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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
大和連邦国編
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#014 『暁星』始動 Ⅱ

 ジルの物言いになんとなく腑に落ちないものを覚えつつ、バーのスタッフルームへと進む。

 スタッフオンリーと書かれたプレートのついた扉の向こう側は、カウンターの向こう側へと続く扉とも繋がった廊下があり、反対側にはいくつかの部屋がある。

 その内の一部屋、一見すると休憩室を思わせるロッカールームの奥、大きな姿見の鏡が置かれたその場所へと近づいて魔力を込めれば、鏡の中から浮かび上がるように青い魔法陣が浮かび上がった。


 魔力を操作して正しい形に組み直さなければ解けないという、向こうの世界では比較的ポピュラーな封印の魔法だ。

 どれぐらいポピュラーなのかと言えば、子供向けの魔力操作練習用の魔道具の玩具で同じような代物が出回っているぐらいに。

 さすがにこの世界の魔法技術が育ってしまうと役に立たなくなってしまいそうだから、多少複雑にしてトラップまでつけてみていたりもするのだけれど、ジルやルーミア程の術者なら、初見であっても一瞬の間に解けてしまうだろう。


 ともあれ、僕が設定した通りに魔力を操作すると、鏡に浮かび上がった魔法陣は正しい形へと変わり、壁に貼り付けられていた姿見が溶けるように消え去った。


 その先にあるのは、人がすれ違っても余裕がある程度の石造りの通路だ。

 まだまだ整備が間に合っていないため、バッテリーを利用したLEDのライトを点々と置いているだけだけれど、充分に視界が取れるようになっている。

 言うまでもなく、これはまだ魔法を充分に使えないリグたちの為の措置だ。


 そんな通路を進みながらしばらく進むと、巨大な石の扉が姿を現した。

 高さだけでも五メートル程もあり、重量で言えばまず間違いなく人間では動かせないような分厚さではあるけれど、これもわざわざ魔法陣を刻み込み、個々の魔力を読み取って開閉する。


 手を当てて魔力を注ぐと、石扉に刻まれた魔法陣が淡く発光して扉が開く。

 そうして開いた先にある階段を降りていくと、端に金色の刺繍がある真っ赤な絨毯が伸びた直線の通路と、床から天井に向かってまるで前世で何度か足を運んだお城を思わせるような廊下が続いている。


 あまりにも大仰な造りになってしまったのは、ルーミアのせいだ。

 僕はもっとこじんまりとしたものを想定していたのに。


 いつもはこの拠点にある奥の私室に直接転移して、ここをあまり見る機会がない……というか、見ないようにしていたけれど、点検含めてバー側から歩いてきたのだけれど……絶対やり過ぎてると思う。


 そんな事を改めて実感しつつも足を進めていると、ちょうど向こう側からこちらにやって来ていたらしい一人の女性の姿が見えた。


「おや、我らが総帥閣下じゃないか」


「……ずいぶんと仰々しい呼称だね」


「ふふ、そう嫌そうな顔をしないでおくれ。私たちのボスはリグレッドだが、その上にいるという意味では間違ってはいないと思うけどね」


 そう言って肩を竦めて見せたのは、リグが連れてきた女性――ジュリー・アストリーだ。

 元は大和連邦軍の研究員として抜擢されていた若き天才だったそうだけれど、周囲に利用される事に嫌気が差してしまい、リグと出会った棄民街――元は三葉という街だったそうだ――で個人的に研究を続けていたのだとか。

