#140 無自覚のルオ
前の世界でシオンやルメリアと共に戦った騎士種である邪神の眷属。
おそらくはその時と全く同種の、それこそコピーしてペーストしたように存在しているそれらに、かつては多少なりとも手を焼かされたのはしっかりと覚えている。
よくよく考えれば二千年以上も前の話ではあるけれど、僕にとってみればそんな時間が経っている実感がないのだし、なんならこの世界にやって来てもうすぐ三年で、その直前である三年前と言われる方がしっくり来るぐらい。
数だけの相手なんてどうという事もない。
かつてシオンとルメリアという二人を最前線に進ませるために、如何に彼らの力を温存させるべきかと考えると、僕という存在が道を切り開くようになるのはある意味必然の流れだった。
足止めした敵をシオンが倒してくれるのだから、最低限の足止めをしながら戦い続ける。
軍勢に対し、たった三人で立ち向かい続けるようなあの日々の中で、騎士種の実力はしっかりと把握できている。
手に持った『黄昏』に魔力を込めて、ただでさえ太刀というサイズで長い刃を更に魔力の刃で間合いを長く伸ばし、くるりと回りながら唯希を巻き込まないように振るい、前方数メートル程の空間を埋め尽くしていた軍勢を一気に殺し、僕はため息を吐いた。
それにしても――
「やれやれ、数だけは多いわね」
「えぇ、まったく。派手な一撃で無理やり抜けていく訳にもいきませんからな」
――ルーミアたちもちょうど一段落というタイミングだったらしく、僕が思うところと全く同じ事を代弁するように呟きながらこちらにやって来た。
邪神の核にバレないように進み続けるには、この大量にいる邪神の軍勢を相手取りながら移動を続けなくてはならない。
僕らにとってみればで実力的には大して手間にはならない相手と言えるのだけれど、数が多いというのはそれだけで厄介だ。
「せめてもう少しぐらい戦力がいれば、分散させて一点を突破していく事もできるのでしょうが……仕方ありませんな。まずは魔法少女が魔王を倒し、邪神の核、本体の位置を把握するまでは地道に進むとしましょう」
「手間ではありますが、ちょっと色々と試したいところでもあります。獲物がいるのは好都合とも言えます」
「ほっほっ、確かに。リュリュの言う通りですな。我が主様のあの境地に、眷属として少しでも近づかねば」
倒しても倒しても狩り尽くしきれず、淡々と気分で騎士種退治というか処理を続ける僕とは違って、どうもジルとリュリュはやる気に満ち溢れているらしく、ルーミアもそれを見て「お好きになさいな」とでも言いたげに苦笑を浮かべている。
かと思えば、ふと唯希に顔を向けた。
「唯希」
「はぁ、はぁ……。は、はい……っ」
「あまり無理はしないようになさい。別に今すぐ私たちに追いつきたいという訳じゃないんでしょう?」
「……それは、そう、ですけど……」
「なら、今はリュリュと動きなさい。ルオと動いているあなたは明らかにオーバーペースよ」
「え……?」
「ルオの戦い方に引っ張られているとでも言えば分かりやすいかしら。あなた、ルオの動きがゆっくりに見えるから感覚が麻痺しているのよ。ルオ自身の動きは確かに遅いけれど、ルオが一体を倒す時間は私達よりも早いって事に気が付いていないんじゃない?」
「……っ、気が付きませんでした……」
え、僕もそんな事に気が付いてなかったんだけど。
というか気にもしていなかった、っていうのが本音だ。
「ルオも合わせているつもりかもしれないけれど……あなた、戦い方を教えたり見本を見せたりっていうのが致命的に下手よ」
「え、致命的って言われるほど……?」
「確かにあなたのそれは技術を研鑽したもの。そして技術を活かし、思考を巡らせて全てをコントロールする戦い方。その思考能力と、常に最適解のみを組み合わせられる臨機応変な判断力と言い、戦いの運び方はハッキリ言って規格外そのものよ。ルオってば、自覚ないの?」
「……いや、うん。難しいとか、異常だとか言われた事はある、かな?」
