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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
最終章 邪神の最期
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#124 陣構築の一幕

 浮遊大陸の大地に降り立った私たちの前に広がっていたのは草原と清流という、お世辞にも魔王城なんて呼び名には似つかわしくない美しい光景。

 そんな中にありながら先方に佇む真っ黒な洋風のお城である魔王城は、青空と美しい自然の中にあるせいか、まるで浮かび上がるかのように不気味な威圧感を放っている。


 ここからの距離はおよそ一キロないぐらい、というところか。

 なのにここからでもずいぶんと大きいお城だという事が窺える。


「周りにルイナーはいないようですな」


「吾妻隊長、無事で何よりです。ここまでありがとうございました」


「いえ、オウカ殿の判断が功を奏したかと。それに……」


 同行していた戦闘機を操縦していた部隊の隊長である吾妻隊長の顔が、疲れた様子で座り込んでいるフルールさんに向けられたかと思えば、眩しいものでも見るかのように目を細めた。


「いやはや、『最強』の呼び名は伊達ではなかった、という事でしょうな。まさか我々の機体を足場にしながら戦うとは思いもしませんでしたが」


「それは……なんと言いますか……」


 吾妻隊長や他の操縦士の方々にとってみれば、愛機を足蹴にされるなど良い気分ではないだろうとは思う。

 ああいう戦闘機乗りは戦闘機を相棒と言うように愛着を持つ人も少なくない。

 そう考えるとなかなかに失礼な戦い方を選んでしまったのでは、と考えて頭を下げようとする私を、吾妻隊長は慌てたように手を差し出して制した。


「あぁ、いえ。足場にされた事を気にしている訳ではありません。むしろ我々の本分はあなたたち魔法少女を守り、届けること。あの場面、無力であった我々が足場となって戦いを支えられたのであれば重畳というものでしょう」


「……ありがとうございます」


 そう言ってもらえるならありがたかった。


 事実として、あの状況でフルールさんがああして戦ってくれなければ、私たちは今頃基地に転移魔法で離脱し、吾妻隊長を含む操縦士の方々はきっと……死んでいたはずだ。

 だというのに、もしも文句やお小言を言われていようものなら、私もまた魔法庁の人間として魔法少女の一人でもあるフルールさんを守るために苦言を呈する事になっていただろうから。


「それで、オウカ殿。『転移座標陣』とやらはどうすれば良いので?」


「地面に突き立てて魔力を流し込めば、この棒に刻まれた陣が周囲に広がるそうです。幸いルイナーもいませんし、すぐ近くに水もありますので、この辺りで展開し、前線基地としませんか?」


「そうですな、我々も異論はありません。では、こちらはヘリに積まれた天幕を設営するよう隊員らに伝えてまいります」


「よろしくお願いします」


 短くやり取りをしてから去っていく吾妻隊長を見送って、私もアルテさんに声をかけるべく先にヘリに向かって足を進めた。


 相変わらず疲れ切った様子のフルールさんに、アルテさんが水の入ったペットボトルとタオルを渡して付き添っている。

 あの凄まじい魔法による魔力の枯渇とは聞いているけれど、まだまだ回復までは時間がかかりそうだ。


「アルテさん、『転移座標陣』をそちらの広いスペースにお願いできますか?」


「ん、分かった。フルール、休んでてね」


 返事をするだけの気力もないのか、力なく頷くだけのフルールさんをその場に置いたまま、アルテさんがヘリの中にある『転移座標陣』を取りに行った。

 代わりに私がフルールさんに近づいていくと、フルールさんはペットボトルの水を飲むと腕でこするように口元を拭ってから私を見上げた。


「フルールさん、ありがとうございました」


「……私は私の仕事をしただけよ。もっとも、結果としてこのザマだから、しばらくはまともに動けそうにないけど、ね」


「そうですか……。ここからはあなたがいなくても大丈夫、と言いたいところですが……正直、あなたがいるのといないのとではここから先を進むにあたっての難易度が大幅に変わる事になるでしょうね……」


 この大陸に来るまでに防衛として天使型ルイナーがいた事を考えれば、この先に進めば、或いはこの場所に留まっている事に気が付かれれば、その時点で大量のルイナーが襲いかかってきてもおかしくはない。

 そんな時、フルールさんという戦力がいるのといないのとでは状況に対する対応力に雲泥の差があると私は思う。


 それでも、だからと言ってあの状況でフルールさんを温存するという選択は選べなかった。

 魔導砲弾や『魔力波撹乱装置(マギ・ジャマー)』、そして『転移座標陣』といったものは一朝一夕に準備できるものではなく、いくら命を最優先にするとは言え、それらを失ってしまえば次回の上陸作戦までどんどん時間が空いてしまう。

 ルーミアさん曰く、ルオと名乗るあの少年――いいえ、魔王の力は時間が増す程に強化される傾向にあり、ルーミアさんもまた自分たちの世界からルイナーの親玉である邪神とやらの力を削いでくれているらしい。


