#162 書き換えられる筋書き Ⅴ
僕に呼び出される形になったロージアとリリスは、今までに僕が他の魔法少女たちに報酬を渡す際の流れと自分たちの扱いが違う事に気が付いたのか、僅かに困惑したような、何が起こるのかを気にするような表情を浮かべてこちらにやって来た。
「……さて、キミ達は邪神討滅において最も大きな功績を残したと言ってもいい。何せ数々の世界を喰らい、この世界すらも喰らおうとした相手に致命的な隙を生み出させるに至ったんだからね。多くの世界、多くの英雄ですらなし得なかった事をしてみせたとも言える」
「えっと、それは言い過ぎじゃ……?」
「そ、そうだよ、ルオくん。私たちだけだったら邪神とそもそも戦う事さえ――」
「――そういうのはいらないよ。単純に、キミ達のやってみせた事の大きさ、そしてそれに見合う報酬を神という立場にある僕は与えると決めた。これはただの確認であって、キミ達の意見は悪いけど聞く気はないんだ」
二人が言う通り、確かに僕がいなければ邪神までの道を作り上げる事だってできなかっただろうし、トドメを刺すどころか、二人は魔法さえ使えない。
邪神のあの触手攻撃みたいなあれは、僕でさえ避けながら魔法を使うのに苦労したぐらいだ。
ロージアとリリスでは避けるだけで精一杯か、避ける事さえできない、というのが現実的なところだろうと思う。
でも、ああいう戦いで勝利を掴めたという事実を前に、誰の功績が多くて倒せたかなんてものは関係ない。それぞれに役目を果たし、それぞれに作り上げた機会を活かし、その結果を得たに過ぎないのだから。
ルーミアはもちろんジル達にも手作りの魔道具を報酬として僕から渡す予定だし、特にこの子たちを特別扱いしているという訳でもない。
「さて、キミ達に渡す報酬なんだけど、これがちょっと特殊でね」
よっこいしょ、なんて呟きながら【亜空間庫】から取り出したのは、一つはブレスレットではなく宝石の嵌ったバングル。そしてもう一つは、アメジストを思わせるような紫色の野球ボール程の大きさをした宝玉だ。
「こっちのバングルは、ロージア。腕に嵌めてみてくれるかい?」
半ば困惑しながらロージアは僕に言われるままにバングルを受け取ってもらったけれど、そのサイズはどう見てもロージアの腕よりも随分と大きい。
それでも言われた通りにロージアが腕を通すと、宝石の上で魔法陣が浮かびあがり、しゅるっと縮小するようにロージアの腕に巻き付いた。
「わ……っ、え、えぇ?」
「サイズ調整は魔力に反応して行われるから、外したいと思ったらそこの宝石にその意思を乗せて魔力を注ぎ込むんだ。そうすれば外れるよ」
「……ホントだ」
早速試してみたのか、バングルを外して、再び腕につけたロージアがまじまじとそれを見る横で、僕はちらりと天照を見てから頷いた。
僕が何を言わんとしているのかを理解してくれた天照がこちらに歩み寄ってくるのを確認してから、今度はリリスに向かって顔を向ける。
「さて、リリス。キミの方はこの宝玉なんだけど、ちょっと協力してもらえるかい?」
「協力、ですか?」
「うん。僕だけだとちょっとね。とりあえずこっちに来て」
少し離れた位置にリリスを連れて移動。
僕と入れ替わるようにロージアのところに天照が移動したのを確認してから、宝玉に僅かに魔力を注ぎ込んで手を放すと宝玉がふわりとその場で滞空するように留まった。
「……これは?」
「うん、説明するけど、その前に宝玉に手を当ててもらえるかい?」
「……はい」
そっと宝玉に手を触れて――途端に、リリスが驚愕に目を見開いた姿を見て悪戯に成功した気分で口角をあげる。
わなわなと震える唇、揺れる瞳、零れ落ちそうになる涙。
それらを無視して、僕は改めて天照と、天照が近づいてきて困惑していたロージアに目を向けた。
「天照、そっちも準備はできてるね?」
「はい、こちらも恙無く」
