#024 葛之葉奪還作戦 Ⅳ
「うわぁ、きもちわる……」
葛之葉から次々に現れる大量のルイナーを見て、ついつい口を衝いて出る嫌悪感。
そもそも僕、ああいう大量の虫って嫌いなんだよなぁ……。
大量のルイナーが発生するという事象は、僕が生きていた前世の世界ではなかなかなかった。
そもそも発見次第倒していたからなぁ、僕らじゃなくても冒険者たちが。
まぁ、五年間も地下に放置されていたというルイナーが何かをしたという可能性もある、かな。
葛之葉の悲劇と呼ばれる事件については、僕も以前この世界の情報を調べている中で目にした事がある。
巨大なミルワーム、或いはミミズとでも言うようなルイナーが現れ、『都市喰い』と呼ばれ恐れられており、移動する気配を見せなかった事から監視だけに留めていたらしいのだけれど、今回それにちょっかいをかけた結果が、あの有様だ。
「ねぇ、唯希」
「はい」
「精霊の隔離結界で今の内に隔離すればいいのに、って思ったりもするんだけれど、できないものなのかな?」
「私も詳しい事はよく分からなかったのですが、一度だけ聞いた事があります。精霊結界は対象と自分たちをずらす結界、なのだそうです。ただ、あくまでも相手が単体である場合しか経験していないので、もしかしたらあれだけの数が相手では使えないのでは……」
「ふぅん、そうなんだ」
正直、隔離結界とやらは僕もいまいち理解できていない。
なんとなく似た系統のものには心当たりはあるんだけれど……うん、できれば精霊からその辺りは一度聞かせてもらいたい。
そうなると、唯希もだいぶ魔力に馴染んできたんだし、そろそろ唯希の中に眠る精霊に魔力を流し込んで覚醒を促してみるのもいいかもしれない。
ちょっと検討しておこう。
「さて、唯希。魔法少女はどう出るかな? あの大群を倒せると思うかい?」
「……期待はできないと思います。さすがにあれだけの数となると、ルオ様に拾っていただく前の私であったとしたら手を焼いたと思いますし」
「へぇ、そう言えるって事は、当時であっても倒せないとは思わないんだ」
「あの蜘蛛型は個体差はあるようですが、高く見積もった個体でも四等級程度ではないかと思います」
「四等級、ねぇ……」
そういえば僕、ルイナーがこっちの世界でどれぐらいの実力が何等級になっているかとか、唯希の魔法少女時代の名前とか実力とか知らないんだよね。
あまり興味はなかったし、触れていなかった。
実際、僕の見立てではロージア達なら囲まれさえしなければ倒せる相手だとも思う。
けれどあれらはきっと一斉に、それこそ波が押し寄せるように襲いかかってくるだろう。
人間や知恵のある魔物との戦いと違って、ルイナーは死を恐れない。ただただがむしゃらに、相手を殺す為だけに突っ込んでくるのだ。
戦い慣れていない魔法少女たちじゃ、油断して事故にも繋がりかねないか。
「とりあえず、今回ばかりはあの子たちに任せるのも荷が重そうだし、動かないって選択肢はないんだけどね。行こうか」
「はい」
短く返事をした唯希を連れて、僕は転移魔法を発動した。
飛んだ先はロージアと仲間たちが集まる廃ビルの屋上だ。
特に隠れるつもりはなかったけれど、魔力を隠蔽している事と、ちょうど会話の真っ最中でそちらに集中しているらしく、こちらには気が付いていないらしい。
……うーん、いくらまだまだ葛之葉とは距離があるって言っても、ここは敵地だ。
もうちょっと警戒した方がいいと思うけどね。
そんな事を思って苦笑してしまう僕には気付かず、魔法少女の一人と大人の女性が話を続けていた。
「お言葉ですが、鳴宮教官。わたくし達の本気での実戦なんて、そうそう見れる機会はありませんのよ? 的があれだけいるのですから、今後の育成方針にも役立つとは思いませんこと?」
