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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
最終章 邪神の最期
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#143 邪神討滅戦 Ⅰ

 ルーミアが騎士種の処分のアテとやらを用意しに一度戦線を離脱してしばらく。

 魔王役として作っていた魔王としては出来損ないも甚だしいモノが倒された事を知覚した僕は、即座にその痕跡を追うべく意識を集中させるべく空へと飛んで目を閉じた。


 邪神の核を見つけ出すにあたり、魔法少女に魔王役を倒してもらう。

 その際に「上手く働いてくれればラッキー」ぐらいの軽い感覚で追跡用に僕自身の魔力を多分に含めていたのだけれど、それが功を奏してくれたのか、流れていく力をしっかりと把握できる。


 あの世界からこの疑似世界へと渡った力が、僕らの進もうとしていた先から少し逸れた場所へと飛んでいく。

 凄まじい勢いで中空を漂っていくエネルギーの流れを追いかけていき、追従するように知覚範囲を広げ続けて――ついに見つけた。


「ジル」


「おや、見つかりましたかな?」


「うん、見つけた。先に行くからここを任せるよ」


「かしこまりました。戦いの余波を感じ次第、一掃してそちらへ参ります」


 せっかく見つけたのに逃げられたら目も当てられない。

 確実に今、この時に捕まえて二度と逃さない。その為にも核の姿を眼前に捉え、逃げ道を塞ぐ事を最優先に対応する必要がある。

 その為にジル達には悪いけれど、返事をする事もなくさっさと転移した。


 流れていく力を追いかけて転移、転移と何度も小刻みに飛び続け、辿り着いた先。

 中空に浮かぶ僕から見えたのは、広い大地と、その中心部に存在する大きな肉塊とも言えるような赤黒い繭とも言えるような何かが鎮座している場所だった。


 周囲には黒い霧のようなもの――恐らくは力の破片とでも言うようなものを漂わせているみたいで、地上に根を、あるいは血管のような何かを縦横無尽に張り巡らせ、その場所でゆっくりと脈動している。


「……あれが核と見て間違いはなさそうだね」


 呟きつつ、【亜空間庫(インベントリ)】から取り出した一つの宝玉。

 白く濁った宝玉に魔力を込めると、呼応するかのように淡い光を放った後でさらさらと砂のように崩れ、空へと舞い上がっていくと、やがて中空に光の膜と、魔法陣を思わせる白い幾何模様が浮かんだドームがこの空間を包み込むように浮かび上がった。


 その光景に、上手くいったと静かに安堵を混じらせた息を吐き出した。


 今使ったのは、イシュトアから与えてもらった神器、『完全封鎖宝玉』。

 彼女の力によって邪神の力が外へと出られないよう、外界への逃走を封じる完全封鎖結界を生み出す宝玉だ。

 僕が魔王を封印して眠っている際に、邪神の力を浄化する傍らで制作された対邪神用の逃走防止用アイテムと言えば分かりやすいだろうか。


 これを基に世界そのものを結界で覆い、邪神が世界に干渉できないようにしてしまいたかったらしいのだけれど、さすがにその規模のものを作る事はできなかった、と苦笑していた。

 世界一つをそのまま覆ってしまう結界なんてそうそう簡単には作れないそうだ。


 けれど、万が一討伐できる機会があれば使えるだろうと死蔵していたそれが、今こうして出番を迎えたという訳だ。


 異変には邪神の核も気が付いたのだろう。

 根付くように広がり、血管のように蠢いていたそれが徐々に肉塊の元へと縮んでいるのが見える。

 動きはどうやら鈍重なようだけれど、それでも急いでいるのか。或いは、何かを狙っているのか。


 そんな邪神本体と言える存在の様子を見つめつつ、地上へと降下する。


「……ようやく気付いたみたいだけれど、手遅れだよ」


 今さら僕という異物の存在に気が付き、逃げようとしたところで無駄だ。

 散々遠く離れた場所から僕らを、そして色々な世界を苦しめてきたというのに、逃がすものか。


 まずは挨拶とばかりに一切の遠慮も配慮も捨て去って、眼前に手を翳したままこちらも魔力を収束させていく。


 直系にして一メートル程度の魔法陣が浮かび上がり、パリパリと放電しながら、激しく暴れ狂う雷光を生み出した。

 それと同様のものを僕の上空にも五つばかり同時に展開させて、現人神という存在に相応しい、埒外の力とも言える膨大な魔力を詰め込んでいく。


 強制的に詰め込まれた魔力は、本来の魔法の威力とはかけ離れたものになる。

 それが六つも同時に展開され、合成強化されれば、その威力は周辺への被害も考えれば普通なら撃てないような規模のものだと推察できる。


 でも、ここは邪神の作った疑似世界。

 どうせ邪神を討滅してしまった後は消してしまう世界なのだ。


 遠慮なんてする気は、さらさらなかった。


「――【発動(エッシェン)】」


 刹那、手元に浮かべた魔法陣、それに中空に浮かべた雷光が一斉に解き放たれ、真っ直ぐ邪神の核に向かって殺到する。


 雷属性第九階梯魔法、【神の断罪(トルア・セラム)】。

 貫通して焼き尽くすという凶悪な特性を持つ雷属性の魔法の中でも、直線的ではあるものの速度も威力も群を抜いている魔法を、更に強制的に魔力を注いで引き上げて合成させるという、実に環境に優しくない魔法だ。


