#142 真実
「この世界の救済、あなた達だけの物語はこれで終わりを迎えたわ。だから、あなた達には真実を知る権利と、選択する権利を与えましょう」
一体何を言っているんだろうか。
私――ロージア――は……ううん、私たちは、ルーミアさんが微笑む姿と言葉の意味が理解できなくて、ただただその場で立ち尽くす事しかできなかった。
そんな私たちを特に気を遣う訳でもなく、ルーミアさんは私たちからあっさりと視線を外し、アレイアさんに顔を向けた。
「ねぇ、アレイア。私とルオの本当の正体を伝えるのが手っ取り早いかしら?」
「順を追ってお伝えするにしても、前提が伝わっていなければ困惑は深まるかと」
「あら、それもそうね……。あまり時間もないし、できればさっさと片付けたいのよね。でも、今の内に軽食と飲み物ぐらいは用意してあげて。選択次第ではこの後も戦いに赴く事になるのだし」
「すでに準備はできております」
アレイアさんがすっと綺麗な所作で頭を下げてみせると、立ち並ぶ石柱の後ろからワゴンが数台一人でにこちらへとやって来た。
ひっと短い悲鳴が聞こえたけれど、今のは……カレスさんかな?
影がワゴンを押すようにして伸びていて、それがなんというかおばけとか幽霊とか、そういう存在に見えたのかもしれない。
ワゴンが私たちの前で動きを止めると同時に、今度はその影が私たちの後ろに移動して円形に口を開くかのように広がったかと思えば、今度は椅子。
……ただでさえ今の状況に困惑しているのに、それ以上に困惑させようとするのはやめてほしい。
「さすがね、アレイア」
「メイドですので」
「さて、あなた達もいつまでも呆けていないで、座って好きに飲み食いしながら聞いていなさいな」
「……これから戦うかもしれない相手の用意したものを、ですか?」
「オウカさん……?」
声をあげたのはオウカさんだった。
ワゴンに用意されたお菓子や軽食、影から出てきた椅子。そういったものには目もくれずに、今もなお警戒心を滲ませたままルーミアさんを真っ直ぐ見つめている。
戦うかもしれない。
その言葉の意味を理解できず、ただただ見守る事しかできない私を他所にオウカさんはゆっくりと口を開いた。
「私は正直に言って、あなたを信用していません。ロージアさん、それにリリスさんがあなたの仲間だったルオという少年だったもの――魔王を討伐したのは、私たちも先程まで感じていた圧のようなものが消えた事からも理解しています。だからこそ、今こうしてあなたがこの場に姿を現した事にひどく違和感を覚えています。ロージアさんの話では、あなたはあなたの世界のルイナー……いえ、邪神の眷属とやらを同時に叩く予定だったはずではありませんか? 何故あなたがここに?」
それは確かにそうだった。
実際ルーミアさんからは私もそう聞かされているし、そういう作戦だったはず。
なのにこうしてルーミアさんが私たちの目の前にいて、ルオくんに従っているような空気を放っていたはずのメイドさんがルーミアさんに従ってみせている。
改めて今の状況を鑑みても混乱していくばかりで、私にはよく分からないよ……。
ルオくんを助けられなかった。
それだけで頭の中がごちゃごちゃなのに、何がどうしてこんな状況になっているのかも分からないし、感情がぐちゃぐちゃになりそうなのに……。
「――おー! うまっ! それにこの飲み物、疲れが取れるぞー!」
「っ!? エレインさん、何を食べているんですか!?」
「んー? だって、話してくれるって言ってるし、だったら聞くしかないだろー? それに、せっかく用意してくれたんだからもったいないじゃんかー。メイドさーん! おいしいです!」
「それは何よりです。おかわりもありますので、どうぞご遠慮なく」
「ありがとー!」
エレインちゃんのいつも通りの空気に当てられて、ついついオウカさんも苦笑してしまっているし、張り詰めてしまっていた緊張の糸が緩んでいく。
そうなると、感情が溢れそうで……――
「ロージア。そんな顔をせずに安心なさい。ルオは生きているわ」
「……え……?」
――ルーミアさんから告げられた一言に、頭の中が真っ白になった。
なんで、どうして?
