#136 邪神の作った疑似世界 Ⅰ
日本刀と同じ形状、同じ造りをしている大和刀は扱いが非常に難しい。
この二年間で何度も葛之葉のところに通って扱いを教えてもらったりもしたものだけれど、向こうの世界で使っていた長剣とは根本的に扱い方が違う。
長剣はあくまでも押し切るもの。
翻って、大和刀は滑らせ刃を立て走らせて斬る、そんな違いとでも言うべきだろうか。
あとは刃を当てる瞬間もデリケートというか、繊細というか。上手く使わなければ斬れないため、身体に染み込ませないと咄嗟の時に反射的に雑に振るってしまいそうになる。
正直、現人神という存在になる前だったら、こんな技術を身体に染み込ませるのにたかが二年程度では全然足りなかったのではないかと思う。
けれど、僕の本来の戦い方とは非常に相性が良かった。
もともと僕は背があんまり高くなかった――異世界だとよく子供に間違われた。キレそう――し、筋力があまりつかないタイプだったから、魔力を用いた身体能力強化を行ったとしても、あまり強い力は発揮できなかった。
その点、力よりも動きに重きを置いて斬る事に特化している大和刀は力をあまり入れなくてもルイナーの身体をさくさくと斬ってくれる。
妖刀とでも呼ぶような代物であるおかげか、やたらと斬れ味がいいし。
その分、身体ごと回転させたりジャンプしたり、身体に巻き込むような動きで刃を走らせたりと、なかなかの運動量が必要になるし、現人神になる前の僕だったら目が回りそうだけど。神バンザイ。
「お疲れさま、ルオ」
「うん、ルーミアこそ」
お互いに一頻り狩り終えたところで一息つく。
それにしても、やはり邪神は僕らを異物として察知したのだろう。
転移を阻害されて世界と世界の境界上のどこかに放り出される形となってしまい、それでも今は邪神の力の僅かな痕跡を辿って奥へ奥へと進んでいる状況だ。
邪神の核に向かって進むにあたり、先程から凄まじい勢いでルイナーが生み出されては、僕とルーミアに襲いかかってきている。
「それにしても……酷く寂しい世界ね」
「……まあ、そうだね」
僕らが邪神の居場所に気が付き転移してきたのは荒廃した世界とでも言うような場所だった。
赤黒い空に霧状の闇が漂っていて、見渡す限り緑は皆無。
まるで広大な草原をそのまま枯らし、乾かしたかのような大地と空の薄気味悪さは、さながら魔界や冥府かといった様相を呈している、そんな場所。
世界と世界の境界上に生み出された、邪神が作ったと思われる疑似世界。
今までに邪神が呑み込んだ世界だったりするのだろうか。
物悲しく、薄暗く、それでいて妙な静けさに包まれた世界だ。
「邪神の居場所は掴めそう?」
「なんとなくは、というところかな。魔法少女たちが魔王を倒してくれれば、確実にその力の流入で痕跡を追えるとは思うけどね。幸い、邪神はここから即座に逃げられる訳じゃないみたいだし、少し探索しながら探ってみるつもりだよ」
「分かったわ。というか、いっそあなたの力で思いっきり吹っ飛ばして様子見したらどう?」
「……ルーミア、『劇』の他の事になると途端に大雑把になるね」
「っ!? そ、そそんなことないわよ? 冗談よ、冗談」
……そんな事しかないと思うけどね。
興味があるかないかでどれだけ変わるのか、酷く分かりやすいよね。
「さすがにそれをやって逃げられても困るしね。どういう理由でここに留まっているのかも分からない以上、あまり派手に動くのは避けておきたいんだ」
「そ、そうよねっ!? もちろん知ってたわ!」
「うん、僕もそういう考えがキミになかった事はついさっきから知ってたよ」
「うぐ……」
たまに出るよね、ルーミアのポンコツ感。
まあシリアス過ぎるような状況は僕もあまり好ましくないし、そういう状況が延々と続くっていうのも精神的な負担が大きくなってしまうから、多少は気を抜けるぐらいの余裕がある方がいいけども。
「とりあえず、邪神の核がありそうな場所は方角で分かるから、とりあえずあそこの山の上まで飛ぼうか」
「はぁーい」
からかわれたのだと分かったルーミアが頬を膨らませながら返事する姿に苦笑しつつルーミアの手を取り、短距離転移を実行する。
禿山と化している山の頂上に飛ぶと、枯れた大地である事が功を奏する形となって周辺の地理を見渡せるだろうと、そう思って飛んだのだけれど……。
「うわぁ……」
「……何よ、あの数」
「騎士種の軍隊、といいたいところだけれど、あの見た目だと虫系の魔物暴走を思い出すよ」
僕らが見たものは、正確には前者だ。
まるで戦争に向かう軍隊のように大量に現れた騎士種の群れ。
それらが砂塵を巻き上げながらこちらの方角に向かって平地を進んでいる姿がよく見えた。
「……ねぇ、ルオ」
「うん。魔法で一掃した方がいいかもしれないね、あれは」
「ううん、そうじゃないわ」
「うん?」
「あまり力を出しすぎても良くないんでしょう? だったら、そろそろジル達を喚んであげて。あの子たちもずいぶんと退屈しているでしょうし、たまには暴れたいでしょうから」
「あぁ、なるほど。そうしようか」
ジル達には魔王の力を削ぐように依頼して、そのままだったしね。
せっかく本物の騎士種と戦える機会なんだし、唯希にとってもいい経験になるかもしれない。
《――ジル、聞こえる?》
《聞こえております》
《ジルとアレイア、それにリュリュと唯希をこっちに召喚したいんだけど、手空いてる? こっち、本物の騎士種って言えるような存在が大量にいるからたまには暴れたらどうかって、ルーミアから提案されて》
《ほう、それはそれは。お気遣い感謝いたします。しかしアレイアは今、魔法少女を足止めしておりまして。他の者であれば、すぐにでも》
《そっか。じゃあアレイアには伝言残して、先に他のみんなは召喚するよ。召喚陣が出ちゃうから、用意ができたら声かけて》
《かしこまりました。少々お待ちくださいませ》
一度念話を切りつつ、ついつい首を傾げる。
いや、アレイアが魔法少女を足止めって、どう考えても役不足なのでは……?
魔王より魔王っぽい強さを持ってる存在だと思われちゃうよ?
「どうしたの?」
「あぁ、うん。ジルとリュリュ、唯希はこっちに来れそうなんだけど、アレイアが魔法少女を足止めしてるらしくて」
「あぁ、なるほどね。ならアレイアは後回しでいいと思うわ」
「そう? ――あ、ジルから念話だ。喚ぶよ」
ルーミアが納得しているらしいので、とりあえずは僕も納得しておく。
アレイアとルーミアは魔法少女の対策で色々やってるみたいだし。
ともあれ、ジル達を召喚するために魔法を発動させる。
地面に大きめの白い光を放った魔法陣が浮かび上がり、一際強い光を放ったかと思えばジル達が魔法陣の上に姿を現した。
「……なんで全員跪いてるの?」
「感謝と忠誠を示すのであれば、この形の方が良いかと」
「……そう。うん、別にそういうのしなくていいよ?」
「……畏まりました」
今まで僕がこういう形で召喚する事ってなかったから、まさかそんな事するとは思ってなかったよね。
……なんでちょっと残念そうなのさ、ジル。
唯希がそういう反応するのはなんとなく、そう、嫌でも理解できちゃうけども。




