#146 心の在り方 Ⅱ
「――ッ、ルーミアどういうつもりだい?」
「どうもこうも、その子たちはもう真実を知った。そして自分でこの場に来ると決断し、私が連れてきた。それだけの話よ?」
「だから、この子たちを巻き込むつもりは――!」
「――勝手に決めないで!」
食って掛かる僕と、そんな僕をあしらうように飄々と躱すルーミアの会話は、ロージアの叫びのような声で中断させられた。
その姿を見てルーミアは「後は任せた」とばかりにひらひらと手を振ってジル達のところに向かってしまい、その場に取り残される形となった僕と魔法少女たちの間に、僅かな沈黙が流れる。
ロージアの表情は窺い知れない。
俯いてしまっている彼女の顔もそうだけれど、他の魔法少女たちも全員が――いや、エレインだけはなんだか興味深そうに周囲を見回して「おー……」とか言ってるけれど――真剣な顔をしてこちらを見ていて、そこに感情を浮かべているように見えない。
さて、どうしたものか。
真実を知った、という事は魔法少女たちは僕らが裏で動き、整え、誂えた舞台の上で戦わされていた事を知った、という事でもある。
糾弾するというのなら、それは甘んじて受けよう。
利害関係の一致から裏で調整し、最終的には魔王というものを作って戦わせたりもしたのだから、僕に対して思うところぐらいはあるだろう。
とは言え、今は邪神との戦いの真っ最中だ。
ジルとルーミアが入ったおかげで唯希とリュリュも少し余裕を持って対処できるようになったみたいだけれど、邪神が未だに動いていない今の状態はどうにも嵐の前の静けさというような気がしてならない。
落ち着いてお喋りに興じていられる、なんて状況ではない。
「恨み言でもなんでも、言いたい事があるなら言うといいよ。僕はキミ達を騙し、利用し、都合良く使い捨てた。キミ達に恨まれていてもしょうがないと思っているからね。でも、言うだけ言ったら早く帰るといい。転送するぐらいなら唯希がいれば――」
「――私たちは帰らないよ、ルオくん」
僕の言葉を遮るように、ロージアは静かに告げた。
「ルーミアさんから聞いたよ。確かにルオくんは、私達を騙していたかもしれない。でも、都合良く使い捨てたなんて、そんな言い方しなくても……」
「僕は邪神の位置を知る為にキミ達に魔王の疑似存在を生み出し、戦わせた。どれだけ言い繕っても、結局は都合良く使い捨てたという事には変わらないさ。もうキミ達の前に姿を現すつもりだってなかったんだからね」
「……私達の前には姿を現さなくなるって話も、ルーミアさんから聞いてるよ」
「キミ達はお役御免だよ。キミ達の物語は、あの魔王を倒し、僕に邪神の位置を教えた。その時に終わりを迎えたんだ。なのにどうしてこんなトコに――」
「――失礼ですけど。それはあくまでも、あなたの筋書きとしてのお話ですよ」
魔法少女オウカ。
唯希の報告によると、この凛央魔法少女訓練校の中核を担う、リーダー的な存在。
年齢は若いのに、己の役目と信念を貫くために大人と渡り合うために必死に立ち続けている少女が、ロージアに代わって僕へと問いかける。
「正直、ルーミアさんから話を聞いて驚きました。まさかあなたと、それにあなたの仲間によって連邦軍が重い腰をあげたこと。そうして私達は、『個の集団』でしかなかった魔法少女が一つのチームとして戦う方針を取れるようになった。連邦軍との関係も大きく変わりました。ありがとうございます」
「それはルーミアの手柄だし、キミ達が連携を深めるに至ったっていうのも副次的なものでしかないよ。ただ僕は、連邦軍の在り方を煩わしく思っていただけさ」
「ふふ、ずいぶんと偽悪的に振る舞うのですね。そうやって私達に心理的な距離を取らせることが、あなたの目的という訳ですか」
……やりにくい娘だな、と思う。
僕が狙っているところをある程度は読んで、その上で敢えて指摘してみせたのは、他の魔法少女にも僕の振る舞いがそういう目的だと伝えるためだろう。
彼女の読み通り、僕としてはこの戦いに魔法少女を巻き込むのは反対だし、そのスタンスをそうそうあっさりと受け入れるつもりはない。
何せ相手は邪神で、その邪神が生み出す騎士種の力も唯希ですらやっと届くといったところだ。
魔法少女の戦力と比較して見てみた時、両者のパワーバランスは言うまでもない。
……はあ。
やっと得られた平和が目の前にあるのだから、こちらの事は僕らに任せておけばいい。
