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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
最終章 邪神の最期
206/220

#153 邪神の最後 Ⅵ

《――いいかい、クラリス。魔法少女が使っている【固有魔法】なんてものは、あくまでも己の魔力による現象の具現化でしかない。あれはアタシがアンタに教えている『魔法』とは厳密には似て非なるものなのさ》


「違うもの、ってこと?」


《あぁ、そうだよ。アンタがこれから使う事になる魔法は、一つ一つを世界にしっかりと刻み込んでいく必要があるのさ》


 それは、私――クラリス・ハートネット――が師匠から魔法というものを最初に教わった頃。

 師匠が魔法を教えてくれると言ってくれた時に語ってくれた話。


「世界に刻み込むって、どういうこと?」


《うーん、『世界の記録』、なんて表現をしてもピンと来ないだろうしねぇ……。『魔法』を分かりやすく言えば、『魔法詠唱によって世界へ呼びかける言葉を決め、魔法陣という式を描き、術者の魔力を対価に世界に現象という結果を生み出す手助けをさせて引き起こす現象』とでも言えば分かりやすいかもね。だから、現象を引き起こすためにはまず最初に刻み込み、世界に現象を知ってもらわなくてはならないのさ》


「……よく分からないよ」


《ま、細かく理解しろとまでは言わないよ。それに、アタシは元々は別世界、異世界の存在だからね。この法則がこの世界でも適応されているかと言われると、正直に言えば確証はなかったからね。でも、おそらくはこの法則は間違いなくこの世界にも共通していると考えているよ》


「そうなの? なんで?」


《この世界にも全く同じものがあるからだよ。魔法少女の変身、その為の『宣誓』と呼ばれているあの言葉。あれは、魔法少女となった少女と契約した精霊が『世界に刻む為の言葉』だからさ》


「え……? でもあれは、変身するための言葉なんじゃないの?」


 魔法少女が魔法少女としての力を使う、その時に口にするのが『宣誓』。

 それが、『世界に刻む為の言葉』と言われて、私は思わず首を傾げて訊ね返した。


《そうだね、クラリスは魔力を制御して自分の力で魔力を呼び出せるようになっているだろう?》


「うん」


《それができるのは、クラリスが魔力制御を鍛えているおかげさ。一方で、他の魔法少女はまだまだ自分の魔力を感覚的に扱う事しかできないせいで、魔力を扱う最初の切り替え――簡単に言えば、スイッチを押せないのさ。だから、『世界に刻んだ言葉を口にする事で、世界が刻まれた法則に従ったおかげで、その少女を魔法少女に変身させるという現象を起こしている』、という事さ。その真実を知らないからこそ、変身するために必要な言葉、というように見えているのさ》


「……難しい」


《あぁ、ごめんよ。あの馬鹿(・・・・)は今のアンタぐらいの歳で意味を理解していたから、ついね》


「……? 誰のこと?」


《……なに、古い知り合いの話さ。それより、クラリス。今言った通り、魔法を初めて使う場合、まずは世界に魔法を刻む必要がある。ゼロからの構築と魔力という対価を支払いながらの世界への刻み込み、その両方を行えて初めて世界はそれを認め、『魔法』は完成するのさ》


「むぅ……? じゃあ、その『宣誓』……じゃなくて、『魔法詠唱』がないと魔法が使えないの?」


 魔法を使う度に『魔法詠唱』をしないといけないんじゃ、なんだか大変そう。

 そんな事をついつい思ってしまう。


《いや、そうじゃないよ。『魔法詠唱』はあくまでも『世界に魔法を刻み込む時』と、『術者自身が一人では完成できないような、それこそ膨大な力を持つ魔法を行使する時』だけでいい。これは『魔法』を扱う上では誰もが理解している、基礎の基礎とも言える点さ。必ず憶えておくんだよ。ま、もっとも、例外になるような存在もいるけどね》


「例外……?」


《自らの力のみで強制的に世界に対して強引に法則を刻みつける事のできる、それこそ神やその眷属と呼ばれるような存在さ。ああいう連中には人間の常識なんてものは通用しないからね》


「……神様とかっているの?」


《いるよ。どの世界にもいるはずさ。まぁその辺りについてはいずれ話してやるさ。ともかく、『魔法詠唱』は世界にとっても、自分にとっても初めてとなる魔法を発動させるために、基本的には必要不可欠なものと考えておくといい》