どうやって?
どういう意味?
溢れ出そうな感情を吐き出すには小さすぎる口を衝いて飛び出そうとする疑問を、どうにか形にしようとしたところで、先んじてルーミアさんが続けた。
「その疑問に答えるのも、これから私が話すお話の中に含まれているわ。だから、座って少し落ち着きなさいな」
「……はい」
「それと、魔法少女オウカ。あなたも警戒しなくていいわ。そもそも私は――いえ、私も、そこにいるアレイアも。そして他にもいる私の仲間と呼べる者たちは、『全員がルオによってこの世界を救う為に召喚された眷属』だもの。元々あなた達と戦う道理がないわ」
…………え?
「……どういう意味ですか?」
「ふふ、全員がお利口に席についたらお話してあげるわ」
何が真実で、何が起きていたのか。
私にはその意味が全く理解できなくて、ただただ続きを聞きたくて椅子に腰掛ける。
そんな私と、先に座っていたエレインちゃんの姿を見て、フィーリスさんが「とにかく、お話を伺ってみませんこと?」と短く全員に声をかけてから、オウカさん達も仕方がないと言わんばかりに次々に着席した。
頭の中でぐるぐると思考が巡る。
何から訊ねるべきなのかも判らず、ただただ餌を待つ雛鳥のように待つ事しかできない自分を落ち着けるために、そっと差し出されたティーカップに注がれた紅茶を飲むと、減っていた魔力が満ちていくのが分かった。
「これは……」
「ご褒美、というよりアフターケアとでも言うべきかしらね」
「魔力回復用の魔法薬を用いた紅茶です。どちらを選択するとしても、まずは魔力が回復しなければ話になりませんので」
驚きに声をあげるオウカさんに対し、ルーミアさんとアレイアさんと呼ばれたメイドさんが淡々と答える。
こんなものがあるなんて知らなかったけど、ルーミアさん達にとってみれば当たり前に存在しているものなのか、驚きも勿体ぶりもしようとはしていないのが酷く印象的だった。
用意されていたクッキーに手を伸ばして食べてみれば、さくりとした食感。
飲み込んで少しすると、身体の疲れという疲れが吹き飛んでいくような気がして思わず目を瞠ってしまう。
他のみんなも紅茶とお菓子、それに軽食を口にして効果に驚いているのか、お互いに効果を実感した事に驚きながら声をかけ合っていた。
そんな中、ルーミアさんがゆっくりと口を開く。
「――さて、そのまま聞きなさいな」
そう言われて食べ続けてなんかいられなくて、私はルーミアさんの続きを急かすように真っ直ぐ視線を向ける。
他のみんなもそうして――エレインちゃんはそのまま食べているみたいで、たまにゴソゴソと動いている音が後ろの方から聞こえるけれど――話を聞くために姿勢を正した。
そんな私たちの姿にルーミアさんは苦笑を浮かべた。
「まずはルオの正体からお話しましょう。彼は二千年以上前、この世界とは別の世界を救った英雄。世界を救うため、邪神の力の大半が注がれていた本物の魔王を封印する生贄となり、神の力を受け取る器として、魔王と共に眠り続けていた存在。そして、その結果神となった存在よ」
――……え?
