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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
大和連邦国編
28/220

#022 葛之葉奪還作戦 Ⅱ

 祠堂 楓、未埜瀬 律花、火野 明日架。

 三人で行ったルイナー討伐は、三度目の空振りに終わってしまった。


 魔法庁に討伐報告は上がっていないのかという疑問は、まだまだ子供でしかない少女たちが主観だけではなく、多角的に物事を見る事ができるようになった証左であり、その成長は素直に喜ばしい。

 奏――鳴宮 奏――も魔法庁に問い合わせてみると答えて楓を下がらせつつ、早速とばかりに魔法庁の担当官へと問い合わせ内容を記したメールを送信する。


 一通りの作業も落ち着いたのか、奏は椅子の背もたれに身体を預け、天井を仰ぐように顔を上げて目を閉じた。


 話題となっている『活動不明』の魔法少女、軍よりも先に討伐されたルイナー。

 これらの騒動は繋がっているのか、それとも繋がっていないのかも断定できないような状況だ。

 魔法庁、連邦軍にて共同調査を進めている一方で、まだまだ情報らしい情報が入ってきていないが、そもそも奏はそれらには「どうせロクな情報は出ないだろう」と踏んでいる。


 というのも、それは現在の大和連邦国の在り方が関係していた。

 現在の大和連邦国法では、ルイナー襲撃によって街の損壊レベル、重要度によって復旧するか否かが決まる。そうしたファクター以外にも、都市部の人口密度の問題や、魔法少女という防衛能力に限りがあるという点等もあるが、それはさて置き。

 ともあれ、放棄指定区域とされた地域に住まう者らは二年以内に移り住んでもらう必要が出ると同時に、その二年以内に移り住まなければ死亡認定となり、放棄指定区域に対し、食料やライフライン等は完全に供給が停止される。

 故に、棄民が集う街と呼称されているのである。


 この棄民街については、調査の手を入れられないのだ。

 調査をしたいから協力してほしいと口にしようにも、聞く耳など持たれない。

 隠れてやり過ごそうとされてしまうか、最悪の場合、敵対行動を取られてしまいかねないのである。

 本来交渉事はトップダウンによって周知されるものだが、しかし棄民街はコミュニティも数多く、虱潰しに調査をしようと下手に刺激すれば、人間同士の殺し合いにすら発展しかねないのだ。


 そのため、軍部、魔法庁の調査の手が充分であるとは到底言えない。

 逆に言えば、そういった手を逃れたいのであれば棄民街を根城にしてしまえばいいとも言えてしまうあたり、現在の大和連邦国は大変歪な状況であった。


 軍部の調査報告データに目を通しても、やはり調査区域として記載されている箇所に棄民街は含まれていない。

 そこに海外の政府と繋がっている組織があってもおかしくはないだろうと奏は考えているが、とは言え、これを改善するのは法的な措置すらも在り方を変える必要があるなど、どうしても手を出しにくく、改善は難しい。


 何かが起こっているというのに、何も手を打てない。

 そんな状況が奏にとっては歯痒かった。


 そこまで考えていた、その時だった。

 奏の前にあるデスクに置かれていた電話機が、一際大きな音を立てて鳴り響いた。

 鳴り響いた呼び出し音は一般回線でかかってくる電話や内線等とはまったく異なるものであり、この訓練校に赴任して以来、初めて耳にするものだ。


 しかし、奏はそれが何を示しているかを即座に理解し、受話器を手に取った。


「こちら鳴宮」


《鳴宮中佐、魔法少女派遣要請が届きました! ですが、場所が……!》


「落ち着きなさい。こちらの回線を使うという事は、すでに被害が出ているのですか? それとも、隔離結界が発生していない、と?」


 奏にかかってきた回線は緊急回線と呼ばれ、大量のルイナー発生、あるいは先日明日架が対峙したような、隔離結界が通用しない等級のルイナーが確認された際等に使われる専用回線だ。

 いつもは冷静なオペレーターには似つかわしくない、随分と焦った様子から相当の被害も覚悟していたが、続いた言葉に奏は言葉を失った。


《葛之葉に軍が展開しているとの通報です! 確認したところ、すでに葛之葉近隣に前線基地を構築している模様です!》


「な……ッ!?」


《見た事もない武装をしているため、所属も不明ですが、明らかに軍車輌等が使用されている形跡があります! 武装も整えており、発射準備まで済ませています! いつ攻撃を開始するか分からない状況です!》


 叫び出してしまいたくなるような激情を必死に押さえ込み、奏はキツく目を閉じて大きく息を吸った。


「――……監視を継続してちょうだい。私はいざという事態に備えて魔法少女に付近で待機するよう命じてきます」


《は、はいっ!》


 五年前、『葛之葉奪還作戦』が引き起こした悲劇を忘れた者がいる。

 ただそう考えるだけで湧き上がってきた怒りを殺しきれず、力を込めた拳をデスクへと叩きつけた。

 しばしそのまま動こうとしなかった奏が深く深呼吸するように肩を上下させてから身体を起こし、殴りつけた拳を見やれば、余程の力が込められていたのか、拳の先の皮はめくれ、血が滲んでいた。