「……そう、なの? よく分からないけど……。あ、でも……」


《どうしたんだい?》


「……もし、その『術者自身が一人では完成できないような、それこそ膨大な力を持つ魔法を行使する時』に、魔力が足りなかったら、どうなるの?」


《……そうだね。その時は――――》






 ――――風属性第十一階梯、【煌穿空閃(ル・ヴェラ・ノォル)】。

 大精霊が生み出したとされる古代魔法の一つにして、【禁呪】に指定された魔法。


《さぁ、クラリス。詠唱を始めな》


「…………ッ、でも……ッ!」


《迷う事あるかい、バカタレッ! それだけ(・・・・)の魔法を使わないと、届かないって事ぐらい分かっているだろう!》


「分かってる、分かってるよ、師匠……! でも、これを使ったら、師匠が……ッ!」


 巨大な魔法陣と、その向こう側に見える邪神という存在。

 それらを見つめながら、私は――今もまだ、その魔法を使う事に迷いを抱いていた。


《……クラリス》


「……いや、だよ、師匠……」


《クラリス――》


「――だって、こんな規模の魔法を使ったら、師匠は……ッ!」


 魔力を大量に喰らう魔法であるからこそ、その代償は非常に大きく、制御も非常に難しいものになる。

 あの日、私に魔法を教えてくれるという師匠が語ってくれた、強大な魔法を無理に行使する場合に術者へと返ってくる、魔法の代償(・・・・・)


 もしもそんな魔法を使ったら、どうなるか。




《――……そうだね。その時は、存在を消失する(・・・・・・・)事になるだろうね。ま、その時は、アタシがアンタの代わりにその代償を払えばどうにかなるだろうさ》




「師匠が……消えちゃう……ッ!」


 今回師匠に言われて使う事にした魔法、風属性第十一階梯、【煌穿空閃(ル・ヴェラ・ノォル)】。

 私は、この魔法がどれだけ恐ろしいもの(・・・・・・)であるかも理解せずに、ただただ言われるままに魔法の構築に集中して――そして今、ひどく後悔していた。


 ――今の私ならできるだろう、と。

 そう言われて、私はこの凄まじい魔法に挑戦すると決めてしまった。

 けれど、これは……。

 こんなものだなんて、聞いてない……!


《……クラリス。コレはアタシのワガママでもある》


 消えそうになる巨大な魔法陣が揺らぐ中、師匠は半ば自嘲気味にゆっくりと語りかけてきた。


《アンタの世界の問題は取り除かれ、あとは戦うとしてもダンジョンに潜る者ぐらいなものになるだろう。ルイナーとかいう邪神の眷属も出て来なくなり、魔法少女はただの少女に戻れるんだ。そんな時、アタシらみたいな存在がアンタ達にいつまでもついている訳にはいかなくなるだろうさ》


「……でも、私は……! 師匠がいないと、またあの頃みたいに、一人ぼっちに……!」


《そんな事ないだろう? アンタはもう、あのフィーリスや他の魔法少女たちとも繋がりを持ったはずだよ。アンタはもう、一人じゃないんだよ、クラリス》


「……それは……でも、だからって……!」


《それに、だ。さっきも言った通り、コレはアタシのワガママさ。かつてのアタシの弟子を奪った邪神に、目にもの見せてやれる機会が生まれた。そして、その先はあの馬鹿弟子がしっかりとケリをつけてくれる。積年の恨みを晴らすにはお誂え向きの舞台なのさ》


 師匠が言いたい事は、分かる。

 この場所に来る前に聞かされた話、そして師匠がかつて育てたというたった一人の弟子であり、私の兄弟子であるという、あのルオさんが人間であった頃の偉業と、その喪失。


 きっと師匠は、悔しかったんだろうなって思う。

 もしもその悔しさを晴らしてあげられるのなら、私だってその手伝いをしてあげたいと思う程に、私にとって師匠は大事な存在だ。


 でも、それでも……私は……。


《クラリス。この戦いを、邪神とかいうフザけた存在に苦しめられる新たな被害者を出さない為に。そして、アタシのワガママの為に、力を貸しておくれ》


「……ズルいよ、師匠……。そんなの、ズルい……」


 一人ぼっちになってしまった時に、私の心の傍にいつも寄り添ってくれていた。

 消えてしまいたいとさえ思っていた私に、魔法っていう特別な力を教えてくれて、話を聞いてくれて、そうやっていつも支えてくれた。

 でも、時折師匠は私に見せない何か、どこか遠くに心を置いてきてしまっているような気がしていたのもまた、事実だった。


 ルーミアさんから話を聞いて、それが理解できた。

 思わずといった様子で意識を表に出した師匠の様子を見て、師匠が何を思っていたのか、何をずっと気にしていたのか初めて理解できた。


 そして今、師匠は……ずっと抱いてきて、諦めきれなかった復讐を、過去への決着を心から望んでいる。

 そんな事は分かってる。


《クラリス……》


 でも……納得なんてできない。

 でも、もしも本気で私が拒絶してしまえば、きっと師匠はそれを受け入れてくれる。

 ううん、受け入れてしまうんだと、思う。


 もしそうなったら、私と師匠は今みたいに素直に意見を交わす事なんてできなくなるんだろうなって、そう思う。

 せっかく本当の師弟関係になったけれど、師匠はまだまだ私を子供としてしか見ていないから、私が気を遣わないようにって気を遣い続けて。


 ……そんなの、嫌だ。


 今まで色々な事を教えてくれた。

 師匠はいつだって私の意見を尊重してくれて、私の心を守ろうとしてくれた。


 だから私は、師匠にいつも恩返しがしたくて、何か欲しいものとか興味のあるものはないかと問いかけてきたけれど、いつだって師匠は「気持ちだけ貰っておく」と言って興味を示そうとはしなかった。


