#129 干渉
魔法少女たちがそれぞれの塔の攻略を開始してから、こちらも防衛機構として騎士種未満のあまり強くないルイナーを『転移座標陣』のある彼女たちの前線基地に向かって放出していたのだけれど、そちらも無事に第一波を耐え凌いだようだ。
地上から無駄に援軍――という名の犠牲候補――がわらわらやってこれないように、邪神ダンジョン内にいる弱めのルイナーをあちこちに放出して足止め。
さながら最終決戦の様相を呈している訳だけれど、僕らは相変わらず魔王城の一室でゆったりとしつつ、昼食を口にしていた。
ちなみにロージア班とリリス班も合流したらしく、今は一旦魔王城から下がった位置で小休止しつつお昼を食べている。
……ピクニックかな?
まあさすがにご飯の邪魔をしようとは思わないので、そっちにルイナーは放たないけどさ。
緊張感はあるんだろうけれど、休める時に休むようになったならいい事だね。
気持ちの切り替え、休息は休息としてしっかり取るっていう考え方は嫌いじゃない。
まあ、緊張感や緊迫感もなく最終決戦の舞台と敵を用意している僕らが言える事ではないけどね。
こっちはいつも通りの食事の風景だし。
「この調子だと、僕らが邪神討滅に取り掛かることができるのも夕方頃になりそうだね」
「そうね。真夜中に差し掛からないなら良かったわ」
「なんで?」
「だって、そんな時間から戦うの面倒じゃない」
「……まあ、それはそうだけどね」
邪神っていう、普通の神とは違う存在とは言えるけれど、仮にも神の一柱とこれから戦おうっていうのに、この緊張感の無さだよ。
仕掛けとやらが終わったジル達の空気も一切ピリついてないし、なんだか気が抜けるというか……。
「ふふ、心配しなくても戦いになったらちゃんと切り替えるわよ?」
「そこは心配してないんだけどね。なんというか、戦いの前なのに変わらないなぁってね」
普通通りに振る舞おうとしたって多少は緊張したり興奮したりするのが一般的だけれど、ルーミア達にはそういう姿が見えない。
僕はもう人間じゃなくて神になってしまったせいで、緊張とか興奮とかは全然感じ取れないけれど。
「戦いの前の緊張も昂揚も、結局のところ感情一つでコントロールできるものだもの。だいたい、私たちが国を興した頃なんて、それこそ大戦続きだったりもしたし、何度も厳しい戦いに見舞われたものだわ。だから、今更かしらね」
「あぁ、そっか。そういう意味じゃ、僕よりも経験豊富だもんね……」
「誇るようなものでもないわ。そういう時代だった、それだけの話だもの。むしろ世界を双肩に乗せて戦ったあなたと勇者、それに聖女という存在の方が凄いと思うわ」
「僕らはむしろ、ただ前に進む事だけを考えていたから立ち止まる余裕もなかったって言う方が正しいかな。勇者と聖女なんていう、放っておいたら真っ直ぐ突っ走って正しい事を損得勘定なしにやりたいようにやろうとするペアの後ろを、呆れながらついて行くって感じだったからね」
「それはそれで凄いわね……。私は合わなそうだわ」
確かにルーミアはあの手のタイプとは意見が食い違いそうな印象ではある。
真っ直ぐ過ぎる弊害というか、正義馬鹿が二人揃って同じ方向に向いていたからいいものの、他の方向に向いてしまったら大喧嘩とかになってそうだ。
多分お互いに譲らずに頑固になってしまって、なんて事も有り得る。
まあ、それでもなんだかんだで仲良くやれていそうではあるけど。
そんな事を考えていると、ふと部屋の隅に魔力の反応が出てきた。
唯希が戻ってきたらしい。
「ただいま戻りました」
「おかえり、唯希。上手く抜け出せたんだね」
上陸作戦でだいぶ消耗していたはずだけど、魔法少女の前線基地というか拠点に残って休息していたはず。
今はある程度は回復したみたいだけど、まだ顔が若干疲労感を滲ませているように思える。
ジルに促されて唯希も僕らの座る食卓につくなり、小さくため息を吐いて苦笑した。
「さすがにまだ回復しきっていませんが、多少は動けるようになったので。拠点に攻めてくるルイナーを一通り処分して、ロージアさん達を追いかけると告げて離れました。なので拠点に残っている方々は私が合流しに行ったと思っていますし、ロージアさん達は私がまだ休んでいるだろうと思っているかと」
「なるほど、それならちょうどいいね」
唯希の立ち位置は魔法少女側であり、僕ら側でもある。
元々は魔法少女のライバル側というか、僕ら側に寝返った的な魔法少女でもなってもらおうと思っていたのだけれど、今じゃ完全にこちら側だ。そのためイシュトア曰く、唯希にこの世界の解決――魔王討伐のメインとして動いてもらうのは少々具合が悪いらしい。
なので今回はあくまでも道を切り開く手伝いに徹してもらった。
「ルーミア、アレイア。この後の進行で唯希の力が必要かい?」
「協力してくれるなら難易度を上げておけるし、いてくれた方がいいわね。そうよね、アレイア?」
「はい。可能であれば頼みたい仕事もございますので」
「分かった。それじゃあ唯希、次の動きはルーミアとアレイアから指示を受けてもらえるかな?」
「はい、かしこまりました」
一時期はルーミアと唯希の間で険悪な空気になったりもしていたけれど、今となってはすっかり割り切ってくれているらしい。
