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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
大和連邦国編
24/220

#018 呪法使い Ⅱ

「む……、ここは……」


 目が覚めた妾の目に映ったのは、木造の家というところか。

 温かみのある自然と同居したログハウスのような造りである事が窺える室内。そのベッドに横たわっているようだ。


「やあ、気が付いたようだね」


 ぼんやりと未だ働かぬ頭のまま、聞こえてきた声の主に目を向ければ、そこにいたのは赤みがかった金色の髪を持った白衣の女が立っていた。

 手にはタブレット端末を持っており、何かを行っている最中だったのか、画面を見つめながら妾に目を向けずに声をかけてきたらしい。


 身動ぎして身体を起こすと、作業を中断したらしい女が歩み寄ってきて、ベッド脇の椅子に腰掛けた。


「キミの身体に纏わりついていた呪詛は完全に浄化できているはずだが、何か違和感はあるかい?」


 そこまで言われて、今更ながらに意識を失う前の出来事を思い出した。


 何者かによって襲撃され、肩口に攻撃を受けたこと。

 襲撃してきた者が呪法を用いて同胞を利用しておったという、度し難い現実。

 さらに何者かによって助けられたことを。


「おぬし、呪詛と言ったな? 妾の受けていた攻撃の正体を知っておるのか?」


「ある程度は解析してある、というところだね。じゃなきゃ治療なんてできないとは思わないかい?」


 言われてみれば、確かに妾の肩に纏わりついていた黒い靄、この女の言う呪詛はキレイさっぱりと消え去っていた。


「おのれ……。よくも同胞を利用してくれたの……」


「まったくだね。呪術や呪法と呼ばれる力は今では禁忌の力として知られて重い刑罰の対象になるはず。もっとも、連中はそれさえも恐れていないようだがね」


 妾たち精霊は、人々の想いによって生まれた存在と言える。

 人の強い想いによって生まれる精霊は、自らの定義がままならない間は、恨み辛み、妬み嫉み、呪いや絶望といった負の方向に晒され続けると、そちらの方向に固定化されてしまいかねない。

 先程まで妾と共にいた小精霊などは、まさしくそういう染まりやすい(・・・・・・)存在と言える。

 そういった存在に対し、強制的に負の念を集め、精霊としての覚醒を強制的に負の方向に導く事こそが呪法の共通点じゃ。


 古来より人を呪う方法として眉唾もの程度の認識であったそれらは、長い歳月の中で恨み辛みを集める効率良い方向へと研鑽されていると言える。

 故に、妾たち精霊はそのような力を利用する者たちには協力せず、そのような者と関係する人間を嫌う。

 つまり、協力しなくなるのじゃ。

 そのため、大和連邦国だけではなく、世界各地にて呪法、呪術といった類は厳しく禁じられるようになった。

 精霊が協力しなければ、ルイナーという存在に対抗する手段すら持てなくなるのだから。


「おぬしは、あの黒い服を着ておった男の仲間なのじゃな?」

 

「キミを助けた男の人をそう表現しているのなら、そうだね。もっとも、私はただ研究の邪魔をされないよう、彼らに半ば保護してもらっている代わりに、こういう事態に協力している立場でしかない。利害関係が一致しているだけの協力者とも言える」


「ふむ……」


 どうやら敵意もなければ裏もないらしい。

 妾をどうこうしようというような意思もなく、単純に治療した、というところのようじゃ。


「……すまぬ、警戒しておった。妾の傷を癒やしてくれたこと、感謝する」


「いや、構わないさ。襲撃されたばかりなんだ、警戒するのも無理はない。むしろ警戒していないなんて言われようものなら、逆に心配になるぐらいさ」


「む、妾がそんなに頼りなく見えると言うのか?」


「見た目だけで見れば、しっかりしていると言われてもピンと来ないというのが本音だよ。キミ、見た目は五歳から七歳程度の女児のような見た目をしているんだ。自覚はあるだろう?」


「好きでこのような姿になった訳ではない! 妾はルイナー共が現れるずっと前から自我というものを薄っすらと確立しておったのじゃぞ!」


「へえ、それはそれは。となると、他の精霊よりも偉かったりするのかい?」


「当たり前じゃ! いくら恩人であるとは言え、無礼にも程があるというものじゃぞ!」


「くくっ、そいつは失礼した。如何せん、意思疎通が完璧な精霊との交流は今回が初めてでね。非礼を詫びよう」


 まったくもって失礼なヤツじゃの、此奴……!

 いや、失礼というよりも、そもそも礼儀というものに大して拘りを持っておらぬように見受けられるが。


 ――って、いかん!

 このように悠長に話しておる場合ではなかった!


「今は何時じゃ? 妾はどれぐらい気を失っておった?」


「今はまだ十五時過ぎ、夕方に差し掛かるかどうかというところだよ。凛央からここはそう離れてはいないからね。キミなら戻ろうと思えばすぐに戻れるような場所だ」


「……そうか」


 ならば良かった。

 明日架のヤツに妙な心配をかけてしまうところであったからの。


 安堵して肩を撫で下ろしていると、ちょうどそのタイミングで扉がノックされた。

 女が返事をすると、真紅と言える髪を団子状にまとめ、ホワイトプリムをつけている……メイド服を着たすらっとした印象の女が入ってきた。


 ……メイド?