「うん。じゃあ、そっちの誘導は任せるよ」
「はい」
「よし。リリス、その宝玉と魔力を繋いだら、それを維持したまま宝玉から手を放してゆっくり離れて。僕が魔法陣を地面に展開するから、その外まで離れてくれればいいよ」
返ってきた返事は、言葉のない頷き。
これから何が起こるのかをなんとなくでも理解できたらしいリリスは、言われるままに魔力を宝玉に注ぎながらゆっくりと数歩ずつ下がっていく。
その一方で、ロージアは天照に言われるままにバングルに魔力を注ぐ事に集中して目を閉じていて、そのバングルの宝石に天照もまた手を翳して力を注ぎ込み始めた。
――うん、準備はこんなとこだろう。
そう考えて、僕もまた魔法を展開すれば、予定していた通りにリリスが魔力を繋いだ宝玉の真下と、ロージアと天照のいる場所の地面上に魔法陣が生み出された。
「天照、辿れるかい?」
「はい。火野明日架、でしたね。あなたの相棒、夕蘭との出会いを強く思い出してください。出会ったその場所を、心に焼き付いた光景を」
「夕蘭様、の……? それって……!」
「はい。ですから、しっかりと思い出し、呼びかけなさい」
「……ッ、はいっ!」
向こうは向こうで上手く天照が導いてくれそうだ。
夕蘭という存在が精霊の中でも人型になれることから、高位存在であろう事は僕も知っていた。
おそらくは亜神の一種、正確には一部の村が祀るタイプの神だったり、土地神だったり。
天照のような国単位での信仰は持たない力の弱い亜神がベースになった精霊なのではないかというのが僕の予想だったのだけれど、神界から天照に連絡を取って確認を依頼したところ、それが正解だったようだ。
そんな存在との繋がりを持つロージアと、土地神という天照の部下のような立場にある天照であれば、僕の魔力――正確には神力を用いて天照が夕蘭の力を回復させる事ができるのではないかと考えていたのだけれど、天照も不可能ではない、と回答した。
なので事情を説明して協力を要請したら二つ返事で協力してくれる事になった、というのが今回の背景だ。
なのであちらは天照に任せればいいとして、あとはリリスだ。
正直に言えば、彼女の方が報酬としては難しい問題でもあっただけに、イシュトアも苦言を呈した程であったのだけれど……これはまあ、僕からの報酬と同時に、ちょっとした恩返しとも言えるので強行させてもらう事にした。
その代わり幾つかの仕事を引き受ける羽目になったりもしたけれど、まぁそれぐらいは素直に引き受けるさ。
「リリス。キミの本当の名前を教えてくれるかい?」
「クラリスです。クラリス・ハートネット」
「ありがとう。それじゃあクラリス、初めて師匠と契約した日を思い浮かべて、それからどんな日々を過ごしてきたかを強く思い出してくれるかい?」
「初めて、師匠と……」
宝玉にリリス――クラリスが魔力を注いで繋がっているからか、彼女の記憶が僕にも流れ込んできた。
一人ぼっちの子供時代。
そんな中で出会えた家政婦というか、お手伝いの女性のおかげで心を育む事ができて、けれど、魔法少女となってしまったが故に離れ離れになってしまい、彼女は助けてと泣き叫び、それに英霊となった師匠が応えた。
世界と世界の境界が曖昧となってしまったが故に、この異世界召喚とも言えるモノは成功してしまったのだろう。
おそらく、邪神がこの世界を攻めて境界に穴を開けた時に、流れ込むようにその前まで攻めていた世界――つまり、僕の前世の世界と繋がってしまい、結果として力を持つ英霊となった師匠が選ばれたというのが僕とイシュトアの見解だ。
ともあれ、そうして師匠はクラリスと出会い、彼女の母親のような立場にあったのだろう。
色々な事を教え、魔法を教え、けれど魔法はあくまでも基礎の基礎、戦う為というよりも己の身を守るため、という考えで魔法を教えながら、少しずつクラリスという少女の心を育む事を優先していたように思える。
