#133 残った者の戦い Ⅱ
「――っしああぁぁぁッ!」
裂帛の気合と共に振り下ろされた双剣の剣閃に、黄色みがかった雷光が尾を引くように乗せられて、直後に荒ぶり爆ぜる。
その時には双剣の持ち主であるエレインはすでに駆け出しており、眩い光がようやく消えると、風化するように消えていく騎士種のルイナーの姿だけがその場に取り残されていた。
次、斬る、次。
そんな行動を凄まじい速度で繰り返しながら、フルスロットルでひたすらに駆け回る相棒の姿を半ば呆れた様子で視界の隅に入れていたエルフィンは呆れたように苦笑を浮かべた。
魔法少女ロージアとリリス。
二人の魔法少女の影に隠れるような形になってしまっているものの、エレインもまた紛れもなく天才と呼ばれる部類に入る事をエルフィンは知っている。
彼女の恐ろしいところは、戦闘時に発揮される天性の戦闘センスにある。
空手道場を営んでいたお家柄、幼い頃からそういったものを持つ者と持たざる者を見てきたエルフィンだからこそ、エレインが持つその特性を誰よりも理解できた。
一時はそれが羨ましいと思ったものだ。
何せ自分は直接的な戦闘には向かない魔法少女であり、魔法少女になったというのに兄や父のようにはなれないと知ってしまったのだから。
そんなエレインには関係のないところに起因した妬みから、エレインを相手に絡むような物言いをしてきたが、当のエレインはそんなもの一切気にせず笑っていて。
その度に、自分が惨めだと思い知らされた。
何をしているんだ、何がしたいんだと、冷静な自分が自分に向かって問いかける。
それでも、そうでもしなければ立っていられなかったから。
そんな中、リリスが現れた。
序列第一位と言われ、その多種多様な魔法を学ばせてもらい、戦う術を手に入れた。
それでも。
ロージアやエレイン、フィーリスには届かなかった。
――悔しくないと言えば嘘になる。
かと言って立ち止まってしまえば、自分に才能がないのだと認めてしまう気がして。
他に何をどうすればいいのかも分からなくて、ただただエルフィンは貪欲に強さを求めた。
その度に、お前では届かないのだと自分の中で自分が囁くような気がした。
表向きは気にしていないかのように振る舞って、それでも心の中でずっと燻り続けているような気がして、時折無性に叫びだしたくもなった。消えてしまいたいと泣く夜もあった。
周りに見せている自分のあっけらかんとした態度と、本当の自分とが上手く使い分けられる度に、心がどんどんと引き裂かれているようだった。
自分の才能の限界、力の限界を認めたら、きっと自分は折れてしまうのだろう。
だから、今日も笑う。今日も軽口を叩く。今日も泣く。
そんな綱渡りのような日々が続いていた。
――――そして、二週間程前。
エルフィンは初めて自分の特性を受け入れ、自分の特性がそれで良かったと心から思った。
華仙での戦いで、あの騎士種のルイナーが現れ、迫る時、自分の目だけがその動きを捉えていて、自分だけが、仲間を救う事ができたから。
決して戦いには向いていないかもしれない。
でも、大切な仲間を助けるために、しっかりと自分の目は相手を捉えてくれたのだから。
惜しむらくは無傷で救えなかった事だけれど、治ったのなら無傷と一緒だ、とエルフィンは自分に言い聞かせた。
それからこの二週間で、エルフィンは徹底して『目』を鍛える事にした。
教わった【精霊同化】は知覚範囲を広げるために使うのではなく、自分の領域を広げる事にした。
そうして見た場所に魔法を放って妨害し、誘導し、戦いをコントロールすること。それがエルフィンが求め、目指す強さの形となった。
――まだ、少し強張っている。
腕を斬り飛ばされるなどという経験をしたせいか、騎士種のルイナーが目の前にいると身体が強張ってしまって仕方がない。
ならば、自分は離れた位置から戦えばいい。
自分が先に全てを把握し、戦いを掌握して、近寄らせなければいい。
面白いぐらい、未来が拓けたような気がした。
がむしゃらに、漠然と強さを求めて魔法の練習をしていた頃とは全く違う。
己の強みを最大限に磨き上げるやり方は、エルフィンの能力をたった二週間で爆発的に引き上げた。
これまでの戦いと経験の中で培ってきた経験が、正しい場所へと流れ込んでいったようなものなのだと、エルフィンは自覚した。
「――っと、そっちは通行止めだ」
