#131 残る者、進む者 Ⅱ
魔王城内部を駆ける。
広さの割にルイナーの数はあまりいないみたいだけれど、それでも駆ける私たちの進行を防ぐように時々ルイナーが現れるせいで、その都度足を止めなくてはならなかった。
それでも、誰一人欠ける事なく進んでいる。
なんだかんだで安定して進めているし、後少しでそろそろ最上階にも着くかな。
そう思って、広い階段の下へと到着した時。
「――ッ、止まって!」
一番前を走っていたオウカさんの声にみんなが足を止めて前方を注視する。
前方の階段を昇りきったところにある扉、そこを開けば恐らくは魔王に辿り着くだろうという所で、その階段の上からカツン、カツンと足音を鳴らし、両手をお腹の前で組んだまま歩いてくる、一人の女性。
「……え、メイド服?」
カレスさんが思わずといった様子で呟いたけれど、私もまたその見た目に対する感想は一緒だった。
紺色を基調にしていて、ロングスカートと長袖のお仕着せ。
その手には白い手袋をつけていて、顔には全面を覆うようなベネチアンマスクをつけていて、肌の露出という露出が一切見当たらない。
「……ルイナーが服を着るなんて、聞いた事はありませんが……」
「――ご安心を。私はルイナーではございませんので」
「っ!?」
メイド服姿のその人は私たちと向かい合うように階段を降りきった後で、マスク越しのくぐもった声で答えた。
ゆったりとした所作で私たちを見つめてから、オウカさんに目を向けた。
「我が主様のお客様、と言いたいところではありますが……しかし大切な儀式を邪魔しているご様子。無粋な来訪者に対し、主人の手を煩わせぬよう対処する事もまた、私共のような使用人の務めというもの」
「……あなたは、あの少年――ルオさんの配下、ということですのね?」
「左様でございます、魔法少女フィーリス様」
「ッ、詳しいんですのね」
「我が主様が関わり合いとなった魔法少女、ロージア様のお仲間であるという時点で、私共のような使用人がその御方と周辺の方々を把握するのは必然です」
……え、それ必然なの? ちょっと怖い。
あ、でもフィーリスさんは未埜瀬グループっていう大企業を束ねる会長の孫に当たる訳だし、そういう人にとってみれば当然だったり……?
「まあ、それぐらいならばわたくしの家でも往々にして有り得るものですわね」
「はい。お名前、ご住所、電話番号からSNSアカウント。趣味嗜好、恋人からラブレターの書き損じ、恥ずかしい日記、スリーサイズから最近のお悩みぐらいまでは一通り調べるのは当然かと」
「当然ではありませんわよっ!? ストーカーですのっ!?」
「いえ、メイドです」
「メイドの価値観がおかしいですわっ!?」
「おや、こちらの世界のメイドはそういうところまではお調べにならないので?」
「どちらの世界でもそういう事まではお調べにならないのではないかしら!?」
一瞬メイドってそこまでしなきゃいけないのかなって思ったけれど、フィーリスさんが言うなら常識的という訳ではないらしい。
良かった、ちょっとメイド怖いってなりそうだった。
フィーリスさんも完全否定しているみたいだし、ちらりと他のみんなを見ても、メイドがいそうなオウカさんも表情が完全に引き攣っているみたいだし。
「なるほど……。こちらの世界のメイドは私共の生きてきた世界ではメイドにはなれませんね……。有望なメイド見習いがいるようであれば、我が主様がこちらの世界を喰らう前に選別し、見習いとして雇っておきたかったのですが……」
「ッ、そもそもこの世界を喰らうなんて、そんな真似をさせません!」
「させません、と言われて諦められるほど、私共も、そして我が主様も生ぬるい覚悟で事に及ぼうとは考えておりません、魔法少女オウカ。私共は、そして我が主様は、この世界を犠牲にしてでも取り戻すと誓っているのです。私共の守りたかった、あの世界を」
「だからってこの世界を巻き込む理由にはなりません!」
「はて、何か勘違いしていらっしゃるようですが……この世界は我々がここに来る前より、邪神によって次なる標的として定められていたという事を、お忘れではありませんか?」
「……それは……」
それはそうだと、私も思ってしまった。
ルイナーが邪神っていう存在によって作り出された存在であって、それがこの世界にやって来たのは、確かにそういう意味だったのだろう。
ルオくんたちがこの世界にやって来たのは、私が初めて出会ったあの頃、三年近く前。
でもルイナーはもっと前からこの世界にやって来ていた。
「邪神は次なる標的を決めてから、まずは尖兵となる弱い勢力を送り込みます。世界と世界の境界を渡ってやってくるという性質があるため、それらを用いて世界の偵察を行いながら、自らが喰らうための準備を行っている、とでも言うべきでしょうか」
「弱い勢力って、つまり……」
「ご推察の通り、あなた方がルイナーと呼び、まるで災厄のように扱っていた雑魚の事です。そうして世界の抵抗力を見ているのでしょう。より絶望し、より苦しむように段階的に強い眷属を送り込むために。食べ物と同じ、とでも言えば良いでしょうか。より効率的に上質なものを味わうための下拵えのようなものでしょう」
……下拵え……?
そんな、そんなモノの為に、多くの人が殺されたっていうの……?
そんなモノのせいで、何人もの魔法少女が命を落としたの?
