#027 葛之葉奪還作戦 Ⅶ
「エルフィンさん、ルイナーの位置をください」
「え、あ、おう! 二時から三時方向、ビル陰から数匹! 展開してる!」
「十時方向はどうですか?」
「ちょ、ちょっと待った! ……えーっと、うん。そっちはいねぇ!」
「なるほど、分かりました。フィーリスさん、十二時方向のみに集中してください。二時方向は全て私が結界で十二時方向に誘導します。エレインさんは引き続きフィーリスさんと一緒に連携を」
「ふふっ、かしこまりましたわ!」
「おー! オウカ、元気になった! 分かったぞー!」
オウカから矢継ぎ早に伝わる作戦と状況報告。
うん、さすがはオウカ。
魔法少女として前線を多く見てきただけあってか、状況の把握と分析、指示が早い。
さっきまではフィーリスも頑張ってたけど、前線で戦いながら指揮を取るのはなかなかに難しい。必然的に行き当たりばったりな対応と、二転三転しがちな指示が多かった。
それがオウカが入った途端、それぞれの動きが明確になった気がする。
さっきまでカレスと何かを話していたかと思ったら、いつものどこか遠慮した雰囲気から一変して、自信のある、どこか不敵な微笑みを湛えて立ち上がった。
……何か、あったのかな。
間違いなくいい方向に吹っ切れたみたいだし、それならいいけど。
そんな事を考えている内に、オウカが一通りの指示を済ませたのか、手を顎に当てて思考を整理している。
かと思ったら、突然私――祠堂 楓――に向かって笑顔を向けてきた。
……なんか怖い。
にっこりと優しい微笑みなんだけど、妙な怖さがある。
「アルテさん、次の波の到着までの時間をください」
「ん、多分あと五分ぐらいでくる。今の波を超えれば少し手が空く」
「分かりました。ではアルテさん、ちょっと軍の前線基地におつかいに行っていただけますか?」
「おつかい?」
ちょっと身構えていたけれど、なんだかそう警戒するような内容でもなかったらしい。
少し安心しながら訊ね返すと、オウカは頷いた。
「えぇ、おつかいです。前線基地に対戦車ミサイルを搭載した自走発射機があったはずなので、それを数台と操縦手を連れてきてもらうだけの簡単なおつかいをお願いしたいな、と」
「ん、わか……、ん?」
――今なんて?
ちょっと物騒な言葉が聞こえた気がして思わず訊ね返すと、オウカはまるでお料理の買い物を頼むような気軽さで、微笑みながら続けた。
「廃ビルのせいでエルフィンさんも手間がかかっているので、いっそすぐ近くのビルを崩していただこうかと」
…………。
「……本気?」
「本気ですよ?」
「長期戦を見据えての飲み物とか軽食とかじゃなく?」
「あら、それもあるといいですね」
にっこりと微笑んで、オウカはポンと手を叩いた。
……うん、ダメそう。あれ本気っぽい。
「分かった、行ってくる」
なんとなくオウカが吹っ切れていたのは気付いているけれど……。
ちょっと吹っ切れ過ぎて思い切りが過ぎるような気がするのは気のせいじゃないと思う。
半ば逃げるように、私は葛之葉奪還作戦の前線基地に転移した。
前線基地は展開していた車輌が戻ってきた事もあってか、やけに人口密度が多い印象を受ける。
とりあえず教官が話していた八十島とかいうおじさんに声をかければいいかとテントの中へと転移して、テントの奥から顔を出してみると、ちょうど教官の姿を発見した。
誰も彼もが言葉を失ってモニターを見ている。
見ているというよりも、呆然自失としているような印象を受ける。
「教官」
「……え? あ、あぁ、アルテさん。こっちに来ていたのね」
「ん、ちょっと頼みがある。けど、何かあった?」
「……あれを見れば分かるわ」
教官が視線で訴えたモニターを私も見る。
ドローンで空撮されている映像は結界の外から映しているせいか、少しぼんやりと白みがかった映像が映し出されている。
少し見えにくいけれど、とりあえず私もそれを見る。
その向こうには、巨大な『都市喰い』の姿が映っていた。
一匹だけだったら私も驚かなかっただろうけれど……数十匹にも及ぶそれらが、蠢いている。
「……な、に、あれ……」
「……最悪ね。あなた達が対応している蜘蛛型のルイナーだけでも、人類にとっては脅威だった。けれど、あんなものがあちこちへと侵攻しようものなら、間違いなくこの国は滅ぶわ」
教官の言っている絶望は、私にも理解できる。
蜘蛛型ルイナーを見向きもせずに倒すフルールでさえ、ルオという男の子に『都市喰い』は手に余ると言っていた。
そんな存在が、あんな数十匹もいるなんて。
ルイナーが繁殖した……?