 そうした背景も鑑みると、作戦の延期は可能ではあったものの、しかし今回の上陸作戦は成功させなくてはならないものだった。


「……戻ってゆっくり休んでください、と言いたいところなのですが……」


「分かっているわ。回復がてらここで防衛に回って、場合によっては後から追うつもりよ」


「……すみません」


「別にいいわ。いずれにせよ私は行くつもりだもの」


「……彼を止める為に、ですか」


「……そうね。私は彼に救われて、彼に魔法を教わってきた。本音を言えば、他の誰かに彼をどうにかされるぐらいなら、いっそこの手で彼を殺してでも彼を止める。それが私なりの彼への恩返しだもの」


 その話は私も聞いている。

 ニクスさん達と同様に他国の組織に繋がりがあったと思しき地下組織に捕まっていたこと。

 そんなフルールさんを偶然見つけて救い出して以来、彼がフルールさんに魔法を教えつつ行動を共にしていた、と。


 その経緯から、もしかしたらフルールさんは魔王のスパイなのでは、なんて話も出た事はあったけれど、そもそもその前提は成り立たないという結論に至った。

 スパイなんてものをいちいち送り込まなくても力技だけで私たちをどうにでもできてしまう存在が、そんな手間をかける意味もないのだから。


 フルールさんは文字通りに彼を止める為だけに私たちを利用していて、逆に私たちもまたその力を欲する為だけにフルールさんに協力を要請している。

 それでもせっかくなのだから親しくなりたい、仲間として信頼して行動していきたいと思ってしまうのは、私の甘さなのかもしれない。


「止める、ですか。「助けたい」とは言わないんですね」


「……邪神の力に染まってしまっている以上、元に戻す、なんて事はできないでしょうね。だから、止めたければ殺すしかない」


「フルールさん……」


 助けたい、なんていう甘い考えを持って事に当たれば、延いてはこの世界そのものがルイナーに、邪神に呑まれてしまいかねないという事は私も理解している。


 でも、本当にそれでいいのかと、私は思う。

 しょうがなかった、と諦めてしまっても良いものなのか、と。


「オウカー、ここでいいー?」


「あ……」


「私は休んでいるから、あなたはあなたの仕事をしてくればいいわ」


 それ以上話す事はないとでも言いたげに、フルールさんが目を閉じて休む事に集中してしまう。

 何か声をかけたいと思うものの、けれど何と声をかければ良いのかも分からなくて。


 ――立ち止まっていてもしょうがない。

 そんな風に自分に言い聞かせつつ、気持ちを切り替えてアルテさんのところへと向かった。


「それなりに開けていますし、天幕もこの辺りがちょうど良さそうですね」


「ん。天幕って何個も用意する?」


「いえ、一つだけの予定です。基本的には物資を置くだけですし、長期戦になるとしても基本的に休むのは基地に転移して戻ってから、という形になりますから」


「なるほど」


「それに、あまりにもルイナーの侵攻が激しければ、場合によって拠点を破棄する可能性もありますからね。ともかく、この場所でお願いします」


「分かった」


 返事をしたアルテさんが『転移座標陣』と名付けられた鉄の棒のようなものを手に取って、その先端となっている丸みを帯びた部分を地面に突き立てた。

 長さが一メートル半程もあるおかげか、アルテさんの身長とほぼ同じ――というより棒の方が少し長い――だけれど、それを地面に立ててアルテさんが魔力を流し込んでいく。


 ぼんやりと棒が淡く光って、線、文字、記号といったものが次々に浮かんでいく。

 棒がゆっくりと抵抗なく地面の中に吸い込まれるように進みながら、それに合わせて光り輝いていた文字や記号といったものが周囲へと円形に広がる。

 そのまま『転移座標陣』が残り三十センチ程度で全て埋まるというところで動きが止まり、周囲に広がっていた文字や記号はぼんやりと光を放ったまま円形の陣となって完成したのか、その光を一際強く輝かせた。


「……陣、と言っていた意味がようやく分かりましたね」


「ん、確かに」


 足元に広がったそれは、なるほど、確かに陣だった。


「アルテさん、地上との繋がりは感じられますか?」


「……ん。これなら転移できる」


「ありがとうございます。……ようやく肩の荷が下りたような気さえしますけど、私たちにとっての本番はこれから、ですね」


 浮遊大陸に足を踏み入れること。

 そして、転移魔法を使ってその内部に入り込む方法を確立すること。

 それらをようやく終えたというのに、実のところまだまだこれが序章に過ぎないのだと考えてしまい、ついつい力なく苦笑する。


「ん、ドンマイ」


「気楽な返しですね……。はあ。ともあれ、嘆いていても仕方ありませんか。アルテさん、皆さんのお迎えを、お願いします」


「ん、了解」


 転移魔法を使って消えたアルテさんを見送り、私は軽く自らの両方の頬を張って気持ちを切り替えてから、吾妻隊長たちに天幕の設営場所を指示するべく顔をあげた。

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