あのお嬢様口調の魔法少女、フィーリス、だったかな。
前にロージアを助けた時に声をかけてきていた女の子だ。
にこやかに言い放っている辺り、なかなか交渉事に対して慣れているらしい印象を受ける。
口調や交渉事への慣れ、上流階級に所属するタイプかな。
前世のお貴族様を思い出すよ。
「……確かにデータは欲しいわ。でも、一歩間違えたら死ぬような状況で欲するものではないの」
そんな一言を口にした女性は、軍服姿でピシッとした姿が印象的だ。
教官と呼ばれているようだし、魔法少女訓練校の教官で彼女たちの担任とか、そういう感じなのだろう。
さて、フィーリスの言葉から、なんとなく状況が見えてきた。
どうやら逃げる方針を告げている教官と、そんな女性に対してフィーリスは戦闘を仕掛けようとしているってところだろうか。
さすがに「ねえねえ、何の話してるのー?」なんてフレンドリーに情報を聞く事なんてできそうにないし、不敵なキャラっぽくない。
なので、ここは敢えて全てを聞いていたかのように振る舞う事にした。
「――だったら、僕が少しの間だけ手伝ってあげようか?」
僕の声を聞いてようやく精霊たちも僕の存在に気が付いたらしい。
そんな中、桜色した髪の女の子が、何か信じられないようなものを見るような目でこちらを……というより、唯希を見つめていた。
「……な、んで、あなたが……」
……うーん、なんだか唯希の事を知っているっぽい。
「知り合いかい?」
「はい。とは言っても、そこまでの交流はありませんが」
唯希と同じく中学生ぐらいの、他の魔法少女に比べると大人っぽくなってきている年齢の少女。
同年代の魔法少女同士交流とかあったのだろうか。
唯希は僕の斜め後方に控えるような位置から数歩踏み出して、僕の隣に立った。
「久しぶりですね、オウカさん。それに、アルテも」
「……フルールさん……」
「ん……。久しぶり、フルール」
唯希の魔法少女としての名前が、フルールっていうらしい。
その名前を聞いて、他の魔法少女たちが何かに驚いたような顔をしていた。
ちらりと鳴宮教官と呼ばれていた女性に目を向けると、彼女までもが唯希の名前を呟き、驚愕を滲ませている事が窺える。
……え?
何これ、唯希の魔法少女名って有名なの? 知らなきゃいけない流れ?
とりあえず……うん、分かっていた感出して誤魔化しておこう。
それにしても、唯希とオウカ、そしてアルテと呼ばれた少女は面識があるという話のはず。
そんな三人だと言うのに、どうにも久しぶりに会ったにしてはどこか空気が重いというか。
オウカとアルテの二人はどこか唯希に対して警戒しているような空気を感じる。
会話も止まっているし。
そんな微妙な空気になったところで、教官さんが口を開いた。
「魔法少女フルール……。絶対に勝利する、絶対切断と呼ばれる固有魔法を持っているのではという噂から『絶対』と呼ばれている、国内最強と謳われた魔法少女ね」
……何それ、二つ名的な何かってこと?
そんなのがあったなんて一切聞いていないんだけど。
というか、唯希って魔法少女界隈で有名人だったりするの?
そんな事を考えつつ唯希を見ると、唯希は自嘲めいた笑みを浮かべてみせた。
「そんな大仰な呼び名は私には分不相応というものです。絶対に勝利する最強の存在と言うべき御方は、こちらにいらっしゃるルオ様にこそ相応しいもの。返上できるのであれば今すぐにでも返上しますよ」
ねぇ、待って?
なんか僕、そんな最強の魔法少女を洗脳してるみたいな空気にならない?
ちょっと狂信者モードやめてもらえる?
なんかちょっと訝しむような目を向けられてるよ?