でも、ルイナーが繁殖するなんて聞いた事はない。
あんなのが外に出てしまったら。
あのフルールでさえ手に余ると口にした存在が、大量に出て行ったら。
そう想像してしまうのは当たり前の事だった。
「――あ……」
ちょうど他のモニターが映している映像に、ルオという男の子が映った。
ロージアと一緒にいるはずの彼は宙に浮かんでいて、ぴたりと動きを止めると、その場で両手を前に突き出してみせた。
空まで飛べるんだ、なんていう感想が浮かんで笑ってしまう。
あの『都市喰い』の大量発生なんてものを目の当たりにしたせいか、ただただ乾いた笑いが出るだけだった。
呆然と少年の映る画面を見る。
何か口元が動いているみたいだけれど……と思ったら、彼の手の目の前に青白い光を放った魔法陣と言えるようなそれが、彼から小、大、中といった三つの円となって展開された。
――何かする、つもり……?
そんな疑問が浮かぶ。
でも、鯨型ルイナーをあっさりと倒した事のある彼ならば。
あの『最強』が最強だと認める彼ならば、もしかしたら何かできるんじゃないかっていう淡い期待が浮かんだ。
「教官、あれ……」
「え、えぇ、彼は一体何を……」
魔法陣の先、中サイズの魔法陣の前でスパークする眩い程の青白い光。
その瞬間、私はとてつもない重圧とも言える何かを感じて、身体を強張らせた。
「あ……ぁ……」
――とてつもなく恐ろしい何かの気配だ。
それの正体はすぐに分かった。
モニターの向こう側、私の視線の先でノイズを走らせているモニターに映る、あの光の塊。
あれが大きくなっていくに連れて、私の身体は警鐘を鳴らすように威圧感が増している事を感じ取らされる。
間違いなくあれが原因だと、否応なく理解させられた。
少年が何かを呟いた、その瞬間。
まるでレーザーのように光が線を描いて放たれたところで、彼を映していたモニターは映像を映し出せなくなったのか、信号が途切れた。
その放たれた光がどこに向かったのかは、他のモニターを見れば分かった。
大量に蠢いていた『都市喰い』を薙ぎ払うように走る、光の線。
それは周辺のビルやアスファルトで舗装された地面を素通りして、光の残滓を残した。
次の瞬間、光が走ったその場所から、まるで火山が噴火したかのように、炎が空へと向かって噴き出し、蠢いていた『都市喰い』を呑み込んだところで、そちらのドローンの映像までもが途切れてしまった。
衝撃がこちらにまで届いてもおかしくない程の力だったのに、こちらは耳が痛くなる程の静けさだけがその場を支配している。
きっと、結界で防ぐなりなんなりされたからなのだろう。
「…………な、によ、あれ……」
大量にいる『都市喰い』に絶望した結果、もっと強大過ぎる何かを見せつけられた。
予想できなかった光景に、教官も思わずといった様子で言葉を漏らし、静寂がようやく打ち破られた。
あれを向けられたら、間違いなく私は、助からない。
そんな力を持っているのだ、と実感させられる。
あまりにも凄まじい力だった。
けれど、彼はロージアを助けてくれたし、今回も力を貸してくれている。
敵じゃない。
私はそう考えているのだけれど、どうやら誰もがそう簡単に割り切れる問題じゃないらしい。
教官の隣に立っていた八十島と呼ばれた偉い人が、まるで力が抜けたように勢い良く椅子に座り込み、机に肘をついて眉間を揉んだ。
