#139 憧憬
――綺麗だ。
私――唯希――はルオ様の戦いを見て、ただただそう思う。
舞いなどのような美しい動き、華麗な戦いといったものとは違う、ただただ効率化したという計算し尽くされた戦い方は、淀みない流れを生み出してルイナーを屠っていく。
前へ、横へ、時には飛んで。
ただそれだけなのに全てが噛み合って、全てを薙ぎ払うような一撃すらなくても、ただ一発、威力を一点に集中させて、それを必殺の一撃に昇華させるルオ様の戦いは、完全にシステムに制御された動きを見ているかのような整然とした美しさのようなものがある。
――私とは全く違う。
私の場合は、無駄な労力を省いて一撃必殺の魔法を使う。
戦い方を教えてくれているリュリュさんもそのタイプで、それを突き詰めたタイプだと思うけれど、あの人は自身の才能を極端に尖らせて形成したタイプの天才型。
……自分で言うのもなんだけど、実際リュリュさんもそう言っていた。
リュリュさんや私にとっての当たり前と特化した方向性が才能に合ったもの、ただそれだけの話だけれど、それが天才と呼ばれる人間のやり方なのだ、と。
さすがに周りの人が凄まじい実力者しかいないから、自分がそこまでの天才だなんて思えないけれど。
でも、ルオ様は違う。
あれは、才能を尖らせて極端に尖らせるようなタイプとは真逆。
凡庸な才能であっても腐らず、曲がらず、ただただ愚直に戦い方の効率を求め、極めた存在の境地、いや、その先の極地というものがあるとしたら、それこそがルオ様の戦い方が至った場所。
誰もが弛まぬ努力と研鑽を続ければ辿り着けるであろう最果て。
一部に特化し尖らせた天才、或いは最初から持っていた最強の武器という尖ったものがなくても辿り着けてしまう、努力の果てにある圧倒的な技術を形にしただけのもの。
だから、魅入られる。
特別な能力すら使わなくとも、それだけの技術があれば騎士種というルイナーに対抗できてしまうという、あの姿に。
ちらりとルーミアさんや他の人たちに目を向ければ、ルーミアさんはともかく、ジルさんもリュリュさんもルオ様の戦い方を見たせいか、その再現を試行錯誤して再現しようとしている様子が見えた。
けれどあまり上手くいってないのか、どうしても必要以上の力が込められてしまっているようで、なんとなく悔しそうだ。
そんな姿をあの戦いの最中であっても確認できているのか、ルオ様がくるりと回ってこちらに顔を向けた際に苦笑しているのが見えた。
それだけの戦い方を実践していて、それでも周りを見て余裕を持っていられるという事実にまた、私は驚かされるばかりだった。
――私も、あんな風に戦えるようになりたい。
そんな風に、生まれて初めて思った。
私がルオ様に拾われたのは、ただの偶然だとルオ様は言っていた。
実際その通りだったのだろうとは思うけれど、私はあの時の力と、その後にも見せられた圧倒的な力の数々に心酔したのだと思う。
自分ではあまり考えた事もなかったけれど、あの時の私はぼろぼろだった。
身体が、というのも確かにあったけれど、何よりも心がぼろぼろだったんだと思う。
だから、ルオ様の圧倒的な力と常に持っている余裕というか、ゆとりのようなものを持つ強者の気配というものに心酔していたのだ。
でも、きっとそれは私の心が折れかけてしまっていて、ただただ圧倒的な力を持ったルオ様という存在に縋っていただけなのだと、今なら分かる。
序列第二位、『絶対』やら『最強』やらと呼ばれ、持て囃され、私はきっとどこかで天狗になっていたのだと思う。
私の固有魔法は凄まじい力を持っていて、どんなルイナーであっても一瞬で倒す事ができて、怖いものなんてなかった。
けれど、そんな力が通用しない状況が生まれてしまった。
私はあっさりと負けてしまって、初めて心が折れるような状況に陥ってしまって、あの時の私にはもう、何をどうすれば良いのかも分からなかったから。
だから、力が欲しいかと問われて私はそれに縋った。