ただそれだけで、年相応に平和な生き方を選べるし全てが丸く収まるというのに、この娘たちはどうしてこんな事に首を突っ込みたがるのやら。
「ルオさん。何も、わたくし達なら無事に倒せる、などと考えている訳ではありませんわよ。それに加えて、この戦いで命を落とすつもりもさらさらありませんわ」
「だったら、何をしに来たって言うんだい?」
「あなたに文句を言いに、なんて野暮な真似をするつもりはありませんわ。わたくし達の目的なんて決まっています。形はどうあれ、わたくし達の為に動いてくれたあなたへの恩返しと、わたくし達の世界を滅茶苦茶にした相手への復讐ですわ」
魔法少女フィーリス。
こちらも唯希からの報告で聞いているけれど、元々は大企業の令嬢という事で、多少は鼻が伸びて態度が横柄になったりしてもおかしくはない立場にいるというのに、真っ直ぐで優しい少女として育っているらしい。
仲間思いで、それなりに年下の多い魔法少女という環境、大人に囲まれていた私生活での環境に慣れている事から、彼女もまたオウカと同様に他の魔法少女たちの姉のような立ち位置に収まっているのだとか。
こういう場では口を挟もうとはしない、魔法少女エルフィン、カレス、アルテの三人も異論はないと無言で訴えるかのようにこちらをじっと見つめている。
僕の目の前にいるこの子たちは、ただただ魔力と精霊によって戦う事を強いられた少女でしかない。
まだまだ将来に漠然とした不安と希望を抱えながらも、小さな世界の中で一喜一憂して生きていられる、そんな年頃の少女なのだ。
――望んで戦いに応じた訳じゃないだろう、キミ達は……。
「私ね、ルオくんと会ったばかりの頃、ただただ力があるから、その力でもう私みたいに、大切な誰かを失くしてしまう人を増やさないようにできれば、っていう、どこかふわふわとした気持ちのまま戦ってたんだ。でも、この三年近く、キミが私達の前に現れてから色々な事があったから……」
そこまで言って、ロージアは一度言葉を区切り、僕の顔を見て微笑んだ。
「ねぇ、ルオくん。初めて会った時、私が一緒に戦ってほしいって言った時のこと、覚えてる?」
「……うん、覚えているよ」
この世界にやって来た直後、魔法を使える男という存在がなくて、そもそも魔法は魔法少女だけに許された力として受け入れられていた。
そんな中で僕という存在を見かけて、ロージアは確かに一緒に戦ってほしい、と言おうとしていた。
当時から僕は表に出るつもりはなかったけれど、正直、表に出る事になったとしても僕はこの子と共に戦うという事はしなかっただろう。
実際、彼女達には戦うにあたっての力を偶然得てしまっただけの子供であって、戦う覚悟なんてものも持ち合わせていなかったのだから。
「キミが見せた一瞬の冷たい表情と、呆れたような空気。私、実は気付いてたんだ」
「え……?」
「あの時はね、どうしてあんな反応だったのか分からなかった。でも、その理由も今なら分かるよ。あの時の私は、キミと一緒に肩を並べて戦うなんて口にしちゃいけなかったんだよね。戦う理由も、覚悟も持っていなかったから。ルオくんは、そんな人間を戦友としてなんて認めなかったんだ、って」
「……っ」
「でもね、今は胸を張って言える。私は……ううん、私達はもう、ちゃんと理解して戦っているよ。必ず勝って、誰も欠ける事なく生きて帰る。その覚悟をしっかりと持っているよ」
――三年ほど前にこの世界に来た時に、彼女たちを見てそう感じた。
だから僕は、彼女たちがどうしてこんな場所にまで首を突っ込む理屈が理解できていなかった。
――――いや、理解しようとすらしていなかったのか。僕が。
この場にいる誰もが、覚悟を持ってこの場に立っているのだと今更ながらに気が付いた。
かつて僕が見たもの。
この世界にやって来たばかりの頃に魔法少女達が見せた、ただ力を得たからという漫然とした有様で役割をこなしていた表情とは、全く違うという事に、今更ながらに気が付かされた。
結局、僕はこの子達を見守っているつもりで、どこか戦いというものから切り離していたのだろう。
大人であればたった三年という短い時間だけれど、まだ子供の時分では大きく変化し、毎日が常に成長を促すという日々であるというのに、三年前のロージア達しか見ていなかったのだ。
「あの戦いの中に入って活躍なんてできるかどうかは分からないけれど……、それでも、私達が戦いに参加する事でルオくんが邪神を倒してくれるっていうのなら。私達の戦いがルオくんの勝利に繋がるのなら、やらない理由なんてない」
