#029 葛之葉奪還作戦 Ⅸ
「――征くぞ、ロージア!」
「うん、夕蘭様!」
迫る振動が徐々に強まってくる中、夕蘭とロージアの二人が動いた。
足元から飛び出してくるという『都市喰い』の性質を理解しているからか、ロージアが飛ぶ先に障壁を強固に固めたものを夕蘭が生成し、中空に足場を作るという動きに成功している。
夕蘭とロージアは上空およそ五メートル程度の所を保っている。
てっきり安全圏から攻撃する為に上空に上がったのかと思ったけれど、あれは『都市喰い』の攻撃を避けられる程度の位置を保ちつつ、かつルイナーが飛び出したタイミングで反撃を行うための位置取りというところだろう。
魔力と生命力を感じ取って動くしかできない『都市喰い』にとって、地中から出るというのはリスクでしかないのだけれど、『都市喰い』にそれをリスクだと思考するだけの野生動物程の知恵すらなく、ただ食らいつこうとするだけだ。
しかも、『都市喰い』が食らいつくタイミングで地中から飛び出した後は、多少向きの調整などは可能だけれど、手足を使って動きを急激に変える、という真似ができない以上、倒れ込むか穴の中に引っ込むしかできないからね。
そこまで考えての位置取りなのだろう。
魔法少女訓練校で想定した戦略を学ばせるような授業でもやっているのだろうか。
鯨型ルイナー戦の時に比べれば、ずいぶんと成長しているらしい。
最初の攻撃は僕を目掛けてくるだろう。
そう考えて地面に立っていると、地響きがどんどんと迫ってきた。
地面が割れるその瞬間、僕は『都市喰い』を引き寄せるかのようにギリギリ届くか届かないかという距離を保ちつつ上空へと飛んだ。
――さぁ、始まりだ。
そんな事を考えてロージアと夕蘭に目を向けると、すでにロージアが魔力を高め、夕蘭が次々に足場用の結界を複数展開している。
身体が伸び切ったところで、ロージアが手に持っていた杖に炎を収束させた。
「やああぁぁぁッ!」
杖の先端から放たれた熱線が『都市喰い』の体表を覆う魔力障壁を貫き、体表に傷をつけた。
「浅い……ッ! もう一度――!」
「――阿呆、落ち着けッ! その程度の傷をいくら増やしても倒せぬ! 一撃離脱で一撃に魔力を込めよ!」
「わ、分かった!」
うん、夕蘭の判断は正しい。
今の魔法なら鯨型ルイナーなら貫けただろうけれど、『都市喰い』の肉体は意外と硬く、魔法の威力が減退してしまっているらしいし、今のじゃ足りない。
ロージアはこの短い期間でしっかりと進歩できているけれど、やはりまだ極端というか、魔法に対する理解度が低すぎるせいか、応用力が足りないのが問題かな。
傷をつけられたはずの『都市喰い』は、もともと痛覚もない存在ではあるけれど、それ以前に大した傷も受けずに再び地中に戻っていった。
その姿を見送って、僕はロージアへと視線を向けた。
「ロージア、あの巨躯を貫くだけじゃ足りない。斬る事を意識して魔力を展開してみるといい」
「斬る……?」
「傷口が大きくないと、急所でもない限り殺しきれないんだ。深く貫けないなら浅く斬り裂く方が効率的だよ」
「は、はい!」
「夕蘭、キミはロージアが斬り裂いたところに結界を押し込んで傷口を開けるかい?」
「おぬし、えぐい事を考えよるな……いや、ロージアでは殺しきれないのであればそれしかない、か」
ねぇ、納得するんだったらその一言批難いらないよね?
内容は気に喰わないけれど、僕が言うから渋々従うみたいな空気出すのやめてくれない?
