#013 『暁星』始動 Ⅰ
僕がルーミアと共に魔法少女たちの前に姿を現し、戦ってみせたあの日。
要するに僕が何かを裏切って、誰かの弟になったらしい設定盛り過ぎ問題のあの日から、四ヶ月程の月日が流れた。
その間に僕がしていた事は、一言で言えば、『この世界の裏側を調査する下地作り』といったところだろうか。
邪神の軍勢――ルイナーに対抗できる存在が、魔法少女しかいないというこの世界は、かつて僕が生きていた日本のそれと同程度の科学技術を有している。
けれど、称賛すべき科学の発展には残念なお知らせとなるけれど、魔法障壁が当たり前となる戦いになるルイナーに対し、あまりにも力が足りていない。
そんな状況であるにも関わらず、利権や金稼ぎに腐心して魔法少女にまで手を出そうとしているというのだから、放っておく訳にもいかない。
そういう訳で、社会の裏側についてもある程度は動きを知っておきたい。
それが組織作りの表向きの理由だ。
裏は……まぁ、イシュトアの依頼でアンチヒーローをしている以上、裏の組織みたいなものがあってもいいかもしれない、という考えだけどね。
ただ、ルーミアが悪ノリして思ったよりも大掛かりなアジトが廃ビルの地下にできてしまったけれど……。
「それにしても、まともな拠点が手に入って本当に助かったわ。この国の夏はジメジメしていて嫌いだわ。クーラーがないと肌がベタベタして不快だもの。向こうの世界でもこういう気候の島国に行った事はあったけど、夏だけは二度と行かないと誓ったわ」
「気持ちは分かるけどね。向こうの世界じゃクーラーの代わりに、せいぜい冷たい風が出る魔道具があったぐらいだったものだし」
「L」字型のソファーにお互い腰掛けたままそんな夏の定番話をしていたのは、僕とルーミアだ。
僕らののんべんだらりとした、およそ日常と呼べる現代のマンションの一室。
そんな、ありふれた光景には似つかわしくない、きっちりとしたビクトリアンメイドを思わせるようなメイド服に身を包んだ、白色に近い青髪の女性がこちらへとやって来て、僕とルーミアの前にコーヒーを置いた。
「ありがとう、リュリュ。ほら、あなたも座りなさいな」
「はへっ!? い、いいい、いえいえいえっ! わ、私はメイドですので! す、座りませんので!」
ブンブンブンと首を振ってトレイを抱き締めながら、リュリュが慌てて拒否を示した。
メイドとしての仕事をしている時はしっかりしているのに、こうしてメイドの仕事とは関係のない話題になった途端に素が出てしまうのがリュリュの特徴だ。
そういう姿を見たくてわざと話を振ったのだろうけれど、本人はそれに気が付いていないのだろうか。
「それにしても、なんだかまだ信じられません……。まさかお父様とお姉様、それに私が、異なる世界に召喚されるなんて……」
「あら、まだ信じていないの?」
「い、いえいえ、信じていないという訳ではないんです。魔素も極端に薄いですし、街の様子も含めて何もかもが違っていますので……私の知っていた世界とは、何もかもが違うんだなって……」
窓の外に広がる、高層ビルや建物の数々。
それらを見つめながら、遠い目をしてそんな事を口にしていたリュリュは、はっと我に返ったように慌ててこちらへと振り返った。
「あ、えっと、でもこうして再びルーミア様にお仕えできる事は、その、嬉しく思っていますので!」
「ふふふ、私もあなた達とまた一緒にいれて良かったと思っているわ」
「る、ルーミア様……ッ!」
「こうしてからかうの楽しいもの」
「ルーミア様ぁっ!?」
ルーミアなりの照れ隠しなんだろうけれど、触れないであげよう。
ルーミアがかつて生きていた、大国ローンベルク。
彼女の生きていた時代に彼女を支えていたという優秀な右腕であり、身の回りの世話をしていたという、オルベール家。
その次女が、仕事以外ではポンコツ気味な印象を受ける彼女、リュリュだ。
ルーミアの発案で僕らが拠点にしていた廃ビルの地下にバーを作るという、普通に考えれば採算の合わない計画。
そもそも中央都市と呼ばれる凛央に程近いとは言え、ルイナーの襲撃によってビルが倒壊していたりと、棄民街のような様相を呈している場所なのだから、客らしい客なんて来るとは思えないしね。
そんな地下のバー兼、僕が作る組織のアジトの入り口に門番兼バーテンダーを置く為に、ルーミアは自らの右腕であり、ルーミアと共に自らもまた再びルーミアが目覚める日まで眠ると誓った忠臣を召喚する事になり、それがオルベール家の一家三人である。
