#132 残った者の戦い Ⅰ
一瞬で張られた結界に囲まれて、アレイアはオウカの判断力に感心しつつも「この結界では足止めにはなりませんね」と内心では辛辣な評価を下した。
邪神の干渉によって、ルオが作った魔王が力を増したのは計算外ではあったが、自分と同様にジルとリュリュがルオの――神の眷属になって力を増した以上、心配をする程のものではない。せいぜい、「倒してしまわぬよう加減するのが大変そうだ」という感想の方が強い。
ルオが抱いている『邪神の力によって強化された魔王』という存在に対する印象は、前世の戦いで凄まじい被害を出し、苦戦し、女神であるイシュトアの力を借りてようやく届くような、そんな存在に対するイメージが強い。
だがそれは、イシュトアでさえ「規格外の化け物を送り込んできやがった」と舌打ちしたくなるような存在であり、単純な戦闘力だけでも中級神に迫るものであった事を、ルオはいまいち理解していない。
前世でルオが対峙した魔王という存在は、それ程までに邪神の力が集中した存在であったのだ。
だからこそ、封印と浄化という方法で邪神の力を大きく削ぐ事に繋がったのである。
故にルオは邪神の干渉が始まった瞬間、ジルとリュリュを派遣し、唯希にも向かわせた。
しかし実際には『かつての封印と浄化によって力の大半を失った邪神が干渉した魔王』でしかないため、今やルオの眷属と化したジルやリュリュが動いた時点で余裕をもって対処できる存在でしかなかった。
しかし、アレイアにとってみればその程度と言えてしまう魔王であっても、魔法少女にとっては違う。
厳しい戦いになるだろうと考え、アレイアは少しばかり仕掛けを変える事にした。
本来ならばルイナーを大量に残した状態で城内を移動させ、途中途中で群れを調整しながら『俺に任せて先に行け!』作戦を実施させ、主役級の実力者であるロージアとリリスのみを魔王と戦わせるという筋書きを描いていた。
しかし邪神が干渉してきた時点で完全なるコントロールを維持できる状況ではないと考え、ルイナーを大幅に間引いてこの場にやって来たのだ。
せっかく『強敵相手に頑張ってどうにか届くギリギリのライン』を見極めて演出しているというのに、邪神がルイナーに干渉して強化されてしまっては、そのバランスが崩れ、魔法少女が死んでしまう可能性を否めないからだ。
ルーミアとしてもアレイアとしても、それは面白くない。
何せ邪神を討滅してしまおうと準備をしていたのに、この世界の人間側で最強と言える存在たちがあっさり負けてしまっては、『この世界の解決』が遅れてしまい、邪神の討滅までまた時間をかけなくてはならないからだ。
この世界での魔王の討伐と邪神の討滅は、同時でなければ意味がない。
ルオがそのポイントに拘っている事にしっかりとした理由がある事を、ルーミア達を含めてアレイアも聞かされていた。
元々は『世界の危機はその世界に生きるものによって解決させなくてはならない』というルールがあった。
そのため、ルオはあくまでも表舞台には出ない形で第三勢力として動く事によって世界の流れを誘導しつつ、ダンジョンを生み出して世界を強化するという選択を取っていたのだ。
しかし、管理者であった下級神が邪神を自らの手で引きずり込むという愚考を犯し、世界を作り変えてまで環境を整えるような真似をした以上、神々のルールに照らし合わせると、この世界は『処分対象』となってしまっているのだ。
神々はあくまでも環境を整えこそするが、基本的に世界に手出しはしない。
それをしてしまった時点でその世界は神の箱庭と化してしまい、管理対象からは強制的に外される事になるからだ。
そうなってしまった世界がどうなるかと言えば、単純な話だ。
――――完全にリセットされるか、それとも消滅させられるかの二択である。
詰まるところ、この世界が辿る道は邪神に喰われて消えてなくなってしまうのとは異なる形ではあるが、結果としてはなんら変わらない終焉を迎えてしまうのである。
だからこそ、『魔王という脅威を討伐し、結果として派遣していた現人神の邪神討滅の一助となった功績』をこの世界の人間が得る事は、今後この世界を続けさせる為にも必要な事であり、その為には表向き、魔王討伐が邪神討滅の為の一歩となってもらう必要があった。