 私に気を遣っているという事もあったんだと思う。

 けれど……、師匠が望んでいなかったからこそ、そういう答えだったんだと今なら分かる。師匠の中の時間は、いつも止まったままだったから、だから私の生きている世界とかに興味を示そうとはしなかったんだ、って。


 そんな師匠に私が返せるものがあるとしたら。

 きっと、師匠が望む、これなんだろうなって理解できてしまった。


「……分かった。……私には、何も師匠に返せないから……。だから、これが師匠の望む事なら……。せめて、私はそれを返してあげたい」


 頭では分かっているし、理解もできているけれど、それで心が納得しているかと言われれば答えは否だ。


 本当なら、やっぱり思い留まってほしいよ。

 できるなら、ずっと一緒にいてほしいよ。


 でも……多分、これをしてこその弟子(・・)なんだと、そう思ってしまったから。

 これを拒んだら、きっと師匠とは二度と呼べなくなる。


《……ありがとう、クラリス。最高の恩返しさ。さぁ、これから言う通りに復唱するんだよ。今までアンタに教えてきた通り、魔法を世界に刻むんだ。この疑似世界に、そしてアンタの生きた、アンタの世界に》


「……ここで刻んでも、私達の世界に届くの?」


《あぁ、届くよ。アンタの生きている世界だからね。――ほら、集中しな》


 頬を伝う涙を拭う余裕もなかった。

 魔法陣の構築を引き受け、ここからは私が、私の意思を以てこの魔法を完成させる。


「――蒼穹を駆ける風は謳う」


 ――意識を集中させて目を閉じる。 

 脳裏を浮かんできたのは、師匠に魔法を教えてもらった時の記憶。


「――風は空を駆ける 邪魔するものを吹き飛ばし ただ目的の為だけに空を進む」


 ――いつだって優しくて、でも魔法を教えてくれる時だけは少し怖いぐらい厳しくて。

 魔法の話を教えてくれる時だけは饒舌になって、私の事なんて置いてけぼりでつらつらと説明を続けてしまうような、ちょっと教え下手なところもあって。


「――汝 風の道を阻む愚か者よ その身を以て 知ると良い」


 ――いつだって、私の傍にいてくれた母のような姉のような、そんな師匠だから。

 だから私は、師匠が望んだワガママを――この魔法を完成させて、せめてもの恩返しを。


「――颶風よ 我が命令に応え愚者に裁きを 輝ける一条の矢となれ」


 魔法が、完成する。

 強烈な光を纏った球体が、周囲の風を全て引き寄せ、呑み込んでいくような気さえする。


 そんな中、邪神が動いて私に向かって一斉にその腕を、触手を伸ばして攻撃を阻止しようと動き出した。


 そんな中、涼やかな声が響いた。


「――【斬空百重(ひゃくかさ)ね】」


 迫る邪神の触手の全てが、歪んだ空間に惹き込まれるようにして切り刻まれ、そして霧となって消え去った。

 ちらりと声の主を見れば、そこではフルールさんが苦しそうに膝に手を当てて、それでも顔をあげてこちらを見ている。


 ――道は切り拓く。

 その言葉通り、彼女は私の魔法の完成をずっと待っていてくれたらしい。


「――さすがですわ、フルールさん! わたくしもリリスさんの魔法の邪魔はさせぬよう、そちらに助力にまいりますわ!」


「いえ、結構です。あなたまで守らなくてはならなくなるので、そっちで固まっていてください」


「辛辣ですわねっ!?」


 見れば、私と一番親しくなったフィーリスさんがフルールさんに冷静にツッコミを入れられてショックを受けている姿が見える。


《……くくっ、いい友達じゃないか》


「……うん、そうだね。私はもう、一人じゃないんだよね」


《あぁ、そうだよ》


「…………ありがとう、師匠」


《……あぁ。こっちこそ、ありがとう、私の可愛い二人目の弟子。――これで、お別れだね》


「…………っ」


 溢れる涙と、しゃくりあげて泣き出しそうになる息を押し殺して、私はぐしゃぐしゃの顔で頷いてから――叫んだ。


「――穿て 【煌穿空閃(ル・ヴェラ・ノォル)】!」


 ――さようなら、師匠。

 そんな言葉を胸に抱いて、お別れの言葉の代わりに、その魔法は一瞬小さく光を凝縮させたかと思えば、凄まじい早さで真っ直ぐ邪神に向かって放たれた。


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