 ストロベリーブロンドの長い髪は手入れを欠いているせいか、若干ボサボサな印象を受ける。

 白衣を纏ってポケットに手を突っ込んでいたりと、磨けば光るのに、外見に頓着していない事が見て取れる。


 リグ曰く、残念美人。

 なるほど、確かにそんな表現がピタリと当て嵌まる。


「まぁ好きに呼んでくれて構わないよ。それより、研究はどうだい?」


「申し訳ないが、まだ時間がかかりそうだよ。肝心のバッテリー問題がどうにも解決しないんだ」


 ジュリーはなんでもないような顔をしているつもりかもしれないけれど、その顔には確かな苦さが滲んでいるようだった。


 前世の世界では魔道具と呼ばれる、魔石を動力源として魔法陣を刻印した道具が一般的に普及していた。

 その魔道具をこの世界で開発する事こそが、彼女に依頼している研究内容である。


 僕らが使っている魔法刻印は、そもそも魔力を扱えなくては術式を発動する事ができない。

 そのため、先程僕が通ってきた巨大な石扉をリグ達が通ろうとするなら、ジルかアレイアが開けてあげる必要があるのだ。

 その負担を下げると同時に、魔力を補給できるようにするためにバッテリーとなるものを用意する必要があるのだけれど、これがまた魔素の薄いこの世界では用意するのが難しい。


 というのも、魔石が発生するには幾つか条件があるのだ。


 一つが、潤沢な魔素がある地域で自然発生するケース。

 そしてもう一つが、魔物の核として発生した魔石だ。


 この世界に魔素が明確に流れ込んできたのは、ルイナーの出現当時――つまりは五年前。

 その時からこの世界に魔力が流れ込んできているのは間違いない。精霊の出現、魔法少女という存在がその証左でもある。

 とは言え、潤沢な量が湧いている訳ではないのか、まだまだ魔素が薄すぎるため、魔石が自然発生する事も、魔物が生まれる事もない。


 どうにか魔石以外でも魔力を発生させる方法がないか。

 あるいは、魔力が発生しているその場所を特定して、その出処で魔石を生成できないかと考えているのだけれど、その場所を調査しに行く時間はまだ作れていない。


 そのため、半ば無茶振りである事を理解しながらも研究を依頼しているというのが実状だった。


「まぁ、そっちは焦らなくていいよ。前にも言ったと思うけれど、今はバッテリー以外の部分を構築する事を優先しておいてくれればいいから」


「そこについてはアレイア女史のおかげで進んでいるとも。アレイア女史に魔力を注いでもらえば発動している事は確認できている。この調子ならこの拠点も一般住宅と同程度には整った環境を実現できるだろう。省力化を進める方向にシフトできないか試行錯誤もしているけれどね」


「うん、素晴らしいね。バッテリー問題はそう遠くない内にどうにかなると思うから、頭の片隅にでも置いておいてよ」


 僕としてもただ待つつもりはないし、一つ考えている案があるのだけど……それをするには、いずれにせよ時間がかかるのは間違いない。

 そろそろ時間を作るために、ルーミアと話しておかないとなぁ。


「ふむ……、我らが総帥閣下には、何かバッテリー対策における秘策がある、と?」


「さあ、どうだろうね? それとも、研究者ともあろう者が、他者からの答えを欲しがるのかい?」


 半ば煽るように不敵に問いかけてみせると、ジュリーは挑発に乗って顔を赤くする事もなく苦笑を浮かべた。


「やれやれ、まいったよ。まったく、その見た目の割に、こうした言葉遊びでさえ隙がないというのだから、ますますもって我らが総帥閣下は不思議な存在だね」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


 ヒラヒラと手を振って、僕はジュリーと別れて拠点の奥へと足を進めた。


 少し進んでいくと、ようやくエントランスホールとでも呼ぶべき場所に辿り着いた。

 形としては、円柱状に広がったエントランスのど真ん中から奥に向けて、幅広い石の階段があり、左右には通路と、階段の横にも奥に伸びる通路がある。


 もはや城だよ、これ。

 現人神となってから魔力の減少を実感した事はなかったけれど、さすがにこの拠点を作った時は軽く疲れを感じた。

 いや、前世の僕だったらまず間違いなく倒れていただろうし、一息に作り切るなんて不可能だ。

 現人神になったおかげで力技でどうにかできたに過ぎない。


 もうちょっとこう、こういう地味なところじゃなくて、もう少し実用的な部分で実感したかったよ……。


「お帰りなさいませ、我が主様」


 不意に聞こえてきた声に視線を向けると、真紅の髪をお団子状にまとめ、ピシッとメイド服を着こなしたモデル体型を思わせる女性、アレイアが斜め後方で控えるように立っていた。