ルオ様という絶対的な強さと余裕を持った方がいるのなら、安心できるから。
でも、それだけじゃダメなんだと、私も変わらなくちゃいけないんだと気が付いた。
私がルオ様に連れられて『みゅーずとおにぃ』という二人の配信者、その兄である鏡平さんに稽古をつけ始めてから。
鏡平さんはハッキリ言って強くはなかった。
そもそも魔力に目覚めたばかりでまだまだ弱く、魔道具がなければ戦えもしない、私にとってみれば弱者と言える存在。
その妹である美結さんも、魔法少女には届かない程度の力しかない、ただの弱者。
それが、私にとってのあの二人に対する最初の印象だった。
でも、あの二人は強かった。
実力が、じゃなくて、何よりも心の在り方と強さを求める芯の通った強さというものを明確に持っていた。
鏡平さんは、妹である美結さんを守ると決めて力を求めた。
私に対して届かせられるように、妹さんを守るだけの力を得るために弛まぬ努力を続け、様々な工夫を生み出して、強さを求めて決して折れずに何度でも立ち上がり続ける芯の強さというものを感じさせた。
美結さんは、兄である鏡平さんがこれ以上無理をして傷つかないようにと力を求めた。
自分だけが守られ続けるというのがどうしても許せなくて、「自分だっておにぃを守るんだい」と笑ってみせたりしながらも、必死になって力を求め続けていた。
そういう姿をずっと傍で見ていたからこそ、自分がただただルオ様に追従して、絶対的な強者の庇護下に居続けるというだけでは物足りないと、そう感じるようになったのだ。
鏡平さんが美結さんを守りたいと思うように、そして美結さんが鏡平さんを守るんだと決意したように、私だってルオ様を守りたいと思った。
ただただルオ様に縋り、力を与えてもらうばかりではない。
ルオ様の後ろで守られ、雛鳥が親鳥について回って歩いているかのように全てを教わり、ただただあの方の後ろに居続けるのではなく、私はルオ様の隣に立ちたいとそう思うようになった。
初めて会った頃とは違う。
ただただ強さに惹かれ、自分の安心の為に依存しようとしていた頃とは違う、パートナーになりたいのだと、強く願うようになった。
だから、眷属化の話を聞いて私は迷わなかった。
絶対にルオ様の眷属となって、いつしかただ守られる庇護下にある存在ではなく、隣に立つ存在になりたいと、そう思うようになった。
そんな私だからこそ、ルーミアさんがひどく羨ましかった。
あの人はルオ様のパートナーとしてルオ様にも認められていて、自由に動く事を当たり前のように認められていて、お互いの事をしっかりと信頼しているとよく理解できた。
それは正に私が目指している場所であって、私が目標とする姿であったのだから。
だから私はルーミアさんに挑んだ。
どれ程の力があればルーミアさんのようにルオ様に尊敬されるようになれるのかと知りたくて、自分だって届くのではないかと、そう思いたくて。
でも、結果は惨敗だった。
惜しいとも言えない、ただただあしらわれるようなレベルでしかないのだと思い知った。
――あのレベルに、追いつきたい。
そうすればきっと、私は胸を張ってあの人の傍にいられると言える。
肩を並べているのだと言えるようになるだろうから。
不思議と身体の疲労感はすっかり消えていた。
なんだか今は、ルオ様の戦いという最高のお手本を前に、少しでもその力を吸収したいという気持ちばかりが前に出てきて、気がつけば私の足は前に出ていた。
「――やれるのかい?」
「少しでも、あなたに追いつきたいですから」
ただただ素直に微笑んでそう告げれば、ルオ様は一瞬ぽかんとした表情で固まってから、苦笑ではなく嬉しそうに微笑んだ。
「期待してるよ、唯希」
「――ッ、はいっ!」
「あ、でも無理はしないようにね。キミ、自分の限界ってものを無視しがちだから」
「……はい」
……高揚感のままに高ぶっていた感情に、唐突に冷水を浴びせられた気分だった。
ハイ、気をつけます。