 自らの拳を一瞥すると、奏はまるで何事もなかったかのように電話機の受話器を手に取ると、緊急回線を繋いだ。


《――俺だ。何があった?》


「緊急のご連絡、申し訳ありません、大野大将閣下。葛之葉に連邦軍所属の武装部隊が接近し、攻撃態勢に入ろうとしているとの情報が入りました」


《なんだと……ッ!?》


 泰然とした態度の印象が強い大野も、さすがにこれには驚かずにはいられなかったのかと思う一方で、奏は胸の内で人知れずそっと安堵していた。

 奏にとって大野は恩人であり、同時にこの連邦軍において唯一信頼できる上司であると言える立場にある人物だ。そんな人物を信頼こそしてはいるものの、心のどこかで何かを知っていて隠していたのかと疑っていたのだと、安堵して初めて気が付かされたようだった。


《よりにもよって葛之葉に手を出すなんて、一体何を考えてやがる……ッ! いや、思い当たるクソッタレがいねぇって訳じゃねぇが……状況はまだ動き出してねぇんだな?》


「はっ、現在はまだ交戦していない模様ですが、時間の問題かと。私はこれより魔法少女を後方支援に回るよう指示してまいります」


《……損な役回りをさせちまうな、お前には》


 葛之葉は死地だ。

 そんな場所に少女たちを向かわせなくてはならないなど、本来ならあってはならない。

 奏にそんな事を命令させてしまう事に対し、同情的な言葉を漏らした大野は軍の上司としては些か甘いと言えるが、しかし奏は淡々と答えた。


「ここに赴任した時から、覚悟の上です。それにそもそも、私はあの子達を死なせるつもりはありません。あの子たちを死なせるぐらいならば、今動いている者たちを見殺します」


 綺麗事でも「救える命を」などとは奏には言えなかった。


 現在の連邦軍内は粛清の嵐が吹き荒れており、内部の風通しが良くなった事で改めて真面目に取り組む者はともかく、楽をして見逃されていた結果、粛清によって甘い汁を吸う事のできなくなったために不真面目な態度に磨きがかかった者と、まさに玉石混淆の有様だ。

 今回の任務に付き従った者が後者である可能性は非常に高く、そういった者たちと魔法少女を天秤にかけた時、魔法の有無など関係なく、軍人であるならば未来ある少女らの命を優先するのは当然の事であると言えた。


 故に、奏は迷わなかった。

 そして大野もまた、その意見に賛成を示した。


《当たり前だ。勝手な真似をした馬鹿を助けるために、女子供の命を差し出させる必要はねぇよ。とにかく、周辺の一般人に影響が出るような状況だけは作る訳にはいかねぇ。首謀者はこっちが調べる。そっちは頼んだぞ》


「はっ、かしこまりました」


 電話を切った奏は、滲んだ拳の血を隠すように手袋をつけて部屋を後にした。






 一方で、電話を切った大野――大野 (たすく)――は厳しい表情を浮かべたまま、軍部の庁舎内の自室にて窓の外を見つめながら佇んでいた。


「……この事を言っていたのだな、貴様は」


「えぇ、そうよ。いつまで経っても消えないゴミを、まとめて処分する機会。私の言った通りでしょう? ふふふ、ちょうどいいじゃない。手を汚さずに処分できるのだから」


 大野が振り返った先、向かい合った先に置かれた、一対のソファー。

 来客者を迎える際に使用するソファーの背もたれに腰をかけている女――ルーミアは、微笑みを湛えて大野へとそんな言葉を告げた。


「……確かに、貴様からの協力は非常に助かっている。様々な証拠を集めてくれているおかげで、不正に手を染めていた者達を処分し、人手不足を理由に俺の仲間たちを再び中央に呼び戻す事ができた。軍内の風通しは良くなったと言える。その点は感謝しよう」


 だが、と言葉を区切って、大野はルーミアを真っ直ぐ睨みつけるように見つめた。


「葛之葉はあまりに危険だ。あそこは五年前に現れた、これまでに出現したルイナーの中でも最悪の存在だ。アレを一等級と定義して現在のルイナーのランクがつけられているのだぞ。あんなものを刺激して、もしも葛之葉から出てくるような事になれば……」


「それはないわ。もっとも、私にとってはその方が好都合なのだけど」


「……どういう意味だ? 多くの被害が出る事が好都合だとでも言いたいのか」


 ルーミアを睨みつける大野の目に、剣呑な光が宿る。


「ふふ、何を勘違いしているのかしら。忘れてしまったの? 私があなたに協力しているのは、ルオをおびき寄せるためだけ。彼はきっと、魔法少女に危機が迫れば姿を現すわ。一等級だかなんだか知らないけれど、彼の手でルイナーだって殺されるでしょうね」


