#026 葛之葉奪還作戦 Ⅵ
予約投稿ミスってました…。
お待たせしてすみません。
「エレインさん、三、二、一、でいきますわよ!」
「おー! ……ん? ちょっとタンマ! それって三、二、一の一でいくやつ!? それとも三、二、一、ゼロでいくやつ!?」
「あぁっ、もうっ! しまりませんわね! ゼロで行きますわよ!」
「おー! まかせろー!」
「右手の廃ビル裏、来るぞッ!」
私――東雲 桜花――の前方で、フィーリスさんとエレインさんがお互いに声を掛け合いながら、魔力を高めている。エルフィンさんも天眼を利用して建物の裏、視界の死角を調べて後方から声をあげています。
アルテさんも転移を使って高い位置からルイナーの流れを見極めようと偵察に動いています。
皆さんがそれぞれに役割をこなそうと動く中、私とカレスさんはそんな皆さんの姿を後ろから見守る事しかできず、私はちらりとフルールさんへと視線を向けました。
――相変わらず、凛としていらっしゃいますね。
まったくもって、私とは正反対な方です。
「……あ、あの、オウカさん」
「え? えぇと、何かしら?」
「あの、その……、こんな時にこんな事を訊くべきじゃないのかなって思うんですけど……。えっと、でもその、気になっちゃって……」
「遠慮しなくていいですよ?」
カレスさんはいつものおどおどとした調子で言葉を選ぶように、私の方に顔を向けて、けれど目を僅かに逸らして、言葉を選んでいるようですね。
「……その、フルールさんと、何か、あったんです、か?」
「……ッ、それは……」
「あ、あのあの、言いたくなかったら、その、いいんで……!」
戦う様子を見ながら、つい、フルールさんがいらっしゃって、年下の魔法少女であるカレスさんが目の前にいるから、でしょうか。
戦場の空気に当てられて、という訳ではありませんが……あまりにもあの時と似た状況であるが故に、自然と私の口から言葉が衝いて出ました。
「……カレスさんは、私の家を――『結界師』の東雲家をご存知ですか?」
「あ、えっと、はい……。有名ですから……」
「そう、ですね。自分で言うのもなんですが、確かに『結界師』の東雲家と言えば有名ですね。ですが、五年前まで、私の家に対する評価は『かつての名家』というようなものだったのですよ」
私が物心ついた頃の我が家は、歴史はあるけれど特に権威もなく、『結界師』という一般的にはあまり知られていない、古い家柄でした。
土地ばかりある古い家屋。見た目に比べれば決して相応とは言えない暮らしでしたけれど、両親と二人の兄に囲まれて、何不自由なく暮らしていたと言えます。
ですが、私がちょうど九つの誕生日を迎えようという頃。
ルイナーが現れ、世界の在り方が大きく変わってしまうと同時に、私の人生もまた、大きな変化を迎える事になりました。
私が精霊と契約し、魔法少女となったこと。
かつての神秘を生業としていた古い家系が、魔法庁という政府肝入りの新たな庁の顧問という立場に就く事が決まったこと。
「最初期の魔法少女は、魔法庁に招集されました。もっとも、実名を公開していない身元の分からない少女ばかりなので、なかなか集まりにくいという事もありましたが。そんな中、魔法少女に対する広告塔とも言える役割を果たしたのが、私です」
「え……? そ、そうなんですか?」
「はい。東雲家という新設された魔法庁の顧問という立場に収まった家の娘。これほど適した人物はいないと、そう判断されて、私は魔法庁所属の魔法少女代表という立場に収まりました。私はあの頃、テレビに出させられて顔を売りつつ、ルイナー発見の報せを受ける度に現場へと向かい、在野の魔法少女に魔法庁へと所属するようにと促す。そんな役割を行っていました。もっとも、それは半年程の短い期間でしたが」
ちょうどその頃、この葛之葉の事件が起こってしまったから。
魔法少女が英雄視され、広告塔となっていた私が引き入れた五人の魔法少女が犠牲となった、葛之葉の一件が。
世間の魔法庁と軍部への批難が始まり、私は大人たちに言われるまま表舞台から隠れました。
「怖かったのです。私が引き入れたばかりに死ぬ事になってしまった魔法少女がいるという、現実が。だから私は、誰に対しても優しく、嫌われてしまわないように振る舞おうとしていました」
少しずつ増えていく魔法少女。
年下の魔法少女に成り立ての子たちは、常に優しく振る舞っている私を好いてくれました。
その度に、私は胸を撫で下ろしていました。
あぁ、今日も嫌われなくて済んだ、と。
アルテさんが魔法庁に所属してから、私は引き入れる事はしなくなったものの、ルイナーが現れる度にアルテさんの転移魔法を使って、魔法少女の救援を行うようになりました。