「……本気、みたいだね」
「うん、もちろん。あれが邪神で、ルオくんが倒してくれるなら、その道は私達が作る。そう決めたからこそ、私達はここにいる」
……三年、か。
三年間という時間を「たった三年」なんて思うようになったのはいつからだろうか。
成長して、今では紛れもない覚悟を宿すようになった瞳。
譲る気のない強い視線。
そんなものを持っていなかった、子供でしかなかったロージアは――魔法少女は、大きく変わっているらしい。
……イシュトアも、そんな魔法少女達だからこそ戦場に連れて行かせるという決断をして、ルーミアに許可を出したんだろうね。
……はあ。
認めない訳にはいかないらしい。
「……分かった。認めよう」
「――……っ、うん!」
覚悟を決めた人間が、周りの言葉を素直に聞いて握った拳を解くなんて事は、ない。
もしもそう見えるのだとしたら、それはまだ心のどこかに迷いがあるからだ。
彼女たちにそんな迷いは見当たらない。
「文句やお喋りは、とにかく後回しにしてもらうよ。今、ルーミア達が戦っている後方に陣取って、騎士種をいくつか分散させること。倒してほしい訳じゃない。キミ達の連携はキミ達のやりやすいようにやってくれればいい。だけど、決して無理はしないように」
「分かりました。多くは持てないでしょうが、少しぐらいならば」
「それで充分だよ。ルーミア達もキミ達をフォローしてくれるだろうから、あまり孤立しないように気をつけて」
それだけ告げて邪神とルーミア達が戦う姿を見つめる。
どうにか拮抗しているけれど、僕が動き出せばまた騎士種を僕にぶつけてくる可能性は高いし、乱戦になりかねない。
魔法少女たちじゃ複数名でようやく一体か二体というところが関の山だとは思うし、危険だと思わなくなった訳でもない。
それでも、無理をせずにその一体か二体を引き受けてさえくれれば、それが結果として戦いの趨勢が左右する事だってあるだろう。
そんな事を考えていた、その時だった。
「――こんのッ、馬鹿弟子いいぃぃッ!」
邪神の方を見ながら喋っていた僕に飛んできたのは、まさかの存在からの攻撃であった。
振り向いて顔を向けた時にはすでに目の前にいて、邪神たちに気を配っていたものだからその接近には全く気付けなかったせいで、上から振り下ろすようなゲンコツが僕の頭にズドン、と落ちた。
相手は魔法少女リリス。
彼女と僕の間に接点はないはずなのだけれど。
というより、今の魔力障壁がなかったら僕、首の骨が折れるレベルの強さだったんだけど?
そんな事を考えつつ目の前にいたリリスの顔を見ると、リリスはなんだか酷く泣きそうな顔をして僕の前に立っていた。
「……エルト」
「え、なんで僕の名前を知ってるの――って、ルーミアから聞いたのか」
「……アンタ、孤児だっただろう? 森の中でアンタの持つ【魔眼】に気付かれて、拾われた」
「……どうして、それを……?」
僕の前世の生い立ちは、あまり詳しくルーミアにも話していない。
特に子供の頃というか、記憶を取り戻して間もない頃に貧民街から森の中に拠点を移していた事とか、そこであった騒動だとかについては話した記憶はない。
というより、前世の世界でもその辺りの事を知ってる相手なんて限られているはずなのだ。
何せ僕の面倒を見てくれた爺さんは死んでしまったはずだし、その後は誰かと表立って交流なんかもしていなかった。
シオンやルメリアにだって、孤児だったけれど運良く師匠に拾われた、ぐらいの事しか話していなかったのだから。
だから、それを知っているとすれば、一人しか思いつかない。
「……馬鹿弟子! 英雄なんかになっちまって、師匠であるアタシより先に逝っちまうなんて、何考えてんだい……!」
「……え……。いやいや、なんでキミ、師匠なんて名乗ってんのさ。そもそもキミ、師匠にしては若すぎ――おぉぅっ!?」
「アンタは神になっても相変わらずだね! こらっ、避けるんじゃないよ! 魔力障壁も解いて甘んじて受けな!」
「それは本気で死ぬじゃないか!」
「当たり前さ! 本気で言ってんだからね!」
「どこの世界に弟子を本気で半殺しに追い込もうとする師が……って、いたよ、前の世界に! なんでこの世界にまでいるのさ!」
今の短いやり取りだけで理解できた。
このやり取りも、その物言いも、紛れもなく僕の師匠その人なのだ、と。
……あの、一応邪神との戦いの真っ最中なんですけど?




