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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
最終章 邪神の最期
203/220

#150 邪神の最期 Ⅲ

《――――――ッ!》


 オォと何かを叫ぶようにもキョオォとも聞こえる音、何かに引っかかったように断続的に途切れては鳴り出してと、叫び声にも聞こえる名状し難い音を伴いながら膨張していく黒い肉体。

 周囲に大量に生み出していた騎士種も、漂っていた黒い霧も巻き込むように吸収して、その大型のトラック、学校の校舎サイズ、十階建てのビルなんてサイズにまでどんどんと肥大化していく。


「なに、あれ……」


「この耳障りな音は……叫び声……?」


 膨れ上がる邪神の肉体と騎士種もろとも吸い込むような特殊な行動を見て、咄嗟に後方に陣取る最後尾の魔法少女達の近くまで下がり、困惑に声をあげる魔法少女たちの短い言葉を聞きながらも、むしろ僕にとってみれば、あの姿に変わっていくこの状況に対してはどこか得心が行くような気がしていた。


 見た目にそぐわない密度を思わせた肉体の強度。

 それに攻撃を加えても弱っているようにはどうしても思えない、奇妙な違和感。

 戦いの中で感じたそれらを思い返せば、ああして本当の姿を見せてくれた方が納得できるというものだ。


 もともと邪神は負の思念の集合体であった訳だし、人型を取るのも化け物のような姿になるのも特におかしな話ではない。

 ただ、アイツが喰らってきた『記憶』を再現するためには、その『記憶』の持ち主である器が適していなければならなかったという、それだけの話で人型を生み出していたのだろう。


 そして僕という強敵を前にして、『最も強かった記憶』を再現しようとした。

 それこそが、勇者と魔王だったといったところか。


 となると、てっきり僕は邪神の眷属が倒れた際に回収して再利用するような存在なのだから、その回収時に『記憶』を同期でもしているのかとも考えたのだけれど、そういう訳でもないらしい。

 もしそうだとしたら、僕が封じて浄化した魔王の得た『記憶』を持っているというのはおかしい。


 まあ、もしかしたらあの頃の魔王と邪神本体はずっと繋がっていたのかもしれないけれど……机上の空論だね。


「あれでこそ、世界を喰らってきた化け物って感じね」


 真っ黒なタールを思わせるモノで作られた真っ黒な人型。

 どろどろと身体を溶かしつつ、霧化して消えたものを吸い込み再生を繰り返していくという、なんとも薄気味悪い巨大な存在。

 人のシルエットを思わせるような姿をしているのは、怨恨、憎悪、悲哀といった負の感情という邪神の本質が、どれも人間に強く起因しているからか。自然とそれっぽい形にでもなったりするのだろう。


「身体の中心部あたりに近づく程に赤い光が強くなっているみたいね。おそらく、あの光は核と言えるような代物が発したものだと思うのだけれど、どう?」


「十中八九はそうだろうね」


「やっぱり。光の明滅具合から察するに、胸元の中央あたりといったところかしら。魔力で感知しようにも体表のあの気持ち悪い部分も魔力の塊みたいで、さっぱり感知できないわ」


「残念ながら僕もだよ。ただ、核の位置は僕も同じ推測に行き着いてる」


 どろどろと落ちていく黒い何かが薄くなる度に、その奥から赤い光が薄っすらと漏れ出て見えているのだけれど、その光は胸元に近い箇所である程に強い。

 どうも核は液状の身体の中を自由自在に動き回っている、というタイプではないらしい。


「狙いは核、その一点を貫く。あの身体をちまちまと削ったとしても効果は薄いと思う」


「同感よ」


 あの液状の身体は剥がれ落ちてもすぐに再び吸収されていく。

 削り続けるだけでは徒労に終わりそうだし、冷静に光の明滅を見つめ核のみを探していた僕もルーミアの意見も同じようなところであるらしい。


「ねぇ、ルオ。魔法少女はどうする?」


「どうするって?」


「正直、騎士種を大量に出されていた時に比べてあの木偶の坊一匹の方が手数は減ると思うわ。あなたが気にするなら(・・・・・・・・・・)、帰らせてもいいわよ」


「――ッ、帰りません!」


「そーだそーだー! ラスボスっぽいのを倒してみんなで帰るまでが冒険なんだぞー!」


「ま、ゲームによっちゃ後日談なんてのもあったりするな」


「エレインさん、エルフィンさん。ゲームではありませんのよ?」


「ふふ。ゲームじゃないからこそ、ハッピーエンドを目指すべき。でしょう、フィーリスさん?」


「オウカさんまで……。はあ、仕方がありませんわね。あのような化け物を前に逃げ帰ってやきもきするより、このままルオさんが倒すお手伝いをした方がマシ、という事ですわね」


