#144 邪神討滅戦 Ⅱ
右手に持った『黄昏』を振るいながら魔法を構築する。
右、左、斜め上から、斜め下からならまだしも、そこに上空から、背後からと殺到する止まない攻撃。それらを避けながら『黄昏』で斬り伏せ、時には僕を中心に周囲を薙ぎ払う魔法を放ったりと、止めどなく襲ってくる攻撃をこちらも止まる事なく返していく。
戦いの中でちらりと核である魔王――いや、邪神を見れば、その場で一切動かずにじっとこちらを見つめているかのように思えた。
高みの見物を決め込んでいるつもりか、それとも邪神なりに何か思考しての行動なのか、その真意は読めないけれど、かと言って動かないからと無視していて意識の外側から攻撃を放たれたりしたら堪ったものではない。
常に意識を外さないように気をつけつつ戦うというのは、まるでじりじりと心を削られているかのようで精神的な疲労に繋がりやすい。
――それに、面白くない。
一方的に高みの見物を決め込むぐらいなら、巻き込んでやろう。
そう考えて、騎士種を巻き込んで魔法を放っているのだけれど――騎士種によって邪神に向かって放った魔法の射線を遮るかのように次々と移動、あるいは新たに生み出されてしまい、肉壁となって阻まれてしまい届かない。
「チ……ッ、無駄に数が多い!」
苛立ち混じりに吐き捨てるように言葉を漏らしつつ、殺到するルイナーを再び屠っていく。
魔力を練り上げて一気に吹き飛ばせば騎士種は処分できるだろうけれど、その魔力を練り上げる隙を一切与えないかのように殺到してくるあたり、どうやら向こうもそのタイミングを作らせないよう狙っているようにも思える。
邪神の眷属は本能すらもない、ただただ破壊の衝動で動くだけの存在であるはずだ。
けれど、逃げようと、抗おうとしている先程の核の様子からも、邪神そのものには僅かながらに本能が芽生えていると考えられるし、その可能性は充分に有り得る。
邪神の全てを注ぎ込んだような存在、かつての魔王と同じ姿をした己を守らせているのだから、まず間違いないだろう。
王を守る騎士よろしく騎士種がいちいち立ちはだかり、死を恐れずに王を守るために敵である僕の攻撃を前に身を投じ、身を挺して王を守る姿は騎士種と呼ばれる通りに騎士そのものの在り方を体現しているようで――反吐が出る。
――お前はそういう騎士だろうが女子供だろうが、容赦なく喰らってきただろうに。
「――吹っ飛べ!」
魔力を放出し放射状にルイナーを吹き飛ばす力技から、間髪入れずに左手を翳して爆発系の魔法を連射して邪神までの道を強引に切り開く。
遠距離からの攻撃が邪魔をされてしまうなら、ゼロ距離で戦うしかない。
けれど、砂塵が舞い上がるその先に向かおうとしたところで、即座に再びあちこちから騎士種が飛び出してきて僕へと襲いかかってくる。
このタイミングで一気に騎士種が突っ込んでくるという事は、邪神も懐に飛び込まれるという事を阻止したい、という考えでもあるのだろうか。
もっとも、こうなった時の事を考えていなかった訳ではないので、こちらも光属性第四階梯魔法【光撃の乱舞】という魔法で迎撃。光輝く魔法陣から放たれる黄色い光線が幾重にも分かれて騎士種を貫き、屠っていく。
僅か数秒程度のロスではあるけれど、その間に他の騎士種も邪神までの道を阻むように再び集結していた。
いたちごっこ、というヤツだ。
こちらが道を切り開こうとしてもその度に騎士種が道を阻む。
先程まで相手にしていた軍勢の数からも、そうなってしまう可能性は充分に想定はされていたけれど、知能を持った邪神という名の司令塔がいるせいか、相当に防御面が分厚い。
――やっぱり手数、人数が必要だ。
再び戦い始めながら、改めてそんな事を思う。
魔力を練る事は戦いながらでもできるのだけれど、この大量の騎士種を一掃する程の魔法を構築しようと考えた場合、ゲーム的に言うところのヘイトが僕だけに向かっている状態だと構築するだけの時間すら作れないというのが実状だ。
分散してくれる、或いは足止めしてくれるだけでもう少しやりようはあるのに、一人だとそれが難しい。
一つ、深呼吸。
突進してくる騎士種の攻撃を避けて、『黄昏』を寝かせてがら空きになった胴を撫で斬る。
その身体が消失する前に足場にするように踏み台にして、次の騎士種の振り上げられた剣を『黄昏』で受け止め、衝撃に身を任せてくるりと回り、小さな魔法を発動させて衝撃を与えて押し出せば、続いていた騎士種の槍が押し出した騎士種の身体を貫いた。
けれど、騎士種は人間とは違う。
邪神の力を凝縮した存在であるため、同士討ちを誘ったとしても傷にはならない。
僅かな停止時間は僕が小規模の魔法を構築する時間を作ってくれる。