「……言葉に、ならんな。あんな力を、個人が有している、と……? は、ははは……。もはや軍など、あの少年にとってはただの烏合の衆でしかないではないか……。気紛れに滅ぼす事さえできる程の力を、個人が……」
――あぁ、だから私は、捨てられたんだ。
そんな事を今、初めて心の底から理解したような気がした。
魔法少女になった私が転移魔法を使えるようになって、両親は私を恐れた。
他の部屋にいたはずなのに、どこかに出かけたはずなのに気がつけば帰っていたり、目の前から消えてみせたり。
当時の私は転移魔法が楽過ぎて、何をするにも転移魔法で移動していたという事もあったのかもしれない。
両親はそんな私の行動を気味悪く思ったらしく、あっさりと私を捨てた。
魔法庁に差し出すという形で私を預け、私の知らない場所へ引っ越して。
その時になって、初めて気が付いた。
転移魔法を使って移動したあと、私に気が付いた母が見せてくれた笑顔は引き攣っていた事に。
褒め称えてくれるようになった父は、ただただ私という存在を怒らせないようにしていただけだった事に。
私は魔法で母にも父にも手を出したりなんてする気はなかったのに。
だから私は、拳を握り締めて、八十島とかいうお偉いさんの太い足の脛を割りと強めにつま先で蹴飛ばした。
「ぐっ!?」
「勝手な事を言わないで。私は……私たちは、この力を守る為に使ってる」
「アルテさん……」
「私たちは戦ってる。あなたたち大人が利権や威光なんてものに惹かれて争っている間も、ずっと」
「……アルテさん。八十島大将閣下は考えがあって今回の作戦を……」
「一緒。私たちを、魔力を持つ存在を兵器だと、脅威だと見るのと。そう見られて嬉しい?」
確かにあの男の子の力は圧倒的だった。
多分、魔力を感じ取れてしまう私の方が、普通の人よりも彼の力の大きさを理解できている。
けれど、そういう偏見で見られるのは、私は嫌いだ。
「……すまなかった。あまりにも現実離れな光景を目の当たりにしてしまって、取り乱したようだ」
「ん、許す」
頷いてみせると八十島が苦笑を浮かべ、その横で教官がこめかみに手を当てて難しい顔をしながらため息を吐いていた。
「あなたねぇ……。まぁ、今はそんな事はいいわ。それで、何かしに来たんじゃなかったの?」
「ん、そうだった。教官、ちょっと借りたいものがある」
「何かしら? 作戦に必要なら手伝える事は手伝うわよ」
「ん、なら対戦車ミサイル自走発射機を数台と、その操縦手を貸してほしい」
私がオウカに言われた通りのオーダーを伝えると、教官だけじゃなくて八十島とかいうお偉いさんまで目を点にしていた。
……文句はオウカに言ってほしい。
私、悪くない。
ルーミア「……何アレ」
リュリュ「……ええぇぇ……、我が主様って、あんな超魔法を一息に撃てちゃうんですか……?」
ルーミア「……ねぇ、私、この後ルオにちょっと本気出させようと思ってたんだけど……」
リュリュ「…………えぇーっと……いいお天気ですねー」
ルーミア「ちょっと!? こっち見なさいよ、リュリュ! なんで空見上げたのよ! 命令よ!」
リュリュ「ちょっ、命令はズルいですよおおぉぉ! だってだって、あんな超魔法の構築から発射に5秒程度って、どう考えても本気になっちゃヤバい人じゃないですかああぁぁ!」
ルーミア「……そうよね……」