何せこの世界の出来事は『イシュトアが魔法少女視点の物語として神々に向かって配信している』。つまり、『この世界の解決をこの世界の人間が導き出した』という証人が大量に発生する状況はすでに作られているのだ。
そうなれば、人間たちの功績を鑑みて世界の存続を他の神々に認めさせる事ができるだろう。
もっとも、この世界の魔王に干渉して邪神が自らの位置を曝け出したおかげで、イシュトアは後日放送する予定の『ルオ視点アンサーストーリー版』の編集作業に追われているが。
まさか邪神も魔王という個体を他人が作り、しかも同じ城内に作った張本人がいて自分を殺す気まんまんで、嬉々として突っ込んでくるなどとは思ってもいない事だろう。
「――ずいぶんと素直に通してくれるんですのね。さすがにその結界は破れない、という事ですの?」
つらつらと思考を巡らせていたアレイアは、フィーリスの言葉を耳にしてからそっと結界に手を伸ばし、手を触れさせた。
そう、ちょっと手を触れたように見せるそれだけで、まるでガラスが砕けるかのようにオウカがアレイアを囲った結界はあっさりと砕け散ったのである。
「な……ッ!?」
「この程度の結界、私にとってはあってもなくても変わりませんが?」
「……その割には、あっさりと二人を通してくれたようですわね? わたくし達も通ってよろしくて?」
「いいえ、それはなりません。あの御二人を通した理由は単純ですよ――」
言葉を区切るように、アレイアが影の中へと落ちるように姿を消し、次の瞬間にはフィーリス達の背後、最後尾にいたアルテとカレスの背後でアレイアが言葉を紡ぐ。
「――どうもあなた方は、あの御二人だけはなんとしても先に通したいご様子でしたから。あの二人を追いかけるより、あなた方を先に排除してからゆっくりと処分すればいいと、そう判断しただけにございます」
「ッ、アルテさん!」
「ん!」
「ひゃっ!?」
アルテがカレスの手首を掴み、即座に短距離転移で移動する。
しかしアルテの視界が切り替わると――その正面にはすでにアレイアが立って、自分たちに向かって手を翳している事に気が付いた。
「――……え?」
「まずは二人」
「く……、させませんッ!」
アレイアの手から放たれた黒い球体。
まるでルイナーの放っていた魔力弾と同じように見えるそれは、アレイアが自分もルイナーの味方なのだと示すかのようにそれっぽく魔力を操作して囲んだ闇属性の魔力砲とでも言える代物であった。
しかし咄嗟に結界を張ったオウカの助力もあり、魔力砲はアルテとの間で爆発を引き起こした。
「反応は素晴らしいです。ですが、そもそも不測の事態すらも織り込み済みで動くのがメイドというものです」
「な……ッ!?」
声は、オウカの背後から聞こえてきた。
オウカが驚愕に目を見開き、慌てて横に飛ぶとほぼ同時に、今度はフィーリスの不可視の衝撃がアレイアへと襲いかかり、アレイアの身体に直撃した。
――――そう思えたのだが。
「失礼、あちらはただの幻影。声を風の魔法で届けただけですよ」
「きゃ……ッ!?」
今度こそ、誰も反応できなかった。
フィーリスの後ろで声をかけたアレイアが一撃を見舞い、フィーリスがその衝撃で前方に吹き飛ばされ、ごろごろと地面を転がった。
視界を確保するべく飛んだアルテとカレス。
そしてその場面を見つめる事となったオウカと、攻撃を食らったとは言え明らかに手加減をした一撃で地面を転がされたフィーリスが、アレイアに対して抱いた感想は、「圧倒的強者だ」という事実。
一瞬で移動する技術、裏をかいた攻撃を見破ったかと思えば、そちらはただのブラフであったこと。
そして、今の一瞬だけで自分たちに一撃を入れてもなお、ただの小手調べ程度の一撃であり、かつ本気であるようにも思えない、謎のメイド。それがアレイアに対する印象であった。
「さて、あなた方は何度心を折れば我が主様の糧となりたいと懇願するのか。見せていただきましょうか」
気負いもなく淡々と告げられたアレイアの言葉に、オウカ達は思わず息を呑んだ。
――――なお、この時のアレイアが仮面の下でドヤ顔を披露していた事に、魔法少女たちは誰も気がついていなかった。