 これで終わってくれるなら、なんて淡い期待がなかったと言えば嘘にはなる。

 楽である事に越した事はないのだから、そう考えるのも当然の帰結というか。


 けれど、予想通り僕の魔法は何かにぶつかり、そのまま左右に斬り裂かれるように核と思しき繭を避けるように飛んでいき、遠方で爆発を引き起こした。


 繭の中から出てきた、太い腕のようなもの。

 その先に握られた巨大で重圧感のある真っ黒な大剣は、いやに見覚えがある(・・・・・・)


 それは繭の内側から繭を引き千切るように、ゆっくりと両手をかけて自らが通る隙間を生み出し、姿を見せた。


 真っ黒でどこか金属めいた肉体に、禍々しい赤い紋様。

 騎士種の眷属はせいぜいが人間大であるというのに、ソイツ(・・・)かつてと同じく(・・・・・・・)、身長は二メートル半程はあるだろうという巨躯を誇る。


「……別個体、いや、元が同じで見た目も同じなのだから、同一個体と言っても差し支えはなさそうだね。――久々のご対面、という訳だね。魔王(・・)


 それは、僕とシオン、ルメリアという三人と、かつて同じ志を持った仲間たちと共に追い詰め、最後の最後にイシュトアから与えられた力によってようやく討伐する事ができた魔王。

 当時とまったく同じ姿をしたその存在は、懐かしさすらあった。


 けれど、どうやら今回は魔王という存在に邪神の力の大半どころか、全てを注ぎ込んでいるらしい。

 すでに魔王を生み出した繭は、急速に枯れたように茶色く黒ずんで萎れながらも周囲に黒い霧を大量に放出していた。

 そうして吐き出された黒い霧――邪神の力の残滓が一斉に集まり、人の形を象って、騎士種の眷属を大量に生み出していく。


 最後っ屁、なんて言葉はあるけれど、ずいぶんと手間取りそうな数だ。

 ついさっきまで相手にしていた眷属たちよりも圧倒的に力の濃度とでも言うか、そういうものが注ぎ込まれているのを感じる。


 必死だ、と感じた。

 こんな所で死にたくないとでも、消えたくないとでも叫ぶ慟哭が形になっているかのようで――つい、心が軋む。


「……ずいぶんと勝手じゃないか。なあ、邪神」


 ――生き残ろうとするのか。

 今までにあちこちの世界に禍を齎しておきながら、いざ眼前に刃を突き立てられようとしている今の状況になって、抗戦しようと。


 魔王を討伐しようとした、あの時。

 僕らの心には憎悪だとか復讐だとか、そんな意思なんて存在していなかったと思う。


 ただ、止めたかった。


 繰り返される悲劇を、絶望ばかりが広がり続け、夜を越える事さえ怖いと思ってしまうような連鎖を、止めたかった。

 そんな連鎖を止める為にシオンとルメリアが僕の前を走り続けるものだから、僕もまた仕方なしに彼らを支えると決めた。


 ただ、それだけの話だった。


 だから、憎悪を燃やしたり、誰かの仇を討とうとかなんていう想いや感情はなかった。


 けれど……――あぁ、今はダメだ。


「お前は一方的に、理不尽に。ただ生きていた世界を襲い、不幸を撒き散らし、世界を喰らってきたというのに、自分が危険な目になると抗戦しようとすると、そう言うつもりか」


 戦う術すらろくに持たない世界へとやって来たのは、あの世界の管理者であった下級神のせいだと言えるかもしれない。

 それでも、コイツはそんな事もお構いなしに世界を喰らおうとする。


 それだけの為に世界を襲い、それだけの為に大量に殺す。


 そうして立ち上がる事ができたのは、まだ年端も行かない少女たちだった。

 それぐらいしか、戦う術を持つ事さえできず、それでも守りたいのなら戦う道を選ばざるを得ないような状況を生み出した癖に。


「……お前は、ここで死ぬんだよ。確実にね」


 別に僕は正義の味方とか、そういう存在にはなれないと思っているし、自分でも柄でもないとも思っている。

 神として世界を守らなくちゃ、なんて使命感があった訳でもない。


 イシュトアのおかげで命拾いして、神なんていう存在になってしまっただけ。

 せっかく拾った命というか、神という存在になって生きる事ができるというのだから、日本人であった頃とも、英雄となってしまった前世とも違った生き方をしてみるのもまた一興かと、イシュトアの提案に乗っただけ。


 だから、これは正義の鉄槌だとかそういうものじゃない。

 みんなの代わりに仇を討つ、なんて熱い心が僕の中にある訳でもない。


 ――気に喰わない。


 そんなシンプルな感情のままに、僕は『黄昏』を引き抜いて、その峰を肩に乗せた。


「――お前の舞台もまた、今日で幕引きだ。僕はお前を殺す」


 開戦の宣言は、そんな一言であった。

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