それはきっと、私なりの贖罪でもあったのでしょう。
私が引き入れたせいで死んでしまった、魔法少女たちに対する贖罪。
そんな中、どこか他者に一線を引いた態度を取るフルールさんと、偶然出会いました。
「ある日、救援に向かった先にいたのは三等級と言われるルイナーでした。私はアルテさんの転移魔法でその場に赴き、そこで戦っていた魔法少女の援護を行っていました。ですが、その魔法少女はまだ魔法少女になったばかりの子。救援を待つまでの間、耐えるしか選択肢のない私たちの前に現れたのが、彼女でした」
三等級のルイナーは強く、当時の魔法少女の中でも勝利できる魔法少女は一握りと言われていました。
そんな中、音もなく現れ、ルイナーを一瞬で細切れにしてみせた光景は、今でも私の脳裏に鮮明に残っています。
振り返った彼女にお礼を口にしようとした瞬間に、彼女が言い放った一言も。
――「弱いのね。ルイナーも、あなた達も」。
「私たちは性格も、考え方も正反対でした。だから、私は彼女とは極力会わないように避けていました。ですが……彼女は私のせいで、酷い怪我を負ったのです」
「え……?」
魔法少女たちに嫌われないように振る舞っていた私は、厳しい言葉を言わないように他の魔法少女たちと接していました。
年下の子たちから好かれようと優しい姉のように接し、同年代の女の子には嫌われないように、頼み事を笑顔で引き受けるように、と。
「年下の魔法少女を連れてルイナー討伐に付き添っていた時に、その子に指示を出さなくてはいけない立場にあった私は、どのように戦うべきかを指示したのです。ですが、その子は血気盛んな性格をしていて、私の指示を聞かずに飛び出してしまいました」
きっと私は、「なんでも許してくれる存在」と認識されてしまっていたのでしょう。
だから、あの子は私の指示を聞かずに飛び出してしまった。
「その時のルイナーは狼型で、動きも速く、飛び出した魔法少女に影から奇襲をかけるように飛び出していきました。私は突然の事に結界を張って守ってあげる事さえできず、その子もまた、首元に迫る奇襲に気づく事もできていなかった。ですが、近くに偶然やってきていたフルールさんがその子とルイナーの間に立ち塞がり、その子は助けてもらえました。しかし、咄嗟の戦闘であったせいかフルールさんの一撃は甘く、切断されたはずの身体をそのままにフルールさんの右足に噛み付きました」
牙が異様に伸びていたルイナーの一撃を受けたフルールさんが、痛みを噛み殺しながらもルイナーにトドメを刺しました。
倒れ込んだフルールさんに駆け寄った私に、フルールさんは痛みに耐えながらも告げました。
――「年上のあなたがついていながら、何をしているの」と。
「……アルテを呼んで、すぐに魔法省に待機している回復魔法を持っている魔法少女に治療してもらいましたが、彼女の右足には多少の麻痺が残る結果となりました」
私のせいで、年下の魔法少女を死なせかけてしまった。
私のせいで、フルールさんは大きな傷を負って、後遺症を残してしまった。
どうすればいいのか分からなくなってしまった私は、フルールさんに許して欲しくて、謝罪と感謝を告げようとしましたが、フルールさんはそれを興味なさそうに聞き流し、去ってしまった。
「……私は、今でも自分がどう振る舞うべきか分かっていないのです。様々な魔法少女を巻き込み、死なせ、傷を負わせてしまっている。きっと私はここで散っていった魔法少女にも、フルールさんにも恨まれているでしょうね」
「そ、そんなこと……」
それを正面から突き付けられるのが怖くて、私はフルールさんを避けていました。
結局のところ、私はそうやって逃げ続けているばかりの弱い存在でしかないのです。
正面からぶつかり合う事も怖く、嫌われないように振る舞って。
そんな現実を突き付けられるのが怖くて、また逃げて。
「――別に私はあなたを恨んでなんかいないわ」
「え……?」
ルイナーと戦いながら、こちらに背を向けたまま告げられたフルールさんの一言に、私は思わず声を漏らしてしまいました。
ちょうどルイナーの波とも言えるものが切れるタイミングだったようで、最後の一体を切り刻んでから、フルールさんがちらりとこちらを一瞥しました。
「戦いに身を置くのは結局のところ自分の意思だもの。その結果として怪我を負ってしまったのも、私が甘かっただけ。ただそれだけの話でしかないもの。だけど――」
フルールさんはこちらへと完全に向き直り、続きを告げました。
「――私はあなたが嫌いよ、オウカさん」
「……ッ」
「そうやって他人に嫌われたくないからって、他人に好かれるような態度で振る舞っている。結局のところ、そうやって他人を欺いて、誰よりも他人と距離を置きたがっているのは、他ならぬあなたよ」