つまり、ただの足止め、動きを止めるだめだけにそれをやったに過ぎないし、それぐらいの事は理解していた。
左手の掌の上でくるくると回る魔法陣を構築させてそれを邪神に向ける。
同時に、肉壁のように騎士種が集まるけれど――反射で動いているだけの騎士種と邪神には、これがそもそも『邪神そのものを狙った一撃ではない』のだとは気付けないらしい。
「――【獄炎獣の腕】」
掌の上でくるくると回っていた魔法陣を大きく展開すると、赤黒く燃える溶岩が悪魔の手を思わせるような形を象って飛び出した。
前方にいた騎士種の数体をまとめて握り締め、燃やし尽くしながら振るわれた腕が他の騎士種も巻き込んで吹き飛ばしながらべたりと張り付き、その身体を燃やしていく。
――これなら、いける。
確信した一瞬の隙で急激に魔力を練り上げると、慌てたように僕と邪神の射線を防ぐように騎士種が再び集まり、その光景に僕は密かに口角を吊り上げた。
キリがない。
手数が足りない。
押し込みきれない。
――だからどうした。
いっそジルやリュリュ、それにルーミアやアレイア、そして唯希が来るまで時間稼ぎをしているだけでも構わないのだ。
イシュトアが用意してくれた【完全封鎖結界】はすでに発動しているのだし、急いで殺す必要はない。
――分かっている。
分かってはいるのだけれど、待つつもりはない。
そうして騎士種の動きが密集し、集まった事を【神眼】によって確認していたからこそ、今この瞬間が好機であると理解できる。
そして――短距離転移で邪神の背後へ移動する。
魔王まで唯一届く道。
僕という存在、無視できぬ程の魔力を構築できる状況を生み出せば、本能のままに動いている邪神は必ず防御に徹するだろう事はもう疑いようがない。
そういう状況が生まれれば、必然的に邪神を守る騎士種は前に飛び出る。
そうせざるを得なくなるからだ。
そうして、邪神の背後に道ができた事を確認し、転移したのだ。
――この一瞬を生み出したかった。
視界が切り替わった瞬間、大地を蹴る。
腰だめに構えた『黄昏』を振り上げる寸前まで、魔力をとことん隠す。
元々、邪神とその眷属は魔力に反応する。
ならば魔力を隠してしまえば、必然、反応は遅れるだろう。
目論見通りに距離を詰めている間、邪神も、騎士種も無防備に周囲を探るように緩慢に動いていた。
そうしてあと数歩まで迫り、邪神に向けて『黄昏』を振り上げるその瞬間、一気に『黄昏』に魔力を注ぐと、邪神が今更僕に気が付いたかのようにこちらに振り返る。
「――やっと、一撃ッ!」
今更反応したところで、もう『黄昏』はすでに邪神の巨躯の太ももあたりに刃を届かせようとしていた。
容赦なく断ち切るつもりでそのまま振り抜いた。
けれど、邪神はその一瞬で動いていた。
ギリギリまで隠れて攻撃を入れようとしたその瞬間に、自らの身体を捻り、『黄昏』の剣先が太ももの先を斬り裂く程度の浅い位置に留めてみせたのだ。
――浅い……ッ!
追撃を、と考える余裕はなかった。
何せ痛覚すらない邪神は僕の攻撃に反応する事もなく、すでに大剣を振り上げていたのだから。
慌てて後方へと下がろうとした、その瞬間。
背後から襲いかかってきた騎士種の攻撃への反応に遅れ、突き出した槍が僕の魔力障壁にぶつかった。
「――ッ!」
不意を突かれる形となってしまったせいで、力を逃がしきれない……!
魔力障壁のおかげで貫かれる、という事はなかったけれど、予期していない衝撃は体勢を崩すには充分だった。
さらにそんな僕の体を逃がすまいと他の騎士種が抱きつくようにこちらに覆い被さってきて、体の自由を完全に奪われた。
はっと顔をあげると、すでに邪神が大剣を振り下ろそうとしていた。
どうやら邪神はこの瞬間を、僕に攻撃を当てる最大の好機を待ち続けていたらしい。
転移――いや、もう大剣は振り下ろされていて、間に合いそうにない。
「――しッ!」
防御に集中させようと魔力を練ったところで、邪神に向かって吹き飛ばされた騎士種がぶつかり、大剣の軌道が僅かに逸れた。
真っ直ぐ直撃する事をどうにか免れたものの、その余波だけで僕を抑えていた騎士種も吹き飛ばされ、逆に僕は充分に耐えられる威力だったおかげで無傷のままだ。
立ち上がって後方に下がり、横から妨害してくれた存在に目を向けると、ジルが得意げな笑みを浮かべたまま構えていた。
「間に合ったようで何よりでございます」
「……助かったよ、ジル」
「いえいえ、遅れて申し訳ございません。――しかし、我が主様」
「うん?」
「もしや、『邪神に感情を引っ張られている』のではございませんか?」
「……え?」
ジルの一言に、思わず僕は目を見開いた。