「逆にお訊ねいたしますが、我が主様を万が一止められたとして、邪神そのものはどうなさるおつもりです?」
「……ッ、そんなの、何度だって喰い止めてみせますわ!」
「……今のあなた方のクラスの戦士が数十万、それよりも圧倒的に強い者が数万といた世界ですら勝てないのに、ですか?」
「……それ、は……」
「まだ理解できていないようなので、ハッキリと言いましょう。あなた達のような幼い少女がどれだけ力を手に入れたとて、届きません。邪神とはそういう存在です。しかし我が主様の力となれば邪神を討てる。その力の礎となれる事を光栄に思いませんか?」
フィーリスさんもオウカさんも、反論できなかったようで悔しそうに俯いた。
リリスさんの表情は見えないけれど、アルテさんもカレスさんも言葉を返せなくて、ただただ耳の痛い程の沈黙が流れる。
ルオくんの世界が邪神によって破壊されている、という事は聞いていた。
ルーミアさん程の力があっても勝てないと聞かせているような存在だった。
でも、それでも……。
《……夕蘭様、それでも私、諦めたくない》
《フン、何を言っておる》
《え……?》
《彼奴が言っておる事は、確かに間違ってはおらぬであろうよ。妾もロージアも、他の魔法少女も、まだまだ勝てぬやもしれぬ。しかし、三年前と今のお主はどうじゃ? 二週間前と今のお主は?》
《それは……》
三年前の私が今の私の魔法や実力を見たら、間違いなく別世界の人を見るような気分になったと思う。だって、炎しか使えないと思っていたら炎以外の魔法も使えるようになっているし、魔力の密度だって当時とは比べ物にならない。
そして二週間前の私と今の私がもしも戦ったとしたら。
間違いなく、今の私が勝つと思う。
フルールさんから教わった【精霊同化】はそう確信できる程に凄まじい強化効果を齎してくれているのだから。
《守る為に戦って、その為に真っ直ぐ強さを求めてきたお主やその仲間は、凄まじい成長速度で成長しておる。今が勝てないとしても、未来でまで勝てないと言い切る必要など何もなかろうよ。未来は決まっておらぬのじゃからな。それに、『守りたい』から魔法少女になったのであろう?》
《……うん》
私はお父さんとお母さんを失って、もうあんな思いをしたくなくて、どうにかして助けたくて魔法少女になると、そう決めた。
自分に力があれば、きっとその分誰かを守れるからと思って。
でも、私自身、戦うことはあまり好きじゃなかった。
それでも守る為には戦う力が必要で、戦うからには勝たなきゃ守れなくて、だから勝ちたいっていう、ただそれだけのこと。
今回だってそうだ。
いつもと何も変わらない、迷う必要なんてない。
私は私が守りたいものの為に戦っている。
勝てそうだから戦うなんて方法は、最初から、一度たりとも選んだ事なんてない。
《それにお主は、ルオとかいうあの小童を止めたいんじゃろう?》
《……ッ、そ、それは止めたいよ? だって、止めなきゃ大変な事になっちゃうんだし……》
《くかかっ、まあそういう事にしておいてやるかの。すこぉしぐらい遅すぎる春かと思いきや、芽吹くまでは道は長そうじゃがのう》
《え? 何、その芽吹くとか……》
《なんでもない。ともあれ、お主はお主が信じた道を進めば良い。その先で世界がどうだの、そんなものまで背負って歩けとは妾は言わぬ。妾はただ、お主と共に在る。今までも。そして、これからもそれは変わらん》
《……うん、ありがとう》
迷う必要なんてないよね。
「……メイドさん、それでも私は――諦めません。ルオくんを止めて、邪神だってどうにかしちゃいます」
「……魔法少女ロージア。現実的ではありませんが?」
「現実的かどうかなんて、関係ないです。現実にするだけですから」
……なんだか呆れられたような気がするけれど、それでも、諦めたくないから。
こればっかりは、譲らない。
「……えぇ、そうですわね。まったく、ずいぶんと話術に長けていらっしゃるわね」
「メイドですので」
「関係ないですわよっ!? ……まったく。調子が狂いますわね。ともあれ、ここでわたくし達が止まる事はありませんわ。道を空けてくださいませ」
「……そうですか。では、仕方ありませんね」
メイドさんがそう告げると、メイドさんの身体から凄まじい勢いで魔力が吹き上がり、荒れ狂う。
――これ……ルーミアさんには届かないかもしれないけど、それぐらいあるんじゃ……!
そんな風に思って、驚愕のあまり動きを思わず動きを止めてしまった。
けれど。
すでにオウカさんは動いていた。
メイドさんの周囲を結界で取り囲むように包囲して、即座に叫んだ。
「――リリスさん、ロージアさん! 私たちが喰い止めます! 予定通り、上へ!」
「でも、あのメイドさんの強さは……!」
「分かっています! だからこそ、あなた達はここで止まってはいけないと判断しました! 行きなさい! 早く!」
オウカさんの叫ぶような声。
アルテさんやカレスさん、フィーリスさんも力強く頷いてくれている。
「分かりました、先に行きます!」
私とリリスさんは目を見合わせ、お互いに頷いてからメイドさんの横を抜けるように真っ直ぐ階段を駆け登った。