エレインがあちこちに駆け出す動きとその未来を、俯瞰した視点から見つめて予測する。
その先にいるルイナーの足止めに弱い魔法を放ち、牽制すれば、まるで最初からそこにいたかのようにルイナーに当たり、動きを止められる。
多少なりとも知恵を持った騎士種のルイナーだからこそ、見事に引っかかる。
「はい、残念。そっちはエレインの通過点だぞ、っと」
ぽつりとエルフィンが呟けば、そんな言葉を投げかけられる形となったルイナーがまた一体、斬り裂かれた。
もはやこの乱戦は全て掌握していた。
エルフィンにとってみれば、未だに数多くいるルイナーとて、今やその動きは全て制御下にある盤上の駒。
全てを見通して、エルフィンはその万能感に酔い痴れる事もなく、淡々と盤面を操る。
「――エルフィン!」
「心配すんな。仕掛けてある」
エルフィンの背後を狙うように突進するルイナーに気が付いたエレインが慌てて声をあげるが、エルフィンが何の気負いもなくすっと膝を追ってしゃがみ込む。
刹那、エルフィンの頭上を横から通過していった魔法が突進していたルイナーに直撃し、僅かに仰け反って足を伸ばした先で床が隆起し、完全に体勢が崩れた。
ちょうどそのタイミングで、エレインが到着し、隙だらけのルイナーの首を刈り取った。
「はははっ、エルフィン、すっげー!」
「はいはい。ほら、エレイン、次はあっちな」
「おう!」
――あぁ、まったく、ニヤけちまうからやめてくれよ。
エルフィンはエレインから顔を背けて素っ気なく答えつつ、心の中でそんな感想を抱いていた。
自分はオウカのように、仲間を支えられているとは思えなかった。
あくまでも偵察や状況把握が少しできるだけで、それ以上の事を周りのみんながやってくれる。
自分の力はドローンやカメラでも代用できてしまうものであるとも言えたし、その力が特別だとはどうしても思えなかった。
――さすが、魔法少女ってすげーな。
そんな感想は自分だけが周りの魔法少女に向けるものだと思っていた。
自分だけは同じ魔法少女なのに、魔法少女に憧れる側にいるんだ、と心の中でずっとそんな感情は残り続けていた。
だから、斜に構えた。
素直に頑張っていると言ってしまうと、自分の限界がそこなんだって気付かれてしまうような気がして、それがどうしても怖かった。
だから、素直になれなかった。
お調子者っぽく、ひねくれ者っぽく振る舞えば、自分の本当の惨めさを隠してくれるんじゃないかって、そう思っていたから。
――――でも、そんなものは間違いだったのだ。
もっとがむしゃらに、泥だらけになってでも自分の中にある何か一つを磨いていれば、それだけで、自分が称賛を向けていた相手とも肩を並べる事ができるのだとエルフィンはようやく気がついた。
この二週間必死に、今まで自分から逃げてしまっていた仲間たちに今度こそしっかり顔向けしたいと本気で願い、今の戦いの形を作り上げたのだ。
それを今、認めてもらった。
自分がずっと凄いなと見上げていた、眩しくて真っ直ぐ見つめる事すらできなかった相手に、称賛された。
そんな気がして、つい、頬が緩む。
心が弾む。
叫びたくなる。
「……ふう……。落ち着けっての、まったく」
自分で自分に言い聞かせて、気持ちを切り替え周囲を掌握する。
今ならば、戦いの状況とその先の全てが見通せるような気がした。
――オウカなら、この状況でどういう作戦を立てた?
――エレインなら、この状況でどう戦いたい?
今まで憧れ、眺め、届かなかった仲間たちを誰よりも近くで、そして誰よりも羨望の眼差しを向けていたエルフィンだからこそ、それらの答えを導き出せた。
「エレイン、飛べ!」
「おう!」
――あぁ、まったく。ずっと斜に構えて、ろくでもない態度でいたはずの自分の意見すら素直に聞いてくれるんだから、頭が上がらない。
そんな事を思いながら、エルフィンはまた一人、憧れた魔法少女の魔法を真似て、騎士種のルイナーを上空に打ち上げるような衝撃を再現する。
「ナイス、フィーレス! あれ? 間違った! エルフィンだ!」
「ははっ、バカエレイン。いいからさっさと倒せよな」
「ごめーん! 任せろー!」
エレインが間違える程度には、完璧にフィーレスとの戦い方を再現できたらしい。
その事に満足しながら、エルフィンはまた一つ盤上に並ぶ駒を動かすかのように戦いをコントロールしていった。