「……ずいぶんと惚れ込んでいるようね。いえ、今はそんな事を話している時間が惜しいわ。――ルオくん、と言ったわね? それとも、フルールさんの呼ぶように様とつけてお呼びした方が?」
「あはは、そう呼ばれたいと僕から言った事はないし、もっと気さくに接してくれって言っているんだけれどね。なんでもいいよ。そういうあなたは鳴宮教官さん、だったっけ?」
遠回しに僕の意思で従わせている訳じゃないと言下に潜ませて伝えておく。
むしろ僕としては様付けされるのだって不慣れなんだ。
ジルとかアレイア、リュリュなんかも仰々しく「我が主様」なんて言ってくるけど、僕はそういう、誰かに傅かれるという事に慣れていないんだし、勘弁してほしい。
唯希やジル達にも、そんな呼び方も喋り方もしなくていいって言ったのに、何故か押し切られて今に至っているけれど……。
「自己紹介もまだだったわね。私は大和連邦国軍中央本部、ルイナー対策部隊所属、魔法少女戦闘技能教導官の鳴宮 奏。あなたとは是非一度会って話してみたいと思っていたわ」
「肩書き長いね。ん、僕はルオだよ。さっきも言った通り、気を使わないで気楽に話してくれて構わないよ。とは言っても、ゆっくりと話していたらルイナーがあちこちに散らばって面倒だし、面倒事を片付けるとしようか」
パチン、と指を鳴らして景色を投影する水の鏡を展開する。
これは術者が見ているものを映し出す、水属性第四階梯魔法【投影水鏡】。
本来、召喚士や従魔士なんかが眷属の視界を共有し、それを仲間に見せるために使うような魔法ではあるのだけれど、僕の神眼によって映し出した映像を見せる事も可能だ。
操縦もいらないドローン空撮に似たようなものと言えるかもしれないね。
突如として中空に浮かび上がり、僅かに揺らめきながら映像を映し出した【投影水鏡】を見て驚きに声をあげる彼女たちを他所に、僕は夕蘭へと顔を向けた。
「夕蘭、キミたち精霊の隔離結界は単体にのみ適用できる、というのが僕の見解だけれど、間違っているかい?」
「いや、間違ってはおらぬ。隔離結界とは己と魔力的な繋がりのある者、そして対象とを縛り、位相をずらすものじゃ。故に複数を相手には使えぬ」
「なるほどね。どちらかと言えば、その隔離結界は魔法というよりも呪術、あるいは純粋な呪いの一種という事だね?」
「――ッ! ……そうじゃな、捉え方としてそれは間違っておらぬ」
自らと対象を繋げ、縛り、巻き込む。
それは呪いと呼ばれる代物の基本構成であるとも言える。
人を呪わば穴二つ、とはよく言ったもので、呪いとは術者も共に縛り上げる代物だ。
おそらく精霊は、魔力によって呪いそのものを増幅して周辺空間を擬似的に生み出し、敵と共に移動する。いや、お互いに縛る、引きずり込むとでも言うべきだろうか。
おそらく隔離結界はそういった呪いという性質上、『どちらかが死に絶えるまで解けない』という制約でも課されているのではないだろうか。でなければ引きずり込むなんていう強制的な効力を発揮できるはずもない。
なかなかに趣味の悪い仕様みたいだね。
付け加えるなら、自らがその力を上回っていなければ、そもそも発動もしない、かな。
鯨型ルイナーを引きずり込めなかったのは、夕蘭がまだまだ成長途中の精霊であるが故の事だと考えるべきだろう。
「ま、細かい事はいいとして……キミ達の結界じゃあれらを引きずり込む事ができない、と。なら、普通に封じ込めてしまって問題はないね」
精霊の結界の原理が判った以上、あれだけの数を隔離する事はまず不可能だと理解できる。
だったら普通に殲滅すればいいのだけれど、このままじゃあちこちに分散されかねないし、さっさと魔法結界で封じ込めればいいだけの話だ。
