#125 チート対策
「唯希相手じゃさすがに翼持ちも相手にならないみたいだね」
「地の利……いえ、この場合は空の利とでも言うべきでしょうけれどぉ。それがあってもなお届きませんでしたねぇ。まあ、あんな玩具もどきに負けるような子だったら、ちょっと困りますけどねぇ」
今しがたまで行われていた戦いの様子を見ていた僕の呟き。
それを拾いつつも割と辛辣な物言いをしてみせたのは、僕の朝食の準備をしてくれていたリュリュだった。
「まあ、割とちょうどいい塩梅だったみたいだからそう厳しい事を言わなくてもいいんじゃない?」
「そんなこと言われても、我が主様はそう言いながら『この程度か』と切り捨てちゃいますよねぇ? それに比べたら私の方が優しいぐらいですよ~」
「あはは、まあそうかもね」
僕の性分というべきか、そもそも相手には期待しないようにしているからね。
理由は単純で、他人に期待をすればするほど、自分の期待値に裏切られる回数が増えていくだけだという事を理解しているからだ。
だから見切りをつけてしまった方がよっぽど楽だし、早いと思っている。
「それにしてもまあ、ジルはしっかりと見極めるのが上手いね」
ジルはルイナーの管理というか転移とかを行う為に離れているのだけれど、過剰戦力にならない程度に上手く調整してくれたあたり、相変わらず何事も卒なくこなすタイプだなぁ、と感心させられる。
実際、僕が戦いを見ていた限り、あれは唯希がいる事を前提に、それでいて唯希の限界をしっかりと見極めた上で調整されているのは間違いないし。
「それはそうですよぉ。お父様は上手く生かさず殺さずを調整しますからぁ」
それってあんまりいい意味に聞こえないんだけど。
親娘関係大丈夫かと気を遣った方がいいんだろうか。
「……うん、まあいいか。それより、この調子ならお昼過ぎぐらいには魔王役のアレと魔法少女たちがかち合うかな?」
「うーん、どうでしょうかぁ……? 確かに魔王城内のルイナーの数は減らしてますけどぉ、最終決戦らしく演出するようにルーミア様が張り切っているので……」
「……張り切っちゃったかぁ……」
これまで何度かのルーミア劇場を生み出してきた彼女のことだろうし、やり過ぎてしまう、という事はないだろうとは僕も思う。
ただ、魔法少女たちが『運が良ければ勝ちを拾える程度、ただし運の部分をルーミアが調整』という程度のものになりそうな気がするんだよね。
要するに『割とえげつない』という表現にもなる程度の難易度、という意味になる。
「魔王城の対魔法少女用の結界装置を解かないと弱体化もしないし扉も開かない、みたいな設定にしてるんだよね?」
「はい、そうですよ~」
魔王城であるこの城は正面から見れば『山』の字に似たような形をしている。
その左右の出っ張り部分が塔になっていて、それぞれのギミックを攻略しないと中央には入れない。
代わりに魔王を弱体させる仕掛けもあるという、なんとも昔懐かしいギミックが盛り込まれている。
イシュトアとルーミアが悪ノリして相談に相談を重ねた結果出来上がったものではあるけれど、僕もそういうギミックとか嫌いじゃないよ、うん。
もっとも、僕らから見れば『お遊戯』のレベルであると言えるけれど、魔法少女にとってみれば『命を懸けた死闘』になってしまう。
何せそれを構築したのはルーミアだからね。
中途半端な戦力であったり研鑽が足りなければ、きっと結果は目も当てられないものになるだろう。
ルーミアにとってみればこれはルーミア劇場のクライマックスに当たるシーンだとも言える。
それ故に相応にドラマチックさというか、盛り上がりを求めているのだ。
きっとそれを実行させる為ならばとかなり危険な橋すらも渡らせようとするだろうし、いっそしないという選択肢は有り得ないだろうと思っている。
正直、僕が魔法少女の立場で真相を理解していたとしたら、「大事な局面で無駄に消耗させんな」と恨み言の三つや四つは口を衝いて出たかもしれない。
さらにそれを設計したのがルーミアであるという時点でチベットスナギツネよろしく表情を固めて遠くを見つめる事になるだろう。
虚無感に包まれつつどこかを見ているようで見ていないような感じになりそう。
そんな事を考えている内に、魔法少女たちが次々と浮遊大陸上に姿を見せた。
物資を置いているだけの前線基地と呼ぶには少々みすぼらしい天幕も張られているけど、転移が使えるなら無駄にしっかりとした陣地を築く必要もないし、あれだけで役割としては不足もないのだろう。
合流してお互いに声をかけ合っていたかと思えば、表情が真剣なものに切り替わった。
「んー、内部に侵入する方法を考えているらしいね」
「ですねぇ……。そういえば、我が主様ぁ?」
「うん?」
「もしギミックとか無視して扉を力技で開けたり壁を破壊したりされたらどうするんですか~?」
