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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
大和連邦国編
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#019 呪法使い Ⅲ

 大和連邦国軍、凛央庁舎内、第三作戦司令室。

 その部屋は現在、作戦シミュレートという名目で使用申請が出されており、使用を許可されている者以外が入室できぬようロックがかけられている。

 部屋の中はいくつものモニターが並んでおり、それらを見つめながら何人もの軍人たちが作業を行っている様子が窺える。口々に状況報告が行われ、情報が交換されていく。


 そんな様子を、ガラスで区切られた部屋の向こうから立って見つめている、筋骨逞しい壮年の男――八十島(ヤソジマ) 重幸(シゲユキ)は眉間に皺を寄せて腕を組みつつ厳しい表情を浮かべていた。


「――調査部隊、ポイントガンマに到着。周囲に敵影なし。引き続き警戒体制を続行」


「輜重隊、並びに工兵隊は安全確認完了までポイントベータにて待機」


 矢継ぎ早に情報が行き交うものの、まだまだこの場を支配している空気は比較的穏やかな方だ。

 何せ現状までは事前に立てていた作戦通りに事が運んでおり、想定されていた以上に順調。油断してしまう訳にはいかないものの、まだまだ切迫した空気とは程遠く、しかし適度な緊張感を保っていると言えた。


「順調ですね」


 八十島へと声をかけてきたのは、彼の副官である三十前後といった眼鏡をかけた男であった。

 自身の副官からの言葉に、八十島は無愛想な表情を浮かべたまま前方のモニターを見つめ、一つ、軽くため息を吐き出した。


「……ここまでは、な。五年前もここまでなら異変はなかった」


「五年前、ですか……、もうあれからそれだけの時間が経ったのですね……」


 八十島の一言に、隣に立った副官は当時を思い返した。




 大和連邦国は「V」の字型をしたような島国であり、その中心部に位置するのが凛央だ。

 そんな凛央から南東に位置する町が、”葛之葉(クズノハ)”という町があった。


 しかし今、この町はお世辞にも人が住めるような場所ではないと言われている。

 三葉のように都市機能を失ってしまったが故に、という意味ではなく、純粋にこの町は人間が生きられる環境ではない。

 何故ならこの場所は今、ルイナーの巣窟となってしまっているからだ。


 もちろん、ルイナーの討伐を試みた事はある。

 葛之葉はその立地から凛央とその他の都市を繋ぐ幹線道路が通っており、ここを迂回して凛央と行き来するとなれば山を越える必要があり、交通量の多さをカバーできる程のキャパシティを有しているとは到底言えない。

 物流が滞ってしまう事による様々な影響を考えると、無視しておく訳にはいかない。

 そういった背景から葛之葉は当然奪還、復旧対象となった。


 当時この奪還作戦――『葛之葉奪還作戦』は多くのメディアが注目していた。

 ルイナーという謎の存在の登場からまだ一年と経っておらず、魔法少女と呼ばれる超常の存在が現れ、彼女らがルイナーに勝利を重ねており、魔法少女は絶対的な守護者である、という盲目的な信頼が寄せられており、軍部としても魔法少女ばかりに活躍されては立つ瀬がないと躍起になっていた頃であった。


 こうした背景から、連邦軍の依頼を受け、葛之葉を奪還すべく集められた五人の魔法少女。

 最初期の魔法少女、と呼ばれた少女らの中でも、どちらかと言えば目立たない能力を持った魔法少女が集められた。

 これは詰まるところ、「あまり活躍され過ぎても困る」という軍部の大人たちの非常に身勝手な考えと、「ルイナーに魔法少女は負けない」という盲目的な信頼が、軍部にもまた蔓延していたからだと言えた。


 集められた魔法少女たちとて、第一線級の実力はなかったものの、当時の魔法少女たちもまた自らを選ばれた存在だと考えており、活躍できない状況に燻っていたという事もあって、メディアの前で自分たちの実力を見せつけてやろうと意気込んでいた。


 ――しかし結果は、魔法少女の敗北だ。


 精霊が隔離結界を張るどころか、出動した五人の魔法少女が、その地に住まうルイナーによって奇襲を受ける形となり、巨大なルイナーに一息に呑み込まれ、そのまま帰らぬ人となった。


 その後は酷いものであった。

 メディアが報道している最中に起きた、魔法少女という正義の味方の完全なる敗北。

 見た事もない巨大なルイナーが大地を食い破って現れ、怒りを体現するように暴れまわり、建ち並ぶビルさえあっさりとへし折ってみせる、その現実離れした光景に、誰もが絶望した。


