#025 葛之葉奪還作戦 Ⅴ
突如現れた、強力な魔法を使う少年、ルオ。
そして、そんな謎の人物に付き従うような形で姿を現したのが、まさかの人物。
大和連邦国内魔法少女ランキング序列二位。
『絶対』、『最強』と呼ばれている魔法少女であるフルールさん。
わたくし――未埜瀬 律花――としましても、さすがにこの組み合わせには驚きを禁じ得ないですわね。
あの鯨型ルイナーとの戦いはもちろんですが、何よりもわたくし達の眼前で繰り広げられた、ルーミアと名乗る女性の方との戦い。
あの記憶、衝撃は、今も鮮明に思い出せる程度にはしっかりと焼き付いておりますもの。
美しさすら感じさせるお互いの攻防の早さ、洗練された技術。
お世辞にもわたくし達と押し並べて語れる次元にあるものとは言えない存在。
あの一件で衝撃を受けたのは、何も明日架さんだけではありませんでしたわ。
普段は憎まれ口を叩く男の子のような性格をしている弓華さん――皐 弓華――でさえ、興味がないとでも言いたげな態度を取っている割に、何かできないかとこっそりと訓練をしていらっしゃいますし。
そしてそれは、柚さん――月ノ宮 柚――もまた同じ。
わたくし達は自らの実力に満足してしまい、魔法が持つ可能性を模索しようとはしなかったのだと、あの戦いをこの目で見て気付かされましたもの。
ともあれ、先程のフルールさんのルオさんに対する態度を見る限り、明らかにフルールさんはルオさんと対等とも言えない様子。
序列二位の『最強』でさえ、頭を垂れざるを得ない程なのだと突き付けられた気分がすると同時に、少々フルールさんが羨ましく思えてしまいますわね。
大和連邦国内では知らぬ者のいない未埜瀬グループの創業者の血筋にあり、何もかもに選ばれ、恵まれてきたわたくしは、常に特別視されてきました。
もちろん、それは家柄という看板を背負っている以上、わたくしも当たり前のものとして受け入れ、振る舞っておりますが。
だからこそ、気付いてしまう。
わたくし達に鮮烈な強さを見せつけた、紛れもない特別がわたくしに向ける目は、まるで路傍の石を見るかのような目なのだ、と。
たとえわたくしの立場を知らなかったとしても、魔法少女と言えば誰もが特別視するというのに。
ただ、不思議とそれを悔しいだとか気に喰わないだとか、そうは思えませんのよね。
むしろわたくしとしては、「あぁ、この人は肩書きや立場で目を変える人ではないのですわね」という肯定的な感想しかありません。
だからこそ、わたくしはフルールさんが羨ましい。
特別から本人の資質を認められているであろう事が。
「それじゃあ、フルール。そっちの魔法少女たちの魔力操作の基礎ができているのか見てあげて。僕はこっちの二人を連れて向こうまで飛ぶから」
「かしこまりました、我が主様」
「それとも、逆がいいかい?」
「どちらでも問題ありません、と言いたいところですが……『都市喰い』はさすがに荷が勝ちすぎてしまうかと……。申し訳ありません」
「いいや、ちゃんと自分の実力を把握できているならそれに越した事はないよ。じゃあ、後はよろしく」
ルオさんがそれだけ告げて、ロージアさんと夕蘭さんの近くへと歩み寄り、軽快に指を鳴らしてみせる。
すると、足元に光る幾何学的な紋様が現れ、三人の姿がその場から消えてしまった。
「ん、転移した……。私の固有能力……なのに……」
「いやいや、アレに対抗してもしょうがないって……。つかオレの天眼じゃ葛之葉見えないのに、見えるどころか映像映し出すとか……」
「え、えっと、元気出して……? あの人相手に比べるのって、不毛だと思う、よ?」
「なー、カレス――月ノ宮 柚――の一言ってトドメになるんじゃねーか?」
「え、ええぇぇっ!? ご、ごご、ごめんね!? そ、そんなつもりじゃなかったんだけど……!」
ついつい弛緩してしまった空気に鳴宮教官が釘を差そうとしたところで、フルールさんが先に口を開いた。
「――変わらないわね、オウカさん。あなたは相変わらず、年長者でありながら甘い顔をしている」
「……ッ、それは……」
「フルール、やめて。オウカは別に悪くない。私が余計なこと言った」
フルールさんの言葉を聞いて、明らかに目を見開いて動揺するオウカさん。
そんなオウカさんを庇うように、アルテさんが彼女にしては珍しく少し語気を強めた様子でフルールさんに食って掛かるように声をかけると、フルールさんは特に気にした様子も見せずに小さくため息を吐いてみせた。
「別に責めている訳ではないわ。あの頃の私と今の私は、色々なものが変化しすぎているもの。ただ感想を述べただけよ」
やはり、フルールさんとオウカさん、それにアルテさんの間にはちょっとした溝のようなものがありますのね。
先程の空気と今のこの会話の内容から察するに、考え方が合わない、というだけの事ではないような気もしますが……。
「そ、そうなの……?」
「そうよ。分かったならさっさと行きましょう。あの御方をお待たせする訳にはいかないわ」
オウカさんは明らかにほっとしたような様子ですけれど……、フルールさんの回答は安堵できるようなものではありませんわね。
フルールさんの物言いや目線、態度は特別を映しているだけで、わたくし達に向けられていないだけ。