「ん。多少は牽制できるし、あれならリリスとロージアの本気魔法をぶっ放せば手助けにはなる。的が大きい」


「り、リリスさんとロージアちゃんの本気……。お、オウカさん、守ってくださいね……!?」


「カレスさん!? 私、当てませんよ!?」


 ロージアが慌てた様子で否定を口にすれば、次々に魔法少女たちが自分達も残るつもりで発言していく。

 どこか緊迫感といったものがない姦しい雰囲気。

 けれど決してフザケているとかそういう訳ではなくて、ただただ適度に肩の力を抜く方法というものが彼女たちにも確立しているらしい。


 本当に成長したものだ、と思わず苦笑してしまう。


「ルーミア」


「あら、なぁに?」


「手伝うつもりでいるというなら手伝ってもらおう。あの戦力を手放せば、それだけ僕らにかかる負荷は大きくなる。ただし、ジルとリュリュ、それにアレイアは魔法少女たちの援護といざという時のカバーをお願い」


「承知いたしました、我が主様」


 ジルが代表して一礼しながら承諾してみせると、その斜め後方にいたリュリュとアレイアもまたジルに合わせるように顔を伏して了承を訴えてくる。


「ロージア」


「へ? あっ、はい!」


「本気で頼むよ。さすがに僕でもあの気味の悪い身体を貫いて核を攻撃するとなると、骨が折れる。キミと師匠――じゃなかった、僕の妹弟子であるらしいキミ、リリス、だったね。キミにも期待させてもらう」


「――ッ! わ、分かりました! 全力でやります!」


「分かりました。あなたの妹弟子と呼ばれて恥にならないよう、全力でいきます」


 ロージアはともかくとして、妹弟子にあたるリリスは殊勝な態度でそんな言葉を返してきた。

 初対面で「あれがあなたの兄弟子です」なんて言われたって、僕なら「へー、そうなんだ」ぐらいにしか思わないけれど、根が真面目なのか随分と僕の事を立ててくれているような物言いだ。


「ルーミア、核までの道は頼んだ」


「ふふ、手短で、それでいて私への信頼を窺える一言ね。いいわ、応えてあげる。――唯希、あなたもついていらっしゃい。ルオに信頼に値すると、あなたの価値を見せつけてあげるといいわ」


「ッ、やります!」


「ほっほっ、お若いですなぁ」


 どうやら唯希の事はルーミアが面倒を見てくれるつもりでいるらしく、ちらりと視線を送ればルーミアが僕に向かって頷いてみせた。


 やれやれ。

 やっぱりルーミアは名君としての素質があるんだろうな、僕と違って。


 こういう場面で敢えて僕に魔法少女を帰らせなくていいのか、と訊ねてきたのもそうだ。

 魔法少女たちの心が前方の化け物を見て折れていないかを確認すると同時に、遠回しに尻込みするなら帰れと釘を差している。

 そんなルーミアに反発して背伸びするだけで残るような態度であったのなら、おそらくルーミアは問答無用で帰らせていただろう。

 でも、あの子たちは彼我の差を理解して、それでもできること、やるべきことをハッキリと線引きできているし、妙に緊張し過ぎているという訳でもない。


 それに、唯希に対してもそうだ。

 僕が魔法少女を相手に声をかけたのを見て敢えて発破をかけたのだろう。

 唯希の実力なら声をかけなくてもしっかりと応えてくれるだろうとは思っていたんだけれど、心情というものを僕は理解していなかったらしい。


 しっかりと拾い上げるべき相手を拾い上げてフォローしてみせる。

 言葉で言えば簡単な事ではあるけれど、実践するのはなかなかどうして難しいものであるらしい。


 そんな事を思う僕にウインクを一つ飛ばしてみせてきて、「気にしないで」とでも言いたげなルーミアの配慮の有り難さと申し訳なさ、それに感謝を込めて苦笑しつつ頷いて返しつつ、邪神に視線を戻した。


 奇妙な叫び声、怨嗟を吐き出す唸り声かは知らないけれど、それらはすでに止まっている。

 ゆっくりと、緩慢に手を振り上げ――そして、それが一気に濁流が押し寄せるかのようにこちらに迫ってきたのを見て、こちらも声をあげた。


「――散開ッ!」


 それぞれに飛び上がって攻撃を避ける。

 魔法少女オウカも結界で無理に防ごうとはせず、素直に回避を選んでいるようだし、あれなら多少の対処も充分に対応できそうだ。


 ――さあ、最終フェーズだ。

 心の中で呟きながら、僕は他のみんなから離れた位置へと向かって飛び出した。


 やっぱり、メインでの狙いは僕に集中するようだ。

 次々と伸びてくる腕を躱しながら、少しでも時間を稼ぎつつ牽制混じりに弱い魔法を放って交戦を開始した。


 ……さすがに『黄昏』を当てたら汚れそうだし、なんか臭そうだしね。

 見た目って大事な要素だね、なんて思いながら。

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