きっと師匠は、この子を守ろうとしていた。
僕みたいに突っ走り、命を賭してしまわないように。
そうして師匠は彼女を守り続け、最後の最後に邪神との戦いが終わると踏んだ。
僕という存在がいて、邪神を討滅すると確信を抱いた師匠は、英霊という立場になってしまったが故にいつまでもクラリスの中に居続ける自分という存在が、これから先――邪神との戦いが終わった後に続く未来の中で、クラリスの足枷になるのではないかと、そう思ったのだろう。
戦いの中に身を投じる日々は終わり、友人を手に入れ一人じゃなくなった以上、自分という存在は邪魔になるのではないか。
だから、生意気な元弟子と可愛い愛弟子の一助となるような魔法と共に自らは消えよう。
だから、敢えてあの魔法を選んだ。
別れを選んだ。
あの人は、そういう人だったからね。
――相変わらず、他人に対する気遣いだけは下手くそだね、師匠はさ。
あの日、僕を追い出すように外の世界へと送り出した時も、あなたはそうやって自分が僕の足枷になって、重荷になってしまわないようにと考えたのだと僕は知っている。
あの人はそうやって自分が耐えればいいという選択を取るくせに、その結果相手がどんな気持ちになるとか、どういう気分になるかというところに着目しない。
「悪いけれど、それは見過ごせないんだよなぁ」
ぽつりと口を衝いて出たのは、我ながらいたずらっぽいというか、厭味ったらしいというか。
勝ち逃げよろしく終わらせようとした師匠を引き戻してやろうというのだから、こういう気分にもなるというものだ。
《――お願い、師匠……。私、まだ一緒にいたいよ……!》
流れ込んでくる純粋なクラリスの願いと僕が思うところは違ったりするけれど、こんなにも願っている子供がいるんだから、観念してもらおう。
あの邪神との戦いの日から漂っていた残滓が宝玉に吸収されて、激しく発光する。
ちょうど天照とロージアの方も仕上げの段階に入ったらしく、図らずもタイミングはバッチリだったらしく、光の柱が二箇所で立ち上った。
そうして光の柱が完全に消えたところで、それぞれの魔法陣の真上には、それぞれが失っていたハッピーエンドに至るための存在が、姿を現していた。
「――……え?」
「やあ、師匠。勝ち逃げしきれなかった気分はどうだい?」
「……アンタ、どうして……って、なんでアタシの身体があるんだい……?」
「可愛い妹弟子が意気消沈している姿を見ていられなくてね。でも、師匠の事だから、どうせ自分が中に居続けるのはよろしくないとか思ったんでしょう? だったら、ないなら作ればいいじゃない、って思ってね」
「……は……はああぁぁぁ!? 何考えてんだい!? それにこの身体――って、うぐっ!?」
見た目だけなら二十代前半の美女といった見た目をしている師匠のかつての姿。
僕が知っている、黒に近い紫紺の長い髪。
服装についてはローブ姿でも良かったのだけれど、さすがにこの世界でローブはコスプレ感が酷い感じになってしまうので、服装は現代女性のパンツスーツ姿にしてあるけどね。
自分の身体を確認するように見ていた師匠だけれど、突然横合いから抱き着かれてしまい、よろけてそのまま倒れ込んだ。
まだ身体のバランス感覚とか養えてないのに抱きつこうとしたら、それはそうなるだろうね。
「……クラリス、かい?」
「……ぐすっ、師匠のばかああぁぁぁ! 勝手に、がっでに゛い゛い゛ぃ゛ぃ゛~~っ!」
「うるさっ!?」
……いやいや、感動の場面で「うるさっ!?」って、それはないでしょうよ。
まあ、そんな事を言いながらも優しく微笑んで頭を撫でてあげてるんだから、素直じゃないというかなんというか。
ちらりと天照とロージアの方にも目を向けると、あちらも上手くいったらしい。
夕蘭に抱きついて泣きじゃくっているロージアの姿が見えて、僕と天照は思わずお互いに目を見合わせて苦笑を浮かべた。