 あんなものが葛之葉を離れて出てきたらどうなるのか。

 誰もがそんな考えに恐怖する事となったが、不幸中の幸いは、葛之葉にさえ近寄らなければ、その巨大なルイナーは地中で眠っているようで、動く気配がなかった事だ。


 魔法少女を戦場に送り込み、ろくな作戦も立てられずに無駄死にさせたのだと世間の批難が強まったのは、恐怖から誰かの所為にしたかったが故のものだったのだろう。

 絶対の守護者と盲目的に信じる事で、未知への恐怖を抑え込んでいた民衆。奇しくもライブ中継を大々的に行っていたが故に、魔法少女らが殺された事は国内全域に中継された。


 これによって魔法少女が絶対の勝者ではないと知れ渡り、どこか現実離れしていた正義のヒロインとでも呼ぶべき少女たちが、特別な力を持つだけの、ただの少女であったのだと、民衆も理解したのだろう。


 不安や恐怖から、民衆はこんな作戦を立てた軍部へと批難を集中させた。

 民衆の連邦軍に対する信頼を失ったのは、この一件がきっかけであった。


 あの一件以来、葛之葉は未だに沈黙を貫いており、禁忌の地として誰も近寄ろうとはしていない。




「――あの日以来、大和連邦軍は腐敗していった。いや、正確に言えば、もともと腐敗してもうまく覆い隠されていた部分が徐々に表層化していった、とでも言うべきだろうな。無能者ばかりが組織の上へと登り詰め、不慮の事態に対する対応能力は皆無だ。にも関わらず、いつまで経っても変わろうともしなかった。そんなどうしようもない体制が、数ヶ月前、大野と鳴宮によって遂に白日の下に晒された」


「大野大将閣下、それに鳴宮中佐による告発騒動ですか」


「そうだ。だが、それでも粛清から逃れてみせたヤツは少なくない。その膿とも言えるものが、再び蠢いている事に気が付いているな?」


「まさに今回の命令が、その膿による最たるものかと思います」


 今回八十島に命じられたのは、表向きには海外との共同開発によって製造された新兵器運用シミュレートという名目で部隊を動かしつつ、実際には葛之葉のルイナーを海外から秘密裏に運び込んだ新兵器によって討伐し、軍部の信頼と栄光を取り戻せという、実に無茶な命令であった。


「何故受けたのですか? 大野大将閣下に相談する事もできたはずでは?」


 こうして動き出してしまっては、もう今更止まる事はできない。

 何故こんな無茶を聞き入れたのか、その理由が副官の男には理解できなかった。


「……五年前、前線で指揮を取っていたのは俺だ。五人の少女と部下たちを助ける事もできずにおめおめと生き延びちまった。そんな俺が、再び葛之葉の一件で動いて仇を取ってやろうって、ただそんだけの話だ。どっかの誰かさんが海外と秘密裏に繋がって得た兵器を使って、バカな真似をしようとしてな」


 その言葉を聞いて、副官の男は表情も変えずに口を開いた。


「今動いている者達の中に被害が出る事は構わないと?」


「現場で動いてる連中は、今回の首謀者連中の息がかかった連中だからな。命令に従ってるっつーより、金につられた連中だ。そんなヤツぁ自業自得だ。魔法少女らと違って、いい大人が自分で選んだ選択なんだからな」


 四ヶ月程前に連邦軍内にて起こった粛清の影響は、上層陣だけではなく、そんな上層陣にすり寄っていた者たちにも波及した。

 各予算の見直し、部隊規模の縮小、無意味に古い慣習で定められていた給与等も見直されるなど、その影響は多岐に亘る。危険手当等のルイナー登場前と登場後で見直されるべき項目が再評価された事によって、給与の手取りが減る事になり、不平不満を抱く者は多くいた。

 そうした現行の体制に不満を持った者らに「手柄を持ち帰り、要求を通そうではないか」と持ちかけ、集められたのが、今回の『葛之葉奪還作戦』に組まれた者達であった。


「ポイントガンマの安全確認が済んだら、俺は向こうへ移動する。こっちの統制はお前の仕事だ。後は頼むぞ」


「はっ、かしこまりました。では、私は準備を進めますので、一度失礼いたします」


 副官の男が敬礼をして部屋を出ていく。

 廊下を歩きながら、男は思考を巡らせていた。


 ――おそらく八十島は大野大将に本当に話を通していないだろう。

 先程の物言いは、馬鹿な選択であると理解していながらも今回の作戦に協力した己を自嘲したものなのだろうと判断し、僅かに口角をつり上げた。


 自らに与えられている副官用の事務室の前へと戻ってきた男は、胸に下げていたパスカードを翳して部屋へと入ると、正面の机に腰掛けた人物へと深々と頭を下げてみせた。


「――首尾は上々のようです。八十島は己の復讐を果たすためだけに、今回の作戦に参加したようでした」


「……ヘェ、嫌いじゃないよ、そういう真っ直ぐな気質っていうのも。もっとも、仲間にしたいとは思わないが」


「私もです、エジット様」


 副官の男の部屋だと言うのに我が物顔で居座る男。

 エジットと呼ばれたその男は、薄笑いを浮かべて鼻を鳴らした。


「しかしまぁ、この国の者達は頭が悪いと言うべきか、危機感というものがなさすぎるな。自国の魔法少女を攫われている事にも気付かない上に、国の力であるべき軍がこの有様じゃあな。お前の親族と騙しただけであっさりとこんな部屋まで案内してくれるんだからな」


