#152 邪神の最期 Ⅴ
「――チィッ、そう簡単にはやらせてくれませんね……ッ!」
迫る邪神の攻撃を次々と破壊し、自身へと向かってくるものは避けつつ優先的に魔法少女側へと向けられた攻撃を処理しているリュリュが、苛立ちを顕に呟く。
後方に陣取り守られながら魔力を練り上げるロージアとリリスの気配を感じ取ったのか、ルオを十割としていた攻撃の内、およそ二割程度しか向けられていなかった攻撃が、三割、四割とその密度を増してきている。
ただそれだけで充分に厄介だというのに、たった一人でこれら全ての攻撃を躱し、反撃し、時間を作ってみせていたルオのようにはいかず、時折魔法少女まで攻撃が向けられるものの、オウカの結界とフィーリス、エルフィン、アルテ、カレスといった面々が魔法で押し返し、事なきを得ている。
お世辞にも有利な状況とは言えない。
魔力を練り上げるたった一分から二分程度の短い時間を稼ぐ事にさえ、想定以上の厳しい戦いを強いられていた。
そんな中、これまで常にルオの方にのみ向けられていた邪神の顔が、ゆらりと緩慢な動きで魔法少女――ロージアとリリスという魔力を練り上げている二人に向けられた。
「――ッ、しま……ッ!」
声をあげる余裕もなく、狙いに気が付いたリュリュが魔法少女達の眼前へと移動し、さらにその前方へジルが移動したところで、邪神の口が開かれ、黒い光が凝縮されるように集まり――放たれる。
さながらレーザービームよろしく放たれた黒い光。
真っ直ぐ向かってくるそれを見て、ジルは咄嗟に受け止め相殺するという狙いから、衝撃を与えて逸らす方向へとシフトしつつ、半歩ほど横に避けつつ斜めに衝撃を加えた。
「――ぐッ、ぬうおおおぉぉぉッ!」
咄嗟の判断と全力を注ぎ込んだ一撃は、しかし邪神の攻撃を完全に逸らすには至れなかった。
半身を攻撃に呑み込まれるように攻撃を受けながら、それでもなおどうにか僅かに軌道を変える事に成功した。
「――リュリュッ!」
「承知!」
ジルの叫び声と動きから狙いを察したリュリュが、手に持った影を象った短剣に力を込めて大盾のように引き伸ばして地面に突き立てつつ、一息に魔力を注ぎ込みながら大盾を後ろから支える。
――今までの攻撃とはあまりに威力が違う……ッ!
襲ってきた衝撃に抵抗すべく、ぐっと腰を落として支えるが――しかし影の大盾諸共にリュリュの身体は徐々に後方に向かって地面を削りながらも押し出され始め、体勢が崩れていく。
「――く……ッ、このままでは……ッ!」
――抜かれてしまう。
必死に抵抗を続けてはいるものの、僅かな変化が生まれれば即座に弾き出されてしまいそうだ。
それでも必死に歯を食い縛りながら耐えていると、不意に邪神からの攻撃の圧力が突然弱まり、リュリュも顔を上げる余裕ができてようやくその理由に気が付いた。
「あ、あなた達……!」
「むぐぐ……っ、キツい……!」
「アルテさん、ナイスカバーですわ!」
「――フィーリスさん、このまま逸らしてくださいッ!」
「えぇ、そのつもりでしてよッ!」
邪神の攻撃の一部をアルテが無理やり転移魔法を上空に向けて繋ぎ止め、強引に一部を空へと逸らしており、さらにオウカがリュリュの大盾の前に更に一枚結界を張ってフォローに回っていたのだ。
そんなオウカからの指示を受ける頃には、すでにフィーリスが魔力を両手に集中させながら駆け出しており、リュリュの横合いへと飛び出した頃には、先程ジルが放ってみせた正拳突きを真似るように両腕を引き絞り、深く息を吸い込んでいた。
「――せやあぁッ!」
裂帛の気合を伴いながら、フィーリスが勢い良く掌打を放つように突き出すと不可視の衝撃波が放たれた。
ドンッ、と身体の芯にまで響くような、花火が打ち上がって爆発した瞬間を彷彿とさせるような衝撃音が鳴り響く中、横合いからその一撃を受ける事となった邪神の放ったレーザービームのような砲撃がようやく横に逸れ、地面を削りながら遥か彼方へと伸びていく。
「やりましたわーっ! 先程のあの技、わたくしと相性バッチリでしたわ!」
「……はふ。さすがに、疲れる……」
「アルテさん、フィーリスさん、ありがとうございます! アルテさんは申し訳ありませんが、ジルさんをこちらまで回収! カレスさん、回復を!」
「ん、分かった」
オウカの指示を聞いてリュリュが大盾を消してからジルを見れば、片膝をついていたジルがアルテに回収されようとしているところであった。
しかし、無事だったと一息つこうと気を緩めそうになったところで、アレイアの声がその場に響いた。
「――次、来ます!」
「な……ッ!」
すでに邪神は口を大きく開けて、先程と全く同じ攻撃を放とうとしている瞬間だったのだろう。