早速とばかりに魔法を構築していく。
「……彼には、精霊の隔離結界の意味が理解できていると言うの……?」
「まず間違いなく理解しておるじゃろうな……」
「――よし、できた」
後ろでぼそぼそと喋る鳴宮教官と夕蘭の会話は無視して、両手で掬い上げるような形で浮かべている球状の魔法陣に魔力を込める。
「――【発動】」
発動命令の言語を告げると、手のひらからバスケットボール台の大きさの魔法陣がゆっくりと浮かび上がり、一定の高さまで上がった事で凄まじい速度で撃ち出されたように葛之葉方面へと飛んでいく。
ルイナーの外殻はあくまでも物質だけれど、その体表に魔力障壁を纏うという性質がある。
これは前世の世界にいた魔物なんかとも類似した特徴であり、故に向こうの世界では、ランクの低いルイナーなんて素材も取れない、お金にもならないクセに襲いかかってくるただの害虫みたいな扱いだったりもした。
そんな存在の対策となるのが、僕が発動した魔法結界だ。
魔力障壁との違いは、常に魔法として展開しているため、薄っすらと魔法陣の紋様が浮かび続けながらドーム状に広がる事と、魔力消費が大きいという点ぐらいだろうか。
向こうの世界では魔石を核にして、周辺の魔素、町中の人々から漏れ出る微量な魔力を転用して結界に回していた、町と呼べるような場所なら間違いなく魔物対策に展開されていた代物だ。
もっとも、維持するのはほとんどメンテナンスフリーではあった一方、構築したり結界を張ったりっていう部分だけは、物凄く実力と魔力が要求されたりもするので、一般的な魔法使いでは単独であれだけの規模は作れない。
僕の場合は師匠の地獄の特訓で培ってきたものに、さらに現人神になった影響で魔力に余裕があるから力押しでどうとでもできるというだけの話だ。
葛之葉の上空に留まった魔法結界を構築した球状の魔法陣は、解けるように球状の魔法陣から光の帯を伸ばしていく。それらは葛之葉内でもルイナーが大量発生している一帯――およそ直径四キロ程度の大地へと降り注ぎ、半透明のドームが完成した。
半透明の白い魔法陣の幾何学的な紋様がゆっくりと動く、僕にとっては見慣れている結界が作動している町の光景だ。
早速とばかりに【投影水鏡】が映し出している光景をその結界の外周部分、ちょうどルイナーが進行している先へと切り替える。
僅かに待っていると、真っ直ぐ進みつづけてきたルイナーが魔法結界の壁に衝突する形となって、その動きを止めた。
「フルール」
「はい、我が主様」
……え? なんでキミ、ジル達みたいな呼び方してんの?
思わずちらりと唯希を見たら……あぁ、うん。僕の魔法らしい魔法を見て、ちょーっと興奮しているみたいだ。
……爛々と輝いたその眼、やめてくれない?
キミ、獣人じゃないよね? なんかブンブン揺れてる尻尾が見えそうだよ?
「結界の中の害虫はキミに任せるよ。ついでだからそっちの魔法少女たちを連れて行ってあげるといい。キミの今の実力を存分に発揮し、見せてあげるんだ。なんなら教えてあげても構わないよ」
「仰せのままに」
ジルやアレイアの姿を見ていたせいか、唯希が胸に手を当てて頭を下げる。
……なんだろう、この感じ。
やっぱり僕、唯希を侍らせているように見えたりするんだろうな……。
……見た目が子供の姿で良かった。
もし僕の見た目が大人だったりしたら事案だよ。
「夕蘭、それにロージア」
「へ……? あっ、はいっ!」
「『都市喰い』を殺すから、キミ達は僕と一緒に来るといい。前に僕が教えた事がしっかりとできているか、見せてもらうから」