見た目ロリに非道な真似をさせようとするみたいじゃないか。
「来るぞ、ロージア。行けるか?」
「うん。次は斬るイメージでやってみるよ」
「うむ、浅くても構わぬから安全第一で行くぞ。あれにぶつかられたり捕まってはひとたまりもないからの」
「うん、気をつけるね」
準備が整ったらしい二人から距離を取るように上空へと飛んで、僕を標的にできない程度まで距離を稼ぐ。
見事に『都市喰い』の標的はロージアと夕蘭の二人に切り替わってくれたようだ。
再び地中から飛び出してきたタイミングで、結界から結界へと飛び移るように三次元駆動を実現してみせるロージアが杖先に長大な薙刀を思わせるような炎を発現させて、斬りかかる。
傷口が生じたその場所へ、夕蘭が手を絡ませて印を組むような動きをしてみせ、その両手を開く。
「夕蘭様、追撃します!」
「応ッ!」
生み出された結界が『都市喰い』の傷口を強引に広げて即座に消え、さらにロージアが炎を傷口へと撃ち込んだ。
そして同時に、鯨型ルイナーとの戦いで見た時と同じように爆発し、傷口をさらに広げる。
僕よりえげつない事やってるなぁ、なんて思うと同時に、即座に追撃する判断と最適解とも言える魔法の選択をしているロージアの戦闘センスとでも言うべきものに、正直驚かされた。
あの子は強くなるだろう。
これなら他の魔法少女も成長しているだろうと考えつつ、神眼を通して他の魔法少女と唯希の方も覗いてみると、軍用車がミサイルで近くのビルを破壊したらしく、唯希がそれを呆れた様子で見てから風の第一階梯魔法で砂塵を上空へと吹き飛ばしていた。
……何してんの?
桜色の髪のオウカって子が謝っているらしいけれど、見た目お淑やかな感じなのに、あの子の発案なんだろうか。
「せやああぁぁッ!」
「フハハハッ! 『都市喰い』なんぞ妾たちの敵ではないのう!」
飛び出すだけの一辺倒でしかない『都市喰い』を相手に、すでにロージアと夕蘭は定石とも言える戦い方を確立したせいか、余裕が出ているらしい。
夕蘭、悪役みたいになっちゃってるし。
すでに『都市喰い』の体からは魔力が漏れ出てしまっていて、動きも緩慢になってきている。
才能の塊とでも言うべきロージアと、経験だけが足りていなかった夕蘭は強敵と戦えば戦う程に成長するようなタイプだ。
この点と、真っ直ぐ前だけを見つめるような態度が、どうにも僕の中のシオンの印象とどこか被って見える。
呑気にそんな事を考えていると、軍の用意しているドローンが飛んでいる事に気が付いた。
どうやら今のこの様子を基地からも見ているらしいし、この調子で僕がやったさっきの魔法はもみ消してもらうように後で言おう。
戦いが始まっておよそ十分程度というところだろうか。
削りに削られてしまった『都市喰い』はすでに動きも緩慢になってきているし、こうなればあとは簡単だ。
野生動物レベルの知恵もなく、生存本能から逃げようともしないルイナーという存在の欠陥ぶりと、同時にただただ破壊だけを本能が支配しているという相変わらずの薄気味悪さに辟易としつつ、僕は『都市喰い』の最期となるであろう一撃の準備を行うロージアと夕蘭が何をするのかと観察を続ける。
ただまぁ、これなら簡単に勝てそうな感じだなぁ。
正直、力でゴリ押しされて相手の土俵で戦った場合のみ負ける相手でしかないのだから、戦略と対策でいくらでもやりようがあるんだし、こんなものだろうか。
「ロージア、一撃ごとに『都市喰い』の動きが鈍ってきておる! 大技で一気に決める準備をしておれ! 妾が動きを止める!」
「わかった!」
おぉ、夕蘭が何かをするらしい。
相変わらず不思議な印を結ぶような形を幾通りか繰り返しながら魔力を操っている。
もしかしたらあの印が僕らの展開する魔法陣と似たような役割を果たすのだろうか。