「……いや、うん。ただいま。キミ、なんでいつも、ずっとここにいました的な位置に登場するの?」


「メイドなのですから、当然でございます」


「向こうの世界でメイドさんを何人も見た事はあるけど、そんなメイドはいなかったよ……」


「それはそれは。聞けば、我が主様が向こうの世界にいらしていたのは、私共が自らを封印して四百年程が過ぎた後との事。きっとその四百年の間にメイドとしての標準的な技量が下がってしまったのでしょう。嘆かわしい限りにございます」


「いや、それはないと思う。むしろキミの標準を求めたらメイドが嘆いて絶望するよ」


 アレイア・オルベール。

 ジルの娘であり、リュリュの姉である彼女は、『完璧なメイド』をモットーにしている女性だ。

 確かにそれは仕える者としては正しい事ではあるのだろうけれど、どうにも行き過ぎた完璧さを求めている節がある。

 不便ではないし、困る事はない一方で、実は彼女は澄ました顔をしてなかなかに愉快な性格をしているようで、完璧過ぎる仕事をして相手を驚かせる事を好む傾向にある。


 たまに澄ました表情のくせにドヤ顔してるし。


「ちょうどいいや。リグと唯希を会議室に呼んでくれるかな?」


「僭越ながら、我が主様。この城内――いえ、拠点には、会議室と呼べるものは幾つかございます。どちらの会議室をご使用なさいますか?」


 …………うん。

 城内って言い切ったね。


「……やっぱりここ、ローンベルクにあったお城がモチーフになってたりしてるの?」


「おや、ご存知ありませんでしたか。退位されたルーミア様が王都を離れ、とある山奥に建てた居城と同じものになります。もっとも、全体的に小さくはなっておりますが」


 ……薄々気付いていたんだよ。

 どう見てもお城テイストが強すぎたし。

 よくもまぁ、地下に城なんて建てさせたよね。景観とか皆無なのに。


 これで小さくなっているっていうのもなかなか凄いね。

 大国だったという事もあって、権威を誇示する必要があったっていうのもあるんだろうけれど、まず間違いなく僕らや組織の人数に釣り合ってないのに。


「うん、まぁそれはいいんだけどね。じゃあ集めるならどこがいいと思う?」


「そういう事であれば、この階段の上はいかがでございましょう?」


「この上?」


 眼の前の階段の上は、完成するまでは中に入らないようにお願いされていた部分だ。

 一応、完成した時に一通り見たけれど、長方形の大きな部屋で、立食パーティーとか舞踏会ぐらいならできるんじゃないかっていうぐらいの部屋である。


「はい。内装についても完成しておりますので、そのお披露目も兼ねて、という事でいかがでございましょう」


「へぇ、そうなんだ。じゃあ使わせてもらうよ」


「かしこまりました。部屋に入れば椅子もございますので、そちらに座ってお待ち下さいませ」


「うん、ありがとう」


 頭を下げて見送るアレイアにお礼を告げて、階段を登っていく。

 ここもまた石扉ではあるんだけれど、この扉は上から布を貼り付けているらしく、刻印が見えないようにしたらしい。


 魔力を込めると扉が勝手に開いていくように見える。

 うん、自動ドアみたいなものではあるね。


 ゆっくりと開かれていく扉。

 その先に視線を向けて――僕は固まった。







「……いや、これ、謁見の間じゃん……」






 真っ直ぐ伸びる赤い絨毯の先。

 三段程度の段差がついて高くなっている部分が奥にあって、てっきりそこに楽器を置いたりっていうような事でも考えているのかと思っていた。


 しかし、完成したと聞かされた今、そこにあるのは豪奢な椅子だった。

 城っぽいとか考えていたくせに、この場所が謁見の間だと思い至らなかったよ……。

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