エピローグ Ⅰ
僕が立ち上げ、リグレッドに託した『暁星』という組織。
元々僕は組織に対して積極的に指示を行う事もなく、ただ棄民街などを取り仕切りつつ、この凛央の裏社会を手中に収め、当初の僕らの動きそのものを動きやすくしていくという目的のために立ち上げられたものだった。
けれど、気がつけばその動きはこの大和連邦国だけではなく、世界各地の裏社会にまで手が伸びている。
本当にどうしてこうなったのやら。
リグレッドは棄民街を取り仕切る表向きの存在たちのバックアップに徹する方向で表社会には顔を出さず、一方で『暁星』直属の人員はあちこちに散らばっていて、常にリグレッドら幹部のメンバーとやり取りしているのだそうだ。
上手く回しているものだ、と感心した僕を見てリグレッドが苦笑した。
「お前の方がよっぽどスゲーだろうが」
「さて、それはどうだろうね。僕からすれば人数の増えた『暁星』を取り仕切っているキミの方が凄いと思うよ」
「はいはい、よく言うぜ。お前、やれないんじゃなくて、やらないタイプなだけじゃねぇか」
場所は『月光』。
僕らというよりも、彼らにとっての始まりとも言える場所である『暁星』の本拠地と繋がるこのバーは、今やリグレッドが棄民街で暮らしていた頃にコニーを預けていたという家族が切り盛りしている。
今日はちょっとした送別会というか、まあ『暁星』の立ち上げの時からいるリグレッド、ジュリーと僕らだけがいて、ジルとアレイア、それにリュリュが料理やお酒を出してくれていた。
ちなみにルーミアと唯希は、ここに来る前に立ち寄った葛之葉のところに残っている。
なんだかんだで唯希は絽狐と胡狐にも模擬戦とかで世話になっていたし、ルーミアは葛之葉となんだかんだで仲が良かったからね。
耳心地の良いジャズミュージックの流れる店内は、和気藹々としていたものの、ふとした会話の後で沈黙が流れた。
「……我らが総帥閣下には、感謝してもしきれないぐらいだよ」
「またそれかい? 感謝とかそういうのはいらないって言ったと思うけど?」
「はは、受け取っておくれよ。――これが最後、なんだろう? だから私たちをわざわざ集めた。違うかい?」
ジュリーの指摘には正直驚いた。
今日は近況報告とちょっとした話があるという事だけ伝えて来てもらったというのに、どうやらそれが別れの挨拶だと気が付いていたらしい。
「うん、そうだね。まさか気付いているとは思わなかったけどね」
「気付くに決まってんだろ。お前がわざわざ呼び出した以上は、何かあるとは思ったさ。それに、世間じゃ凛央の魔法少女たちがルイナーの親玉を倒したみたいに言われてるけどよ、本当はお前が何かやったんだろ?」
「あぁ、私もそれについては同意だね。魔法少女たちだけでどうにかなるとは思えないよ、アレは。そして、そんな事ができるのは魔法少女よりも圧倒的な力を持つ存在――つまりは、あなただよ、総帥閣下」
「買い被りじゃないかな?」
「あのな。実際、俺も仕事柄魔法少女だとか探索者だとかは見るけどよ。魔法少女とはそれなりに戦えるだろうし、探索者はまだまだ弱いだろうよ。けど、正直、アレイアさんやジルさんは底が見えねぇよ。それに、あそこにいるアレイアさんと同じような服着た別嬪さんも、俺なんかじゃ実力を測れねぇ程だ。そんな面々が付き従ってるのがお前だろ」
「僕に従ってるからって僕より弱いとは限らないじゃないか。立場、家柄だったり、或いはちょっとした恩だったり。人が人に従うのは何も強さだけに限らないと思うけど?」
「そりゃそうだが、お前は文字通り、なんつーか別格って感じなんだよ。強さの底が見えねぇどころか、どれだけ足掻いても届かねぇような、そんな気がしてる。強さを得たからこそ余計にそう思ったのはお前だけだ」
うーん、鋭い。
裏社会っていう危険な環境にいるからか、リグレッドの感覚って常人よりも研ぎ澄まされているんだよね。
そのせいで、のらりくらりと躱せた頃に比べて僕らの異質さというか強さってものに敏感になっているようだ。