オルベール家の当主であったジル・オルベールと、その二人の娘で、ジルの奥さんは早くに亡くなってしまっているらしい。
ちなみに僕の専属という形で、ジルのもう一人の娘であるアレイアがつく事になっているのだけれど、今はアレイアに仕事を頼んでいるのでここの拠点にはいない。
「ふふ、ねぇ、ルオ。これ見てちょうだい」
「うん?」
タブレット端末を操作していたルーミアが見せてきたのは、一件のネットニュースだった。
この世界の文字を少しずつ憶えているとは聞いていたけれど、もうニュースを読める程度まで文字を憶えたらしい。
「……僕らのせいで無駄足を踏ませてしまったみたいだね」
ルーミアが見せてくれた記事の内容は、横領罪で捕まった魔法庁の幹部に関する続報だった。
横領したお金を隠していた場所を調査したものの、特に何も見つからず、虚偽報告の可能性があると書かれている。
いやぁ、その証言は本当は正しかったんだけどね。
ただ単純に、ルーミアがそこに隠していた現金を全て回収したからタブレットを購入したりもできている、という訳だ。
僕らの拠点であるこのマンションについては、彼らが架空の名義を利用して購入した一室のようで、ルーミアも軍部の調査対象になっていない事を確認した上で僕らが使わせてもらっている。
まぁ、いずれは捜査も入るだろうし、仮拠点としてしか使っていないけどね。
廃ビル下のアジトにも隠し部屋を作っている最中だし、ライフラインに魔法を刻印した魔道具でどうにかできないか試しているところだ。
シャワーとか空調とか、魔力でどうにかできるなら電力や水道っていう諸々の制約を受けずに生活できるしね。
それが完成するまでの間に合わせ物件こそが今の拠点という訳だ。
「さて、僕はちょっと向こうの拠点に行くよ」
「あら、何か用事?」
「うん、今日は向こうで色々やる予定があるんだ。あまりジルやアレイアばかりに任せているのも悪いからね。特にあの子はね……」
「あぁ、あの魔法少女の子?」
「うん、あの子の状態もようやく安定してきたからね。そろそろ魔法の構築を教えていかなきゃいけないし、魔力の扱い方も教え込まないといけないから」
僕が助けた魔法少女――三廻部 唯希。
彼女は両親に裏切られて海外の組織の息がかかった者達に捕まり、その際に彼女の契約していた精霊と同化した。
しかしこの世界の人間は魔力が少なすぎるせいか、精霊との同化によって急激に魔力が増えてしまう状態になかなか身体が慣れず、この四ヶ月近くはリハビリがてらに魔力の扱いを安定させる事に注力してきた訳だ。
「ルーミアは今日はどうするんだい?」
「ちょっと面白い事が起こりそうだから、少し出かけるつもりよ」
「面白い事、ね。好きにしてくれていいけども、お願いだから設定盛り過ぎないようにね」
「ふふふ、はぁーい」
まったくもって信用できそうにない返事を受けつつ、拠点魔法へと向かうべく転移魔法を発動した。
◆
「これはこれは、我が主様」
僕とルーミアが拠点としていた廃ビルの地下。
元々は地下駐車場だったそこを起点に、周辺のビルの地下駐車場も巻き込みつつ、使われなくなった水道管やら何やらも全てをひっくるめて強引に魔法建築を実行した結果出来た、地下のバー。
木製の扉を開けると、カウンターの向こう側で棚に酒瓶を置いている最中だったらしく、こちらへと振り返る一人の男性。
召喚当時から着ているような燕尾服ではなく、ベストを羽織った現代的なスーツをピッシリと着こなした、ロマンスグレーの髪をオールバックにまとめた細身の男性――ジル・オルベールが胸元に手を当てて頭を下げた。
「やあ。作業中?」
「左様でございます。バーという体裁を整える意味も含めて、多種多様な酒類を購入してまいりましたので」
「うん、確かにバーっぽくなってきたね」
内装は十名程が座れる長いカウンターの向こう側、間接照明でぼんやりと光る棚。
ジルが購入してきた多種多様なお酒がきっちりと等間隔に並べられている。
カウンター席の他に丸机を囲むような椅子が置かれた二名掛けのテーブルと椅子が五席に、四名掛けのソファー席が三つと、決して大きすぎない店舗だけれど、確かにバーのイメージ通りではある。
「……そういえば、本当にここ、営業するつもりなのかい? この場所じゃお金になんてならないと思うけど」
ここは凛央から程近いものの、ルイナーの襲撃を受けた地域であるため、治安も悪く店らしい店もない、謂わば棄民街予備軍、とでもいうような場所だ。