普段のオウカさんならそれぐらい察する事ができそうなものですのに、なんだか過剰にフルールさんを怖がっているような印象を受けますわね。
いえ、もしかしたら気付いているからこそ安堵している、とも言えるかもしれませんわね。
フルールさんから目をむけられない事に安堵しているというのもおかしな話ですが。
まぁ、わたくしが詮索するような問題ではありませんわね。
「では鳴宮教官、行ってまいりますわね」
「……はあ、分かったわ。本部と前線部隊には私から状況を報告しておきます。あなた達は決して無茶をしないように」
「おー! やるぞー!」
エレインさん――凪 伽音――の元気な声を皮切りに、わたくし達はアルテさんの固有魔法で結界の近くまで飛んだ。
結界は半透明な光の膜、とでも言うべきでしょう。
幾何学模様の白い紋様がゆっくりと回転している光の膜という非現実的な光景を前にして、ついつい見入ってしまって言葉を失くしたわたくし達を他所に、フルールさんは躊躇う事もなく堂々と、黒い魔法装束を揺らして近づいていく。
「カレスさん、エルフィンさん、それにアルテさんとオウカさんは結界の外で――」
「待機する必要なんてないわ。ついてきなさい」
前方を歩いて行くフルールさんが結界の中へと入ってから、こちらへと振り返る。
途端にあちこちの廃ビルから蜘蛛型ルイナー三体が、背を向けている形となったフルールさんへ向かって飛びかかった。
「危ないですわ!」
わたくしの声を聞いてもフルールさんはその場から動こうともせず、ただその場でこちらを見ている。
刹那、線が空間を走った。
僅かな光を放ったその線が見えたかと思えば、飛びかかってきたルイナー三体ともが空中でばらばらと細切れにされ、力なく落ちていく。
「この程度の相手、いくら数がいても今の私の相手じゃない。入ってきなさい」
再びくるりとわたくし達に背を向けて、フルールさんは烏の濡羽色とでも言うような艶やかな長いストレートロングの髪を揺らして歩きだした。
「……あれが、『絶対』……」
「すげー! なんだあれ、かっこいい!」
「な、何が、起きたの……?」
エルフィンさん、エレインさん、カレスさんが声をあげている一方で、わたくしはただ、あの姿に思わず見惚れてしまっていました。
何も構える事もなく、一瞬の内に魔法を展開してみせ、気負いのない淡々とした態度。
……か、かっこいいですわね……。
わたくしもあんな風に振る舞って、こう、「フ、児戯ですわね」みたいな事を言ってみたりしてみたいですわ!
「ん……。確かにフルールの固有魔法。だけど、違う」
「そうですね……。以前は手を振って使っていた力だったはずですし……」
「何を驚いていますの。わたくし達とて、四か月前に比べて魔法のバリエーションもずいぶんと増えておりますのよ。フルールさんが成長しているならそれで結構。わたくし達とて成長しておりますわ。ほら、まいりますわよ」
どうにも苦手意識があるようなアルテさんとオウカさんを叱咤激励しつつ、わたくし達も結界の中へと足を踏み入れた。
「この半透明の光の膜は、可視化こそできるものの特に感触もないものなのですわね。ルイナーのように弾かれてしまうかと思いましたわ」
「んー、そうかー? なんかこう、かるーくふわふにゃっとしてたぞー?」
「いや、分からねぇよ、その表現……」
「えー? もー、エルフィンは鈍感だなー」
「お前に言われたくねぇよ!?」
取り留めのない会話をしながら小走りでフルールさんの元へと向かって駆けていく。
フルールさんはちょうど大きめの道路がぶつかり合う交差点のど真ん中を陣取るように立ち止まっていて、周辺を見回しているみたいですわね。
一通り確認を済ませたのか、フルールさんがこちらを見やる。
「あなた達は右手側からくるルイナーを倒して。前方と左手側は私がやる」
「おー? ルイナーいるのか?」
「いいえ、いちいち駆け回って探すなんて面倒な真似する気がないだけよ。私が呼ぶわ」
フルールさんがそんな言葉を口にすると、目を閉じて一つ呼吸した。
何をしているのかとわたくし達が見つめている中、それは起こった。
周囲に無造作に散らばっている小石や草が枯れて千切れてしまったものが、フルールさんへと吸い寄せられるように動いていく。
ふわりと風で髪が揺れて、ようやくわたくしも何が起きているのか気が付きましたわ。
風が、フルールさんに向かって集まっているのだ、と。
「――解放」
フルールさんが短く告げた一言。
次の瞬間、フルールさんを中心に今度は外へと押し出すように、一際強い風が押し出されるように周辺へと放たれた。
何をしたのかも分からないわたくし達を他所に、フルールさんは自分が受け持つと言った前方へと振り返った。
「ルイナーは魔力を持つ人間を積極的に狙うという性質がある。その次に、生命力を持つ動物なんかをターゲットにする。つまり――」
フルールさんが何を言わんとしているのかを代弁するかのように、前方の道路、それに廃ビルを何かが飛んで移動するようにこちらへと迫ってくる黒が、結果を表していた。
「――魔力を放出してやれば、必然的にルイナーは優先度を切り替えるのよ。あんな風に」
まるで気負いなく淡々と説明された内容は理解できますけれども……。
ちょっとあの量、多すぎませんこと……?




