#147 兄弟子を見る妹弟子
正直に言えば、私――クラリス・ハートネットことリリス――にとって、あのルオと名乗っている師匠の元弟子というか、私にとっては兄弟子に当たるらしい存在がこの世界でやってきた事については、特に思うところはなかった。
彼らがやってきた事は、確かに私達魔法少女にとってみれば決して面白い出来事とは言えないだろう、とは思う。
でも、ルーミアさんが言った通り『世界のルール』とやらが存在していて、そのルールに抵触してしまわぬよう尽力して、結果として魔法少女としての質が上がり、実力をつけられるようになる環境を整えてくれた事になる。
ならばむしろ感謝していると言ってもいい。
多分だけど、そう考えられるようになったのは私のこれまでの経験というか、身を置いていた業界が業界だったからというのもある。
アイドルという業界に身を置いていてくれたからこそ、私達は周りの大人達に支えられて初めて自分が舞台に立っていられるのだと、常に自覚しなくちゃいけない。
師匠にも「自惚れないようにしな」と釘を差されていた事もあって、私はそうやって誂えられ整えられた舞台というものがあって初めて輝くモノを知っているし、そういう陰で支え続けてくれている人々というものを知っているから。
そしてそれは、この凛央魔法少女訓練校の生徒達もまたそうだ。
彼女達は他の魔法少女とは違って自分本位でもなければ自惚れてもいないし、道具扱いされている訳でもなく、自分の確固たる意思を胸に歩み続けている。
オウカさんという、魔法庁に所属しながら魔法少女の環境改善に尽力するという裏方の業務に徹している人もいれば、鳴宮教官という連邦軍にありながらも常に魔法少女の立場というものを考え、尽力してくれている人もいる。
そういう人達がいるからこそ、私達は比較的自由に道を選ぶ事ができるし、戦うという選択を取る事に迷わずにいられるのだと、私はそう感じている。
《ねえ、師匠。師匠が表に出てこのまま戦う?》
《何言ってんだい、馬鹿な娘だね。さっきのはアンタが気を利かせてくれたから身体を借りてゲンコツの一つでも見舞ってやれたけどね。アンタの身体はアンタのものだし、アンタの人生はアンタが選び取っていくものだよ。アタシが出る幕じゃないよ》
《……いいの?》
師匠がたまに過去の話をしてくれた時、不意にどこか酷く寂しそうな気配を漂わせていた事を私は知っている。
兄弟子であり、英雄となり神様になったというルオさん。
師匠からは、かつて孤児であったルオさんを拾って育て、世界を見て回らせている間に邪神の攻勢が激しくなり、勇者、聖女と呼ばれる存在と一緒に戦って、その邪神の化身とも言える魔王を封印する為の人柱となってしまった、とさっき聞いた。
きっと師匠は、ルオさんの事を本当に可愛がっていたのだと思う。
だから、いつも過去の話をする時には寂しそうな気配で、何かを悔いているような、そんな気配があったのだと腑に落ちた気がした。
……まあ、さすがに感動の再会どころか、ゲンコツ落として言い合いして追いかけっこするような空気になるとは思ってもみなかったけど、ね……。
《……クラリス、戦いの中で少しでも余裕があったら、エルトを――いや、ルオをよぉく見ておきな》
《え……?》
《アタシも伝聞でしか知らないけどね。ただ、アイツが魔王封印の人柱になったなんて聞いた後にね、本人の意思で本当にそれを選んだのか調べる為に世界を回った。そうしてアイツの話を聞く度に、この世界よりも長く厳しい戦いに曝され、その中で戦い抜いた一握りの天才共が口を揃えてアイツの事を「戦士としての境地に至った存在」なんて言っていたのさ》
《……戦士としての、境地……》
《魔法と剣、その両方を両立させ、全てを見通すかのような戦いをする、とね。アンタはあの馬鹿弟子の妹弟子だ。盗める技術は盗んでやりな》
《うん、分かった》
前方で激しい戦いをしているルーミアさんとその仲間。
彼女達の戦いは『動』に主軸を置いているように思えるけれど、その動きを魔法と体術、そして影を操るような魔力でカバーして戦っている。
そんな彼女達に混ざるようにフルールさんがいたのは驚いた。
あの人の実力は確かに元々凄まじかったけれど、あの中においてはむしろ見劣りしてしまうというのは否めない。
ただ、それでも少しずつ成長しているようにも思える。
「――それじゃあ、先に僕は行くよ。少し戦いを見て、何処なら自分たちでも無理なく入れるかを見てから来るといい」
まるで近所に買い物に行くような気軽な物言いで、ルオさんは柄まで合わせて見れば自分の身長とあまり変わらないような大きさの太刀を肩に担いで、ゆっくりとルーミアさん達の所へ飛んでいく。
その瞬間、騎士種のルイナー達の動きが変わった。
目の前のルーミアさん達にではなく、唐突にルオさん目掛けて一斉に襲いかかったのだ。
「――危ないっ!」
ロージアさんが叫んだのは、ルオさんの死角となる斜め上空に現れた騎士種からの奇襲に対する声だった。
けれど、ルオさんはたった数十センチ程度身体動かしながら中空でぐるりと身体を回転させて攻撃を避け、肩に担いでいた太刀を振るい、その騎士種を両断。同時に光の球を周囲に浮かべて、自分に向かってこようとしている数十体という騎士種のルイナーの額を撃ち抜いた。