「ま、無理に聞こうとは思ってねぇよ。ただ、感謝ぐらい素直に受け取れって言ってるだけだ。そんなお前に拾われなけりゃ、俺もジュリーも、それに他の『暁星』の連中もきっと腐ってた。野垂れ死んだヤツだっているだろうからな」
「……そっか。なら、その気持ちは受け取っておくよ」
「あぁ、そうしてくれ」
「リグレッドの言う通りさ。私も、空虚さとやるせなさを紛らわす為だけに研究していたあの頃とは違って今は毎日が充実しているよ。忙しくて死にそうなぐらいではあったけれど、今じゃ以前みたいに研究に集中できるようにもなったしね。感謝してるよ」
「……僕の方こそ、キミ達には感謝してるよ。キミ達のおかげで色々と上手く事を運べたからね」
リグレッドのように泥臭い環境で生きてきながらも真っ直ぐな人間がいなければ、きっと『暁星』は道を踏み外す事だってあったはず。
それにジュリーのように魔力というものを研究したがり、かつ現代科学に精通した人間がいなければ、魔導具というものを生み出すには至らなかっただろう。
二人が主導して上手くいってくれたからこそ、棄民街をどうにかしたりダンジョンの混乱を最小限に留める事ができると判断できたのだ。
そうじゃなければ、僕らはまだまだ邪神と対峙できるような環境を整える事はできなかった。
僕はそのお膳立てと協力をしたに過ぎない。
「……長いようで、あっという間の三年間だったな。突っ走ってきただけって気がしなくもねぇけどよ。色々あったわ」
「……そうだね。私としても随分と目まぐるしい日々だったと思うよ」
「三年前の今日の俺に、三年後の今日の俺はこんな風になったなんて言ったら、多分頭おかしくなったと思うだろうな」
「くふっ、それはそうだろうね。私だってそうだとも」
宴も酣、というヤツだろう。
リグレッドとジュリーが度の強い酒が注がれたグラスを揺らして口を噤む。
そのタイミングで、ちょうどジルとアレイア、それにリュリュが準備は完了したとでも言いたげに遠くから視線を向けてきていて、僕もそっと立ち上がった。
「……行くのか?」
「うん、行くよ」
「……そうか」
「寂しくなるね。いや、引き留めたいという訳じゃないんだがね」
リグレッド、それにジュリー。
今や裏世界の有名人と表の世界の有名人となった二人が僕らを見送ろうと立ち上がった。
「これから先はキミ達が思うように、好きなように道を選び、未来を選ぶといい」
「……変わらないさ。私はこれからも研究一筋だとも」
「俺もだ。『暁星』の名に恥じるような真似はしねぇよ。これからも進み続ける、ただそんだけだ」
「うん、まぁキミ達ならそう言うだろうと思ってたけどね」
この二人は僕というお目付け役がいるような状態ではなくなったとしても、何も変わるような事はないだろう。
遠い未来――それこそ、この二人が死んでしまってから組織がおかしな方向に変わってしまったり、研究の成果を私利私欲に塗れて使われるなんて事もあるだろう。
けれど、それもまた人の選び取る選択でしかない以上、神である僕が関与するようなものではない。
「短い間だったけれど、キミ達と出会えたのは幸運だったよ。それじゃあ、良き人生を」
「こっちのセリフだ。元気でな」
「うむ、そうだね。そちらも……元気で」
再会しようと口にしなかったのは、二人もまた僕らがもう二度と会うつもりはないという事を理解していたからだろう。
短い期間ではあったし、真実を話すような事はしなかった。
それでも確かにあの二人は、同じ今という未来に向かって歩んだ仲間だった。
別れは慣れている方だ。
前世でも冒険者として知り合った人達と別れる時は、お互いに今生の別れを覚悟して別れたものではあったからね。
けれど、それでもやっぱり胸の内側に少しだけ空洞が生まれたような。
なんだかそんな気がしてしまうのは、神となった今でも変わらないらしい。
「行こうか」
そんな事をおくびにも出さないまま、僕らは最後に別れを告げる相手の元へと向かって転移した。




