#127 ルオ一行@視聴中 Ⅰ
魔法少女たちが挑む左右の塔は、どちらかと言えば謎解きギミックのようなもので激しい戦闘というものは発生しないようにしてあるらしい。
「魔王と戦う前に消耗されたら目も当てられないでしょう? まあ、守護者は用意しているけれど」
二つの水鏡に映された魔法少女たちを見つめながら、ルーミアがふふんと得意げに鼻を鳴らして説明してくれた。
「ギミックについてはどういう設定で伝えているんだい?」
「ロージアに伝えてあるのよ。魔王城には邪神の力を吸収し、ルオに力を与えている魔法陣があるはず。それを壊して、私が教えた通りの魔法をその場所に刻んで逆に魔王を弱体化させられるように術式を反転させればいいってね」
「おぉー、なんかゲームっぽいね」
実際にゲームなんかではよくあったなぁ、そういう仕掛けを利用してお互いの力量差を埋めるパターン。
最強の無敵結界みたいなものを張ってる敵を倒すために、ギミックをクリアしてアイテムを拾ってこないとまともに戦えないとか、初見殺しな感じで。
だいたいそういうダンジョンに限ってボスまで行くのは簡単だったりするんだよね。
で、一度は突っ込んで「あー、そういうパターンね」ってなるヤツだ。
「でも実際、あの娘たちが正面からあなたが作った魔王と普通に戦ったら勝ち目なんてないもの。多分この世界でアレと正面から戦って勝てるとしたら、唯希ぐらいじゃないかしら?」
「まあ、その場合は良くて相討ちが限度だと思うよ」
「あら、あなたの愛弟子なのに。ずいぶんと厳しい評価なのね?」
「弟子だからこそ、そう評価せざるを得ないというか、欠点が見えている、というところかな」
確かに唯希やこの世界の魔法少女の数名は、ある程度のレベルまで育ってきていると言える。
魔法も第八階梯、第九階梯まで覚えていたりと、その力の成長ぶりを否定するつもりはない。
でも、格上を相手に命を削るような戦いの中で研鑽されていくような、本質的な強さというものが足りていないというのは、結構致命的だったりする。
戦いの回数、密度、状況の多様性に対する対応力というものがまだまだ欠如していて、咄嗟の判断を下したり応用したり、そういうものがあって初めて『強者』と呼べるし、戦いを任せられるようになるものだ。
ただただ経験がなさすぎるのだ。
一流の訓練と指導だけは受け続けている、とでも言ったところだろうか。
特に唯希の場合、元の能力が高いせいもあって尚更だろう。
そういう意味だと、ルーミアが鍛えたロージアは強者として成長しつつあるし、彼女がこの世界の人類にとっての最強の存在と言えるだろう。
そして――あともう一人。
どうにも奇妙さが拭えない存在が、あの魔法少女たちの中にいる。
魔法少女リリス。
魔法少女の非公式ファンサイトで不動の序列第一位だとか、アイドルだとか。何にせよ鳴り物入りで凛央魔法少女訓練校にやってきて、今やロージアと双璧を張るという少女。
あの子の存在については元々少しばかり気にはなっていたのだ。
というのも、彼女が広めているという魔法はどう考えても僕らが使っている魔法と同じものであり、同時に、普通ならそれは有り得ないからだ。
何せこの世界と僕が前世で過ごした世界――つまり、ルーミアたちの故郷でもある世界は、文字通り異なる世界だ。
世界が違えば、当然魔法の発展も、力ある言葉や意味だって変わるだろう。
なのに同じ魔法を使う存在がいるのだ、気にするなと言われても気になってしまう。
世界が違い、理の違う世界でも同じ魔法を使う相手。
そういう存在がいるのだとすれば、それは僕らのように向こうの世界に縁を持っていた存在か、そんな存在と繋がっているかの二択になる。
僕があの娘を実際に見かけた事があるのは、邪神の力を手に入れた魔王役を演じた華仙での戦いの中だけだ。
あの時は正直、僕も台本を演じる事にいっぱいいっぱいでいちいち他の事に気を回したりしていなかったんだけど……せっかくならしっかり見ておくべきだったか。
あぁ、でもそういえばルーミアが葛之葉のダンジョンである『夢幻廻廊』で接触していたんだっけ?