次々襲いかかってくるルイナーを、全てそうやって避けて、あっさりと対応しきってみせている。
――……なに、あれ……。
それでも騎士種のルイナーは、止まらない。
ひたすらにルオさんを狙って進むけれど、ルーミアさん達も無理に加勢には向かわず、自分達の役割を徹底して目の前のルイナー達と戦いながら、ちらりとルオさんを見る程度。
まるで見捨てられているような光景だけれど、それは違った。
ルオさんは襲いくるルイナーの攻撃を僅か数センチ程度だけ残して避けて、太刀を振るい、小規模の魔法を大量に放って確実にルイナーを屠っていく。
必要最低限以上の力は使わず、まるでドラマの殺陣を思わせるような読み切った動作で、最小限の動きで全てを躱して。
誰よりも囲まれているはずなのに、その中でもフルールさんや他のメンバーに奇襲をかけようと腰を落とした騎士種の足を撃ち抜いてすらいる。
《……まったく。才能ある天才が努力を突き詰めたって感じだねぇ。なるほど、確かにあれは「戦士としての境地に至った存在」だね。力押しもせず、全てを見切っている。ハッ、あれじゃあ邪神の眷属共じゃ届かないだろうさ》
言葉にならない衝撃を受けて固まっている私の内側から、師匠のやけに上機嫌な声が響いてきた。
あれが、英雄。
勇者と聖女という存在と共にいた一人の戦士の姿。
《……ねえ、師匠。あれって、神様になったから特別な力があるからできる、とかじゃ……?》
《それはないね。アイツは神としての力なんてまだまだ使っちゃいない。結局、アイツにとっちゃルイナーなんざ相手じゃないって事さ》
《……はは、すごい、ね……》
――あれが、私の兄弟子。
そう考えただけで、ぶるりと身震いする。
《どうもあの邪神、動かない訳じゃないみたいだね。多分、正確には動けないんだろうさ》
《どういう意味?》
《ルオが自分の隙を逃すはずがないと、本能で感じ取っているのさ。ルオはさっきからこっちにいた時も、ずっとずっと邪神が動き出したら即座に動けるよう意識を割いていたからね。でも、こうして戦いを見てれば分かる。ルオも邪神も、お互いがお互いの隙を窺っているのさ》
《……あ……。だから、手数が必要、ってこと?》
《その通りだよ。ルオが仕掛け、正面からぶつかり合う為に道を開く。そこからが本当の戦いさ。いわばこれは前哨戦というやつだね》
《……あんなに激しい猛攻さえ、前哨戦、なんだ》
《……フン、安心しな。アンタも充分にアタシの弟子だよ。あの戦いを見て、笑顔でいられるんだからね》
……うん。
正直、今、私はうずうずしているのかもしれない。
あの魔王との戦いは私にとってもロージアさんにとっても、どこか不完全燃焼としか言いようのないものだった。
魔王としてはあまりに弱すぎて、拍子抜けした、というよりも納得がいかなかった。
けれど――あぁ、そうだね。
目の前で繰り広げられている次元の違う戦い。
これこそ、最終決戦に相応しいと思える。
「――私達の力が、あの凄まじい戦いの中にどれほどの意味があるのかは分かりません。ですが、道を切り拓く為の一助となれるのであれば……。行きましょう」
オウカさんの声に、私達は頷いて答える。
あの場所にはまだ届かないかもしれないけれど、せめて少しでも私達が手助けになれるのなら。
そして、あの一端をもっと近くで感じられるのなら、それに越した事はない。
「フォーメーションを整え、決して孤立せずに戦います。場所は最後尾、私達は後方からの支援攻撃に徹しつつ、前衛となる皆さん、そしてルオさんの道をこじ開けます。エルフィンさん、攻撃ポイントの選別はお任せします」
「え、オレ!?」
「ルオさんはともかく、ルーミアさんとその仲間と思しき方々の高速戦闘の流れを把握できるのは、あなたしかいません。期待してますよ」
「……分かった。やってみる」
「ロージアさん、リリスさんは大きな魔法を連発するおつもりで。エレインさん、フィーリスさんと共に足止めに徹してください。万が一誰かが怪我をしたらアルテさんの短距離転移で即座に回収し、カレスから治療を受け、ロージアさんとリリスさんのどちらかが前衛に交代。常に前衛の数を維持します」
了解、と口々にみんなが答えるのを見届けて、オウカさんがふっと微笑んだ。
「……私達の世界を滅茶苦茶にした仕返しの機会を、せっかくいただいたのです。なんなら、邪神を倒してしまってもいいですよ?」
「お、オウカさん、さすがにそれは……」
「ふふ、冗談です。――ですが、機会があれば私たちも、という気持ちは常に持ち続けておきましょう。その時は私たちの分まで頼みますね、ロージアさん、リリスさん」
「あ、は、はい!」
「分かりました」
冗談と言いつつも、何も全く考えていない訳ではないらしい事は今のロージアさんとのやり取りからも窺えた。
……気持ちは分からなくないよ。
邪神に仕返ししてやりたい、という気持ちは私にだってあるから。
「――始めましょう!」
その一言と共に、私達もまた戦いの中へと飛び込んだ。