「――……そ、れは……」
「今もそうね。そうやって自分の中へと逃げてるだけで、戦おうともしない。あの子たちは確かに普通の魔法少女以上に強いみたいだけれど、あのままだとあの子たちは死ぬ」
その一言を聞いて、はっとフィーリスさん達を見ると、ルイナー達相手に善戦している様子が見えました。
今も一生懸命、お互いに声を掛け合いながら戦っています。
ですが……。
「――ヤベェぞ! ビルの方から出てくる量が増えてる!」
「ん、見てきた。次の波はもっと大量」
「はぁ、はぁ……っ。まったく、数が多いというのはなかなかに厄介ですわね……!」
「ぬおー! ちょこまか避けんなー!」
お世辞にもまだまだ戦況は落ち着いているとは言えないようでした。
傷らしい傷を負っていないとは言え、このままじゃ……。
「安心しなさい。いざとなったら私が助けるわ。あなたはそこで震えて、ただ待っていればいい」
フルールさんはそれだけを言い放って、再び迫ってくるルイナーへと振り返りました。
私は……何もできない。
結界は守る力ですから、できる事はたかが知れています。
ここ最近訓練していても、私にできる事は結界の切り替えによる展開速度の調整ばかりで……誰かを助けられるような力はありません。
ニクスさんを、私を知っている彼女を救う力も、私には……。
「あ、あの、えっと、オウカさん。オウカさんの結界なら、もしかして、襲撃ルートを限定させる事が、できるんじゃ……?」
「え……?」
カレスさんの一言が何を指しているのかを理解して、私は周囲を見回しました。
現状で皆さんが苦戦を強いられている原因は、分散されてあちこちから攻め込まれている状況だからこそ起こるもの。
かと言って私が結界を張っても、周囲一帯を囲まれてしまうと考えていました。
ですが、カレスさんの言う通り、私の結界なら。
ここ最近訓練してきた結界の切り替えで、敵の動きをコントロールできたら……。
でも、その為には限定するルートを限定するために都度指示しながら連携を取る必要があって。
とても私なんかには……。
「お、オウカさんは優しいだけだと、思います」
「カレス、さん……?」
「わ、わたしは、その、こんな喋り方ですし、えっと、自分に自信なんて滅相もないです、けど……。オウカさんが、そんなわたしにも優しくて、だから、わたし、ちょっと頑張れるし、嬉しい、です。……あ、あれ? なんか言いたいことが……」
あわあわとしながらカレスさんが告げてくれた言葉が、ひび割れていた胸の内にすっと染み込んでいくような、そんな気がしました。
そんな私の眼の前で、カレスさんが吹っ切れたように私を見て、頷きました。
「お、オウカさんは、みんなのお姉ちゃんです!」
…………。
あ、あの、言い切ってやった感を出されても、意味が……。
「あ、あれ……? その、お、お姉ちゃんの言う事が間違ってても、き、嫌いになったりしないので! ……? あれっ、これじゃ通じないかも……?」
「……ふふ」
「あぁっ!? わ、笑わないでくださいよー!」
「……ありがとうございます、カレスさん」
――お姉ちゃんの言う事が間違ってても、嫌いになったりしない。
カレスさんのその言葉は、充分に私に伝わっています。
――私を嫌いだと言い切られました。
でも、一番私が怖がっていたその一言は、存外私を怒らせるものだったようです。
――こんな私を知りながらも、慕ってくれていると言ってもらえました。
一番欲していたその感情は、存外私を奮い立たせるものだったようです。
やれるのかは判りません。
ですが、それでも……このまま皆さんを助ける事もできないというのは、少し――そう、少しだけ、悔しいではないですか。
だって、私は皆さんのお姉ちゃんなのですから。
「――行ってきますね、カレスさん」
「……っ! は、はいっ!」
数歩ずつ皆さんに向かって歩み寄っていくと、アルテさんがこちらを心配そうに見上げていました。
「……オウカ」
「ふふ。大丈夫ですよ、アルテさん。やってみせます」
私が笑ってみせると、アルテさんは驚いたように目を大きく見開いて。
普段は無表情で分かりにくい表情を、珍しく、嬉しそうに綻ばせてくれました。
「ん。大丈夫、オウカなら」
「お姉ちゃんですからね。任せてください」
「……? ん、お姉ちゃん」
あら……あらあらあら。
なんだかそう呼ばれると、こう、滾ってくるものがありますね。
アルテさんの信頼に、しっかりと応えてみせなくてはなりませんね。
「――皆さん、聞いてください。私が敵の動きをコントロールします。皆さんは私の指示に従ってください」
――ここから、まずは一歩を踏み出しましょう。