飛び出してきた『都市喰い』を避けたロージアが、杖の先へと魔力を込めていく中、夕蘭が懐から数十本の束となっている、五寸釘を思わせる程度の長い針を取り出した。
「――征け」
散らばるように斜め上へと投げられた針が、意思を持ったように散開し、『都市喰い』の周囲で滞空した。
ちょうど『都市喰い』の体が最大限飛び出しきった頂点と言える位置に到達した、その瞬間。
夕蘭が小さな両手の手のひらを向かい合わせ、虚空を掴むように両手の指を折り曲げた。
「――結界術【封鎖縛陣】」
力を込めているらしい夕蘭の声と同時に、中空を漂っていた針という針が『都市喰い』へと殺到し、魔法障壁を貫いて体表に突き立った。
その瞬間、『都市喰い』がまるで静止画のようにピタリと動きを止めた。
どうやらあの針は夕蘭が直接力を送り込むための細工のようだ。
強制的に金縛りにさせる、みたいなイメージだろうか。
……隔離結界と言い、この術と言い、呪いを基点にしているあたり、この世界の精霊は悪霊なのだろうか。
「――今じゃ、ロージアッ! 決めよ!」
ロージアの方は返事もなく、ただただ意識を集中させていた。
杖の先に込められた魔力はこれまでよりも強く、充分に練り上げられているらしい。
けれど――油断し過ぎだ。
中空に展開された結界の上で佇むロージアの後方の大地が割れて、もう一匹の『都市喰い』がロージアへと向かって肉薄する。
「ロージア!」
「――ッ!?」
「いや、気にせず続けるといいよ」
現れた『都市喰い』の眼の前に転移した僕はそう告げて、風属性の第五階梯魔法【颶風の閃刃】を発動すべく一瞬で魔法を構築した。
「さすがにこの場面で邪魔をするのは、無粋が過ぎるよ」
見えない風の刃が、巨大な『都市喰い』を縦に両断する。
風が爆発するような音を奏でる魔法ではあるけれど、その切れ味と衝撃で勢い良く飛び出してきた『都市喰い』の一匹は、押し返されるように両断されながらも大地に叩きつけられた。
その姿を見送って、僕はロージアへと振り返った。
「さぁ、行け。キミの力を僕に見せてくれ」
一瞬揺らいだロージアの魔力は、しかし危機が去った事ですぐに立て直せたおかげで、霧散せずに済んだらしい。
「はあああぁぁぁッ!」
それは魔法として構築されているとも言えない、魔力による力技とも言える稚拙なものであると酷評する事もできるけれど、今のロージアにとっては紛れもなく最強の一撃なのだろう。
充分に込められた魔力によって、炎は赤みがかったオレンジ色ではなく、黄色い炎となって真っ直ぐ『都市喰い』に向かって肉薄し、先程からの攻撃で大きめの傷口であると言えたその場所へとぶつかり、激しく燃え上がった。
トドメとしては充分な一撃だった。
直撃を避ける事などできない『都市喰い』の体が黄色い炎によって燃やされ、やがて霧のように体の構成ができず、炎の中に崩れ、消されていく。
「……たお、せた……」
「よくやったのじゃ、ロージア!」
「うわっ、ゆ、夕蘭様、いきなり飛び込んできたら危ないよ……!」
「なんじゃなんじゃ、笑いながら注意するでないわ」
「ふ、あはは、夕蘭様だって、笑いながら怒ったりしないでよね」
喜びのあまり抱き着いた夕蘭と、そんな夕蘭に文句を言いながらも笑ってみせるロージア。
何やら微笑ましいものを見せられて、苦言を呈する場面ではないかと注意を呑み込んだ。
僕から見れば強敵とは言えない『都市喰い』だけれど、彼女たちにしてみれば強敵であって、この世界の住人にとっては脅威であったのだ。
それを正面から打ち破れたのだから、こういう時ぐらい、素直に喜びに浸ってもらうのも悪くはないだろう。
そう考えていた、その時――
「――殺ったわ、ルオ」
――どん、と背中を押し出されるような衝撃と共に。
僕の腹部から鋭利な刃が顔を覗かせ、赤い鮮血を飛び散らせていた。