「……そういう事か。貴様はルオという少年をおびき寄せ、我々は今回の作戦に関与した者らを一気に処分する機会を得られる上に、葛之葉のルイナーを討伐できる。お互いにとって悪い話じゃない、とでも言いたいのだな」


「えぇ、そうよ。私が魔法少女を襲ったら、きっとあっさり殺しちゃうだろうし、私が殺さないなんて、どう見たって不自然で罠だと見破られてしまうもの。かと言って、弱いルイナーじゃ魔法少女程度でも脅威にならないでしょう? 葛之葉はちょうど良かったのよ。だから『五年前の雪辱を晴らして軍部に栄光を取り戻す』なんて、ドラマチックなお話を何人かにしてみただけだわ」


「今回の葛之葉への侵攻は貴様が裏で糸を引いていたのか」


「あら、人の話はちゃんと聞かなきゃダメよ? 私はただドラマチックなお話をしてみただけ。選んだのも、実行したのも私じゃなくて彼らだわ」


 ――やはり悪魔だな。

 そんな確信を抱きつつ、大野は言葉を呑み込んだ。


 大野とルーミアの協力関係は、四ヶ月前――つまり、ルオと共に公の場に姿を現したあの後、軍内部の綱紀粛正を始め、公となった数日後から始まった。

 映像越しに危険な存在であると認知したはずの存在が、突如として自室に現れた時は言葉を失ったものであったが、しかしルーミアは軍内部の不正の証拠をわざわざ手土産に、大野へと協力関係の構築を提案したのだ。


 ルーミアが差し出した手土産。

 そこには、これまで手を出せなかった人物の不正の証拠など、様々な情報が入っていたのだ。


 大野にとって、それらは喉から手が出る程に欲しいものだった。

 何せ不正を容認し、その上澄みをいただいている政治家すらも追い落とせる証拠まで含まれていたのだから。


 実際、改革を行うにあたって大野やその周辺には複数の政治家から圧力がかけられたのだ。

 そんな政治家や外部でいいように軍部を操っていた者達は大野が想定していた以上に多く、不正や汚職は内部だけに原因がある訳ではないのだと思い知らされ、あまりの深い闇に呑まれてしまいそうな、まさにその時に現れたのがルーミアであった。


 まるで悪魔が取引を持ちかけるようだ、と思わずにはいられなかった。

 心が折れかける最善のタイミングを見極め、喉から手が出そうな程に欲していた最高の()を持って現れてみせたのだから。


「じゃあ、あとはこっちに任せるといいわ。あなたは軍の内部を正す事に注力なさいな」


 くすくすと笑いながら影の中に溶け込むように消えていったルーミアを見送って、大野は一度深い溜息を吐き出した。






 大野と離れたルーミアは、葛之葉近郊、軍部が築き上げた前線基地を遠くに見下ろせる廃墟のビルの上へと移動し、上機嫌な様子で鼻歌を口ずさんでいた。


 大野との協力体制を作り上げ、ルオが目的としている魔法少女の育成環境を整えること。

 現実を未だに理解せずに過去の栄光に縋る亡霊共を焚き付け、葛之葉という魔法少女にとっての困難が待ち受ける場を整えること。


 些かイレギュラーとでも言うべきか、舞台に上がるべきではない存在の横槍が煩わしかったものの、そちらの掃除(・・)もすでに完了している。


「ふふふふ、あぁ、楽しみだわ。やっと舞台の準備は整った。あ、でもでも、久しぶりの登場だもの。しっかりお色直しもした方がいいわよね。――ねぇ、リュリュ」


「こちらに」


 上機嫌なルーミアに呼ばれて、リュリュもまた影から浮かび上がるように姿を現した。


「お色直しをお願いできるかしら? 久しぶりに表舞台に出られるんですもの、しっかりとお願いできる?」


「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」


 周りがシリアスな展開を繰り広げる中、まるで街へのお出かけを楽しむご令嬢のようにきゃっきゃと嬉しそうにドレスを選び、化粧を施し、髪型に悩むルーミア。

 そんなルーミアを微笑ましげに見つめて尽くしつつ、時にからかわれて慌てるリュリュ。


 緊張感も緊迫感もない二人の眼下では、今まさに連邦軍が動き出そうとしていた。


ルーミア「ねぇ、そういえばなんだけど、ルオと私の設定色々考えてみたんだけど、この中だったらどれがいいかしら?」

リュリュ「……えっと、その、主様にその設定についての打ち合わせ等はしていらっしゃらないのですか?」

ルーミア「してないわよ?」

リュリュ「えっ」

ルーミア「え? 盛り過ぎないようにって言われているだけだもの。ルオってば、なんだかんだ言って私のやりたいようにやらせてくれるんだもの。ふふ、信頼されるってなんだかくすぐったいわね」

リュリュ「……そ、そうですね(主様ぁぁぁっ!? ちゃんとお話してないなんて聞いてないですううぅぅ! 知りませんよ!? わたしわるくない!)」

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