というより、ルーミアが僕の右腕的なポジションにいると理解して唯希が折れた形になると言えばいいのかもしれない。
ルーミアはほら、からかうの好きだからね。
それに……唯希は今、リュリュにだいぶ鍛えられているみたいだからね。
緊張しやすくて、でも普段は間延びした口調というなんだか感情ジェットコースターとでも言えるようなリュリュだけれど、実はジルとアレイアから聞いたところ、彼女はオルベール一家の中でも最も狂信的であるらしい。
誰に対してって、そりゃルーミアに対してだよ。
僕に対してじゃないからセーフ。
ともあれ、そんなリュリュなものだから、ルーミアに対して不敬な態度で接する上に自分よりも技量の低い唯希という存在に対して、なかなかに容赦がないのだ。
唯希はこの二週間、魔法少女に【精霊同化】を教えていたけれど、それはせいぜい午前中だけの話で、午後はこちらに戻ってリュリュに鍛えられる事が多かった。
そこでリュリュに鍛えられている姿を見た時は……まあ、なんというか、ちょっとリュリュをあまりからかい過ぎないようにしようかなって思う程度には厳しいものだったんだよね……、うん。
唯希は魔法少女という分類の中では圧倒的に強い。
けれど、まだまだ僕はともかく、ルーミアやオルベール家の面々に比べれば「確かに才能はある。が、ひよっ子もいいところ」と評されてしまう程度だ。経験面で見たとしても、年齢面で考えたとしても、である。
ぶっちゃけ、魔王に封印されて眠っていた二千年近い時間とやらを換算しなかったら、僕だってルーミア達と比べればひよっ子レベルの時間しか生きてないって事になるだろうね。
まあ、不老不死になってしまっている訳だし、長命種はもともと年齢とかに頓着しない傾向にあるから、大人か子供か、でしか見ない節がある。
唯希の場合はその子供に該当するので、構ってあげている、といったところではあるのだろう。
食後の一時をまったり過ごしていると、ジルが何かに気がついたように水鏡に目を向けた。
「おや……? どうやら魔法少女たちはもう動くようですね」
「もう少しぐらいゆっくりしていてもいいとは思うけどね」
まだご飯を食べてあまり時間も経っていないのだし、しっかりと食休みを取ればいいのに、なんて呑気な事を言った、その時だった。
――――ぞわり、と背に嫌な気配が走る。
「――ッ、こ、れは……!?」
ずん、と見えない何かに締め上げられるかのような重圧。
それと同時に感じる、魔王城内――魔王を放置していた玉座の間から膨れ上がってくる、邪神の力。
「ッ、まずいわ! 何かが魔王に干渉して力が膨れ上がっている! ジル、リュリュと唯希を連れてすぐに足止めしなさい! 場合によっては魔法少女たちと協力しなさい!」
「はっ!」
「唯希、行けるわね?」
「大丈夫です。リュリュさんの訓練ではもっと死にそうな思いをしましたから」
「この状況でそんな事が言えるなら上等よ。行ってきなさい。ただし、油断は禁物よ。一気に力が膨れ上がっている。今までのルイナーとは比べ物にならない程の力になっているわ」
「分かりました」
「アレイアは予定通りよ。ただし、魔王の力が膨れ上がっている以上、仕掛けはジル達と相談してどうするか決めてちょうだい」
「かしこまりました」
ルーミアの言葉に頷いた唯希が、ジル達と頷きを交わし合ってその場から転移して魔王の元へと向かうのに少し遅れる形で、アレイアもまたその場から転移して動き出した。
その姿を見送ってから、ルーミアはこちらへと顔を向けて――驚いたように目を見開いた。
「……ルオ?」
「……くくく、ふふ、あははははっ!」
ダメだ、笑いが堪えられない。
ついに堰を切ったように笑い出してしまう。
――あぁ、そこにいるのか。
さっき流れ込んできた力は、間違いなく邪神の力だった。
邪神は何を思ったのか、それとも何も思わず、自らの力の集合体を見つけて強化しようとでもしたのか、世界の境界から無理やり、一気に力を注ぎ込んできたのだ。
だから、分かった。
邪神の位置をようやく掴んだ。
まるで恋い焦がれる相手をようやく見つけたような、そんな気分でさえあった。
見つけた、探してた、会いたかった、なんていう想いが溢れるあたりは、恋と何も変わらないのかもしれない。
けれど、僕は今、ただただ嬉しくさえあった。
「……ルーミア」
「え、えぇ。なに?」
「気が付いていると思うけど、今のは邪神だよ。愚かにも自分から尻尾を出してくれたみたいでね。完全に居場所を掴めたよ。――早速だけど、殺しに行こうか」
にっこりと、まるで買い物にでも行くような気軽さで僕はルーミアに手を差し出した。
目を丸くしていたルーミアがくすりと笑いながら僕を見つめた。
「ふふっ、初めて、ね?」
「何がだい?」
「私とルオが共闘するのって、これが初めてじゃない。ふふ、随分と刺激的なデートだこと」
「……あぁ、そういえばそうだね。まあ、刺激はあるだろうって事ぐらいは約束するよ」
「期待しているわ」
それはそれでどんなデートなのかとツッコミを入れたいところではあるけれど。
僅かに魔力を動かしてから、ルーミアがゆっくりと僕の手を取った。
「魔法少女たちとこの世界の事は、ジル達がうまくやってくれるわ。一応私達は邪神相手に動くと、それだけ伝えておいたわ」
「うん。それじゃあ――いこうか」