 はて、と考え込むよりも先に、メイドの女と共に入ってきた小精霊が飛び込んできて、妾の周囲を嬉しそうな思念を飛ばしながらぴかぴかと明滅しつつ飛び回る。


 ――ヒメサマ、ブジ。

 ――ケガ、ナオッタ。イタイ、ナイ。


 心配をかけてしまったようで、安心させるように手を差し出すと、小精霊は妾の手の上に乗り、甘える動物のようにひっついて小さく動き回る。

 うむうむ、愛いヤツよの。


「失礼いたします、ジュリー博士。お目覚めのようでしたので霊薬をお持ちしました」


「あぁ、ありがとう、アレイアくん」


「おぬしの声……、あの時、妾を助けてくれたあの男と共におったメイドじゃな」


 抑揚のない淡々とした物言いと声。

 それに何より――微弱ながら感じられる魔力から確信する。


 メイドの女は妾に目を向けると、美しい所作でメイド服の長いスカートの裾を持って腰を落とし、頭を下げてみせた。


「ご無事で何よりでございました。確かに、あなた様を保護し、そちらの精霊共々こちらへと連れ帰ったのは私でございます」


「礼を言う。妾も此奴も、あの襲撃者にやられてしまうところであった」


 冷静になった今ならば、結界を用いて対応すればどうとでもなったと思い至る。

 じゃが、呪法を用いて同胞を苦しめ、変質させたと知ったあの時、妾は冷静さを欠いてしまっておった。


 ……情けない。

 明日架には偉そうな事を言っておきながら、あの様ではな。

 知識としては知っておる事とて、実践できなければ何も意味はないではないか。


「……これはしがないメイドの独り言にございますが」


「む……?」


「お客様にお出しする紅茶の茶葉がどれだけ良いものであったとしても、紅茶を淹れる技術が未熟であれば真の良さを引き出す事はできません。ですが、たとえ真の良さを引き出したとて、お客様がそもそもその味を気に入るという証左もまたございません」


「ま、まぁ、それは確かにそうじゃが……」


「詰まるところ、知識として最良が何かを理解していても、それが即ち最良の結果を招く事であるかどうかとはまた別のものでございます。しかしながら、知識として最良を知るからこそ、最善へと改善する手立てを導く事ができるのではないでしょうか」


「……それは……」


「失礼いたしました。メイドとして進むべき道に悩んでいるように見受けられましたので、つい。独り言ですので、どうぞお気になさらず」


「メイドになった覚えはないんじゃが!? って聞かぬかー!」


 妾をどこからどう見ればメイドになるんじゃ!?

 というか妾がツッコミを入れてる最中にしれっと退出しおったぞ!?


「ふ……っ、くくっ、いや、すまない。アレイアくんの独り言は気にしないでおくれよ」


「……まったく」


 知識があっても結果を招く事ができるとは限らない。

 しかし、理解しているからこそ改善する余地を見つけられる、か。


 何が独り言じゃ。

 どう見ても妾の胸の内に燻ったものを見抜いた上での助言ではないか、あれは。


「……やれやれ、世界は妾が知る以上に、もっと、ずっと広いようじゃの」


 明日架の前では明日架を守らなくてはと肩肘張っておったが、ルオやルーミアという者と言い、先程のメイドと言い、おそらく妾など歯牙にも掛けない存在ばかりじゃ。

 そのような者らが在野に存在しておるなど……知りもしなかった。


 妾はまだまだ無知であるらしい。

 いや、だからと言って恥ずかしがっていても仕方あるまい。

 自覚できたのであれば、知っていけば良い。


「おぬしは、妾を襲ったあの襲撃者について何か知っておるのか?」


「残念ながら、私は畑違いというヤツさ。私は単純にキミの治療を頼まれただけだからね」


「……ふむ、そうであったか」


 単純に嘘を吐いて隠しているとも言えるやもしれぬが、しかしそれはないだろう。

 この女はどうにも、自らが興味を抱いていないものには頓着しなさそうな印象を受けるからの。


「ならば、妾を助けてくれたあの男に会えるよう、訊いてみてはもらえぬか?」


「おや、どうしてだい?」


「あれは我らの同胞を利用した忌むべき存在じゃ。あれを放っておく訳にはいかぬ。妾に傷をつける事ができたという事は、精霊に通用してしまうという事じゃ。できれば情報を手に入れておきたいのじゃ」


 放っておく事などできるはずもないと頭を下げる妾に、ジュリーは困ったように頬をかいた。


「残念だけれど、紹介するなって言われていてね」


「しかし……ッ!」


「ただ、そこまで心配する必要はないと思うよ?」


 口を開きかけた妾に向かって、ジュリーは困ったような表情をそのままに肩をすくめてみせた。


「――なんでも、怒らせちゃいけない相手を怒らせちゃった、だそうだよ」

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