アレイアの声にオウカが、アルテとフィーリスが、そしてリュリュが視線を向けるとほぼ同時に、その一撃が放たれ――――
「――あまり調子に乗らないことね」
――――その一撃の真正面に突如として姿を現したルーミアが、その手に持った大鎌を振りかぶり、小さく呟く。
「――【斬葬閃華】」
振り払われる大鎌は、決して凄まじい速さとは言い難い。
しかしその斬撃が光を残したかと思えば、それらが一瞬で光の線となって不規則に広がり、邪神の放った一撃を斬り裂き、霧散させ、あっさりと消し飛ばした。
「……え?」
「……つっよ」
「申し訳ございません、ルーミア様。お手を煩わせてしまいました」
「構わないわ」
一拍遅れて姿を現したアレイアが頭を下げると、ルーミアはまるで何事もなかったかのようにひらひらと手を振って告げてみせつつ、ゆっくりと後方にいたロージア、そしてリリスへと顔を向けた。
「――準備はできたみたいね」
「はいっ!」
「こちらも、行けます」
時間稼ぎの為の攻防、その本来の目的である二人の準備が整った。
ロージアとリリスの二人、この二人の最大火力をぶつける事で、ようやく大詰めに入ろうというところだ。
しかし邪神も簡単にやらせるつもりはないのか、大量に攻撃を展開しつつ、さらに先程から放ってくる攻撃を再び――否、さらに力を溜めて放とうとしたところで、今度はそれをルオが攻撃魔法を放って邪神の口元で爆発させる。
「ふふっ、お馬鹿さん。あれだけ何度もルオに攻撃を見せて、しかもこっちをどうにかしようとしてルオへの攻撃がおざなりになっているんだもの。どう考えても一番の脅威はルオに決まっているでしょうに。ルオ以外に集中しようとすればどうなるかぐらい判ると思うけれど……稚拙、いえ、中途半端に思考能力があるせいか、かえって選択が幼稚ね」
くすくすと小馬鹿にするような物言いのルーミアではあるが、それを向けられて今しがたまで必死に対応したばかりの面々にとっては笑い事ではない。そう考えるとあながち邪神の選択も間違ってはいないような気もする、とひっそりとオウカが考えていたところで、ルーミアが再び振り返った。
「さて、アレイア、隙を作るわよ」
「はっ」
「ここからはこちらの番よ。リュリュ、あなたも素直に治療を受けてから戦線に復帰なさい」
「……ッ、畏まりました」
先程の一撃に耐える為に、リュリュの両手は酷く傷付いている。
一応は自分でも治癒を行えるのだが、戦い続けてきた事もあり、また魔力の総量も少なめなジルの血が色濃く出ているリュリュの治癒魔法は魔力の消耗が大きすぎるため、後回しにしていた。
そんなリュリュの状態を見抜かれて僅かに悔しげな表情を浮かべたが、傷を負ったままでは足手まといになりかねないと判断し、素直に受け入れる事にしたのだが……その後、カレスがリュリュの怪我を見て「どうして早く来ないんですか!」と説教をされる事になる。
ともあれ、準備は整った。
邪神としてもこれ以上はなりふり構っていられないと言わんばかりに腕をあちこちに伸ばし、物量で押し潰すつもりか次々と攻撃を仕掛ける。
それらをルーミアとアレイアが捌きつつ、僅かにでも隙があれば本体目掛けて反撃を入れて注意を惹き付け始めた。
「リリスさん」
「――行きます」
練り上げた魔力を魔法の構築へと流し込んでいく。
今回リリスが選んだ魔法は、先日の華仙で放った第七階梯魔法、【暴虐の嵐渦】を超える魔法だ。
先日の戦いでは「制御ができる魔法」としての最高の魔法であった。
威力も充分に凄まじいものではある。
だが、邪神という常軌を逸し、超越した存在を相手に【暴虐の嵐渦】でどれ程の効果が見込めるかと言われると、正直に言って「届かない」というのがリリスの正直な感想であった。
今回は無理をしてでも強い魔法を撃つ。
それはすでに自身と契約しているルキナにも許可を取っている事であり、ルキナもまた補助に徹してその魔法を行使すべく、空に飛び立つと同時にその場に滞空し、巨大な魔法陣を生み出し始めた。
あまりにも巨大な魔法陣。
直系にして五メートル以上はある魔法陣が中空に佇むリリスの前に描かれていく。
「……ルキナ、それがあなたの選択なのね。なら、私は否定しないわ」
その光景を見て驚愕するアレイアとは違い、ルーミアは酷く悲しげで、寂しげな表情を浮かべてそんな風に呟いてみせた後で、それでも邪神との戦いに意識を再び集中させる。
――風属性第十一階梯、【煌穿空閃】。
大精霊が生み出したとされる古代魔法の一つにして、【禁呪】に指定された魔法。
この魔法はルキナとルオが解析し、再現した事のある魔法で、その威力と魔力消費量は、先刻ルオが放った【黒竜の憤怒】に匹敵するとまで言われる一撃が今、放たれようとしていた。