「平和ボケした島国ですから。我らの国と比べるのは些か酷であるというものかと」


「ククッ、そうだな。まぁいいさ。この調子で踊ってくれている方が仕事もやりやすいというものだ。混乱している今の状況は実に付け入りやすい。このままお前は軍の内部で立場を固めろ」


「かしこまりました。エジット様は一度本国にお戻りになりますか?」


「あぁ、そうだな。もう少しこの国の魔法少女と精霊を狩っていくつもりだが――……がはッ!?」


 突然の衝撃と、せり上がってきた何かにエジットが咳き込んだ。

 何が起こったのかも理解できないままエジットは自らの胸元を見つめ、そこにまるで自分から生えて出たような、真っ黒な槍のような存在に初めて気が付いた。


 何が起こったのかと前を見れば、今しがたまで会話をしていた副官の男が眼の前からいなくなっており、辺りを確認して、目を剥いた。


 エジットの目に映ったのは、壁に磔にされたかのように黒い槍状の何かに貫かれ、絶命している男の姿。

 そしてその下で佇む、淡い水色がかった白髪の、優しげな印象を受ける、ヴィクトリアンメイドを思わせるお仕着せの服に身を包んだ、美しい女の姿であった。


「――偉大なる女王陛下は、お怒りでございます」


 感情のない淡々とした物言いの美しい女は、表情をすっと消してそんな一言を口にした。


 もしもここにルオがいたのなら、きっと「え、こわ。リュリュこわ」と軽い調子で引いてみせたであろう。

 その場にいた淡い水色の髪を揺らすメイド服の女は、ルーミアにからかわれて慌ててしまったり、涙目になったりという非常に表情豊かで愛らしい印象の強い、リュリュ・オルベールであったのだから。


 胸を貫かれた黒い槍が何か。

 そもそもこの女はいつ現れたのかも、エジットには理解が追いついていなかった。

 ただ、胸を貫く槍は狙い澄ましたかのように意識を刈り取らず、激痛だけを与え続けていた。


「陛下は仰せでございます。――『劇の舞台』に上がるべきではない羽虫は消すべきだ、と」


 リュリュがすっと手をあげて見せる。

 その瞬間、エジットの胸を貫いていた黒い槍の先端がいくつもの小さな槍のような形に分かれ、エジットの手、腕、足、腹といったあちこちへと勢いよく伸び、その身体を刺し貫いた。

 ご丁寧にその内の一本はエジットの顔まで伸びており、声をあげさせないように顎と顔を固定していて、くぐもった声が上がる。


「偉大なる陛下と、陛下が敬愛する我が主様の描いた舞台を穢す者など、生かす価値などございません。しかし、ただ処分するだけでは、このメイドの気が済まないのでございます」


 せり上がる自らの血が気道を塞ぐ。

 血を吐き出せれば呼吸はできるが、しかし口を覆われているせいで、口を開く事すらできず、エジットは苦しみの中で酷く恐怖していた。


 ――コイツはなんだ?

 ――いったい何を言っているんだ?

 ――苦しい、痛い、死なせてくれ。

 ――許してくれ、助けてくれ。


 心が折れていく様を見つめながら、リュリュはしかし表情を僅かにさえも変える事もなく、冷たい光を宿した瞳をエジットへと向けていた。


「今更謝罪は不要にございます。すでにあなたとそのお仲間は、不敬にも、不遜にも舞台を穢すような真似をした存在。羽虫として偉大なる陛下に認識された(・・・・・)以上、見逃す事は有り得ません。私が、姉様が、父様が、それを赦す事はありません」


 リュリュの手に、影が集まっていく。

 鋭利な刃物を思わせるような形となったそれを、リュリュはエジットの首に当てた。


「利権を求め、力を求めるのは人の(サガ)というものでございましょう。ですが、分不相応に手を伸ばし過ぎた存在は、踏み潰されるのもまた世の常にございます。光栄に思いなさい。あなたのお仲間はすでに陛下が粛清なさっている頃でしょう。冥府で喜びに震えることです」

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