が迫ってきた。
おそらく、影の槍で僕の動きを誘導するつもりだったのだろう。
確実に当てるつもりで振るわれている一撃だけれど、大鎌の刃を掌底で打ち払い、その反動のまま身体を飛ばして再び距離を取ろうと跳ぶ。
けれどルーミアの追撃はそこで終わらなかった。
僕が跳んで中空で身動きが取れないと考えたらしく、再び幾つもの影の槍迫ってくる。
「殺った!」
「残念でした」
夕蘭とロージアがやっていたように、簡易の結界を中空に張ってそれを足場に再び飛ぶ。
普通に結界で弾いてしまってもいいんだけど、魔法がうまく使えないという設定上、直接受けられないと見せた方がいいだろうという判断だ。
目を剥いたルーミアの胸の上、鎖骨と鎖骨の間に向かって掌底を突き出すも、しかし腕を掴まれてしまい、投げ飛ばされた。
空中で身体をひねり、地面を滑るように着地した僕とルーミアが再び睨み合う形となったところで、ルーミアが忌々しげな表情を浮かべてこちらを見つめた。
「……ねぇ、ルオ。あなた、戻ってきなさいな」
……うん?
あ、そういえば僕が裏切者とかいう設定だったっけ。
「それは無理な相談だと思うよ、ルーミア」
「……あなたはいつもそうだわ。いつも飄々として、馴れ馴れしくて気安いクセに、私たちが手を伸ばそうとするとひらりと躱して、捕まえようとしてもするりと指の間をすり抜けていく。そうやって私たちの手は、結局何も捕まえられず、虚空を切るだけ」
……ねぇ、なんだかそれって僕が酷い男で女心を弄んでるみたいに聞こえるんだけど?
近くに思春期の少女たちがいるのに、ちょっとそういう風評被害みたいなのやめてくれない?
「どうして? どうして、私たちを裏切ったの? あの御方亡き今、その弟であるあなたが、どうして私たちを見放すような真似をするの?」
ねぇ、待って? お亡くなりになっていらっしゃるの?
そもそも僕、誰の弟なのか、兄がいるのか姉がいるのかも教えてもらっていないのに、そこ深掘りするような質問してこないでくれない?
「お姉様の仇を討とうともしない! どうして裏切った! 答えなさい、ルオッ!」
あ、はい。
どうやらあの御方とやらは姉だったらしい。
そこで僕が何か言わなきゃいけない場面にするって、なかなかしんどいんだけど……。
私たちなんて表現をしているって事は、仲間もいるって事ではあるんだろうけれども……って、リュリュも今後は参加する可能性があるのか。
「……キミの目的は変わっていないのかい?」
「当たり前だわ! 邪神の眷属共に滅ぼされたあの世界を! お姉様が眠る、あの地を絶対に取り戻してみせる!」
僕らが異世界からやって来たっていう事実はそのまま設定として使うんだね。
まぁ、この世界基準で見れば明らかに僕らの力は常人離れしているし、この世界の勢力に属していないと公にするには都合がいいけど。
後ろで魔法少女たちが「今明かされる驚愕の真実」的な空気で息を呑む気配を感じる。
いや、うん。
まったくもって真実じゃないんだよね、これ。
ノリノリの演技派女優のルーミアに拍手でも送ってあげたい気分だよ。
「その為に、この世界がどうなっても構わない、と。キミは今もそう言うんだね」
「えぇ、もちろん。私たちの誇り、この『白』を持つ一族以外の有象無象がどうなろうと、関係ないでしょう?」
新しい設定がまた出てきた、だって……?
長く綺麗な白い髪を触りながら告げるルーミアの仕草はきっと僕や魔法少女に向けたものだとは思うけれど、外見的な要素で白かそれ系統を持つ一族が特別、みたいな流れなのだろうか……。
「ルーミア、現実を見るんだ。この世界の住人はまだ魔法技術すら持っていないよ。この世界の住人が戦力になるとは思えない」
「えぇ、そうね。確かにこの世界の住人が弱くて、脆くて、魔法も稚拙だって事は充分に理解できているわ。でも、そんな彼らでも役立つ事があるでしょう?」
妖しく、嗜虐的な笑みを浮かべたルーミアの言葉。
その「いかにも悪役です」みたいな表情を浮かべてみせる演技力に脱帽しつつ、何を言わんとしているのかを分かりやすく示している事を察して、僕は口を開いた。
「……やっぱりキミは、ルイナーをこの世界に移動させるつもりなんだね」
「えぇ、そのつもりよ。この世界には奴らにとっての破壊対象が豊富だもの。世界と世界を繋げてしまえば、奴らは滅ぼしてしまったあちらの世界から、標的の多いこの世界に移動するわ」
邪神の眷属であるルイナーの目的は、世界を喰らう事だからね。
ある意味でそれは充分に有り得る話だ。
僕もルイナーの正体についてはルーミアに共有しているし、彼女にとっての『舞台』としてもなかなかに筋が通っていると言える。
後ろの魔法少女たちも口々に動揺の声をあげて、僕らのやり取りを見守っているような状況である。
ともあれ、こうなってくるとだいぶ僕らの立ち位置というものが判明してきたような気がする。
流れに沿ってみたら、ルーミアがものの見事に悪役に収まってしまったけれど、それでいいのだろうか。
そんな事を考えていたら、ルーミアがわざと幻影を投射させて自分の姿にノイズが走ったかのような演出すると、忌々しげに舌打ちしてみせた。
「……チッ、時間切れね。『揺り戻し』がなくなるまで、まだ時間はかかりそうね」
いや、待って? 新しい設定ぽんぽん出さないでくれる?
というかそれ何? 世界を超える代償として時間制限があるとか、そういう感じ?
聞いてないんだけど?
というかその設定、僕もやらなきゃいけなくなるヤツ?
「ルオ、よく考えなさい。あなたの力が、私たちには必要だわ」
そんな一言を言い残すと、ルーミアはご丁寧にその場でノイズに呑まれるような幻影を展開しつつ、影に潜って消え去った。
…………え、これで僕だけ置いて行かれるって、説明したりするの僕の役目になるのでは?