告げられた言葉に理解できずに呆然とする私の横で、突然、ガタンと音が鳴った。
リリスさんが大きく目を見開いて立ち上がり、座っていた椅子を倒していたのだ。
「……ど、どういう、意味だい、ルーミア……? まさか……、そんな……」
「あなたの考える通りよ、ルキナ。彼の人間だった頃の名前は、エルト。それがルオのかつての名よ」
「……そう、かい……。……あの子は……」
私たちには、そのやり取りの意味はいまいち理解できなかった。
ただ、なんだかリリスさんの雰囲気は変わっていて。
そんなリリスさんに声をかけようにも、くしゃりと顔が歪んで今にも泣き出しそうな顔をしてから顔を抑えて俯いてしまう。
その姿からは何か、簡単に踏み込んでしまってはいけないものであるかのような気がして、私は伸ばしかけた手をそっと引き戻した。
「あなた達、この世界を生きている魔法少女達には関係のない話かもしれないけれど、ルキナ――そこのリリスという少女の中にいる英霊とルオはかつての世界での知り合いなのよ。そして私とも、ね」
「かつての世界……。確か、あなた達の世界は……」
「えぇ、滅んだとあなた達には伝えてあったと思うけれど、それは真っ赤な嘘。まあこの辺りも含めて、最初から説明するわね――」
困惑する私達を他所に、ルーミアさんはゆっくりと語り始めた。
それは、一人の英雄が生まれ、神となったお話。
そして、神となったルオくんはこの世界にやって来たものの、神々の、世界のルールに則って直接的に私たちを鍛えたり、原因を取り除く事ができないという制約があったこと。
だから私たちを間接的に鍛えあげる環境を作り上げる事にして、敢えて私たちに危機感を持たせる為にルーミアさんとルオくんという力の持ち主が現れ、力を見せつけ、私たちに危機感を持たせ成長を促させる事にしたこと。
同時に、私たちの環境を整えるために軍の内部を粛清させ、ダンジョンを生み出して魔力というものを世界に循環させ、この世界の自衛能力を高める事にしたこと。
そうして準備を進めている内に、この世界がこの世界の管理者であった神によって、一度は滅ぼされ、作り変えられてしまっていたことが発覚した。
それは神々のルール、禁忌を犯すという事であるらしいのだけれど、ルオくんはむしろこの機を好機として考えたらしい。
ルオくんはもともと、邪神の力の大半が注がれた本物の魔王と共に眠り続けていた存在。
それ故に、邪神の力とも溶け合っていたみたいで、逆に邪神に干渉する事さえできるようになった事もあり、ルオくんとその上にいる神は目的を切り替えた。
元々予定していた『この世界から邪神を追い払う』という対症療法ではなく、『邪神そのものを討滅し、憂いを断つ』というものに。
しかし肝心の邪神の核とも言える存在が何処にいるのか、それを掴むのは難しかったらしい。
だから、さっき私とリリスさんが倒した存在、擬似的な魔王という邪神の力を凝縮した個体を生み出した。
私たちがそれを倒した瞬間に邪神に戻ろうとするエネルギーの、その痕跡を辿り、邪神そのものの位置を特定して邪神を殺す、その為に。
そして同時に、世界のルールという『世界の危機はその世界に生きる者が解決しなければならない』というルールをクリアさせる為の、一つのゴールとして。
「――今頃、ルオは邪神の位置を特定して戦いを開始している頃でしょうね。だから、私もあまり悠長に全てを語っている暇はないわ。すぐに私も邪神との戦いに向かうつもりよ」
「……どうして、その話をわたくし達に? 黙っていればわたくし達が知る事はありませんでしたわ」
「最初に言った通りよ。世界の為とは言え、あなた達は紛れもなく世界を救い、私たちはそんなあなた達を騙し続け、踊らせてきた。真実を知らないまま全てを終わらせるなんて、ただの喜劇にしかならないわ。私は私が築いた劇が、舞台が、その程度で終わってほしいとは思わないの。だから、私はあなた達に二つの権利を与える事にした。――あぁ、もちろんこれにはルオの上にいる神も了承してもらっている事よ。知ってしまった事が問題になる訳じゃないから安心なさい」
「……二つの権利。知る権利と、もう一つは……」
「……選択する権利、でしたわね」
オウカさんに続いてフィーリスさんが呟けば、ルーミアさんはまるで我が意を得たりと言わんばかりに微笑んだ。
「えぇ、そうよ。あなた達の力については、アレイアも個としては認めていないけれど、チームとしては認めると言った。だから、選びなさいな――」
ぐるりと私たちを見回してから、ルーミアさんは続けた。
「――ここでこの世界の物語の終わりと共に全てを胸の内に秘めて帰ることも、あなた達にはできる。けれど、ルオと私、それに私の仲間たちと共に邪神と戦い、本当の意味での終わりを選ぶこともできるわ。――さあ、選びなさい」