「あー……。製作者曰く、そういうチートは許さないらしいよ」
「ちいと?」
「ズル、ってこと。そういうのはできないように結界も仕込んでいたぐらいだからね」
「結界……?」
うん、疑問に思うのは僕も一緒だ。
窓とかドアに結界ってどういう意味だ、と。
実際、そんな仕掛けすら施されてしまったせいか、ギミック通りにしっかりと仕掛けを解除していかないと、扉とか窓とかでさえとてつもない強度になるようになっていると聞かされた時は、僕も思わず首を傾げたもの。
ちなみに僕も試しに『黄昏』を使って扉を斬ってみようとしたけど、この世界の騎士種のルイナーを斬り裂ける程度の威力を意識したのに傷一つつかなかった。
どれだけ魔法少女にギミックをやらせたがっているのやらと呆れると同時に、チートを許すなという強い意志を感じたものだ。
「あ、そうだ。アレイアは?」
「姉様なら、邪神ダンジョンを一掃していらっしゃいますよぉ。もう邪神も消滅させるってお話ですし、ウォームアップに、って言ってましたねぇ」
「ウォームアップ……」
予想もしていない言葉に思わず言葉を失ったよ。
何その戦闘狂みたいな発想。
邪神の核さえ潰してしまえばルイナーも消えると思うし、僕としてもそもそもそのつもりでいたんだけどね。
「節目前の掃除、だそうですよぉ」
「大掃除かな?」
ルイナー討伐が年末年始の大掃除みたいな扱いなんだけど。
いや、アレイアの性格を考えるとそういう扱いになったりするのもむしろ納得できてしまうぐらいではあるけどね。
アレイアってそういう部分を気にしたりしそうだし、どこか完璧主義っていうか、そういう感じはあるから。
きっと年末の大掃除とか本気でやるんだろうなぁ。
「あ、魔法少女が動き始めましたよ~」
「ん、ホントだね」
防衛用に何名か見た事のない魔法少女たちが――と思ったけど、よくよく見たらジュリーの会社の中にある軍病院に入院させられているとかで、ジュリーから見せてもらったデータで見たことのあるメンバーじゃないか。
唯希が標的にされていた、海外の組織が精霊を狙っていた事件の被害者と思しき少女たちだ。
あの少女たちも一緒に攻め込んでくるのかと思ったけれど……うん、どうやら違うらしい。
恐らく防衛要員というところだろうか。
亜神が作り、神宣院を通して渡された――という事になっている――『転移座標陣』と天幕のある前線で警戒するように周囲を見回り始めている。
一方で、凛央魔法少女訓練校の生徒たちは二つの班に分かれて『山』の字で言うところ左右の塔を調べに動き始めた。
向かって左の塔にはロージア、エレイン、オウカ、カレス。
こちらは攻撃役をロージアが努めてエレインって子が遊撃、オウカが結界で防御面を担いつつカレスが回復で支える。
向かって右の塔にはリリス、フィーリス、エルフィン、アルテ、か。
リリスについては僕もあまり知らないけど、唯希曰く相当強いらしいし、彼女が攻撃を努め、フィーリスとエルフィンがその援護に回ってアルテが転移でいざという時に退避する、というところかな。
となると、リリス班の方は恐らく偵察をメインとしていて攻略は急がないつもりなのだろうか。
いざという時はロージア班と合流する事を前提に転移魔法の機動力でもう片方の班をサポートする、という腹積もりらしい。
実際、この浮遊大陸を囲う転移対策の魔法結界は僕が指定した魔力の持ち主しか転移できないように調整してあるものの、浮遊大陸の内部においては特に転移は制限していないからね。
じゃないと僕らが移動するのも面倒だから。
無駄に大きすぎて移動が面倒だもの。
もっとも、魔王城の内部はかなり魔素濃度が高くなっているから、転移魔法を使うとしても見知った魔力を持つ存在がマーカー役になっている場所か、あるいは可視化できる範囲でなければ難しいだろう。
ギミック無視して転移で内部を進まれたりしたら、イシュトアとルーミアが怒り狂いかねない。
それを宥める側になる僕の心労が危険な事になりかねないので、そういうズルを許す訳にはいかないのだ。
「一つにまとまって全員で、とはいかないんですねぇ」
「何が正解かとかは分かっていないんだし、情報を探る為には分かれた方が効率的ではあるだろうからね。向こうも今日中に終わらせにきているって考えてもいいかもね」
ルーミアから『早ければ早いほどいい』みたいに釘を差してもらうようには伝えてある。
それに合わせて動き出す必要もあり、『転移座標陣』に対して大量のルイナーを投入して侵入を阻むような挙動を起こすのではという可能性も向こうとしては考えざるを得ない、というところだろうか。
実際、僕としても邪神そのものと戦ってさっさと因縁に決着をつけたいという考えがない訳じゃないので、早ければ早いほどありがたいというのは本音だけどね。
「まあ、お手並み拝見といこうか」