治安の悪さは夜魔の民であるジルなら心配するだけ無駄でしかないからいいけれど、それ以上に何よりも、そもそも利益が出ない。
まぁ店舗を運営する上でのランニングコストとして一般的な水道や光熱費なんかは魔力で補えるだけの環境は整っているし、土地代なんかがかからない分、かなり安く済むのは間違いないけれど。
「金銭はあまり期待できないので、情報や物品での取引という形も対応しようかと考えております。そして同時に、我々の後ろの存在をアピールする。そういう意味では、ここで店を構える理由としては充分かと」
「後ろって、リグとか組織の事かい?」
僕が尋ねると、ジルは頷いてみせた。
「このような辺鄙な場所で、棄民街ではなかなか手に入らない酒を提供する。利益にならない事など重々承知していながら、そんな酔狂な真似をする者は個人では存在し得ません。であれば、酒を手に入れられる財力と、街へのパイプを持つ何者かが裏にいると考えるのは自然なことでございます」
「んー。つまり、裏にいる何者かはかなり大きな力を持っている事は明白。そんな存在にうまく取り入ろうと考える者や、単純に酒飲みたさに情報を積極的に持ち込むような連中が出てくるという事かな?」
「左様でございます。世界は違えど、こういう場はそういった者達を集めやすくなります。そして同時に、様々な者から多様な情報が集まり、お互いに酒を片手に交流する事にもなりましょう」
「……なるほど。キミは有象無象の個でしかない連中を、この店を基点に個ではない一つの大きな括りに纏めていこうとしているんだね」
結局のところ、棄民街というのは無法地帯だ。
力のある者達が固まって徒党を組んではいるものの、それぞれにテリトリーが分散し過ぎていて、緩衝地帯という名の浮いた場所が多かったりもする。
かと言って、自然が広がっているのであれば開拓したりもできるかもしれないけれど、ここは元々現代日本に近い国だ。領土のように専有するメリットもない。
こうした背景もあってか、個々に力を持った小規模な集団が好き勝手に根城を作り、分散しすぎているのだ。
しかし、そういう連中同士が、この店の中では同列に客となる。
「絶対遵守のルールとして、この店で暴れる者には容赦せず、ルールさえ守れば良質な酒を飲めると。客層を考えれば荒くれ者ばかりが集まる事は想定済みで、敢えてそういう連中を見せしめにして、ルールを知らしめるつもりだね?」
こんな場所で酒を出していれば、我が物顔でやってくる荒くれ者は必ず出るだろう。
けれど、この店は基本的にジルとアレイアが面倒を見る事になるし、そういう意味では荒くれ者なんて相手にならない。
徹底的に痛めつけて、「この店の絶対遵守のルール」を示す事で、この店のルールを叩き込む事さえ視野に入れているのだろう。
そこまで推測して告げた言葉は、はたして正解だったらしい。
ジルは「ご慧眼、恐れ入ります」と仰々しく頭を下げてみせた。
「ルールさえ守れば良質な酒を飲めるっていう情報が口コミで広がれば、良いものを手に入れられるこの場所を守ろうとする流れが生まれる。そうして、人が集い、守られ、愛される場所にする、という訳だ。キミ、ここを一種の社交場にするつもりだね? 社交場としつつ、組織に入れるに足る人物、外で動かしておく者達、取るに足らない者達を選別していくための場としての効果も狙っている、ってところかな」
「そこまで見抜かれるとは、流石でございます」
「いや、むしろその言葉は僕がキミに贈るべき称賛だよ。さすがはルーミアが右腕だと断言しただけの事はあるね。そういう事なら、存分にやっていってくれると助かる。頼りにしてるよ」
僕はここで店を実際に営業したって利益なんて出ない、としか考えなかった。
営業する事によって訪れるであろう可能性と、その先にある狙いなんかを頭から省いていたから、意味はないと思って思考停止してしまっていたのだ。
そもそも最初からこういった流れを思いつかず、準備されてから初めて具体的な効果に思い至った僕と、箱があるからというだけで策を練ってみせたジルとでは、どう考えてもジルの方が凄い。
そんな風に思って返すと、ジルは少しの間きょとんとしてから、ふっと小さく笑った。
「……我が主様は、人誑しでございますなぁ」
「えっ、なんか人聞き悪くない?」
「いえ、賛辞でございます」
好々爺然とした柔らかな笑みを浮かべながら告げるジルに、なんとなく小首を傾げつつ、僕は裏口にあたるアジトに続く道を進む事にした。