シオンからはいつも「キミの戦い方は凄いよ」なんて、僕よりも圧倒的な力を持っている割にそんな事を言っていた。
ルメリアからも「あなたの戦い方はたまに空恐ろしくなります。明らかに異常です」なんて言われたりもした事があったけれど、僕から言わせれば二人の方が異常な力の持ち主という印象だったので聞き流していたけどね。
「そういえば……」
「どうしたの、リュリュ」
「……アレイア姉様が、以前一度我が主様にチェスで勝負を挑んだ事があったのですが、完全敗北とも言えるような結果になっていましたね……」
あぁ、魔王城ができたばかりで暇だった時に、暇潰しにチェスでもしないかと誘われた事があったね。
向こうの世界にも似たようなゲームは確かにあったし、何度か僕も師匠とやった事があったので、ルールはこちらのチェスとは少し違う、向こうの世界のものに合わせたものだけれど。
でも、それ以来一度も誘われる事がなかったものだからすっかり忘れてしまっていた。
そう言えば師匠もルールを僕がようやく把握して一戦してからは一度も勝負してくれなくなったんだっけ。
「……あのアレイアが?」
「はい。……見ていて可哀想になるぐらい、何もできずに負けて落ち込んでいました」
「……え、何?」
ジルの質問にリュリュが答えれば、ジルからは信じられないようなものを見るような目を向けられ、ルーミアからは呆れを孕んだ目をこちらに向けられた。
なんだろう、この感じ。
なんか知らないけど僕、責められてない?
「……ルオ、あなたは知らないかもしれないけれど……アレイアってチェスでは負け知らずなのよ」
「うん? あぁ、もしかして僕接待された?」
「……接待されているなって感じる程にアレイアは弱かった?」
「いや、弱かったっていう印象はなかったかな。多分、僕がやってきた相手の中では強かった方だとは思うけど。途中から崩れていったから、確かに接待されたのかも」
途中までは結構いい勝負だったと思うんだけど、意表を突いてみるとそこから崩れてしまったんだよね。僕の奇手に立て直し、カバーに注力してしまって、そこを注力してしまうと逆側を突かれるように仕向けていたのに、アレイアはそこの立て直しを優先した。
結果として、僕は逆側からも食い破るように駒を進めて、左右に分断されて真ん中が空いてしまった、という流れだったはずだ。
「……はあ。ルオ、あなた自覚がないのね、色々と。よく分かったわ。唯希、やっぱりあなたリュリュと動きなさい」
「……よく分かりませんが、なんとなくその方が良さそうな気がしてきました」
「え、なんで?」
「そうですね、その方が良いかと」
「唯希、いきましょう」
「ねぇ、ちょっと?」
「ルオは一人でいいわよね? 私も唯希のフォローをしてあげるわね」
「ありがとうございます」
「おーい」
……なんだか僕だけがその場に取り残されるという疎外感を覚えつつ、ジルとリュリュ、それに唯希が僕と離れた位置に歩いて行ってしまう姿を見送る事になった。
そんな中、ルーミアが僕に向かって声をかけてきた。
「あ、そうそう、ルオ」
「ん?」
「魔法少女たちの魔王との戦いが終わったら、一気に攻め込んでいいのよね?」
「うん、そうだね。遠慮する必要はないし、本体に一気に詰め寄るから。ただまあ、問題なのはこの騎士種の数の多さだけどね。ある程度分散させるか殲滅しないと」
大した強さではないとは言っても、あれが壁になられるだけで魔王本体に攻撃が届かなくなる可能性もあるし、できるだけ分散させておかないと逃げに徹されてしまう可能性もある。
逃げる暇もなく速攻で攻撃を仕掛けられるに越した事はない。
そう考えて答えると、ルーミアはにっこりと微笑んだ。
「それについてなら少し考えがあるから、そっちは任せてくれて構わないわよ。あなたは邪神を討つ事だけを考えて」
「……分かった。キミに任せるよ」
なんでかな。
なんだか劇を考えている時と同じような顔をしているような、そんな気がするんだけど……。