「ねえ、ルーミア」
「なぁに? 言っておくけど、まだここから退かないわよ?」
「いや、そうじゃなくて。キミ、あの魔法少女リリスのこと、どう思う?」
そう訊ねた途端、ルーミアの身体がピクリと動いた。
さすがに頭に伸し掛かられているような状態なのですぐに気が付いたよ。
むにっとした感じが動いた。
「どうして気になるの?」
「どうしてって、向こうの世界と同じ魔法を広めているからさ。ご丁寧に魔法言語もそのまま使われているって、普通に考えても向こうの世界と関係のある存在じゃなきゃ有り得ないと思うけど?」
「ん、んー……、そうね。どうやらあの子、向こうの世界の英霊と契約しているみたいよ」
「あぁ、そういうこと」
英霊契約と呼ばれるような類は向こうの世界にもあった。
もっとも、向こうでは英霊との契約なんて儀式魔法と呼ばれるような大掛かりな準備をして英霊に直接接触を図り、それからお互いの条件だったりを教え合って初めてできるようなもので、一般的ではなく、どちらかと言えば秘術と呼ばれるような類だったりする。
僕が知るものでは、一子相伝の技術を持つ一族なんかが、技術をしっかりと継承しつつ一族を守るために英霊となった先祖と契約したりするっていう事があったぐらいのはず。
ずいぶんと珍しい魔法を発現させたものだ。
「それにしてもなかなか運が良かったね。随分と魔法に精通した英霊と契約したみたいだね」
「え、えぇ、そうね」
向こうの世界では魔法に特化した存在となると少なかった。
理由は単純で、魔法は階梯が上がれば上がるだけ、どんどんと専門的な知識と繊細な技術を要求するというものになっていくからだ。特に第八階梯あたりからはもう完全に専門技術職の職人になったぐらいの研鑽と知識とかを与えてくれる存在がいない限り、なかなか使えるようにはならない。
そういう技術に手を伸ばせる存在がいるとすれば、一般的には王宮にいるような宮廷魔法師とか、研究職メインみたいになった人たちぐらいだ。
例外として、『魔女』またはその存在の教えを受けた僕みたいな存在ぐらいか。
僕の場合は完全にそっちに当たる。
「……それで、ルーミア」
「な、何かしら?」
「……さっきからやたらと動揺しているような気がするんだけど、何を隠しているんだい?」
「そ、そんなことないわよ?」
いや、下手くそかな?
さすがにそんな分かりやすいぐらい何か隠している感じがあると、僕だって気付くというものなんだけど。
むしろ本気で隠そうとしているのかと問い詰めたくなるレベルだよ。
敢えて僕に何かを気付かせようとしているって言われた方がまだ納得できるぐらいだ。
「まあ隠したいなら無理に問い詰めるつもりはないから安心してもらっていいよ」
「……はあ。もう、意地悪ね、ルオ。困ってる姿を見て楽しんでたでしょ?」
「楽しんだって訳じゃないんだけどね」
意外と攻められると弱いんだなぁ、って思ったりはしたけどね。
言ったら首に回ってる腕に力を込めて締められそうだから言わないけど。
「……全部終わってから、あの子に会いに行くといいわ」
「全部終わってからじゃ、僕が死んで消滅したって流れになってると思うんだけど」
「大丈夫よ、あの子の内側にいる存在は私と繋がっているもの。うまく引き合わせるわ」
「……いつの間に……」
どういう経緯で繋がったのかは分からないし、干渉する気はなかったけれど、まさかルーミアがそっちと繋がっているとは思いもしなかった。
「というか、ルーミア。僕はその存在と会った方がいいのかい?」
「えぇ、そうね」
「そっか」
何者なのかとか、誰が、どうして会った方がいいのか、なんて質問するのも野暮というものだろうか。
なんとなく今踏み込んでもルーミアはこれ以上は答えないだろうなと思いつつ、僕もまた言葉を呑み込むと、ルーミアが僕に回している腕に力を込めた。苦しくないように配慮しつつ、けれど離さないように、という程度の力で。
そんな風にどこかマイペースな時間を過ごしている僕らを他所に、魔法少女たちはそれぞれの塔で守護者の待つ部屋へと辿り着いたようであった。




